山下町は福楽日和

真山マロウ

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出会いは吉とでるか

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 数日たった午後、おやつ持参で蓮花さんのお店を訪問する。
「あれ以来、和颯の機嫌が悪くって」
 父親探しの件で怒られ、最近めっきりヒヅキヤから足が遠のいている彼女にかわり、茶葉のおすそわけを受けとりにきたのだ。

「もうしないって言ってるのに信じてくれないの。『気分屋の言葉は真にうけない』って失礼よね、ほんと」
 いさかいの原因に無関係じゃない私としては、なんとも返答に困る。

「そこまで本気で怒ってるわけじゃなくて、お父さんのことで気がたってるだけかもしれません。最近は難しい顔をしてるときもありますし」
 苦しまぎれのかばいだてじゃなく、実際そう。まだなにも知らされていない八雲さんと朔くんが、不思議がりながらも尋常じゃない空気を感じとって黙認してしまうほどに。

 かくいう私は事情を知っているくせに、なんの相談にものれない。人生経験とぼしく教養などもない。引き出しすっからかん。ぼんやり生きてきた代償だ。

 自分の無力さを憎らしく思いながら、持ってきた柿羊羹ようかんをいただく。これも八雲さんが作ったもの。レシピ帳があればこそらしいが、だとしても羊羹。あの人に作れないものってあるんだろうか。

「でも、日和ちゃんのおかげで和颯と話ができて助かったわ。ちゃんとご隠居さんとも連絡とったみたい。とりあえず肩の荷がおりた。ありがとう」

 桃柄のカップをとり、蓮花さんが笑みをうかべる。クールビューティーな彼女は、相好を崩すと一転してキュートな印象が強まる。ご隠居さんというのは時雨さんの古い友人で、今回の父親探しに一役かった人物のこと。和颯さん繋がりで蓮花さんとも懇意らしい。

「お父さんの居場所わかったんですか?」
「みたいよ。会う会わないは和颯次第だけど」

 探し求めていた存在でも、事情があるからこそ空白だった二十七年間。対面が必ずしもいい結果をもたらすとはかぎらないし、それは本人もわかっていることだろう。どっちに転ぼうとも、私は和颯さんの選択を支持する。

「よろしくね、和颯のこと」
 ちからになれることはないだろうかと考えをめぐらせていると、蓮花さんがそんなことを言った。
「私がですか? 蓮花さんのほうが、よっぽど親しいじゃないですか」
「気分屋は警戒されてるの」
 額面どおりの自嘲など微塵も感じさせない笑声。続けて、
「あとは八雲ね。朔のほうは、もうじき復学するんでしょう? 時雨おばあちゃまのことがあって心配だったけど、どうにかなってよかった」
 深刻なつもりなく口にしたのだろうが、それは私の心にささやかな影をおとした。

「八雲さんがヒヅキヤに来たのって」と言いかけて「すみません、やっぱりいいです」

 物言いたげな蓮花さんの視線に、釈明を余儀なくされる。

「本人の知らないところで詮索するのは、やめたほうがいいのかもって。それに八雲さんなら、きけば教えてくれそうな気もして」
「そのほうがいいわね。私も詳しいことは知らないし。けど、なんの事情もない人が、縁もゆかりもない場所に住みついたりしないでしょうから」

 私も含め、わけありばかりが集まったということか。類は友を呼ぶとは、よく言ったもんだ。考えついた昔の人、めちゃ賢い。

「八雲も独特だもの、人間関係で苦労したんじゃないかしら。本人に悲壮感がないのが救いね」

 なおも蓮花さんは言うけれど、そこに関しては首をひねる。八雲さんは人づきあいが苦手と公言しているが、それはあくまでも本人の中だけのことで、誰かと揉めた結果そうなったようにも、まわりに嫌われるタイプにも思えない。ぽかぽかして、ほっとする、春のひだまりのような人だから。

「マイペースだとは思いますけど、そんなに問題ないような」
「ちょっとしたことでも気にくわないって人は、世の中に少なくないでしょう。異物を排除しようとするのは本能的な衝動なのかもしれないわね、生き物が恒常性を保つように」

 さらりと小難しいことを言って、四個めの羊羹に手をのばす。蓮花さんは見かけによらず早食いで、量もいける。食べたら食べただけプラスされる私としては、すぐにでも体質を交換してほしい。

「そういうものでしょうか……」

 ちょこんと小皿にのる、半分になったオレンジ色に視線を落とす。もし蓮花さんの言うとおりなら、八雲さんはつらい思いをしてきたことになる。考えただけで悲しくなってしまう。

「そんな気がする。私の経験上」
「って、蓮花さんもそうなんですか?」
「だけじゃなくて、和颯も。はみだし者のよしみで腐れ縁なの」

 にわかに信じられない。蓮花さんも和颯さんも対人能力が高くて、むしろ人の輪の中心にいてもおかしくないはず。だけれども、それを無責任に否定したりはできなかった。私は二人の一側面しか知らない。過去も知らない。どんな目にあって、どう傷つき苦しんだかも。

「……私、こうして蓮花さんとお茶するの好きです」
 うまい返しが浮かばず、ただ心に思ったことを正直に吐きだす。
「そういう毒気のないとこが和颯好みなんでしょうね」
 ふにゃんと眉をさげた蓮花さんは、満開の花のように破顔した。
「私も好きよ、日和ちゃんと一緒にいるの。だから本当に、いつでも遊びにきてちょうだいね」

 その日の夕食後、和颯さんが部屋を訪ねてきた。昼間の蓮花さんの様子でも気になったのかと思いきや、
「明日、本牧ほんもくまで一緒に行ってくれないか」
 真剣な顔つきに、こちらの身もひきしまる。

「もしかして、お父さんと会うんですか?」
「いや、昔から世話になってる頑固ジジイに会わなきゃならなくてな」

 どうも蓮花さんの言っていた、ご隠居さんに呼びつけられたらしい。子どものころからの顔見知りで、俗にいう雷おやじ。いたずら好きだった和颯さんはよく叱られたそうだ。「いまだに苦手なんだ」と眉を歪めている。

「というわけで、ついてきてほしい。途中まででいいんだ。俺が爺さんと会ってるあいだは、好きなとこで自由にしててくれ」
「でも、私よりも蓮花さんとかのほうが」
「頼む、このとおり!」

 ぱちんと手をあわせ、頭をさげられる。恩義のある人に懇願されてしまっては断りようもない。それに、ご隠居さんの自宅近くに三渓園さんけいえんがあるというのも決め手になった。一度は行ってみたかった風光明媚な庭園。この機に散策としゃれこむのも一興かもしれない。
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