「俺達。付き合ってみる?」〜姫と王子と呼ばれる二人の甘酸っぱい青春譚〜

アナマチア

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第11話 これは、恋じゃない――はずだった

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 オレは、一瞬頭に浮かんだ「王路が可愛い」の5文字を、パッパッと手を振ってかき消した。

 それから王路をリビングまで誘導して、白い革張りの高そうなソファに座らせた。――オレは恐れ多くて、おとなしくラグの上に胡座をかく。……これもたぶん高いやつだけどな。

「こほん! ……王路。よく聞け。今のお前は”通常モード”じゃない。情緒不安定なのは、全部高熱のせいだ!」

 オレは人差し指を、王路の鼻先にびしっと突きつける。王路はぼんやりしながら、くてんと首を傾けた。

「……お前に恋してるから、情緒不安定なんじゃなくて?」

 王路の言葉に、オレの顔はカアッと熱くなった。――まっ、まっ、真顔で『恋』とか言うなやぁあぁ!

「今はそういう話してません! ……とにかく! 今のお前は、熱でバグってるんだってば!」

 オレが腕を組めば、王路も真似するように腕を組んだ。

「たしかにな。今の俺、姫川にムラムラしてて、めちゃくちゃセッ、」

「シャラップ!!」

 ――せ、せ、セーフ!

「頼むから、黙ってオレの話を聞いてくれ……」

 羞恥と動揺でどうにかなりそうなオレは、切実な懇願モードで王路に訴える。王路はこくりと頷いて、口を両手で隠した。――いや。そうじゃない。『黙れ』って言ったけど、なんで可愛いポーズとるんだよ……。

 とりあえず、オレは現状把握を優先することにした。手提げ袋から体温計を取り出して、王路に差し出す。

「ほら。これで体温計ってくれ」

「……わかった」

 王路は、オレから受け取った体温計を脇に挟んだ。ピピッと瞬速で音が鳴る。――まじかよ。これ、ぜってー熱高いやつじゃん!

 オレは羞恥心も忘れて、パジャマの襟から王路の脇に手を突っ込み、体温計を取り出した。

「……38度2分」

 想像していたよりは低めだったけど、十分すぎるほどの高熱だ。

「まずは横にならねーと。ベッドに行くぞ」

 膝立ちで王路の横に近づき、ちゃんと歩けるか訊ねると、こくんと頷いた。オレはふらつく王路を見守りながら、ベッドまでゆっくり付き添った。

「――とりあえず、これでよしっと」

 王路をベッドに寝かせ、リビングに置いてきた手提げ袋を取りに行こうと振り返った瞬間――

 ぐいっ。

 裾を引かれて、オレはツンと前にのめった。

「どした? 他にやってほしいことでもあるのか?」

 病人には優しく! の精神で、オレの制服の裾を掴んで離さない王路に微笑みかける。すると王路は弱々しい声で、「行くな。ここにいろ」と言ってきた。その一言に、オレの胸がギュッと絞めつけられる。――正直、王路のことを恋人として好きかと聞かれたら、即答はできない。

 でも、こうして甘えられるのは嫌じゃない。キスも恥ずかしかっただけで嫌悪感は全く無かった。普段見れない王路の一面を、「可愛い」と思ってしまったのも事実だ。けれど、「ムラムラする」とか「セックスしたいか」と聞かれたら、答えはノーだ。

 多分オレは、やっぱり女の子が恋愛対象なんだ。王路だって、高校1年の最初の頃は、美人の彼女がいた。俺達はいわゆる『ノンケ』だ。――なのにどうして、王路はオレにキスしたくなったりするんだろう? オレは王路のことを可愛いと思ったりするんだろう?

 俺達は付き合ってるけど、その関係は歪だ。

「……姫川」

 オレが何を考えているのか分かっているみたいに、不安そうな顔でこっちを見つめてくる王路に、なぜか罪悪感を感じながら笑いかけた。

「もうすぐ電車の時間だから、ずっと側についててやることはできない。でも、枕元に経口補水のゼリーを置いていくからな。あと、体温計も。……そうそう。オレのかーちゃんが言ってたぞ。急性胃腸炎は無理に食事をせずに、胃腸を休めて水分をしっかり取れって」

 「覚えとけよ?」と聞いてみると、「わかった」と返事が戻ってくる。

「お前のかーちゃんが色々と面倒見てくれるかもしれねーけど、他にもいろいろ持ってきて、リビングのテーブルの上に置いておいたからな」

 「……さんきゅ」と、王路は熱い息を吐いた。

「朝は大体、熱が下がりがちになるっぽいんだけど、無理して動いたせいで熱が上がってきたかもな。そだ。朝の薬は飲んだか?」

「……抗生剤、飲んだ」

「解熱剤は出たか?」

「……ある。熱が出るのは身体が菌と戦ってるから、あまり飲むなって言われた」

 「そうだな」と、オレは頷いて、それでも今は飲んだ方がいい、と薬が入った袋を探した。すると、王路がデスクの方を指さしたので見てみると、『とんぷく(解熱剤)』と書いてある袋を見つけた。

 1回1錠と書いてある服用量を確認して、シートから錠剤を取り出した。オレはそれを王路の口の中に入れて、経口補水のゼリーで飲ませた。――吐き気がある時とか、この経口補水のゼリーで薬飲むと、気持ち悪くなりにくいんだよな。……まあ、個人差あるだろうけど。

「よし! 解熱剤も飲んだし、あとはたくさん寝るこった。じゃあ、そろそろオレは学校に――」

 行くからな、と言う言葉が突然のどから出てこなくなった。だって王路が、心細そうな、すがりつくみたいな目でオレのことを見るから。

「……お前って、体調が悪くなると甘えん坊になるんだな」

 「弱みを握ったぜ」と、オレはニシシと笑った。「……うるせえよ」と、王路は言いながら、手をつないでくれと掛け布団から左手を出した。

「ったく、しょーがねぇなぁ。”病人には優しく!”がうちの家訓だから、少しだけ側にいてやるよ。オレの優しさに感謝しろよな?」

 オレが笑って手を握ってやると、王路は安心した顔をして目を閉じた。その寝顔を見て、不覚にも可愛いと思ってしまったオレは、頭がどうかしちまったのかもしれない。

 そして、少しだけ側にいるはずが、いつの間にか王路と一緒に眠ってしまい、オレは盛大に学校へ遅刻したのだった。
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