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前編
成人式は二度目です(主人公視点)
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なんだかんだ、ティナの家に世話になりだしてからはや一週間、トビアス先生の厳しい監視のもと、俺は極めて健康的な生活を送っていた。
片腕の生活にも徐々になれつつあって、スプーンやフォークもまともに扱えるようになり、ティナからのあーんというリア充丸出しの食事から卒業しつつあった。
え?
もったいない?
あーんしてもらえって?
ま、まあ、たまにならいいかな。
「よしよし。傷口は順調にふさがってるぞ」
「ありがとうございます」
相変わらず左腕はぴくりともいうことをきいてくれないが、それも慣れた。
「ヴィクトール様、本日は成人の儀でございます」
「ああ」
今日は、本来あの日に学院の卒業式と併せて行うはずだった『成人の儀』を受けに、久々の外出だ。
他の人たちは翌日に延期してやったらしいんだけど。俺はほら、この通りだから、今日特別にティナと俺の二人だけの成人の儀を行ってもらうことになったのだ。
トビアス先生から外出許可は出たし、ユリウスさんに仕立てて貰った成人の正装は昨日届いたし。
準備万端。
「いいか、くれぐれも転ぶなよ!?神殿の中ではティナちゃんの手を借りろ!」
「わかりましたって!先生それ何回目ですか!」
「何回言っても足りねえよ!お前はすぐ無理をするからな!」
先生は朝からずっとこの調子で、着替えをしながら耳にタコができるかと思うくらいしつこく繰り返してくる。
そんなに俺は危なっかしいんだろうか………。
コンコンッ
「失礼いたします。ティアナ様のお支度が整いました」
あーほら。
先生が横でくどくど言うから支度がなかなか終わらなくてティナが先に着替え終わっちゃったじゃん。
まあ、俺もあとタイを締めるだけなんだけどね。
「ヴィルっ。見て!」
クリフが扉を開けると、ティナが正装を翻して駆け込んで来た。
ヤバイな、女神かな。
女神キタねコレ。
「見てっ!お父様と同じ『赤』!似合う?ねえ?」
「もちろん、似合ってるよティナ。綺麗だ」
『赤』はティナの家、ヒルシュ公爵家特有の赤。人魔大戦の英雄のひとり、伝説の剣士の末裔と言われるヒルシュ公爵家の者は成人すると公式の正装にかつて剣士が身に纏っていた赤を身につける。
「うふふっ。ありがとう。ヴィルも『青』が良く似合ってるわ」
かくいう俺も、ご先祖様の身に纏っていた色の正装だ。人魔大戦の英雄、伝説の賢者の青だ。
父さんと同じ青。
カッコイイよなぁ。
これ着ると、成人って感じする。
「ティナちゃん!浮かれんのはわかるが、頼むぜ?!」
「わ、わかっておりますわ先生!」
やっと俺が身仕度を終えると、ジャストタイミングで神殿へ送ってくれる馬車の支度も整った。
「さ、参りましょう」
「お願いします。アルノーさん」
馬車は一路、中央街にある大教会に向かった。
「到着致しました」
その外観はアレだ、外国にあるでっかい教会。アレ。
石造りの荘厳な教会は、ビルなんかもちろんないこの世界の建造物の中では巨大な建物の方だろう。
あ、やべ。
首痛めそう。
ギッ………
ギギギギギィ…………
「お待ちしておりました。どうぞお入り下さい」
重い両開きの扉が開いた。
俺たちは紺色の服の神官に案内され、神殿へ入った。
うわっ。空気冷たっ!
カツン、カツンと高く響く靴音に、ヒンヤリとした石造りの建物独特の空気。
あー。緊張するわー。
なんか心なしか静かだし、人もまばらだし。
まあ、俺達二人だけの成人式だから、そんなに人手はいらないだろうけど。
「………よく、いらっしゃいました。ヴィクトール殿、ティアナ殿」
聖堂の中に入ると、シン…と静まり返った空気で張り詰めていた。
「お久しぶりです。ローゼマリー様」
「お久しぶりでございますわ」
祭壇が設えられた聖堂には、神殿長官が正装で待っていた。この方は、俺たちが最初に婚約式をした時に司祭をしてくれた方で、この国の神官を統括する超エライ人だ。
「久しぶりですね。お二人とも立派になられて。正装がよくお似合いですよ」
変わらないなぁ。
まさに聖女って感じの儚げ美人。父さん達と同世代らしいけど………こほん。
女性の年齢を詮索するのは良くない。うん。
「さあ、祭壇の前においでなさい」
「はい」
大きなステンドグラスから差し込む光に照らされた神々しさが半端ない祭壇には、人族が大昔から信仰する主神アレスの依代である『鏡』を真ん中に据え、我が国で神格化されている四人の英雄のそれぞれのシンボルが飾られている。
「さあ、心を静め、祈りなさい」
ティナに支えてもらいながら、ゆっくりと床に膝をつく。少しうつむいた格好で胸の前で両手を重ねる。
俺は片手だけ胸にあて、静かに深呼吸をした。
ひんやりした空気が喉を通ると、ふうっと体が軽くなったような気がした。
「……万象を司る大いなる神と英霊達よ………、この大地に生まれ、自ら歩むほど成長した愛しき子らに、どうか少しのご加護を賜らんことを………」
リィン………
俺達の頭の上で、小さな鈴が鳴らされ、その優しい音色が耳を撫でたように感じた。心地いい音色だ。
「顔をおあげなさい」
言われて、顔をあげると、ローゼマリー様がステンドグラスから差し込む光をバックに微笑んでいた。
うわぉ。マジで聖女。
「成人、おめでとうございます。あなた方はこれからひとりの人族として歩む力と見識を身につけていくことでしょう。これからも日々研鑽を忘れずに、あなた方の生涯が悔いなきものであらんことを」
にっこり。
そう言って極上の微笑みを浮かべたローゼマリー様。
あんまり綺麗なもんだからついつい 見とれてたら、ティナに頬をつねられた。
いかんいかん。
「……これは主神アレス様より賜った成人の証です。常に身に帯び、日々過ごすとよいでしょう」
そう言って盆に乗せて差し出されたのは銀のイヤーカフ。
キタねコレ。
父さんの見てて常々カッコイイと憧れていた成人の証!
ウキウキしながら、ティナの手を借りて片耳に着ける。
ティナも同じく身につけた。
いいじゃんティナ!似合う!
「ヴィクトール殿。ティアナ殿。成人の儀はこれにて終わりました。気をつけてお帰りなさい」
「はい、ありがとうございました。ローゼマリー様」
「ごきげんよう、ローゼマリー様」
俺はまたティナの手を借りてゆっくりと立ち上がると、ローゼマリー様に見送られて聖堂を後にした。
が、
「こんなところで何をしている、ヴィクトール」
なんで外に出たとたんにコイツに出くわさなきゃいけないわけ?
そりゃないよ神様。
成人式終わって若干ウキウキだった俺のテンションを返して。
「………その節はどうも。アウグスト殿」
ティナが俺とアウグストの間に割って入ろうとするから慌てて止めたよ。
俺のトラウマの一端を担ってるアウグスト。
アウグスト・アーデル・マーギアー・ツァイス。
ツァイス公爵の孫でありながら、あの馬鹿の取り巻きのひとり。
あーもう。めんどくさい奴に会っちゃったなぁ。
「ふん、その格好………、もしかして今頃成人の儀を受けたのか?俺はとっくに済ませたぞ。それとも何か?筆頭公爵家の御嫡男ともなれば、学院の有象無象とは成人の儀を共にしないということか?」
なんだよ、やけに饒舌に喋るじゃないか。
学院じゃなんか知らないけど俺とは話そうともしなかったくせに。
つか俺、おまえの中で相当やな奴だな。
「………勘違いなさらぬよう。皆が成人の儀をされたとき、私はこの有り様で寝込んでいたのですよ。やっと体調が戻ったので、本日儀式を受けに来れたのです」
俺だって、皆と一緒に成人の儀をしたかったよ。お前やあの馬鹿に会うのはヤダけど。
つか、さっきからトラウマがチクチク刺激されてるから、帰っていいかな?いいよね?
「そんな怪我、大したことないだろうが!わざとらしく大袈裟にしやがって!」
ガシッ!!
と、突然キレたアウグストの手が俺の左肩に伸びてきた。
が、それを阻んだのは、ティナの細腕だった。
「アウグスト様………?貴方様は一体なにをしておられるのかしら……………」
ゾクッ
「ティ……ナ……?」
ティナの横顔が、激怒しているときのイリーネおばさんにそっくりだった。
あわわわわわわ。
お、俺の女神が般若に。
「………先ほどから聞いていれば………、貴方様は誰とお話をしておられるつもりなのかしら………」
「ティ……ティナ」
アウグストはティナの静かな怒りにパクパクと声にならない声をあげるしかできないらしい。うん、御愁傷様。
「この無礼者がッッ!!筆頭公爵家の御嫡男を呼び捨てにするとはなにごとですか!貴族に名を連ねる者として、恥を知りなさい!!」
「な………、お、、俺は……公爵家の……」
「お黙りなさい!筆頭公爵家と我々公爵家には明確な身分差があることはご存知でしょう!それとも……無知をひけらかしておられるのかしら?」
「っ!な………!」
ティナがホントに怒ってることは、アウグストが危うく俺の肩を突き飛ばそうとしたことなんだろう。
もしあのまま突き飛ばされてたらと思うとぞっとする。情けないけど、ティナが割って入ってくれて助かった。
「くそっ!アンネのようなことを言いやがって!」
はい?
なんでそこでお前の妹が出て来るんだよ。アンネリースちゃんに謝れ。あとティナ、ちょっと落ち着いて。
「………アウグスト殿。どうもお話が要領を得ませんね。お疲れなのでは?邸にお帰りになられて、お休みになられた方がよろしいかと。我々もこれで失礼させていただきますので」
「ッ!!俺がツァイスを継ぐ者ではないから馬鹿にしてるのか!お前といい、アンネといい、跡取りだからっていい気になるな!」
ティナの手を引いて踵を返すと、アウグストがまだギャンギャン言っているのを完ムシしてさっさと馬車に乗り込んだ。
あいつ、嫡男だけど男だから家を継げない事を気にして、跡取りとして育てられてる妹にも辛く当たってるってホントなんだな。
全くもう………。
お前ん家の事情なんか知らないよ。俺に八つ当たりすんな。
「ティナ、ありがとう。庇ってくれて」
「ヴィル、私ついかっとなっちゃって………。恥ずかしい真似をしたわ……」
「そんなことない。見ただろ?あのアウグストの顔。傑作だったぞ」
「ふふっ、そうね」
よかったー。
俺の女神が戻って来た。
横顔がイリーネおばさんにそっくりだったことは黙っておこう。
くわばら、くわばら。
俺はティナを怒らせることはすまいと、このとき心に誓ったのだった。
片腕の生活にも徐々になれつつあって、スプーンやフォークもまともに扱えるようになり、ティナからのあーんというリア充丸出しの食事から卒業しつつあった。
え?
もったいない?
あーんしてもらえって?
ま、まあ、たまにならいいかな。
「よしよし。傷口は順調にふさがってるぞ」
「ありがとうございます」
相変わらず左腕はぴくりともいうことをきいてくれないが、それも慣れた。
「ヴィクトール様、本日は成人の儀でございます」
「ああ」
今日は、本来あの日に学院の卒業式と併せて行うはずだった『成人の儀』を受けに、久々の外出だ。
他の人たちは翌日に延期してやったらしいんだけど。俺はほら、この通りだから、今日特別にティナと俺の二人だけの成人の儀を行ってもらうことになったのだ。
トビアス先生から外出許可は出たし、ユリウスさんに仕立てて貰った成人の正装は昨日届いたし。
準備万端。
「いいか、くれぐれも転ぶなよ!?神殿の中ではティナちゃんの手を借りろ!」
「わかりましたって!先生それ何回目ですか!」
「何回言っても足りねえよ!お前はすぐ無理をするからな!」
先生は朝からずっとこの調子で、着替えをしながら耳にタコができるかと思うくらいしつこく繰り返してくる。
そんなに俺は危なっかしいんだろうか………。
コンコンッ
「失礼いたします。ティアナ様のお支度が整いました」
あーほら。
先生が横でくどくど言うから支度がなかなか終わらなくてティナが先に着替え終わっちゃったじゃん。
まあ、俺もあとタイを締めるだけなんだけどね。
「ヴィルっ。見て!」
クリフが扉を開けると、ティナが正装を翻して駆け込んで来た。
ヤバイな、女神かな。
女神キタねコレ。
「見てっ!お父様と同じ『赤』!似合う?ねえ?」
「もちろん、似合ってるよティナ。綺麗だ」
『赤』はティナの家、ヒルシュ公爵家特有の赤。人魔大戦の英雄のひとり、伝説の剣士の末裔と言われるヒルシュ公爵家の者は成人すると公式の正装にかつて剣士が身に纏っていた赤を身につける。
「うふふっ。ありがとう。ヴィルも『青』が良く似合ってるわ」
かくいう俺も、ご先祖様の身に纏っていた色の正装だ。人魔大戦の英雄、伝説の賢者の青だ。
父さんと同じ青。
カッコイイよなぁ。
これ着ると、成人って感じする。
「ティナちゃん!浮かれんのはわかるが、頼むぜ?!」
「わ、わかっておりますわ先生!」
やっと俺が身仕度を終えると、ジャストタイミングで神殿へ送ってくれる馬車の支度も整った。
「さ、参りましょう」
「お願いします。アルノーさん」
馬車は一路、中央街にある大教会に向かった。
「到着致しました」
その外観はアレだ、外国にあるでっかい教会。アレ。
石造りの荘厳な教会は、ビルなんかもちろんないこの世界の建造物の中では巨大な建物の方だろう。
あ、やべ。
首痛めそう。
ギッ………
ギギギギギィ…………
「お待ちしておりました。どうぞお入り下さい」
重い両開きの扉が開いた。
俺たちは紺色の服の神官に案内され、神殿へ入った。
うわっ。空気冷たっ!
カツン、カツンと高く響く靴音に、ヒンヤリとした石造りの建物独特の空気。
あー。緊張するわー。
なんか心なしか静かだし、人もまばらだし。
まあ、俺達二人だけの成人式だから、そんなに人手はいらないだろうけど。
「………よく、いらっしゃいました。ヴィクトール殿、ティアナ殿」
聖堂の中に入ると、シン…と静まり返った空気で張り詰めていた。
「お久しぶりです。ローゼマリー様」
「お久しぶりでございますわ」
祭壇が設えられた聖堂には、神殿長官が正装で待っていた。この方は、俺たちが最初に婚約式をした時に司祭をしてくれた方で、この国の神官を統括する超エライ人だ。
「久しぶりですね。お二人とも立派になられて。正装がよくお似合いですよ」
変わらないなぁ。
まさに聖女って感じの儚げ美人。父さん達と同世代らしいけど………こほん。
女性の年齢を詮索するのは良くない。うん。
「さあ、祭壇の前においでなさい」
「はい」
大きなステンドグラスから差し込む光に照らされた神々しさが半端ない祭壇には、人族が大昔から信仰する主神アレスの依代である『鏡』を真ん中に据え、我が国で神格化されている四人の英雄のそれぞれのシンボルが飾られている。
「さあ、心を静め、祈りなさい」
ティナに支えてもらいながら、ゆっくりと床に膝をつく。少しうつむいた格好で胸の前で両手を重ねる。
俺は片手だけ胸にあて、静かに深呼吸をした。
ひんやりした空気が喉を通ると、ふうっと体が軽くなったような気がした。
「……万象を司る大いなる神と英霊達よ………、この大地に生まれ、自ら歩むほど成長した愛しき子らに、どうか少しのご加護を賜らんことを………」
リィン………
俺達の頭の上で、小さな鈴が鳴らされ、その優しい音色が耳を撫でたように感じた。心地いい音色だ。
「顔をおあげなさい」
言われて、顔をあげると、ローゼマリー様がステンドグラスから差し込む光をバックに微笑んでいた。
うわぉ。マジで聖女。
「成人、おめでとうございます。あなた方はこれからひとりの人族として歩む力と見識を身につけていくことでしょう。これからも日々研鑽を忘れずに、あなた方の生涯が悔いなきものであらんことを」
にっこり。
そう言って極上の微笑みを浮かべたローゼマリー様。
あんまり綺麗なもんだからついつい 見とれてたら、ティナに頬をつねられた。
いかんいかん。
「……これは主神アレス様より賜った成人の証です。常に身に帯び、日々過ごすとよいでしょう」
そう言って盆に乗せて差し出されたのは銀のイヤーカフ。
キタねコレ。
父さんの見てて常々カッコイイと憧れていた成人の証!
ウキウキしながら、ティナの手を借りて片耳に着ける。
ティナも同じく身につけた。
いいじゃんティナ!似合う!
「ヴィクトール殿。ティアナ殿。成人の儀はこれにて終わりました。気をつけてお帰りなさい」
「はい、ありがとうございました。ローゼマリー様」
「ごきげんよう、ローゼマリー様」
俺はまたティナの手を借りてゆっくりと立ち上がると、ローゼマリー様に見送られて聖堂を後にした。
が、
「こんなところで何をしている、ヴィクトール」
なんで外に出たとたんにコイツに出くわさなきゃいけないわけ?
そりゃないよ神様。
成人式終わって若干ウキウキだった俺のテンションを返して。
「………その節はどうも。アウグスト殿」
ティナが俺とアウグストの間に割って入ろうとするから慌てて止めたよ。
俺のトラウマの一端を担ってるアウグスト。
アウグスト・アーデル・マーギアー・ツァイス。
ツァイス公爵の孫でありながら、あの馬鹿の取り巻きのひとり。
あーもう。めんどくさい奴に会っちゃったなぁ。
「ふん、その格好………、もしかして今頃成人の儀を受けたのか?俺はとっくに済ませたぞ。それとも何か?筆頭公爵家の御嫡男ともなれば、学院の有象無象とは成人の儀を共にしないということか?」
なんだよ、やけに饒舌に喋るじゃないか。
学院じゃなんか知らないけど俺とは話そうともしなかったくせに。
つか俺、おまえの中で相当やな奴だな。
「………勘違いなさらぬよう。皆が成人の儀をされたとき、私はこの有り様で寝込んでいたのですよ。やっと体調が戻ったので、本日儀式を受けに来れたのです」
俺だって、皆と一緒に成人の儀をしたかったよ。お前やあの馬鹿に会うのはヤダけど。
つか、さっきからトラウマがチクチク刺激されてるから、帰っていいかな?いいよね?
「そんな怪我、大したことないだろうが!わざとらしく大袈裟にしやがって!」
ガシッ!!
と、突然キレたアウグストの手が俺の左肩に伸びてきた。
が、それを阻んだのは、ティナの細腕だった。
「アウグスト様………?貴方様は一体なにをしておられるのかしら……………」
ゾクッ
「ティ……ナ……?」
ティナの横顔が、激怒しているときのイリーネおばさんにそっくりだった。
あわわわわわわ。
お、俺の女神が般若に。
「………先ほどから聞いていれば………、貴方様は誰とお話をしておられるつもりなのかしら………」
「ティ……ティナ」
アウグストはティナの静かな怒りにパクパクと声にならない声をあげるしかできないらしい。うん、御愁傷様。
「この無礼者がッッ!!筆頭公爵家の御嫡男を呼び捨てにするとはなにごとですか!貴族に名を連ねる者として、恥を知りなさい!!」
「な………、お、、俺は……公爵家の……」
「お黙りなさい!筆頭公爵家と我々公爵家には明確な身分差があることはご存知でしょう!それとも……無知をひけらかしておられるのかしら?」
「っ!な………!」
ティナがホントに怒ってることは、アウグストが危うく俺の肩を突き飛ばそうとしたことなんだろう。
もしあのまま突き飛ばされてたらと思うとぞっとする。情けないけど、ティナが割って入ってくれて助かった。
「くそっ!アンネのようなことを言いやがって!」
はい?
なんでそこでお前の妹が出て来るんだよ。アンネリースちゃんに謝れ。あとティナ、ちょっと落ち着いて。
「………アウグスト殿。どうもお話が要領を得ませんね。お疲れなのでは?邸にお帰りになられて、お休みになられた方がよろしいかと。我々もこれで失礼させていただきますので」
「ッ!!俺がツァイスを継ぐ者ではないから馬鹿にしてるのか!お前といい、アンネといい、跡取りだからっていい気になるな!」
ティナの手を引いて踵を返すと、アウグストがまだギャンギャン言っているのを完ムシしてさっさと馬車に乗り込んだ。
あいつ、嫡男だけど男だから家を継げない事を気にして、跡取りとして育てられてる妹にも辛く当たってるってホントなんだな。
全くもう………。
お前ん家の事情なんか知らないよ。俺に八つ当たりすんな。
「ティナ、ありがとう。庇ってくれて」
「ヴィル、私ついかっとなっちゃって………。恥ずかしい真似をしたわ……」
「そんなことない。見ただろ?あのアウグストの顔。傑作だったぞ」
「ふふっ、そうね」
よかったー。
俺の女神が戻って来た。
横顔がイリーネおばさんにそっくりだったことは黙っておこう。
くわばら、くわばら。
俺はティナを怒らせることはすまいと、このとき心に誓ったのだった。
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