山下町は福楽日和

真山マロウ

文字の大きさ
23 / 45
思いがけず近づく

しおりを挟む
 その路地の一角。目当ての店は新しめのこぢんまりとしたつくりで、カウンター席が八つ、二人がけのテーブル席が二つ。ゆっくり話したいという麻衣ちゃんのリクエストで、壁際奥のテーブル席に向かいあわせて座る。

「なんかさ、とりあえず無難にこなすだけなのとか、どうなんだろうと思って」

 ハイボール片手に、麻衣ちゃんが職場の話をはじめる。守秘義務などもあって詳細は不明だが、どうにも同僚や上司の仕事ぶりが我慢ならないらしい。どれだけ順調にことが運んでいたとしても現状に甘んじない、向上心あふれる麻衣ちゃんらしい意見だ。

 麻衣ちゃんの就職先は都内にあるアプリ制作会社で、数年前に起業されただけあって若い人たちが多い。上司は二十代後半、社長にいたっては三十代。そこだけ聞くと血気盛んな人ばかりの印象だけれど、業務が軌道にのっていることもあり、みんなそれほどでもないそうだ。

 だからといって、彼らが怠け者なわけではない。麻衣ちゃんの目には、よほどバリバリ働きでもしてないかぎり、誰のことも物足りなく映ってしまうのだ。

 それにしても自分が就職できなかった会社の愚痴を聞くのは、なんとも妙な気分。しかも麻衣ちゃん的に不満でも、私的にはそんなに問題ない気がするのだけれど。

「そういや、こないだ尋ねてみたよ。あの理由。面接官してた先輩に。当然はっきりとは教えてくれなかったけど」

 唐突に矛先が変わり、ぎゅぎゅっと身がすくむ。なぜ今その話を。

「でも雰囲気からして、やっぱりそうみたいなんだよね。あのとき日和が、はったりでもかませてたら、一緒に働けてたかもしれない。ほんとに残念だよ」

 もつ煮込みをつつき、麻衣ちゃんがため息。久々に持ちだしてきたのは、私の就活面接のことだ。志望動機や自己PRといった定番の質問以外にも雑談に近いやりとりがあり、面接官のフレンドリーさもあって和気あいあい、それなりに手応えを感じていた。が、蓋をあけてみれば不採用。面接中スキルの話になり、できることとできないことをありのまま答えたのが敗因だ、と麻衣ちゃんはかねてから睨んでいた。

「はったりかぁ。そういうの得意じゃないからな……」
 梅酒ロックをちびちび舐め、きまり悪く目をそらす。私としてはダメだった理由なんてのは、もはやどうでもよくて。ただただ、なおりきっていない傷にはふれてほしくない。

 麻衣ちゃんとしては悪気なく『失敗から学ぶためには原因を分析して対策を練るべき』と、生まじめなことを考えているんだろう。だからこそ、よどみのない親切心で、
「なんでも正直に言うだけじゃあ世の中やってけないよ」
 なんて、朔くんが聞いたら怒りくるいそうなことを平然と言えるのだ。

「それに、頑張って期日までに本当にすれば、はったりも嘘じゃなくなるし」

 そんな考え方ができるのも、麻衣ちゃんが麻衣ちゃんたるゆえん。そして、現実にやりこなしているのも。口先だけじゃない努力家に正論を叩きつけられたら、並以下の人間は太刀たちうちできるはずもない。全面降伏。もう許してください。

「さすがだよね、麻衣ちゃんは。それができちゃうんだもん」

 言いっぱなしで、食に逃げる。ふっくらほわほわ、だし巻き卵。黒胡椒がきいたスパイシーな、軟骨の塩からあげ。自家製のたれがやみつきになる、ぱりぱりキャベツ。どれも美味。和颯さんのお墨つきなだけある。いいお店を教えてもらった。帰ったらお礼を言おう。おかげで対面を乗りきることができました、って。

「あいかわらず美味しそうに食べるよね」
 脇目もふらずがっつきだした私に、頬杖の麻衣ちゃんが笑う。
「私、日和が食べてるの見るの好きなんだ。食べっぷりいいから、見てて胸がすくんだよね」

 聞こえないふり。視線のむずがゆさに耐えながらもくもく食していると、
「日和は最近なにしてんの?」
 この流れで近況なんて告げづらいけど、曖昧に濁してやりすごせる相手でもない。

「仕事辞めて求職中」
 箸をとめた私に、麻衣ちゃんが眉を曇らす。
「ごめん、誘って大丈夫だった?」
「大丈夫。多少は貯えあるし」
「お金もだけど、忙しいんじゃないの。再就職先、探してるんでしょ」
「そっちも大丈夫。今度はじっくり探そうと思ってるから」

 ややあって「日和はマイペースだもんねぇ」と噛みしめるようにこぼされる。言う側にその気はなくても、こちらが卑屈になっていると嫌味に聞こえてくる。

「焦って変に妥協しないほうがいいのかもと思って。ちゃんと長く続けたいし」
 それでも麻衣ちゃんの機嫌を損ねない答えを探している、自分に嫌気がさす。
「いいんじゃないの、日和がしっかり考えてそうしてるなら」
 賛同を得られたのに安心してしまったのも嫌だった。神経を張りめぐらせて麻衣ちゃんの意にそうようにふるまって……なにをやってるんだ、私は。

 疲労感でクタクタなのもなり、あとはもう徹底的に聞き役にまわった。とにかく好きなだけ喋らせて、全肯定で返す。満足してもらうことだけに専念。そのかいあって、一時間そこらでお開きにすることができた。

 しかし、気はぬけない。なんといっても、ここは野毛。二軒目に誘われるようなことがある前に、ぜがひでも帰りたい。

 先に会計をすませて表にでる。ハロウィーン間近でイベント期間中なのもあり、それっぽい格好の人たちもちらほら。

 麻衣ちゃんを待つあいだ、おもしろ仮装の一団に目を奪われながらも、断る理由を超特急で考える。これっきりになったとしても、険悪な別れ方はしたくない。どんなときでも平和が一番だ。と、文言を頭の中でこねくり回していたら、路地のむこうから見覚えのある人が近づいてくるのに気がついた。

「よう、ひよちゃん」
 ひらひらと手をふるのは、つい数時間前までヒヅキヤで顔をあわせていた和颯さん。羽織りものをひっかけただけの格好で、いかにもふらっと通りがかった風情だ。

「どうしたんですか、こんなところで」
 今日は一日でかけないと言っていたはず。まさかと思うが、ほんとに麻衣ちゃんを見たくてわざわざ足を運んだとか。好奇心優先主義を公言していたくらいだ、その線もなくはない。

「ここらに知りあいの店があって、散歩ついでにフラッとな。さらについでに、ひよちゃんの様子見も」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜

空岡立夏
キャラ文芸
【完結】 後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー 町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。 小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。 月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。 後宮にあがった月花だが、 「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」 皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく―― 飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――? これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。

処理中です...