この恋をなんとか成就しなければ!

咲桜モチ

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第二章・病弱な貴公子と傍若無人な音楽家

夢・現実・夢・現実……は?

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 ひどく汗をかいていた。
 
 俺は額から流れてくる汗を手の甲でぬぐいながら、自分の体にかけていた布団をはぐ。
 暑くて布団なんかかけてられるかってんだ。
 
 しかし、季節はまだ春……の始め。まだまだ夜や朝は肌寒かった。
 それでも、俺は自分が見た夢……見てきた夢、の内容に、わけのわからない汗を流していた。
 
「マリユス……マリユスだって?」

 まて。冷静に考えろ。
 俺自身も知ってるじゃないか。夢は以前、自分がどこかで接した風景や物事が反映されてるんだって。
 
 例えば、ゾンビに襲われる夢を見たのなら、数日前にゾンビ映画を見ていた、とかな。
 
 そうだ。そうだよ。
 俺はこの前、天寺から『マリユス』という名前を聞いたばかりだ。
 それが夢に反映した。そうに違いない。
 
「あせらすな……」

 天寺への小さな愚痴と、そして、自分への戒めのようにそう言って、俺はまたぱったりとシーツの上に倒れ込んだ。
 
 さすがに落ち着いてくるとまた肌寒くなって、ついでにはいだ布団も元に戻す。
 
 暖かな布団にくるまりながら、俺は目を閉じる。
 もう一度寝てしまえば、きっと違う夢を見る。
 いつもそうだ。あの夢を見た後は、もうしばらく見なくなる。今回もきっとそうだ。

 しかし、残念ながら……俺はそのまま朝まで眠る事ができなかった。
 
 夢の中で見た景色、空気、音。どれも現実に見てきたかのようなものばかりだった。
 マリアやアラン、二人の顔なんて、これまでの人生で見た事あるか? 俺はヨーロッパの映画はあまり見ない。だから、そっち系統の人たちが出ている映画なんて見た事がないってことだ。
 
 じゃあ、歴史教師として、これまで勉強してきた中で見てきた絵画やそういうものの名残か?
 
 にしても、覚えがない。
 マリアはとても優しい婦人で、歳の割りには若く見える。
 アランは……とてもかっこいい顔をしていた。きっととてもモテるんだろうなぁ、って感じ。
 天寺とはまたちょっと違う、なんていうか、正統派の男前って感じだ。つ、伝わるかな。
 
 天寺はこう……なんていうのか。どこぞの金持ち御曹司って雰囲気バリバリなんだ。薄茶色の髪はゆるく天然がかっていて、それでもすっきりと整えられているからサラサラしているようにも見える。
 目は、若干垂れ気味だ。よく整った眉に、高い鼻。唇も綺麗に整っていて……女が一目でキャアキャアいうのもわかる。
 
 全体的に甘い雰囲気っていうのかな。そういうのを醸し出している。
 
 ……て。なんで俺様が天寺のことなんぞ分析しなきゃならんのだ。けしからん。
 
「うへ……もう朝かよぉ……」

 チュンチュンとすずめの鳴き声が聞こえた。
 見れば、きちんと合わさっていないカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
 
「くそぅ……。この寝不足は天寺のせいだ」

 とにかく、ここ最近の不運な出来事は、きっと全部天寺のせいなんだ。俺はそう思うことにしている。
 
「おはよ、兄ちゃん。……早起きじゃん」

「ああ……はよ。……ちょっと寝られなくてな」

 仕方なく起き上がってパジャマのまま台所に向かう。
 そこでは、我ができた弟が朝食の準備をしていた。
 
 ブレザーではあるけれど、学生服を着こんで台所に立つ男。なんだろう、絵になるな。
 
「大丈夫か? 兄ちゃん、ちゃんと寝ておかないと、体に負担がかかるからな」

「心配ありがと。大丈夫だ。夢見が悪かっただけだから」

「へぇ。どんな夢?」

 手際よく朝食を作る陽斗の後ろ、対面しているカウンターの椅子に座ると、俺はその動きを見ながら、なんとはなしに口を開いた。
 
「んー……夢の中での俺は小さなガキで…ああ、夢の中でもしっかり心臓に爆弾抱えててさ。……あと、兄貴がいたな」

「なにそれ。へぇ、面白いじゃん」

 ヨッとフライパンをひっくり返し、皿に卵焼きを置く。
 陽斗は卵焼きも上手く作る。ほんとうに美味い。隠し味に何を使ってんのかわかんないけど、そこらの弁当やの卵焼きなんて食べられなくなっちまう。
 
 そんな俺の好物を用意してくれる陽斗を手伝おうと、椅子から立ち上がって皿を運ぶ。
 これぐらいはしないとな。
 
「面白くねぇぞ? その子はずっとベッドの上で暮らしててさ。俺よりも悲惨だ。だけど優しい兄貴がいて、今日の夢でも……なんでも楽団を呼んでやっててさ。ああ……その楽団とか見る前に夢は覚めちまったけど。もったいないことしたな」

 そうだよ。楽団ってだけでどんなもんか俺は見てない。見ときゃよかった。なんて、変な話だけどな。
 
「あいかわらず兄ちゃんの夢はバラエティ豊かだな」

 ははは、と陽斗が笑った。
 ふ。どうせ笑われると思ったよ。
 
「でもあれだろ。その夢、前から見てるとか言ってるやつじゃないのか?」

「ああ。そうだ。その夢」

「へぇ。まだ見てたんだ」

「ああ、定期的にな」

 定期的というよりは、不定期に近いけど。忘れた頃に見るみたいな感じだな、うん。
 
「ほんと、なんか意味があんのかもしれないな、その夢」

「え……?」

 ハイヨ、と茶碗に白飯を持って、それをカウンターの上に置く。
 いつのまにか、カウンターには卵焼きと少量のサラダ。みそ汁に白飯が置かれていた。
 
 手際もいいんだぜ、陽斗は。
 
 そんな陽斗が、いつもとは少し違う質問を投げかけてきた。
 なんなんだ、急に。
 
「ほら。この前の、前世云々の話じゃないけどさ。何かしら意味があるのかもしんねぇよなって」

「ああ……」

 そういえば、陽斗は前世の存在を信じるって言ってたっけ。
 だからそういう質問が出てきたのか。納得だ。
 
 しかし、陽斗に言われると、不思議とそうなのかも……と思ってしまう。
 
「夢に意味……か」

 考えたこともなかった。同じような夢は何度も見ないって話しを聞いてからも、あまり気にしてなかったんだ。
 ほんと、そういう話にはあんまり興味なかったからさ。
 
 だけど改めて言われるとそうかもしんないって思っちまうよな。
 
「ま、あんま深く考えんな。俺も今、そうじゃないかなってちょっと思っただけだらかさ」

「はは」

 いやもう遅いぞ、陽斗。兄ちゃん、めちゃくちゃ今考えてマス。
 
「ごちそうさま。じゃ、俺、先に行くわ」

「お、おう。いってらっしゃい。気をつけてな」

 陽斗はいつも俺よりも先に家を出る。学校が遠いからな。
 
 陽斗がいなくなると、俺も出かける準備をした。とにかく、社会人だからな。働かないと。
 ああ、でも、学校行きたくなーーい!
 
 なんて子供みたいな事言うの、許してくれ。
 なんせ学校へ行ったらあいつがいる。天寺だ。

「ぎゃっ。思い出した!」

 すっかり忘れていたが、あいつ、俺にキスしやがったよな!?
 思い出しちまったじゃないかーーーーっ!!
 
「いやだぁ……いやだよぅ……」

 ほんと、子供みたいな事を言いながら、俺はそれでもスーツに着替えて学校へ向かった。



「おはようございます、高宮先生。……今朝はどんなご気分かな?」

「は?」

 澄乃学園の門をくぐってすぐだった。
 駐車場に車を置いて、そのまま資料室の準備室へ向かおうとした俺は、まるで待ち構えていたかのように廊下へ現れた天寺と遭遇した。
 
 いやこいつ、絶対に待ち伏せしてたって!こええよっ!
 
「今、ものすごく気分悪くなった……」

 俺はそう言うと、そそくさと天寺の前から去ろうとした。
 
「おや。どちらへ」

「どこでもいいだろ。お前には関係ない」

 そっけなくそう言う俺の気持ちも理解してくれ。
 こいつは俺にキスしたんだぞ、キス!!
 
 そんな危険人物と一緒にいたくなんかないだろ。
 
「いやだなぁ、つれないなぁ。……キスまでした仲なの……んんんっ」

「おーーーまーーーえーーーーーっ!!」

 とんでもない事を口走ろうとした天寺の口へ、俺の掌が超速球で張りついた。
 当たり前だろっ! どこで誰が聞いてるかわかんねぇんだからっ!
 
 この前の赴任式で、こいつは数多くの女生徒ファンを獲得した。
 そいつらが朝から天寺に張り付いてないわけがないっ。
 
「いやぁ、積極的だな。高宮先生にこんな一面があるなんて」

「ち、違うっ。もう、あんた、だまっとけーっ」

 俺はそう言うと、やつの口から手を離した。そして、今度こそ逃げようとしたんだ。
 
「ああ、もう出会うことができたのかな? 楽団と」

「っ!!」

 そのまま廊下を駆けていこうとした俺は、その言葉にぴたりと足を止めた。
 今、こいつなんつった? 楽団??

「……その様子だと、もう二人は会えたのかい?」

「な、なんでそれ……」

「……もう、会えたのかい?」

 俺の問いかけに、天寺はどこか真剣な目をしてそう尋ね続けた。

「い、いや。……まだ……」

 夢の中の出来事を現実で話してる。不思議な感覚だった。

「そう、か」

 なぜか天寺は肩を落としているように見える。
 どういうことだ?

「でも、きっともうすぐだね。……良かった」

「良かった?」

「そう、良かった」

 見ると、天寺は満面の笑みを浮かべて、俺を見つめていた。その瞳が、なんていうか……とても慈愛に満ちているっていうか、うまくいえないけど、熱があって。

「と、とにかく、俺は行くっ!」

 なんともいえない気持ちになっちまって、俺は今度の今度こそ、その場から逃げた。
 天寺の目は、俺の心にとても強い衝撃を与えているのは確かだった。

 衝撃? というか、嬉しさ? いや、不安?

 ああ、まただ。また、相反するような気持ちが入り乱れている。

「な、なんなんだよ、あいつっ!」

 資料室の準備室に飛び込むと、今度は忘れないように扉を閉めて机に突っ伏した。
 朝から疲れた。本当に疲れた。

『「楽団」には会えたのかい?』

 高宮ははっきりそう言った。
 俺の夢の中の出来事を、あいつは知ってるっていうのか?

「頭いてぇ……」

 俺はそのまま、一時限に授業がないのをいいことに、一人うんうんと唸り続けていたんだ……。


          つづく
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