幸い(さきはひ)

白木 春織

文字の大きさ
12 / 131
第二章

第四話

しおりを挟む
――そこには、大きな桜の木が一本だけ立っていた。

 千鶴の身長十人分、優に五十尺ごじゅっしゃくは超えているだろうか。  

 こけのみっしりついた太い胴体から伸びるいびつな枝に、余すところなくついたほのかに透けるような薄紅の可憐な花。

 不格好な巨木と端麗たんれいな小花。

 一見すれば相反する二つのもの。

 しかし、ここまで大きな木でなければ、愛らしい花はたくさんの花を咲かせられず、一方で朴訥ぼくとつな巨木も見目麗しい花がなければただの変木。

 どちらがかけてもこの美は成り立たない。

 それらが融合することで、えもいわれぬひとつの大きな花を形作っている。

 千鶴はその壮大な美しさを捉えた瞬間、世界からそこだけを切り取られたように、桜と自分の存在しか認識しなくなった。

 その気高く壮麗そうれいな花は、まるで自分がこの世のすべてだと言わんばかりに主張する。

 多くの花が最も美しく咲く春にあって、人々の視線を天高く一心いっしんに集め、地上の花々に心を移すことさえ許さない。

 この世界にある他の何かを見ようとしても見えないし、感じようとしても感じ取れない。

 それほどまでにこの花は、千鶴に自分の存在を押し付け、千鶴も不思議とそれを受け入れている。

 そんな麗しき女皇じょこうは、何の気まぐれか、腕を取れと言わんばかりに、千鶴の方に一本、枝をひときわ長く伸ばしていた。

 その先端にも可憐な女王の子どもたちが咲いている。

 千鶴がそろりと手を伸ばした瞬間、突風が吹き抜ける。

 気位の高い花の女王ではあるが、風が少しでも吹こうものなら、微塵みじん躊躇ためらいもなく、ますます美しく花を散らす。

 しかし、今日の桜吹雪が生み出したのは、巣をつつこうとして蜂の群れが襲ってくるような花弁の大群。

 まさに強襲きょうしゅうという表現が正しい、すさまじい量の花びらが千鶴に向けられ、千鶴はそれらから守るように己の顔を手で覆った。

 わがままな女王は、他人が子にれることを良しとしなかったのだろうか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...