77 / 131
第八章
第五話
しおりを挟む
そんな切なくも幸福な日々の、初雪の舞った日。
千鶴は新雪が積もる様子を見ると何を思ったか、台所から器と匙を二つずつ持ってきた。
そして寒さもいとわず、器を持ち、庭に出る。
赤い振袖を揺らし、雪の中を進む様は、さながら尾びれをひらひらと舞わせて泳ぐ金魚のよう。
目的地は小山にある龍のような松であったようで、千鶴は松の葉に降りた雪を手で掬い、器に入れた。
それから、ひれをひらひらさせ再び部屋に戻ってくる。
桐秋はすぐさま戻ってきた千鶴の手を取り、手袋越しに冷えた手を包み温める。
千鶴はあの口づけ以来、桐秋から間近にふれられることの気恥ずかしさと、外に出た寒さでほっぺたを赤くしているが、桐秋の真剣な顔にされるがままおとなしくしている。
しばらくして千鶴の手に血色が戻ったことを確認してから、桐秋はようやく手を離す。
やっとのことで赤面状態から解放された千鶴は逃げるように台所へと向かった。
桐秋は外気で冷えた部屋を暖めなおすため、火鉢の中の炭を火箸で中央に寄せるように立て、火力を上げる。
離れには最新鋭のガスストーブもあり、そちらのほうがすぐに暖まりはするが、桐秋はこの古い道具が不思議な温もりを感じられて好きだった。
火の世話をしているうちに、千鶴が小さな小瓶を手に台所から戻ってくる。
その中身を先ほど松の葉から降ろした雪にとろりとかけ、匙をつけて桐秋の方に満面の笑みで差し出す。
「召し上がりませんか」
桐秋の目の前に差し出されたのは、白い雪の山に、赤いジャムがのった食べ物・・・だろうか。
それを不思議そうに見る桐秋に、千鶴は小首をかしげる。
ほどなくして何かの考えにいたったのか、急に言い訳じみたことを言い始める。
「申し訳ありません。
私の家では初雪が降ると、植物の葉に積もった雪を掬って、蜜をかけて食べていたのです。
我が家では毎年食べていたので、皆様やっていらっしゃるとばかり」
そういってしゅんとする千鶴に、桐秋は差し出された雪山をジャムと共に一口掬って食べ、上手い、と告げる。
するとたちまち千鶴は笑顔になる。
「家では砂糖蜜をかけていたのですが、この木苺のジャムを母屋のシェフに教えていただいて作った時から、絶対に白雪に合うと思っていたのです。
ですから実をいいますと、雪が降るときを今か今かと待ちわびておりました」
終いにそう童じみたことを言うと、千鶴も雪を一口頬張り、おいしい、といって頬を抑える。
そんな千鶴に桐秋は、それならかき氷にかけたらいけなかったのかと少し意地悪を言う。
すると、千鶴はそれでは風情がないと頬を膨らませる。
確かに、と桐秋は苦笑し、自分が完全に悪かったという意味を込め、拗ねる千鶴を宥めるように彼女の頭を撫でる。
本気で拗ねていたわけではなかった千鶴もすぐに顔をほころばせる。
「見栄え的にも真っ白な雪山に、つやつやの果肉が光っていて、まるで苺が美しい宝石のようにも見えますね」
そう千鶴が何気なく放った言葉に、桐秋は少しのひっかかりを覚える。
しかし、美味しそうに雪山を食べ進める千鶴の姿を前に、柔らかな幸せが桐秋の胸を占め、そう思ったこともすぐに忘れていた。
千鶴は新雪が積もる様子を見ると何を思ったか、台所から器と匙を二つずつ持ってきた。
そして寒さもいとわず、器を持ち、庭に出る。
赤い振袖を揺らし、雪の中を進む様は、さながら尾びれをひらひらと舞わせて泳ぐ金魚のよう。
目的地は小山にある龍のような松であったようで、千鶴は松の葉に降りた雪を手で掬い、器に入れた。
それから、ひれをひらひらさせ再び部屋に戻ってくる。
桐秋はすぐさま戻ってきた千鶴の手を取り、手袋越しに冷えた手を包み温める。
千鶴はあの口づけ以来、桐秋から間近にふれられることの気恥ずかしさと、外に出た寒さでほっぺたを赤くしているが、桐秋の真剣な顔にされるがままおとなしくしている。
しばらくして千鶴の手に血色が戻ったことを確認してから、桐秋はようやく手を離す。
やっとのことで赤面状態から解放された千鶴は逃げるように台所へと向かった。
桐秋は外気で冷えた部屋を暖めなおすため、火鉢の中の炭を火箸で中央に寄せるように立て、火力を上げる。
離れには最新鋭のガスストーブもあり、そちらのほうがすぐに暖まりはするが、桐秋はこの古い道具が不思議な温もりを感じられて好きだった。
火の世話をしているうちに、千鶴が小さな小瓶を手に台所から戻ってくる。
その中身を先ほど松の葉から降ろした雪にとろりとかけ、匙をつけて桐秋の方に満面の笑みで差し出す。
「召し上がりませんか」
桐秋の目の前に差し出されたのは、白い雪の山に、赤いジャムがのった食べ物・・・だろうか。
それを不思議そうに見る桐秋に、千鶴は小首をかしげる。
ほどなくして何かの考えにいたったのか、急に言い訳じみたことを言い始める。
「申し訳ありません。
私の家では初雪が降ると、植物の葉に積もった雪を掬って、蜜をかけて食べていたのです。
我が家では毎年食べていたので、皆様やっていらっしゃるとばかり」
そういってしゅんとする千鶴に、桐秋は差し出された雪山をジャムと共に一口掬って食べ、上手い、と告げる。
するとたちまち千鶴は笑顔になる。
「家では砂糖蜜をかけていたのですが、この木苺のジャムを母屋のシェフに教えていただいて作った時から、絶対に白雪に合うと思っていたのです。
ですから実をいいますと、雪が降るときを今か今かと待ちわびておりました」
終いにそう童じみたことを言うと、千鶴も雪を一口頬張り、おいしい、といって頬を抑える。
そんな千鶴に桐秋は、それならかき氷にかけたらいけなかったのかと少し意地悪を言う。
すると、千鶴はそれでは風情がないと頬を膨らませる。
確かに、と桐秋は苦笑し、自分が完全に悪かったという意味を込め、拗ねる千鶴を宥めるように彼女の頭を撫でる。
本気で拗ねていたわけではなかった千鶴もすぐに顔をほころばせる。
「見栄え的にも真っ白な雪山に、つやつやの果肉が光っていて、まるで苺が美しい宝石のようにも見えますね」
そう千鶴が何気なく放った言葉に、桐秋は少しのひっかかりを覚える。
しかし、美味しそうに雪山を食べ進める千鶴の姿を前に、柔らかな幸せが桐秋の胸を占め、そう思ったこともすぐに忘れていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる