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1:王妃陛下

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王妃の名をクラウディア・フォン・ウルリッヒ=トラウエという。

実家は隣国の王家で、皇帝を擁立する権利をもった家柄でもあった。

十五歳で政略結婚をした。相手はこの国の王子であり、彼の即位に乗じて王妃となった。

二男一女をもうけ、端からみれば夫婦仲もよく順風満帆な何一つ汚点のない王妃であった。

「陛下、お茶のお味はどうですか?」

「少し苦いかしら。でも以前よりは腕をあげたわね、リズ」

「まあ、それはよかった。夫は何をしても悪くないの一点張りで参考になりませんもの」

王宮の庭で貴婦人がお茶会を開いていた。

クラウディアの相手をしているのはシャルモン伯爵夫人のリゼット・ド・シャルリエだ。

嫁いだ時からレディズ・コンパニオンとして側で仕え支えてくれている最も信頼している相手だ。

「そう言えば、リズの一番下の子が王太子と同じくらいかしら」

「殿下もすっかり大きくなられましたわね。ありがたいことに、息子は殿下に仕えていますが……」

リゼットがどこか言い淀んだことを見逃さなかった。

「何かしら?」

「陛下には確実なお話しかお耳にいれたくないのですが……」

「いいからおっしゃって。不確かな情報だからと罰したりはしないわ」

リゼットの息子を王太子につけたのは迅速に王太子のことを知ることができるからだ。
リゼットは少し困った表情をしてから声を潜めた。

「息子から聞いた話なのですが、殿下がある女性に懸想しているらしいのです」

リゼットの言葉に一瞬だけ顔を曇らせたが、何事もなかったようにティーカップに口をつけた。

「どこのどなたかしら、王太子を射止めたのは」

「以前、殿下がゲレ子爵領に狩りに出掛けたことはご存知ですよね」

リゼットの言葉に初耳だと眉をあげると、彼女は少し呆れたような表情をした。

「もう少し、殿下へ興味を示してあげてください」

「必要最低限は知っているわ。それに問題や失態を犯した時にいち早く気づけるようにと貴女の息子を近侍にしたのよ」

何か間違いを犯す前提なのがおかしいのではとリゼットは口が裂けても言えなかった。

クラウディアは自分の子供のなかでも、王太子であるルイ=クロードには一際厳しく接した。

クロードが幼い頃は無関心であり、成長すると年の近いティオゾ伯爵と比較しては失望していた。

そうして大きな問題を起こさない限りは期待もしていない、次の王の空っぽの器だと考えていた。

酷い母親だと苦言を呈することは簡単だが、彼女の心中を考えるとリゼットは何も言えなかった。

それに貴族は子供を自分の手で育てずに乳母ナニー家庭教師ガヴァネスの手で育てることが当たり前で、自分の子供を抱いたことがない者だって大勢いる。

「殿下の思い人はゲレ子爵の庭師の娘らしいのです。頻繁に狩りへ出掛けている理由もそこにあるようです」

「そう言えば、陛下がゲレ子爵が養女をむかえることを許可していたわ。おそらく、その娘でしょうね。陛下は王太子に甘いのがよろしくないわ」

不快そうな顔を隠そうともせずにクラウディアは言った。

「問題は婚約者であるセリーネ嬢ね。名家の公爵家の令嬢ですもの」

要はプライドが高く傲慢な世間知らずの令嬢がどのような突飛な行動にでるかわからないということだ。

クラウディアのような王族でもなければ、現状を受け入れることができるほどの大人でもない。甘やかされて育った、貴族の義務もなにも知らない娘が愛人を受け入れる度量もないだろう。

「セリーネ嬢の素行はあまりよくないと聞きますわ。ですが、誰だって夫が知らないうちに愛人をむかえることに不快感は感じますでしょう。せめて事前に報告するなり、上下関係をはっきりさせなければ」

「貴女がそんなことを言っても仕方のないことじゃない。シャルモン伯爵といつまでも蜜月なのだから」

「蜜月だなんて。もう孫も産まれたお祖母ちゃんなんですよ」

「十かそこらしか変わらないじゃない」

シャルモン伯爵夫妻は社交界でも有名なおしどり夫婦だ。

政略結婚ではあったが、シャルモン伯爵は外で女をつくらず、リゼットだけと関係をもった。

男も女も結婚し子供を成せば、外で愛人を囲むことが普通であるこの世界で奇特な存在である。

「そろそろ一番上の子に爵位を譲ろうかという話もしているのですよ」

「それは陛下が困ってしまうわね。私はリズと長く居れるので嬉しいけれど」

「ふふふ。陛下はいつまでたっても可愛らしいお方ですわね。はじめてお会いしたころと何らおかわりありませんもの」

「あら、そうかしら」

クラウディアは鈴を転がすように笑った。

もう三十も後半の年齢であるはずなのに、未だに十代のような若々しさがある。

美しいプラチナブロンドの髪に空のような色をした瞳、そして陶器のように肌にぽってりとした赤い唇。

絶世の美女と名高かった面立ちをずっと保ち続けている。

「殿下のことがお気になりますのなら調べさせましょうか?」

「そうね。ゲレ子爵の養女となった娘とジョレアン公爵の動向がすこし気になるわ」

クラウディアがそういうと、リゼットは自らの侍女を招き寄せて指示を出した。

「陛下、ティオゾ伯爵ですわ」

リゼットは視線で男をさした。

そこには礼をとって話しかけられるのを待っている青年がいた。

黒い髪の隙間から、アンバーの瞳がじっとクラウディアを見つめていた。

「陛下、そろそろ移動いたいしましょう」

「そうね」

侍女の手をかりて立ち上がり、ティオゾ伯爵の横を通る。

「武功を立てたと聞きました。おかわりありませんこと?」

「陛下の恩恵のもとつつがなく」

「オートゥイユ夫人はお元気かしら」

「母とは疎遠でして。王妃陛下の方がお詳しいかと」

「ふふふ、それもそうね。ごきげんよう、また会いましょう」

クラウディアは笑って、今度こそティオゾ伯爵の隣を通りすぎた。
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