幸い(さきはひ)

白木 春織

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第九章

第十六話 ※大人ご注意ください

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 ひとしきり笑うと千鶴は、ころりと表情を変え、すこし切なそうに桐秋に問いかける。

 それは愛する男に愛されて開花した、清廉でいて妖艶な、夜桜のような女の表情。

「桜は好きですか」

 桐秋は寸暇の迷いすら見せず、千鶴の頬を優しく撫でながら、

「好きだ」

 と柔らかに笑み、告げる。

 この夜、千鶴から放たれる言葉に対し、桐秋から否定の言葉は出ないだろう。

 答えを聞いた千鶴は、その大きな手に頬をり寄せながら、桐秋が見てきた中でいっとうの、極上の笑みを浮かべる。

――どんな見事な桜さえ叶わない、爛漫らんまんに咲き誇る美しい笑み。

 それに引き付けられるようにして、桐秋は再び千鶴の濡れた桜色の唇を貪る。

 千鶴も必死にすがり付くが、息を吸うのが精一杯で、はふはふと口先を動かしながら懸命けんめいに新しい空気を求める。

 そんな初々ういういしさに、桐秋はより慎重に丁寧に千鶴の体を暴いていく。

 瞼、頬、首筋、千鶴の身体が、桐秋の大きな手で柔らかに撫でられ、その後をしっとりとした口づけがなぞるように落ちていく。

 肌が見えているところはあますところなく。

 しかし、それが手の指にうつったとき、桐秋は顔をしかめた。

「これはどうした」

 桐秋に持たれた千鶴の薬指からは、ぷつりと血が滲みだしていた。千鶴は気まずそうに告げる。

「入浴の際、木桶きおけのささくれに手を差してしまいました。

 破片はへん自体は取り除いたのですが、血まで出ていたとは気づきませんでした。

 よほど慌てていたのですね」

 そう笑う千鶴に桐秋は仏頂面で告げる。

「以前もいったと思うが、君は自分のことに無頓着むとんちょくすぎる」

そんな桐秋の優しいお小言に千鶴は笑い、

「ただのささくれですよ」
と言う。

 桐秋はそれでもだ、と血を吸い取るように舐めて譲らない。

 ほんとうにつばをつけて治るような傷だ。

 実際に今それをされているが。

「どんなに些細な傷であろうが、愛する女が傷ついていいと男は、・・私は思わない」

 そう言い直された桐秋の言葉に、千鶴は泣きそうな表情で微笑み、抱き着いた。


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