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31話:横浜衛士防衛戦②

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 真昼は目が覚めた。
 部屋は暗い。窓から光が入ってきている。ここは病室だ。腹に風穴が空いていたので治療を受けているのだった。
 机には見舞いの花が置かれている。
 半透明な時雨が椅子に座って本を読んでいる。本に向けていた視線を真昼に向ける。

『おはよう真昼、気分はどうだい?』
「体が重いですね。頭も痛い。気分は……どうでしょう。案外、気楽と言うか結梨関係のことを考えなくて良いと思うと気が楽になりました」
『ボクは真昼のその成長を少し悲しく思うよ。感情が止まり始めている。初めて会った頃の真昼から変わっていくのが切なくもあり、嬉しくもある。ボクのようになっていくのに喜びを覚えてしまうんだ』

 時雨は真昼を抱き締める。

「お姉様もこんな気分で過ごされていたんですか?」
『心が壊れていく様子を見れるのは、何も何も変え難い優越感がある。ボクだけの真昼だ。ボクは君だけが特別だ。壊そうとしても壊れなかった』
「一時期、お姉様が動揺している時ありましたね。私の記憶を消そうとして消せなかったり、襲いかかってきて殺されそうになった時もありました」
『自分の力が通用しないことは初めてで、それが真昼だったから動揺したんだ。ボクは綺麗なものほど壊したくなる衝動に襲われる。だから真昼も壊してしまいたくなったんだ。だけど真昼は拒否をした。自分はまだやるべき事がある、と誰かの為に戦うから今ここで無意味に殺されてやるわけにはいかないって、ラプラスの力で押し負けちゃった』
「ラプラスは本当に強い力です。支援と支配のスキル。そう呼ばれるだけあります」
『真昼の心強さが、その力を呼び起こしたんだろうね』

 トントン、と病室がノックされる。
 時雨はふわりと消えていった。

「どうぞ」
「失礼するぞ」
「はーい、元気ー?」
「怪我は大丈夫? 真昼さん」

 病室に入ってきたのは理事長代理と真島百由と出江史房だった。簡単に言えば横浜衛士訓練校の首脳陣と天才といった面子だった。その手には端末が握られており、ただの見舞いではないことは確かだった。

「どうしたんですか?」
「儂の口から説明しよう。まず柊シノアの処遇について。命令違反につき謹慎処分となった。そして一ノ瀬結梨の腕はGE.HE.NA.がサンプルとして回収した。君が使ったB型兵装と第四世代型戦術機、加えパワーアシストアタッチメント。そして違法薬剤を渡したクレスト社には横浜衛士訓練校を通さない個人契約を行なったとして抗議をさせてもらった」
「あの第四世代戦術機のデータもらえない?」
「百由さんは黙っていてください」
「良いですよ、これです」

 真昼は端末を操作して百由にシールド戦術機とパワーアシストアタッチメントのデータを送信した。

「このデータを使ってお願いしたいこともあるので」
「オーケー、ありがとう。任せなさい」
「では続き、横浜衛士訓練校の記憶にある夕立時雨は品行方正でその立ち居振る舞いには一点の曇りもない優秀な衛士だった」
(良く授業中にゲームしてましたけどね)
「だけど、時雨様がカリスマ持ちの可能性もあるの」
(スキルを強化してラプラスに進化させてましたね)
「公式の記録にも時雨様のスキルがカリスマだったという記録はありません」
(ユーザーバインだけしか報告してませんでしたからね)
「そうじゃないと辻褄が合わない事があって。戦術機の契約を書き換えるには相応の手続きが必要です。時雨様は戦闘の最中に契約と術式を瞬時に書き換え魔力を通じてデストロイヤーに影響を与えた、そして手負いのデストロイヤーがネストに戻り影響を広めた」
「真昼にしか見えない幻覚の時雨様もこの主張をしていたのよね?」
「はい」
「元々真昼が契約していたのは不知火壱型丙だけど2年前の甲州撤退戦の時最後に使ったのは誰? 時雨様よね。そして真昼様はストライクイーグルに持ち替えた」
「そうですね」
「あの戦術機、術式が書き換えられているの」
「へぇ、具体的な方法は知りませんが、デストロイヤーを狂わせたのは知っています」
「じゃあカリスマのことは?」
「知っています。私が元々ラプラスで、連鎖発現現象によって時雨様もラプラスを発現していたはずです」
「時雨様もラプラスだったの!?」
「あっ」

 真昼はしまった、という顔をした。別に秘密にすることではないが、二人だけの秘密であったのだ。

「カリスマは本来衛士同士で使うレアスキルよ。仲間の士気を高め結果としてレギオン全体の能力を向上させる。その性質から支配のスキルともいわれているわ。真昼は更に広範囲に使用できるのも知っている、防衛隊の人とかね」
「幸運のクローバーと扇動者ですからね」
「ただ夕立時雨は衛士ではなくデストロイヤーに対してそれを使った形跡があるの。魔力とはデストロイヤーを使って古い秩序を破壊し新しい世界を生み出す意志だとする説もあるわ。だけど今私達の管轄するデストロイヤーの行動にはこれまでになかったパターンが現れるようになったの。何かがデストロイヤーを狂わせ闇雲な凶暴性が増しているような。変化の現れた時期はこれを回収した戦いの前後と一致するわ。2年前に仕込まれていた何かにそこでスイッチが入ったとしか」

 真昼はハッキリと言った。

「時雨様は私を愛していました。その時雨様が死ぬ直前に行ったことです。私に何か利益があること以外考えられません。方法はわかりませんが、デストロイヤーが狂うのは確かです。その警告は時雨様もしてくれました」

 そして、と。

「ネストの破壊。人類の大規模攻勢によるネストの破壊とデストロイヤー殲滅。それが私の描くグランドラインです。この話は時雨様にもしていました。だから、これは最初の一歩かもしれません」
「つまり、ここ最近のデストロイヤーの凶暴化は」
「意図して起こして、強力なデストロイヤーを排出させてネストを枯れさせ、無防備になったそこを叩く」
「その為の布石だって言うの? 一個人がそんな事できるはずないわ!」
「私の力、ご存じですよね? ラプラスは不利な戦況を逆転させる力がある。なら、デストロイヤーを汚染するくらいできても不思議ではありません」

 それ以上言葉を続けることはできなかった。轟音と共に相模湾ネストから何かが発射され、宇宙に到達。地球を3回周回してそれは超高速で地表に落下して横浜衛士訓練校を襲った。
 立つことさえできない地震が起こって、修復中だった防御結界が粉砕され、窓ガラスが粉々に砕け散る。

「なんだ!? 何が起きてるの?」
「二体目の、強力なデストロイヤーの襲来!」

 真昼はすぐさま立ち上がって、戦術機格納庫へ走った。他の生徒たちは避難を開始して、戦術機を持って慌てて外へ出ている。防衛隊の車が次々に到着して、衛士たちを安全な地点へ脱出させている。
 真昼は格納庫について、扉を開ける。しかしそこには戦術機らなかった。

「そうか、海に落としてきちゃったから」
『真昼、ボクの戦術機を使って』
「時雨お姉様?」
『大丈夫、妹のピンチに力を貸すのが姉妹誓約の姉の役目だよ』

 真昼は解析室に急いで、デストロイヤーから回収され解析中の時雨の戦術機アクティブイーグルを見つける。強化ガラスケースに保存させれているのを拳で叩き割る。そして持ち手を掴む。そして魔力クリスタルに魔力を流し込むが、契約されていない他人の戦術機は使えない。
 契約を移行するには自身の魔力クリスタルを触れさせる必要があるが、真昼の戦術機は海の底だ。

「くっ!」
『落ち着いて』

 時雨が真昼の手に重ねると魔力クリスタルが輝き始めた。

「どうして? 時雨お姉様は幻覚じゃ?」
『ボクは幻覚だよ。でも同時に死に際にラプラスを使った時に力の一部を真昼に譲渡したんだ。ラプラス同士だからできる芸当だけどね。普通の幻覚が、こんな流暢に話す筈ないだらう?』

 時雨は美しく笑った。

「それ、早く言ってください」

 真昼は時雨の戦術機アクティブイーグルを担ぐと、外に向かって駆け出した。
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