幸い(さきはひ)

白木 春織

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第八章

第六話

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 しばし二人でその優しく甘い味を楽しんでいたが、桐秋がそぞろに顔を上げてみると、千鶴の口元にジャムがまとわりつき、唇が艶めかしく潤んでいるのに気づく。

 その姿に桐秋は瞬時に視線が釘付けとなる。

 雪を喜ぶ無邪気な姿とは相反あいはんする千鶴の艶めく姿に、桐秋はしらずしらずのうちに吸い寄せられ、千鶴の顔前に自身のおもてを近づけていた。

 千鶴もそれが何を意図しているのか悟ったのか、瞳を閉じて、桐秋に身を委ねる。

 そっと千鶴の肩に手を置き、熱と熱がふれようとした寸前、桐秋は自身の胸に痛みを感じる。

 それに我に返った桐秋は千鶴の肩に置いた手をばっと伸ばし、体をおもいきり突き離した。

 いきなり拒絶されたことに千鶴は驚く。

 が、自分からそらされた桐秋の顔を見ると、食べ終わった器を持って急いでその場を離れた。 

 千鶴によってめずらしく襖が荒っぽく閉められた後、何をしているんだと桐秋は自責の念にさいなまれる。 

 自分は桜病患者。

 肌同士の直接的なれ合いがあれば、彼女に桜病をうつす可能性がある。

 千鶴が成人していないとはいえ、今まで気をつけていたではないか。

 あの不自然な胸の痛みはきっと、最後の自制心が働いたもの。

 ガラス越しの口づけで分かっていたはずだ。

 自分が千鶴を想うがゆえの欲を持て余していることも、それが制御できなくなりつつあることも。

 だから余計に気をつけなければならないと思っていたのに。

 それが今日、あの小さな愛らしい唇に、赤い蜜をまとわせて、白い雪を食べている彼女を見た瞬間、理性は一瞬のうちに崩れ、体が勝手に動いていた。

 彼女にふれたい、あの赤い甘露かんろを味わってみたい、その一心だった。

 ついこの間、りっしなければならないと思ったのに、すぐにこんなことをするとは。

 彼女のことを知れば知るほど、ふれればふれるほど、もっともっとと求めてしまう。

 それでも先がどうなるか分からない自分は、彼女にあとを残してはいけない。

 桐秋はことさら炭が大きく爆ぜる音が響く部屋で、自分の欲と限られた命を恨み続けた。

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