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第八章
第三話
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突然のことに千鶴は驚き、真っ赤になって桐秋の方を見る。
桐秋はいたずらが成功したように笑っている。
直にはふれられないからガラス越しの口づけ。
それでも千鶴にとっては初めての口づけ。
千鶴は無意識に、ありもしないふれられた感覚を肌になじませようと、指先で唇をなぞる。
それからまた桐秋は、千鶴にガラスに顔を近づけるようにと言う。
今度は、千鶴は赤面しながらも、目をつむり、透き通ったそれにしっかりと自身の唇を押し付ける。
桐秋は数拍 の間の後、ゆっくりと顔を近づけ、千鶴の澄んだ唇に己の唇を長く押合わせる。
まるで本当に口唇がふれあっているかのように。
冬の冷えたびいどろの薄膜は確かに二人の間に存在するのに、互いから発する熱い息がそれを感じさせない。
無機質な硝子は唇の角度を変えるたび、吐かれる二人の吐息でどんどん白く曇っていく。
やがて互いの顔も見えなくなるが、唇を合わせることに夢中な恋人達は気付かない。
千鶴は息が苦しくなり、透明な隔たりに手をつく。
桐秋はその手をも握りしめるかのように己の手を合わせる。
唇、手、心、今の千鶴に差し出せるものはみな桐秋と数ミリの板越しにつながっている。
千鶴は余裕がなくなり、自然に瞼がうっすらと開く、白く朧気な視界には、腹を空かせた狼のような、飢えた欲を浮かべる桐秋の目だけがはっきりと見えた。
千鶴は射るような眼光に自身が求められているのだと強く感じ、女としての愉悦の笑みを浮かべる。
しばらくして、互いの顔がゆっくりとガラスから離れる。
曇りが取れた雪見障子越しに見える千鶴の頬は紅潮して、瞳は陶酔しているかのようにトロリとしていた。
歪んだガラスにそれは一層誇張され、桐秋に伝わる。
そんな千鶴の姿に桐秋は再び欲を刺激される。
一方、千鶴はやっとのことで息を整えると、ガラスに映った自身の姿に羞恥を感じ、バタバタとその場を走り去る。
桐秋はその音にようやく正気に戻る。
明らかにやりすぎた。
最初の軽い口づけは恋人同士の戯れ。
今になってはそれもやりすぎだったと思うが、熱のせいだと大目に見ても、二回目の口づけは完全に彼女が欲しいという心の衝動に突き動かされたものだった。
本当なら二度目は、千鶴が近づけた顔にガラス越しに息を吹きかけ、落書きをするというかわいいいたずらをするつもりだった。
しかし、千鶴の口づけを待つ顔に、しっかりとガラスに押し付けられた豊潤な唇に、桐秋は理性を奪われた。
気づけばそこにある無機質でいて柔らかな唇に己の欲望をぶつけていた。
体はだんだんと弱くなっているのに、千鶴への想いは大きくなるばかり。
それに伴う欲動も抑え込むことができていない。
桐秋は欲にまみれた自分のありように嫌悪感を抱く。
だが、この刹那にしか味わえない快楽に身を任せる自分にも逆らえない。
最後の一線だけは超えてはいけない。
そう理性では強く思いながらも、桐秋の脳内には艶めき、火照った千鶴の顔が浮かんでは消えていくのだった。
桐秋はいたずらが成功したように笑っている。
直にはふれられないからガラス越しの口づけ。
それでも千鶴にとっては初めての口づけ。
千鶴は無意識に、ありもしないふれられた感覚を肌になじませようと、指先で唇をなぞる。
それからまた桐秋は、千鶴にガラスに顔を近づけるようにと言う。
今度は、千鶴は赤面しながらも、目をつむり、透き通ったそれにしっかりと自身の唇を押し付ける。
桐秋は数拍 の間の後、ゆっくりと顔を近づけ、千鶴の澄んだ唇に己の唇を長く押合わせる。
まるで本当に口唇がふれあっているかのように。
冬の冷えたびいどろの薄膜は確かに二人の間に存在するのに、互いから発する熱い息がそれを感じさせない。
無機質な硝子は唇の角度を変えるたび、吐かれる二人の吐息でどんどん白く曇っていく。
やがて互いの顔も見えなくなるが、唇を合わせることに夢中な恋人達は気付かない。
千鶴は息が苦しくなり、透明な隔たりに手をつく。
桐秋はその手をも握りしめるかのように己の手を合わせる。
唇、手、心、今の千鶴に差し出せるものはみな桐秋と数ミリの板越しにつながっている。
千鶴は余裕がなくなり、自然に瞼がうっすらと開く、白く朧気な視界には、腹を空かせた狼のような、飢えた欲を浮かべる桐秋の目だけがはっきりと見えた。
千鶴は射るような眼光に自身が求められているのだと強く感じ、女としての愉悦の笑みを浮かべる。
しばらくして、互いの顔がゆっくりとガラスから離れる。
曇りが取れた雪見障子越しに見える千鶴の頬は紅潮して、瞳は陶酔しているかのようにトロリとしていた。
歪んだガラスにそれは一層誇張され、桐秋に伝わる。
そんな千鶴の姿に桐秋は再び欲を刺激される。
一方、千鶴はやっとのことで息を整えると、ガラスに映った自身の姿に羞恥を感じ、バタバタとその場を走り去る。
桐秋はその音にようやく正気に戻る。
明らかにやりすぎた。
最初の軽い口づけは恋人同士の戯れ。
今になってはそれもやりすぎだったと思うが、熱のせいだと大目に見ても、二回目の口づけは完全に彼女が欲しいという心の衝動に突き動かされたものだった。
本当なら二度目は、千鶴が近づけた顔にガラス越しに息を吹きかけ、落書きをするというかわいいいたずらをするつもりだった。
しかし、千鶴の口づけを待つ顔に、しっかりとガラスに押し付けられた豊潤な唇に、桐秋は理性を奪われた。
気づけばそこにある無機質でいて柔らかな唇に己の欲望をぶつけていた。
体はだんだんと弱くなっているのに、千鶴への想いは大きくなるばかり。
それに伴う欲動も抑え込むことができていない。
桐秋は欲にまみれた自分のありように嫌悪感を抱く。
だが、この刹那にしか味わえない快楽に身を任せる自分にも逆らえない。
最後の一線だけは超えてはいけない。
そう理性では強く思いながらも、桐秋の脳内には艶めき、火照った千鶴の顔が浮かんでは消えていくのだった。
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