山下町は福楽日和

真山マロウ

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出会いは吉とでるか

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 翌日。お昼をすませたあと、山下町の停留所から市営バスで三渓園にむかう。初めての本牧ほんもく方面。車窓に流れる街並みを興味津々で眺める。

 和颯さんは、いつになく口数が少ない。横顔からは緊張が伝わってくる。頭のあがらない相手との対面だ、さぞかし気が気じゃないのだろう。そっとしておくべきか、声をかけるべきか。悩んでいるあいだにも三渓園入口で降車。そこからてくてく歩き、正門まで案内してもらう。

「すまんな、ひよちゃん。なるべく早めに終わらせる」
「気にしないでください。三渓園ずっと来てみたかったんで、ちょうどよかったです」

 入園料をだそうとしてくるのを断り、無理やり送りだす。ご隠居さんのお宅にむかう足どりが重いのだろうが、お父さん関連の大事な用事だ、頑張ってほしい。

 さて、と。憂鬱な和颯さんには申し訳ないが、私は庭園散策を満喫させていただくぞ。まだ足を踏みいれる前なのに、おもむきハンパない。いやおうなし期待が高まる。

 和颯さんと真反対の足どりで正門をぬける。そこは、まるっきり純和風の別世界だった。

 視線を移動させながら、道なりに進む。左前方、大池のむこう、色づきはじめた木々の上に三重塔の先が見える。水面みなもをさざめかせる風が、晩秋をのせて襟元をかすめていく。冬生れのおかげか寒さに強いので、このくらいなら余裕で季節を楽しめる。

 受付のとこでいただいたパンフレット片手に、内苑から外苑をぐるっと巡ることにした。ちょうど菊花展が開催。丹精こめて育てられた花々が見事に咲きほこり、見る者に優美な彩りを与えてくれる。

 園内のあちこちには重要文化財や市指定有形文化財の建物もあった。歳月を重ねた外観にタイムトラベル気分。全方位どこもかしこも絵になる。さすが名勝。芸術性とか学術的価値とか難しいことがわからない私でも、理屈ぬきで圧倒されてしまう。

 しかも、ときどき猫ちゃんたちも見かけたりして、ほっこり。朔くんがいたら、さぞ大喜びしただろう。しばらく一緒におでかけすることもできないから、せめてお写真だけでも。そうだ、さっきのとこで、あの動画も撮っておこう。

 一周して大池に戻り、鯉のえさを購入する。小分けに散らすと、集まってきた鯉をすり抜け、亀が最前列にくる。スマホで撮影開始。これを朔くんに見せてあげたかったのだ。……にしても、どっちもバチバチ。迫力すごいな。

 熾烈な餌争奪戦を録画しおえたころ、和颯さんからメッセージが届いた。それから十分そこらで「待たせてすまん」と、息せききった本人と再会。

「大丈夫です。めちゃくちゃ満喫してました。それよりも和颯さんこそ大丈夫ですか? 顔色がすぐれないみたいですけど」
「俺はめちゃくちゃ説教された。ひよちゃんのことを話したら、なんで連れてこないんだって怒りだしてな」

 父親の話もそこそこ、寒空の下に女性を一人でほっぽりだすなんてどういう了見だ、と特大の雷を落とされたらしい。

「すみません、私のせいで……」
「誘ったのは俺のほうだ。ひよちゃんが気にやむ必要はまったくない。だいたい、あんな口やかましい爺さんとこに連れていって、ひよちゃんが喜ぶわけないんだ。昔からくどくどくどくど、話が長くて」

 和颯さんがデッキにしゃがみ、新たに買いもとめた鯉の餌を散らす。かなり鬱憤がたまっていたようで、ご隠居さんへの愚痴がとまらない。

「がたがた小うるせえな。だったら最初から一人で来やがれ」

 卒然、空気を切りさくようなりりしい声に、私の相槌がかき消された。反対隣をふり返った和颯さんが、手にしていた餌をごっそり池に落とす。

「げっ! なんでいるんだよ!」
「手のかかる坊主が世話になってんだ、挨拶しとくのが筋だろうが」
「坊主て。俺もう二十七だぞ」
「俺の半分も生きてねえじゃねえか」

 かくしゃくとした、という表現がしっくりくる老翁。二人のやりとりからして、この方がご隠居さんのようだ。口まわりにはグレイヘアと同色の、短く整えられたお髭。タートルネックのニットとツイードジャケット、サイドゴアブーツはどれも質がよさげで、おしゃれさんなのが見てとれる。

 向きなおしたご隠居さんがボーラーハットを軽く持ちあげ、私の背中に手をまわしてきた。
「かわいそうに、寒かったろう。まったく和颯は。そんなんだから、すぐフラレんだよ」
「大きなお世話だっつの! あと、ひよちゃんに気安くさわんな!」
 あいだに入った和颯さんがひき離すも、ご隠居さんはてんでとりあわない。
「今度、蓮花と遊びにくるといい。そうだ、手ぶらってのもなんだ、これ持ってくかい。知りあいの店ので、なかなか美味くてな」

 磊落らいらくに笑い、デニムパンツから透明な袋をとりだす。中身はべっこう飴。二センチ角の澄んだ琥珀色が宝石みたいで綺麗だ。
「尻ポケット! 開封ずみ! やめとけひよちゃん、不衛生だ!」
「失敬な。ちゃんと輪ゴムでとめてんだろうが」

 ご厚意をむげにするのもなんだったので、和颯さんがとめるのもきかず袋ごと受けとり、その場でひとついただく。つつましやかな甘さが、じわんと舌になじんでいく。

「美味しいです。ありがとうございます」
 お礼を言うと、ご隠居さんの目尻の皺がきゅきゅっと増えた。
「すまんな、お嬢ちゃん。こんな半人前だが、愛想つかさず仲よくしてやってくれ」
 みずからの頭をさげるついで、和颯さんのも押しさげる。

「そういうのいいって! ガキじゃないんだから!」
「なぁに言ってやがんだ。おまえさんは、いつまでたっても目の離せない、寂しがりやの甘ったれ小僧だよ」
 ご隠居さんの瞳には深い慈愛の光がほのめいていた。人心にさとい和颯さんが、それを見逃すはずもない。
「……だから、ガキじゃないって言ってんのに」

 照れくささを隠すように、帰りの和颯さんは饒舌だった。しかしながら、私とご隠居さんが連絡先を交換したのは気にくわなかったようで、「いい歳してナンパしやがって」とぶつくさ文句をくり返す。

「たんなる連絡用ですって。和颯さんのこと心配してるだけですよ」
「甘くみちゃいかんぞ、ひよちゃん。あの爺さんは油断も隙もあったもんじゃないんだ。見てみろ、このプロフ画像。キメ顔ならまだしもセンス勝負ときてる。逆にガチ感しかない」

 と、覗きこまれたスマホが反応。朔くんからのメッセージだ。
「どういうことでしょうか。『帰ったら和颯と一緒に俺の部屋に来て。絶対八雲に気づかれないように』って」
「なにがなんだかさっぱりだが、なにかあったことは確かだな」
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