俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。

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後編

目指せパン革命(主人公視点)

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「シュレマー子爵!!」
「ようこそ、ヴィクトール様」

  俺は気がつくと、シュレマー子爵の待つ応接間に飛び込んでいた。

「子爵!ついに完成したのですね!」
「まあまあ、ヴィクトール様。落ち着いて、まずはお掛け下さい」

  シュレマー子爵の穏やかな物腰に、俺はやっとそこで興奮状態から落ちつき、自分の無作法さを反省した。
 
「も、申し訳ございませんシュレマー子爵。私としたことが、お恥ずかしい真似を致しました」
「いやぁ、お気になさらず。きっと大興奮で飛び込んで来て下さると思っていましたから」

  俺は顔が赤くなるのを感じながら、ティナと一緒にソファに腰掛けた。

「いやはや、予想通りの反応をいただいて、嬉しい限りですよ。わざわざ宿のご朝食にお出しした甲斐がありました」

  シュレマー子爵。
  ディーデリヒ・アーデル・ヴィゼグラーフ・レーンスヘル・シュレマー。
  国内有数の小麦の産地、シュレマー領の領主でありパンを愛するパンと食の研究家として知られている。
  三年前、領地との行き来で立ち寄った時に、シュレマー子爵のパン愛を見込んでお願いしたことがあった。
  それが、今朝の朝食で出された、あのパン。

「ありがとうございました子爵。きっと完成させて下さると思っていました」
「私の方こそお礼を申し上げます。ヴィクトール様のお知恵をいただいたおかげで、我が国のパンは更なる進化を遂げるでしょう」

  俺は思わず、シュレマー子爵とガッシリと握手を交わしていた。
  やっぱりこの人のパン愛は本物だったよ!

「あ、あの………」

  と、そこで初めて俺はティナが隣で困った顔をしていることに気づいた。

「お二人は、先ほどから何のお話をされているのでしょうか……」

  しまった。
  嬉しすぎて完全に置いてけぼりにしてた!

「す、すまないティアナ。つい夢中になって……」
「はは。申し訳ないティアナ様。どうもこの話になると盛り上がってしまって」

  三年前、シュレマー子爵のパン愛を知った俺は、かねてから求めてやまなかったふわふわのパンの開発をお願いした。
  なにしろ、この国のパンは前世でいうところのドイツパンってやつで総じて硬め。あれだよ、ライ麦パンみたいなやつ。
  しかもナッツみたいなものとか干した果物とか混ぜ込んだパンはあるけど、惣菜パンとか菓子パンとかないし。
  生地から見直したかったけど俺にはそんな技術も知識もなかったから、当時のシュレマー子爵に俺のパン愛を語ったら協力してくれることになったってわけ。

「ヴィクトール様のご提案のおかげで、この国の食文化がさらに発展するのですよ」
「まあ!素晴らしいですわ、ヴィクトール様」
「何をおっしゃいますか!子爵が私の発言を子供の戯言ざれごとと一蹴せず、真剣に取り合って下さったからではありませんか!」

  本当に、俺は妄想みたいなパンの話をし、俺の求めるパンに適しているであろう小麦の産地を探し出しただけで後は丸投げしたんだから。
  バターを使うっていうのも大変だったろうし。

「ははは。相変わらずですねぇ。ところでヴィクトール様、新しいパンですが、今年の品評会で公式に発表をさせていただこうと思います。それにあたって是非ともヴィクトール様に名をつけて頂きたいのです」
「えっ?私がですか?」
「はい」

  えええええ。
  どうしよう。
  実は俺が開発をお願いしたのはいわゆる『ロールパン』。そのまんまロールパンでいいか?

「では…………、ロールパンはいかがでしょう」
「ほう、ロールパンですか素晴らしい。それでいきましょう」

  ……いいのかな。
  で、でも俺の中ではロールパンじゃないとしっくり来ないし………。
  うん、異世界知識で食文化改革とか、これぞ異世界転生の醍醐味だよね。次は何パンを作って貰おうかな。

「では、こちらをご確認の上ご署名を」

  と、俺が食文化改革に思いを馳せていると、テーブルの上に紙とペンがセッティングされた。
  なに?紙ってことはそれなりに大事な書類だよね……。
  俺は手漉てすき和紙に近い質感の紙を手にとってそこに書かれてある内容を読んだ。
  それは、四か国共通の商品登録契約書。
  四か国が共同出資する権利協会が人族の間での新たな商品開発や動植物の発見と登録を推奨し、その権利を守ってくれる。
  いわゆる特許の出願書類。

「えっ?着想料て、え?」
「うん?何か違いましたか?」

  いやいやいや!
  着想人として登録されることも遠慮したいのに、着想料って!
  販売価格の二割とかいらないから!
  むしろ俺は抜きで登録して下さといよ!
  という趣旨の事を訴えたら、

「困りましたねぇ………。着想料は着想人に認められた権利であり、協会の規程で割合も決められているのですが………。それを受け取らないと仰られてしまうと……」
「いや、ですから、そもそも私が着想人と登録いただかなくとも結構なのですが」
「それは承服致しかねます」
「ええっ」

  だってロールパンはもともと俺が考えたものじゃないし……、もし異世界から来た人とかが登録内容を見たら……。とはさずかに言えず、俺は諦めて書類にサインした。

「ありがとうございました。これで協会へ提出させていただきます」
「よろしくお願いいたします」

  シュレマー子爵の執事が書類とペンを片付けてくれた。

「ところで子爵。ロールパンを作っていただける工房を紹介していただけませんか。道中、皆で食したいのです」
「ええ、よろこんで。ロールパンの開発を担当した工房がございます。そちらをご紹介しましょう。では、早速参りましょうか」

  俺たちはシュレマー子爵に付いて徒歩で街へ降りていった。

「いやはや、すみませんね歩かせてしまって。なにしろ、この街は馬車で行き来するには少々入り組んでおりまして」
「いえ、お気になさらず」

  シュレマー領都オルテンブルクは大通りから一歩外れると途端に迷路の様な路地になってしまい、道をよく知らなければ確実に迷いそうだ。

「こちらです」

  そんな迷路の様な路地を歩いていくと、次第にパンの薫りが漂ってきて、シュレマー子爵は一軒のパン工房の前で足を止めた。
  焼きたてパンのような色をした看板には『ヨーナスパン工房』と白いペンキで書かれていた。

「おじゃましますよ、ヨーナス」

  シュレマー子爵がドアを開けると、パンの薫りがあふれてきて、朝食を食べたばかりだというのにお腹が空きそうだ。

「おや、ディーじゃあないか。ちょうど良かった、例のパンが焼き上がったところだよ」

  シュレマー子爵を「ディー」と気安く呼んだそのひとは、恰幅のいい体に白いエプロンを身につけた、この人が作るものは絶対美味いだろ感がハンパない人。

「あらっ、いらっしゃい!ディーさん!」
「いらっしゃいディーさん!」

  奥さんらしい女性も、旦那さん同様美味しいもの作ってくれそうなオカンオーラがハンパない。娘さんかな?可愛い女の子も奥から出てきた。
  てか、焼きたてっつったよね!
  焼きたて!
  ああああ!鉄板の上に焼きたてロールパンが並んでるうぅぅぅぅ!

「ヨーナス。ついに例のパンをの名称を付けていただけましたよ」
「ついにか!で、何て名前だ?」
「ロールパンです」
「ロールパン!うん、いい名前だ!なあ?」
「そうね」
 
  ほっ、よかった。すんなり受け入れて貰えて。
  そんなことより俺は鉄板の上のロールパンが気になるわけで。

「それで、今朝お届けしたロールパンの味について何か仰っていただいたか?」
「それは御本人にお伺いしましょうよ」
「え?」

  俺が焼きたてロールパンに目を奪われている間に、ヨーナスさんの前に引き出された。
  相対したヨーナスさんはぽかんとしている。
  うん、なんかごめんなさい。

「ヨーナス。この方が発案者のヴィクトール様ですよ」
「っ!この方が!」
「まっ、まあ!大変!」

  がばっ、と、ヨーナスさんは帽子を取ると奥さんと娘さんと一緒に大きい体を一生懸命小さくして頭を下げてきた。

「はじめまして、ヨーナス殿。私はヴィクトールと申します」
「は、はじめまして!ヨーナスです!お会いできて光栄です!こ、これは妻のエマと娘のユッテです!」
「今日は突然押し掛けてしまってすみません」
「と、とんでもない!こんな狭苦しいところへようこそ!」
「早速ですがヨーナス殿」
「は、はい!」
「その焼きたてのロールパンをいただいてもよろしいですか?」

  俺は挨拶もそこそこに、パンを要求。
  ヨーナスさんが震えながらパンを取ってくれるのがスローモーションに見える。ああっ!もどかしい!

「ど、どうぞ……!」

  手に乗せられたロールパンはふわふわで温かくて、一口食べたらもう最高。なにこれ超うまぁぁぁい。

「………ヨーナス殿」
「は、はい!」

  俺は思わずヨーナスさんの手をがっしりと握りしめていた。

「ありがとうヨーナス殿!こんなに美味しいロールパンを食べたのは初めてです!貴方の腕前は素晴らしい!」

  ただ、語彙力のない俺はそう言うのが精一杯だったけど、とにかく美味しかった。
  ヨーナスさんを俺の中で勝手にパンの神認定したのは言うまでもない。

「あ、ありがとうございます…………!」
「あんたぁ………!良かったねぇ………!」
「おとうさん………!」

  ぶわっと、突然ヨーナスさん一家は泣き出してしまい、シュレマー子爵がなだめる。
  聞けばヨーナスさん、腕はいいが人が良すぎて騙されて、表通りにあった工房をとられてしまったらしい。
  それでも奥さんと娘さんと三人でなんとかここで工房を続けてたらしいんだけど、なかなか上手くいってなかった。
  そこへ、シュレマー子爵は俺のアイデアを持ってヨーナスさんを訪ねて、二人で試作を重ねたそうだ。
  ……って、

「………御自身でパンを作られるとは、そのパン愛、尊敬しますよ子爵」
「いやあ、ヴィクトール様のパン愛には負けますよ。私は若い頃、ヨーナスと同じ工房で修行しておりましてね。研究の一環で今も時おり作るのですよ」  

  シュレマー子爵はヨーナスさんを助けてあげたかった。でも、あくまで店は合法的に譲り渡したことになっており、いくら領主といえど手出しできなかった。
  ならばと、誰も聞いた事のないパンの試作を持ち込んだ。実際、表通りに工房を構えるような職人達は俺の示したロールパンのレシピに取り合ってくれなかったらしい。

「す、すみません。お恥ずかしいところをお見せしました……」

  ようやく落ち着いたヨーナスさん。  奥さんと娘さんとも晴れやかな表情をしていた。

「ヨーナス殿、今後もロールパンの製造と販売を宜しくお願いします。そして、できるだけ多くの職人に製造方法を広めていって下さい」
「はい!精一杯やらせていただきます!」
「シュレマー子爵。レシピを公開する時期や相手は貴方にお任せします」
「かしこまりました」

  今後はひとまずヨーナスさんの工房でのみ製造、販売されることになるだろう。
  楽しみだな、早くロールパンが広まってくれるといいんだけど。
  俺は焼きたてロールパンを早速買い占めて店を後にした。
  販売予定価格より多めに出して、今後への投資だとしておいた。
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