幸い(さきはひ)

白木 春織

文字の大きさ
43 / 131
第五章

第七話

しおりを挟む

「実はもう少ししたら、東北の実家に帰ろうかと思っているんだ」

 中路の言葉に千鶴は虚をつかれる。

「父から、経営を含めた病院の仕事を引き継ぎたいと申し出があってね。

 だいぶ甘えて自由にさせてもらえたし、父も年だから、そろそろかなと思ったんだ」

 そう言って、中路は出された紅茶を丁寧な所作で口に運んだ。

「・・・そうですか。・・・寂しくなりますね」

 千鶴は驚きながらも、見知った顔に会えなくなることを思い、目を伏せる。

 そんな千鶴の様子を見て、中路は一度、唇を内側に巻き込んだ後、はっきりとした口調で告げた。

「突然なのだけれど、千鶴ちゃん。

 よかったら、僕と一緒に実家の病院に来てくれないか。

 看護婦としてだけではなく、将来の配偶者として」

「―――」

 そのような言葉をかけられるとは、予想だにしていなかった千鶴は目を見開き、顔を上げて中路の顔を見る。

 彼の直とした相貌は千鶴をしかととらえていた。

「僕は、西野先生の診療所にお世話になっている頃から、君を好ましく想っていた。

 看護婦を目指すため、周りの逆境にも負けず、努力するひた向きな姿。

 診療所を訪れる患者さん一人一人に寄り添う優しい心。

 最近の様子も上条先生から伺ったよ。

 ご子息の体調を細かく観察して、よく管理していると。

 ぼくもこの数週間、桐秋様の治療を共にする中で、肌で感じた。

 立派な看護婦になったんだね。

 君のような女性、君のような看護婦が、僕自身と、医療が未発達の僕の故郷には必要なんだ」

 いつも穏やかなしゃべりをする中路の珍しく熱い口調に、千鶴は圧倒され、続く言葉が出ない。

 それに中路は畳みかけるように話を続ける。

「何より一番は、なにものにも代えがたい君の、周りを照らす、明るい笑顔に惹かれているんだ」

 中路は、両膝に乗せたこぶしを強く握り占める。

「今回あったのも何かの縁だと感じた。

 そして、君が、また僕に微笑んでくれた時に、この機会を逃したくないと思ったんだ」

 熱い想いを真正面から千鶴にぶつける。

「考えてくれないかな」

 千鶴は中路の強い眼差しを逸らさず、受け止めながらも、予想外のことに戸惑い、何も言葉を紡ぐことができない。

――中路が自分のことをそう見ているなんて思いもしなかった。

 中路のことは尊敬している。医者としても、人としても、しかし、

 混乱したような千鶴の様子に中路は真剣な顔を崩し、苦笑する。

「いきなりすまない。答えがすぐにほしいわけじゃない。

 まだしばらく、上条先生の代わりに南山家に来るから、考えておいてほしい」

 そう言うと、中路は帽子を手に取り、部屋を出ようとする。

 千鶴も見送ろうと席を立つが、手で制される。

 最後に、中路はにこりと微笑むとさらりと帰っていった。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...