幸い(さきはひ)

白木 春織

文字の大きさ
76 / 131
第八章

第四話

しおりを挟む
 ガラス越しの口づけから数日、東京に雪が舞った。例年よりも遅い初雪だ。

 雪が降ったこともあってひどく寒い日ではあったが、桐秋の体調は落ち着いていた。

 そのため、居間の戸を開け、火鉢ひばちの側で千鶴と共に庭に降り積もる雪を眺めていた。

 この日千鶴が着ていたのは、白雪の中で凛と咲く寒椿かんつばきのようなぱきっとした紅色の地に、透けるような白椿が大きく描かれた振袖。

 帯も椿の葉のような深緑ふかみどり。見事に椿三昧である。

 桐秋の研究が終わって共に過ごすことが増えてからというもの、桐秋は別荘に滞在していた時と同じように頻繁に千鶴に着物を贈るようになった。

 桐秋からは着て見せて私を楽しませてくれと言われているが、千鶴がおいそれと受け取れるような代物ではない。

 別荘で過ごす日数は限られていたから、千鶴も受け取ってはいたが、桐秋が贈る衣服は本来、千鶴には手が届かないような一級品ばかりなのだ。

 そのことに千鶴が頭を悩ませていると、女中頭からも受け取ってあげてほしいと頼まれた。

 桐秋にはお金を残しておくような家族はいない。

 自分の先を見据みすえたとき、千鶴にとって実のある形で、自分の与えられるものをあますところなく与えようとしているのだと。

 桐秋のことをよく知る女中頭からの言葉に、千鶴の胸には相反する思いが入り乱れる。

 桐秋からそこまで想ってもらえることへの喜びと、桐秋が万が一のことを考え、千鶴に何かを与えなければと思っていることへの寂しさ。

 それでもやはり、千鶴の中心にある桐秋には喜んでもらいたいと想う気持ちは揺るぎない。

 だからこそこうして、贈ってもらった着物を着ているのだ。

 しかしそのおかげで、千鶴にとって思わぬよい出来事もあった。

 それはもらった上等な着物を汚さぬよう前掛まえかけではなく、割烹着かっぽうぎを着て食事を作るようになった頃。

 その姿を見た桐秋から真顔で

「良家の若妻みたいだな」

 と言われ、千鶴は恥ずかしくも嬉しい気持ちになったのだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...