幸い(さきはひ)

白木 春織

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第四章

第五話

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 今朝の桐秋の提案で、千鶴も自分の昼食の膳を用意し、桐秋と同じ部屋の少し離れた場所で食事をとる。

 互いに黙々と箸を動かし、会話はない。

 決して険悪な空気ではないが、微妙な間に居たたまれなくなった千鶴は箸を置き、気になっていた疑問を桐秋に尋ねる。

「桐秋様は、とてもご熱心に桜病さくらびょうの研究をなさっていますが、何か理由があるのですか」

 桐秋は千鶴の問いに茶碗と箸を持つ手を、それぞれ正座した腿の上に置き、思案するような表情を浮かべる。
 
 桐秋の考えこむような様子に、千鶴は踏み込んではいけないことだったかと思う。

 少し距離が近づいたと思い調子に乗ってしまった。

「いきなり無遠慮なことを申し上げました。お許しください。お話になりづらいことでしたら結構です」

 千鶴はそう言って頭を下げると、ふたたび箸を持ち、茶碗に手を伸ばす。

 そんな千鶴に桐秋は、いや、といって首を振る。それから、

「午後に少し時間をとれるか」

 と尋ねた。その問いに千鶴は頷く。

「なら、その時に話そう」
 
 そう言って桐秋は食事を再開させる。

 千鶴はまたそれにこくりと首を縦に振り、自身も残りの膳を取り始めた。


「少し休憩にしませんか」

 午後三時を過ぎた頃、千鶴は桐秋に声を掛けた。

 桐秋が自室から縁側へ出てきたところに、千鶴はぬるめのお茶と朝から作っていた水無月みなづきを置く。もっちりとした触感が楽しい小豆のお菓子だ。

 空を見上げると、黒い雲が少し立ちこめている。一雨くるだろうか。

 千鶴が部屋に入ったほうがいいかと考えている側で、桐秋は出されたお茶を一口、口に含み、口内をうるおわせるようにゆっくりと飲み込む。

 そして一呼吸置くと、静かに口を開いた。

「君が聞いた、なぜそこまでして桜病の研究を行うのか、という問いだが…」

 軒下から空を眺め、天気を気にしていた千鶴だったが、桐秋が話を始めると一人分、席を空けて隣に座り、黙って話に耳を傾ける。

「昔、出会った少女と約束したんだ。彼女の病を治すと。

 その少女が患っていた病気が桜病だった。

 だから今、その研究を行っている。」

 桐秋の言葉は強く、決意に満ちたものだった。
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