幸い(さきはひ)

白木 春織

文字の大きさ
上 下
97 / 131
第九章

第十七話※大人表現ご注意ください

しおりを挟む
 桐秋の唇での愛撫は上から下にゆっくりと降りていき、足の先端にもおよぶ。

「君の小さな可愛らしい桜貝さくらがいのような足の爪が好きだ」

 そう桐秋に言われ、ゆっくりと一本、一本、足の指をなぞられる。
 
 千鶴の体は桐秋にふれられるたび、甘いしびれが走る。

 いつだったか、足袋の上からふれられた時と同じ痺れ。

 こうして直にふれて愛されている今なら、千鶴にもあれが、桐秋にふれられるが故の喜びからくる感覚なのだと分かる。

 桐秋は千鶴にふれることで蓄積ちくせきされる自身の体温に堪えられず、上半身をあらわにする。

 ぼんやりと薄灯りに白い体が浮かび上がり、そこに現れる無数の色づいた斑点。

 桐秋の愛撫に、熱に浮かされていたようになっていた千鶴だったが、桐秋の体を見た瞬間、ぼやけていた視界が鮮明になり、それに焦点が合ったかのようにくぎ付けとなる。

 すると気付いた時には、蜜を求める蝶のように体が桐秋の肌に引き寄せられ、花びらの一つに口づけていた。

 ゆっくりと唇を押しつけて離す。

 それが終わったら、一つ、さらにもう一つと浮かび上がるまだらの数だけ口づけていく。

 これは桐秋という木から現れた甘い樹液。

 桜の木が全体に満ちる紅の樹液を、花の色としてほんの少し外に漏らすように、桐秋の中をくまなく流れている血液が、薄紅の紋様として桐秋の肌に無数に現れている。

 千鶴はそれがひどく愛おしかった。

 丁寧に、漏らさぬように千鶴は唇を押し当てていく。

 その行為に桐秋の理性は崩れ去る。

 気付けば千鶴の視界は反転していて、背中が柔らかいものに押し付けられていた。

 桐秋が荒々しい口づけと共に、千鶴に体重を預けてくる。

 千鶴の襦袢の紐がしゅるりと解かれる。それが夜の始まり。

 千鶴は桐秋の愛撫あいぶによって、優しく、激しく紅潮させられる。

 許しを請うようでいて、すべてを暴くような、桐秋の慈しみに満ちながらも狂おしい愛を、千鶴は大きな背中に手を回し、受け入れる。

 桐秋も最後の灯を千鶴に捧げた。

 この特別な夜は、桐秋と千鶴にとって最愛の夜であり、最後の夜だった。




――――翌日、桐秋の隣の冷めたしとねにあったのは、愛を交わした女ではなく、愛の証の桜が本物の桜と並ぶように通された桜の折り枝と、それに結びつけられた一言だけのふみ


『貴方の人生が、さいわいなものでありますように』


この日以降、桐秋が千鶴と会うことは二度となかった。


しおりを挟む

処理中です...