追憶のquiet

makikasuga

文字の大きさ
59 / 60
ボーダーラインで生きる

しおりを挟む
 桜井はレイと共に庁舎内のある会議室に足を踏み入れていた。
 驚いたことに、レイはすんなり庁舎に入れた。中の人間は誰一人、レイが部外者だと思わず、疑いもしなかったのだ。
「大丈夫なのかよ、こんな堂々と入って」
 おかげで桜井は気が気でなかった。レイは椅子ではなく、机に腰掛けるとスマートフォンを取り出し、操作し始めた。言うまでもないことだが、緊張している様子は全く感じられない。
「身分証なら持ってる。なんか言われたら草薙を呼べばいいだけ」
「いや、でも、総監だからって」
「そのための肩書きだろ。好き好んでこんなところに来たわけじゃねえ。草薙に呼びつけられたから、仕方なく来てやっただけだ」
 会議室にはレイと桜井の二人だけで、草薙の姿はまだない。
「なあ、車の中で話してたこと、警察とタッグを組むって、あれ、どういう意味だよ」
 ここぞとばかり、桜井はレイを問い詰めた。
「言葉通りだ」
「言葉通りって、おまえらが警察と手を組むなんて──」
 正にこれからというところで、扉が開かれた。入ってきたのは草薙だった。条件反射と言うべきか、桜井は背筋を伸ばして姿勢を正したが、レイはスマートフォンを仕舞っただけで、相変わらず机に座ったままである。

「元気そうで安心したよ、桜井君」
 いつになくフランクに、草薙が声をかけてきた。
「長い間、お休みをいただき、申し訳ありませんでした」
「後で捜査一課に顔を出すといい。高梨君が会いたがっていたよ」
「ありがとうございます。あの、それで、今後のことなんですが……」
 桜井の怪我は、草薙の命令を無視した結果である。あのとき、命令に従っていれば、こんなことにはならなかった。しかも桜井は草薙に銃口を向けている。職務違反どころか立派な殺人未遂である。
「君の処遇については、もうひとりが顔が見せるまで待ってほしい」
「もうひとり? そんな話は聞いてねえぞ」
 そこにレイが割って入った。ようやく机から下り、草薙を睨みつけた。
「ひとりで立ち上げるのは無理があったものでね」
「だから、公安にぶち込めって言ったろ」
「あそこには、私の目が届かないところもあるから。この形が一番いいんだよ、誰にとってもね」
 レイと草薙が何を言ってるのか、桜井にはさっぱりわからない。
 そうこうするうちに、ノックの音がした。失礼しますという声と共に、扉が開かれ、入ってきた人物を見て、桜井は思わず息を飲んだ。
「既に知っていると思うが、警察庁警備局警備企画課の蓮見隼人警部だ」
 まさかここで、蓮見に再会するとは思わなかった。桜井が驚く一方で、レイの不機嫌オーラが増したことは言うまでもない。
「一刻早く会いたいと思っていたよ、桜井君」
 蓮見は、以前とは異なる態度で桜井に話しかけてきた。
「桜を救ってくれたのは、君だと聞いた。そのせいで酷い怪我をしたことも。ありがとう、そして、今までの無礼を許してほしい」
「いえ、俺は、別に、その……」
 実際に助けたのは桜井だが、元を正せば、レイが言い出したことである。
「桜がね、君に会いたがっていたよ。直接お礼が言いたいからとね。いつでもいいから、時間を作ってやってほしい」
「そういうのは、俺の居ないところでやってくれねえかな」
 レイも腕を組み、わざと視線を外していた。蓮見はレイを見ることはせず、桜井に朗らかな笑顔を向けてくる。

 なんだ、これ、どうなってんだよ。

 板挟みとなった桜井は、ハラハラしっぱなしである。
「全員揃ったことだし、処遇を話そうか」
 そんな空気を知ってか知らずか、草薙が話を切り出した。
「桜井君には、高梨君の側を離れてもらうことになる。所属は捜査一課のままだが、特殊事件捜査係に配属になるよ」
「つまりSITってことですよね。けど、俺にそんな能力は」
「SITとは別に、警視総監直属の捜査班を新設することになった。正式な立ち上げは来月になるがね。蓮見と二人で切り盛りしてもらって、君にはリーダーになってもらう」
「待ってください、警視総監直属の捜査班の新設はまだわかりますけど、蓮見さんと俺の二人だけで、しかも俺がリーダーって!?」
 草薙に刃向かったのだから、相応のペナルティは覚悟していた。高梨の下を離れるのも、草薙直属の捜査班に放り込まれるのも仕方ないと思えるが、そのリーダーを、蓮見より階級が下の桜井がやることは納得がいかない。
「この捜査班は非常に特殊なものでね。通常の捜査とは異なり、あらゆる方向からアプローチをしてもらう。そのための手段は選ばない。これがどういうことなのか、君ならわかるだろう、桜井君」
 そう言うと、草薙は不敵に笑った。
「また、違法捜査をやれということですか」
「今回のような特殊事案に限ってのことだよ。そのためのパイプ役になってもらいたい。だから君をリーダーにした」
 ハナムラと警察がタッグを組むということ、レイが警視庁の内部に入り込めた意味がようやくわかった。
「切り裂きジャック事件を本当に解決したのは誰なのか、君も知っているだろう。ハナムラの必要性がよくわかったはずだ」
 桜井は思わずレイを見た。視線を感じていないはずはないのに、彼は気づかないふりをする。
「責任は全て私が取る。蓮見も、君の好きに使ってくれてかまわない」
「いや、でも、蓮見さんは俺より上で」
「階級は関係ない。今後一切、君を階級で呼ぶことはない。引き受けてくれるね、桜井君」
 桜井が何を言おうが、草薙は貫き通すだろう。断ることなんて出来やしない。
「どうなっても、知りませんよ!?」
「君ならうまくやれるさ。正式な辞令は改めてになる。それまでゆっくり静養してくれ」
 話が終わると、草薙は蓮見を引き連れて出て行った。蓮見は最後までレイを見ようとはしなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

君は恋人、でもまだ家族じゃない

山田森湖
恋愛
あらすじ 同棲して3年。 毎朝コーヒーを淹れて、彼の寝ぼけた声に微笑んで、 一緒に暮らす当たり前の幸せを噛みしめる——そのはずだった。 彼女は彼を愛している。 彼も自分を愛してくれていると信じている。 それでも、胸の奥には消えない不安がある。 「私たちは、このまま“恋人”で止まってしまうの?」 結婚の話になると、彼はいつも曖昧に笑ってごまかす。 最初は理由をつけていたのに、今では何も言わなくなった。 周囲の友人は次々と結婚し、家族を持ち始めている。 幸せそうな写真を見るたび、彼女の心には “言えない言葉”だけが増えていく。 愛している。 でも、それだけでは前に進めない。 同棲という甘い日常の裏で、 少しずつ、確かにズレ始めているふたりの未来。 このまま時間に流されるだけの恋なのか、 それとも、家族へと歩き出せる恋なのか——。 彼の寝息を聞きながら、 彼女は初めて「涙が出そうな夜」を迎えていた。

処理中です...