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7 : 家族
しおりを挟む幸いにも東部の状況は、他の神殿からの救援が必要なほどではなく、リュアオス神殿だけで解決できるものだった。
それもこれも、アメデアの力のおかげであろう。
アメデアが寝る間も惜しんで、患者の治療と祈祷を続けていたため、他地域への拡大を防ぐことができた。また死者も少なく済んだ。
「少し実家に顔を出したいんだ。護衛はいらないよ。君たちもすこし休むといい。ここは自然が豊かで美しいよ」
アメデアはいつもの神官服ではなく、まるで羊飼いのような格好をして行った。
カルロは護衛しなくていいのかとオルドを見たが、彼は首をふった。それでもアメデアの様子が少し気になった。
「兄さん!」
あの森を抜けて牧場に出れば、羊たちの群れのなかに男が一人立っていた。
「久しぶりだね、アベレ。元気にしていたかい」
弟のアベレはあまりアメデアには似ておらず、日に焼けた小麦色の肌に黒々しい髭を蓄えている。外見だけで判断するなら、アベレの方が年上に見えるだろう。
「俺は元気だよ。兄さんは少し痩せたんじゃないか?」
「そんなことないさ。子どもたちはどうだい? 村でも疫病が流行しただろう」
兄弟仲は悪くない。
年の離れた兄弟だからか、それともあまりアメデアが実家に顔を出せないからなのか大きな摩擦もなく今に至る。
「子どもたちは元気すぎるくらいだよ」
「伯父さまだ!」
「伯父さまだわ!」
「だぁー!」
アベレと話していると、家から男の子二人と女の子一人が走ってきた。
この小さな悪魔たちは、アベレの子どもて、アメデアの甥と姪たちだ。
上から、長男のバルド、長女のエレナに次男のトッドだ。
三人ともまだ幼く、長男のバルドは今年でやっと10になった。
小さな足で走って来たので、兄姉に追い付こうとしたトッドが大きく転んだ。
「ふぇぇぇん!」
転んだトッドをアベレが起こした。
顔を真っ赤にさせながら、大きな声で泣く姿は懸命に生きている生命そのものであった。
「今、治してあげよう」
そういって手を伸ばすとアベレが静止した。
「このぐらい大丈夫さ。子どもはこうやって大きくなっていくんだ。ほら、トッド男の子だろ。そんなんじゃ強くなれないぞ。いつか騎士になりたいんだろ」
アベレがあやすと、トッドは必死になって涙をこらえて、不恰好に笑おうとした。
バルドとエレナもトッドを囲んで偉いぞ、流石だと慰めていた。
「君たち家族はすごいね」
「そんなことないさ。ただ兄さんは少し手助けしすぎなんだ。みんな、いつかは自立しないといけない。おんぶに抱っこじゃ、成長できないだろ」
アベレはトッドの頭を撫でてやると彼はまた走り出した。
今度は転ぶことなく兄姉のもとにたどり着いて、羊たちの面倒をみる。
「アベレ、もうすぐご飯よ、羊をしまって。あら、お義兄さんがいらしていたのね。一緒にどうですか?」
アベレの妻のコルネアが声をかけてきた。
もう昼食の時間かと、この家族にまざっていいものなのか悩んでしまう。
「エレナは伯父さまをランチに招待しますわ」
可愛らしい姪っ子が少しおませな言葉遣いで言ってきた。
バルドはアメデアを逃がさないように裾をつかんでいるし、トッドはつぶらな瞳でみつめてくる。
「これは断りづらいお誘いだ。是非ともお邪魔しよう」
父母はすでに天寿をまっとうしており、この家には弟一家が住んでいる。牧羊犬のルディもすでに三代目である。
「リュアオスさま、貴方さまの恩恵による食事に感謝し、我が血肉の糧としてこの身を捧げます。どうか哀れな信徒に祝福を」
アメデアは食前の祈りをする。
敬虔な信者でないかぎりしないであろう祈りは、この場ではアメデアだけが行ったが、子どもたちは真似をして手を合わせて祈るふりをする。
幼いころのアメデアもすることのなかった祈りであったが、いつの間にか習慣ついていた。
「伯父さま、お口にあうかしら?」
「ああ。とても美味しいよ」
質素だが温かな食事はどんな午餐よりも素晴らしい。
自分にももしかしたらこんな姿があったのかもしれないと思ってしまった。それだけで背反行為だと自分を戒めた。
ふとバルドがアメデアの右手の甲を見つめていることに気がついた。
「気になるかい?」
「不思議な模様がピカピカ輝いているから」
普通の人にはただの痣のように見えるが、光って見えるということはバルドは少なからず神聖力を持っているのだろう。
「これはリュアオスさまが私にくれた証なんだ。全てを捧げた証」
食器を置いて、聖痕をバルドに見せてやる。
きっとアベレもバルドが神聖力を宿していることに気づいたのだろう。少し複雑そうな顔をする。
アメデアは決して、甥を聖職者の道へと誘うつもりはない。彼の選択肢の1つとしてある程度でいい。
「綺麗」
バルドが聖痕に触れた。
すると胸の宝石が大きく揺れて、アメデアを襲う。
「……っ!?」
出そうになった声をこらえて、腕を引っ込める。
「す、すまない。この聖痕は……」
なんと言えばいいのだろうと言葉を悩ませているとバルドはキラキラした目でアメデアをみた。
「特別なの? 伯父さまはやっぱりリュアオスさまの特別なんだね。皆が言ってるんだ」
「……どうだろう。でも、そうだといいね」
今でもリュアオスにとってアメデアは特別なのだろうか。
もしかしたら、すでに賞味期限のきれた者なのかもしれない。ただ神託を授け、その力をもって人々を救済するための預言者に成り果ててしまったのかもしれない。
「伯父さまは小さいころ、此処で何をして遊んでたの? ここは少し退屈じゃないかしら」
「それは俺も気になる。俺が物心つく前にはすでに神殿に入ってしまったから、幼い兄さんのことを知らないな」
「ん? 小さいころか……」
もう随分と昔のようだ。
一番輝いていた記憶は、あの青い草原でリュアオスさまと羊たちを見ながら話していた時だったのかもしれない。
「普通だよ。父さんの手伝いをして、ルディたちと駆け回っていた。でも運動はあまり得意じゃなかったから、花冠をつくっている方が性に合ってたよ。ときどきリラの練習なんかもしたな。まだ家にあるんじゃないかな、リラ」
「伯父さまは花冠が似合いそうね。父さまとは大違い」
純粋なエレナの言葉が少し刺さる。
アメデアの外見に、アベレのような男らしさは全くない。男としては、どこか女々しさえ感じる容貌よりも、アベレのような雄々しさの方に少し憧れさえある。
こうして休息としての弟一家との交流を終えてアメデアは、村の小さな神殿へと戻ろうとした。
だが中々足が思うように動かずに、思い出をなぞるように広い草原や森の中を散策してしまった。
森の中にあるあの小川をみると胸がドキリと跳ねた。
胸にある飾りがその存在を主張するように鼓動とともに揺れ動く。
まわりに誰もいないことを確認して、服のなかに手を差し込む。掻いても、押さえても、宝石は勝手に揺れ動き、アメデアの乳頭を痛め付けながら快感を与える。
「んぅっ、リュアオスさま」
下半身が起き始めていることにきづき、慌てる。
勝手に快楽を感じてはいけない。この身はリュアオス神に捧げたのだ。彼の許可なくしては法悦も果てることも許されない。
それが自分で決め、リュアオスに誓ったことだ。
冷静になるためにアメデアは目の前の小川に身を投げた。
小川は膝を少し越えるほどの浅さであり、流れは穏やかだ。そこに浮かぶように仰向けなる。
水の音と木漏れ日だけの世界。
冷たい川の水が火照った体を諌めるようにさます。
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