悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック

文字の大きさ
9 / 35

9話︰政治改革②

しおりを挟む
「……………」  

 今日も今日とて、ラスティは執務室で書類の山と格闘する。帝国大臣の椅子に座る彼の前には、まるで意志を持ったかのように積み上がる紙の塔。

 通常の業務だけでも骨が折れるのに、良識派の一人として、ミッドガル帝国の腐敗を抉り出す使命が彼を追い詰める。犯罪組織の撲滅、腐敗派の掃討、治安の向上、革命軍への備え――その全てが、ラスティの肩に重くのしかかる。

 並の人間ならオーバーワークで潰れる仕事量だが、転生者としての常人離れした体力を持つラスティには、多少の無理は許容範囲。いや、許容せざるを得ないのだ。
  
「流石に、厳しい」  

 数時間の書類との死闘も、ようやくラストスパート。ラスティは菓子を一つ摘み、不足した糖分を補給する。まるで脳みそに燃料を注ぐかのように。
  
(進捗は順調。腐敗派や犯罪組織が溜め込んでいた資金のお陰で大分事が進めやすい)  

 腐敗派や犯罪組織から没収した莫大な資金。それを治安向上、経済政策、軍備増強、そして「慈善活動組織アーキバス」の資金源に流用する。帝国の礎を固める一方で、ラスティの「計画」の裏の資金としても活用している。まるで、腐敗の膿から新たな希望を絞り出す錬金術だ。  

(順調とはいっても、果たして革命軍が蜂起してしまう段階までに間に合うかどうか……必要とはいえ、やはり規模が大き過ぎる。この際もう少し完成度は目を瞑って、ガワの完成だけでも優先させるのを検討してみるのもアリだろう)  

 ズキリと、酷使した頭が悲鳴を上げる。思考の歯車が軋む音が聞こえるようだ。  

(もう少しだが……緊急を要するものはない。憩するとしよう)  

 そう思い、菓子をもう一つ摘もうとする。だが、左手が空を切る。視線を皿に移すと、菓子が皿ごと消えている。  

 サクサクと軽快な音が耳を刺す。視線を上げると、ソファに陣取ったデュナメスが、執務机の菓子を勝手に摘んで頬張っている。

 ついさっきまで彼女の存在に気づかなかった。書類に没頭していたラスティの隙を突き、コソコソ侵入したのだろう。
  
「頂いているぜ、ボス」
「デュナメス、私の菓子を勝手に食べないでくれ」
「悪い、こっちも糖分が不足していてね。甘いものが食べたい気分なんだ。それにボスのものは私のものだからな」
「次からは君の分も用意するとしよう」
「ありがとう、ボス」  

 ちょっとしたジャイアニズムを堂々と展開する彼女、デュナメス。ダイモス細胞の暴走で死の淵にいたところをラスティに救われ、今はアーキバスの戦闘員として、帝国大臣となった彼を支える。緑の髪を揺らし、獰猛な笑みを浮かべる彼女は、戦場を生き抜く野生の獣だ。  

 時計を見れば、昼下がり。菓子を摘みながらとはいえ、空腹が腹を鳴らすのも無理はない。  

「時間も時間だ、昼食を取ろうか。店も予約してある」
「あ? もしかしてお店で食べるのか?」
「視察するついでに、庶民の味を楽しもうと思ってね。席もテーブルで予約してあるから、1人増えても問題ない」
「いいね」  

 かくして、ラスティとデュナメスは宮殿を抜け出し、城下町の飲食店へ。帝国大臣の素顔が知れ渡れば騒ぎになるのは確実なので、ラスティは軽い変装で帝都市民に紛れる。
 仮面を被った役者のように。  
 店内では、ラスティが肉料理の皿を山のように積み上げ、デュナメスがスイーツの皿を城塞のごとく築き上げる。
 ストレスと頭脳労働、鍛錬によるエネルギー消費が、ラスティを大食漢に変えた。デュナメスも負けず劣らず、甘いものへの執着は獣の如し。  

「ご馳走様でした」  

 ようやく腹が満たされ、ラスティはナイフとフォークを置く。デュナメスはケーキの最後の一片を切り分け、美味そうに頬張る。  

(代金は……)  

 積み上がった皿と料理の数を思い出し、大雑把に計算する。多めに用意すれば、余りはチップでいいだろう。だが、視界の端に映った一人の男が、ラスティの思考を中断する。  

(……………)  

 男の近くには、三人の少女。装いから、帝国の僻地出身と推測される。そして、男の詳細が脳裏に蘇る。ラスティの表情が、凍りつくように変わる。  

「デュナメス、どうやら少し仕事が出来たようだ」
「オーライ、ボス」  

 ラスティの言葉と気配で、デュナメスも異変を察知。少女のような笑顔から、暗殺者の冷徹な眼光へ一瞬で切り替わる。  

「あの男を見張ってほしい。無いと思うが、勘付かれぬように。私は手早く会計を終わせる」
「了解」  

 デュナメスは最後のケーキを飲み込み、店の出口へ。ラスティも素早く会計を済ませ、通りへ出る。デュナメスの視線を追い、男を再確認。怪しまれぬよう、他愛ない会話を装いながら、適度な距離で尾行を開始する。  

(腐敗派と繋がっている犯罪組織のリーダーと、こんな所で出逢えるとは。僥倖だな)
「ボス、親衛隊は呼ばなくて大丈夫なの?」
「いつしでかすか分からない。それに出動準備は既に発令済みだ」  

 デュナメスの問いに、ラスティは右手に握る小さな機械をチラリと見せる。びっくり箱の仕掛けるを作動せるスイッチのように。  

「後は、現場を押さえるだけだ」  

 尾行を続けて数十分。男と少女三人は、帝都郊外の人気のない店へ入る。ラスティとデュナメスは店には入らず、気配を消し、四人の様子を窺える位置へ移動。  

 数分後、店の奥から黒服の男たちが十数人、現れる。犯罪組織と繋がっていると報告されていた三人の男も姿を現し、一般人と思われる少女たちを取り押さえていた。

 その瞬間、ラスティとデュナメスは動いた。尾行も情けも不要。帝国の平穏と少女たちの安全のため、ただ殴り込むのみ。  

「ラスティ・ヴェスパー、セットアップ」
「デュナメス、変身」  

◆ 

 少女たちを捕らえ、破壊の愉悦に浸ろうとしたその瞬間だった。  
 パァン! と扉がブチ破られる轟音。壁に衝突する音が続き、店の全員が驚愕で出入り口を見やる。  

「対象を発見、殲滅を開始する」
「外道どもめ。お前らに慈悲なんてくれてやるか」  

 蹂躙の幕が上がる。ラスティとデュナメスは一瞬で敵との距離を詰め、接敵。デュナメスは魔力ブレードを展開し、少女を捕らえる黒服の両肩を深く切り刻む。一閃で戦闘不能に叩き込む。  

 ラスティは一人の黒服を蹴り飛ばし、数人を巻き込んで吹き飛ばす。その流れで別の男の襟元を鷲掴み、加減なしで投げ飛ばす。悲鳴を上げた黒服は、数人を巻き込み壁に激突。  

「ヒッ…!!」  

 首謀者たちが逃げようとするが、ラスティは許さない。魔力を属性変形させ、『雷槍穿ち』を放つ。
 雷の槍は首謀者たちの太腿を貫き、筋繊維を破壊。歩行不能に追い込む。  
 背後から凶器を手に襲いかかる黒服が現れるが、デュナメスがさらに背後を取り、背中を切り裂く。内臓まで達する壮絶な傷で、ショック死させる。  

 制圧完了。少女三人の安全を確保し、敵の戦闘不能を確認。  

「デュナメス、3人を頼む」
「おーけー」  

 デュナメスが呆然とする少女たちに歩み寄る。 
 
「さて」  

 ラスティは首謀者三人の口をテーブルの布で塞ぎ、拘束。なおも這って逃げようとする犯罪組織のリーダーの傷を、正確に踏みつける。  

「ギャアアアアアアッ!!?」
「申し訳ないが、逃がすつもりはないんだ」  
蹴り飛ばして仰向けにさせ、胸元を踏みつける。  
「さて、君には聞きたい事が色々とある。しかし今は場所が悪い。場所を移した後に行うとしよう」
「お前、お前何をやってるのか分かってるのか!?  今すぐ僕らを解放しろ、そうすれば報復の内容も考えてやる!!  さもなければお前に生き地獄が待ってるぞ!!」
「ああ、そうか。今は変装しているから気付いていないのか」  

 ラスティは変装を解く。素顔を見たリーダーの顔が、みるみる青ざめる。  

「………な、なんで大臣がここに居るんだよ!!?」
「お前たちみたいなのがいるからだ」  
    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺

マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。 その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。 彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。 そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

異世界転移魔方陣をネットオークションで買って行ってみたら、日本に帰れなくなった件。

蛇崩 通
ファンタジー
 ネットオークションに、異世界転移魔方陣が出品されていた。  三千円で。  二枚入り。  手製のガイドブック『異世界の歩き方』付き。  ガイドブックには、異世界会話集も収録。  出品商品の説明文には、「魔力が充分にあれば、異世界に行けます」とあった。  おもしろそうなので、買ってみた。  使ってみた。  帰れなくなった。日本に。  魔力切れのようだ。  しかたがないので、異世界で魔法の勉強をすることにした。  それなのに……  気がついたら、魔王軍と戦うことに。  はたして、日本に無事戻れるのか?  <第1章の主な内容>  王立魔法学園南校で授業を受けていたら、クラスまるごと徴兵されてしまった。  魔王軍が、王都まで迫ったからだ。  同じクラスは、女生徒ばかり。  毒薔薇姫、毒蛇姫、サソリ姫など、毒はあるけど魔法はからっきしの美少女ばかり。  ベテラン騎士も兵士たちも、あっという間にアース・ドラゴンに喰われてしまった。  しかたがない。ぼくが戦うか。  <第2章の主な内容>  救援要請が来た。南城壁を守る氷姫から。彼女は、王立魔法学園北校が誇る三大魔法剣姫の一人。氷結魔法剣を持つ魔法姫騎士だ。  さっそく救援に行くと、氷姫たち守備隊は、アース・ドラゴンの大軍に包囲され、絶体絶命の窮地だった。  どう救出する?  <第3章の主な内容>  南城壁第十六砦の屋上では、三大魔法剣姫が、そろい踏みをしていた。氷結魔法剣の使い手、氷姫。火炎魔法剣の炎姫。それに、雷鳴魔法剣の雷姫だ。  そこへ、魔王の娘にして、王都侵攻魔王軍の総司令官、炎龍王女がやって来た。三名の女魔族を率いて。交渉のためだ。だが、炎龍王女の要求内容は、常軌を逸していた。  交渉は、すぐに決裂。三大魔法剣姫と魔王の娘との激しいバトルが勃発する。  驚異的な再生能力を誇る女魔族たちに、三大魔法剣姫は苦戦するが……  <第4章の主な内容>  リリーシア王女が、魔王軍に拉致された。  明日の夜明けまでに王女を奪還しなければ、王都平民区の十万人の命が失われる。  なぜなら、兵力の減少に苦しむ王国騎士団は、王都外壁の放棄と、内壁への撤退を主張していた。それを拒否し、外壁での徹底抗戦を主張していたのが、臨時副司令官のリリーシア王女だったからだ。  三大魔法剣姫とトッキロたちは、王女を救出するため、深夜、魔王軍の野営陣地に侵入するが……

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...