幸い(さきはひ)

白木 春織

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第四章

第八話

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 桐秋は一つ瞼を閉じると、話を続ける。

「彼女に出会った時、私は桜病という病を聞いたことがなかった。

 ところが彼女と別れた直後、不思議な感染症の噂を聞くようになった」

 その症状から付けられた病の名前は「

「桜病が確認されて間もなくは不明な点も多く、子どもへの感染も危惧されていた。

 彼女の父は医者だといっていたから、桜病の情報を事前に得ていて、似た症状があった娘を桜病と診断したのかもしれない。

 だが今となっては、桜病は成人病とされ、子どもが感染する事例は聞いたことがない」

――ゆえに彼女が桜病である可能性は限りなく低い。

――それでも、彼女の言うことを信じるのであれば、万が一、幼い子どもでも患う桜病があるのならば、桐明はそれを治す方法を見つけ出さなければならない。

「未だ桜病を治す治療法は開発されていない。

 世の中では桜病は終息したのかもしれない。

 しかし彼女の病を治さなければ、私の桜病は終わらない。

 私は必ず病気を治すと誓った。

 あの日結んだ小指の約束が、今も私と彼女を繋いでいる」

 桐秋は右の小指を見つめながら、決意の変わらない遠い日の約束を想った。

 桐秋はゆっくりと手を下ろし、のどを潤すように冷え切ったお茶を一気に口に運んだ。

 気持ちが幾段か落ち着くと、隣で黙って聞いていた千鶴の方を伺う。

 千鶴は下唇を噛み、瞳にためたしずくを必死にこぼさないよう我慢していた。

 さらに涙の混じる力強い声で桐秋に告げる。

「約束はきっと果たされます。そのために桐秋様はずっと努力されています。

 ご自身が病になってなお、少女との約束を思って、必死に研究されています。

 そのような努力が実らないなんてことはありません。

 どこまでもその方を思われる桐秋様だからこそ、必ず約束が果たされると私は信じています。きっと大丈夫です」

 しゃべっているうちにたまっていた雫はあふれ、千鶴の頬には幾筋もの涙のあとができる。

 が、彼女の光を放つ瞳はまっすぐに桐秋を捉え、桐秋の言葉を肯定してくれている。

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