俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。

文字の大きさ
37 / 60
後編

突然の来客(父親視点)

しおりを挟む
「………そうですか、陛下が」

  地下牢での一件から一夜明け、陛下に付けていた侍女達が交代で休む為、ヒルシュ家の侍女に引き継ぎをしてやしきに戻って来た。

「はい旦那様。陛下の取り乱し様は尋常ならざるご様子で、しかも、旦那様を魔法マギアを使う化け物だとか……意味の分からないことを仰っていました」

  彼女達から、陛下が私を化け物とのたまっていると、案の定報告を受けた。
  まあ、陛下がいくら私が魔法マギアを使っただとか化け物だとか言ったところで、周囲の者は陛下の言葉になど耳を貸さないし真に受ける者はいない。
  そして殿下は

「殿下は、今朝方目を覚ましてから、昨日までが嘘のように静かです。時々何事か呟いてはいましたが」

  と、昨夜牢番をしていたルーカスが報告をしてきた。

「アンナ、ルーカス、今日はもう休みなさい。他の者にもそのように伝えるように」
「かしこまりました。失礼いたします」

  アンナとルーカスが下がると、ほとんど入れ違いにコンラートが入って来て突然の来客を告げた。

「旦那様。ホウラン国大使様がお見えです」
「……!応接間へお通ししなさい」
「かしこまりました」

  私は予想外の来客に動揺しつつも、脱いでいた上着を羽織り、タイを締め直し、足早に応接間へ向かった。

「突然の訪問、平にご容赦を。コール宰相閣下」
「………いえ、お気になさらず。キサラギ殿」

  応接間で待っていたのは、ホウラン国大使、ユラ・キサラギ殿と、侍従じじゅうらしき若い男。
  私はその若い男と目が合った瞬間、どっと冷や汗が出た。

「どうぞ、お掛け下さい………」
「失礼致します」

  ソファに腰掛けた大使の後ろに涼しい顔で立ったその人は、私と再度目が合うと、眼鏡の奥で笑みを見せた。
  何故、この方がこんなところに………。

「……シオン太子たいしも、どうぞお掛け下さい」
「……………なんだ。もうバレてしまったか」
「ですから申し上げましたでしょう太子。すぐにバレますよ、と」

  つまらん。と言ってソファにドッカリと腰掛けたシオン太子。ホウラン国太子シオン・スメラギ様。
  東の農業国家ホウランの国家元首は太守たいしゅ、その三番目の太子……つまり我が国でいうところの王子がシオン様だ。
  三年程前にホウランに出向いた際にお見かけして以来だ。そう言えば、ヴィルと同じ年頃だったか……。

「シオン太子、留学を終えて本国へお帰りになられたとばかり思っておりましたが、まさかこうしてお会いできるとは思いませんでした」
「ふっ、全てお見通しであろうによく言う。これはお前が外交で遅れをとる訳だな、キサラギ」
「はっ、面目ございません」

  何の話だ。
  私は今国内のことで手一杯で、シオン太子が留学にいらしていた事すら忘れかけていたくらいだと言うのに。

「して、私が貴殿をこうして尋ねたのは、言わずとも分かっているのであろう?」
「………さて、私には皆目見当もつきません」

  私が正直にそう返すとシオン太子は眉を上げた。

「ふむ。果たしてそれは本音か否か。見かけによらず、タヌキだな宰相殿」

  本音に決まってる。
  何をそんなに勘繰る必要があるのか。私はそんな大した人間ではないんだがな。

「まあよい。私の用件はこれだ」

  すっと、私の前に差し出された紙。
  それに目を落とした瞬間、私は驚いて目を見開いた。
  見間違いでなければ、それは最高品質の手鋤き紙が使われたホウラン国太守の署名と落款らっかんの入った公文書だった。

「どうした、宰相殿。貴殿はこれを求めていたのであろう?」

  そう。
  確かに私はこれを求めていた。
  しかし……

「何故、今になってこれを……」
「かつて、貴殿が申されたことが事実であり国の解体もやむ無しと、我が君が判断されたからだ」

  四年前、私は四か国同盟の協議会に陛下の代理で出席し、その際国々の首長に我が国の現状を訴え、国の解体の承認を迫った。
  しかしホウラン太守は、四か国同盟の盟主である我が国の解体により想定される影響への対策があまりにも乏しく、また、私の話が事実とは信じがたいと、承認を拒まれてしまった。
  あれからというもの、いかにして承認をいただくか思い悩んでいたところへ降って沸いた公文書に、私は心の中で喜んだのが本音だ。
  これで、速やかに新興国への移管ができる。

「そう言えば、ご子息のお加減は如何か」
「はい、お陰様で動けるようになりまして、昨日、療養の為に領地へ発ちました」
「そうか。いやはやまさかあのような公衆の面前で王子が重臣の子息を切りつけるとは、驚きを通り越して寒気がはしった」
「太子もあの場に?」
「もちろんだとも」

  シオン太子は留学と称して、太守の命で我が国の現状を観察していたのだろう。
  そして、あの場面に遭遇し、殿下のあまりの傍若無人ぷりに、この国の寿命は最早尽きたと悟ったというところか。

「しかし、貴殿のご子息は立派だ。命懸けであの王子をいさめるとは……、まあ、その命懸けの諫言かんげんも、王子の耳には届かなかったようだかな……」
「…………」 

  そうだ、ヴィルは一歩間違えば死んでいたかもしれないのだ。
  他国の太子から見ても、王子の言動は異常だったのだろう。
  実際、あの場にいた貴族の子弟達はそれまで日和見だった者までもが今日までに続々と王都を離れている。沈むと分かっている舟に乗り続けるほど馬鹿ではないということだろう。

「それにしても、貴殿のご子息……ヴィクトール殿は素晴らしい。私の臣下に迎えたいくらいだ」
「はは、ご冗談を」
「冗談などではないぞ」

  聞けばシオン太子は学院でヴィルと同じ学級だったとのことだが、学院ではただのホウランからの留学生として過ごしていた。
  外国からの留学生を皆が遠巻きにしている中、ヴィルだけが唯一積極的に話しかけて来たことをシオン太子は高く評価しているらしい。

「もしや、貴殿が私の事をヴィクトール殿に言っていたのかと思ったが、知らぬようだったな」
「ヴィクトールには、まつりごとに関することは何も話しておりません」
「そうか?そうとは思えぬほど、国内外の事を良く知っておったが」

  ヴィルはシオン太子の名乗っていた家名がホウランの高位華族かぞくの名だと知っていたそうだ。いつの間にそんな国外の事を勉強したのか……。

「私は学院では母の家名を名乗っていた。アキヅキというのだが、外国にはあまり知られていないのによく知っていたものだ。あの見識の広さ、ますます私の臣下に召し抱えたいな」
「シオン様」

  とそこで、それまで傍らで黙って話を聞いていたキサラギ大使が一言そう口に出した。

「おお、そうだった。これも貴殿に渡しておかねばな」

  すると、シオン太子はもう一枚、公文書を私の前に差し出した。

「ッ!こ、これは………」

  公文書を手にとり、その内容を読んだ私は思わず震えていた。

「どうした。これは他国も出した要望書だと聞いているが。何をそんなに驚いている」
「……………いえ」

  まさか人道を重んじるホウラン太守がこれを出してくるとは正直予想外だった。他国がこれを私に突きつけたとき、明らかに不快感を示されていたのに……。

「思いもよならかったか?我が君のご決断が。貴殿が思っているほど、我が君は甘くないぞ。それにあるとおり、ヴォルムス解体のあかつきには、現国王とその第一王子を四か国協議会へ引き渡せ。さすれば我らホウランは、新興国への援助は惜しまん。との我が君の仰せである」
「そ、それは…………」
「おや、呑めぬと申すか?宰相殿。よもやあの者らに情など一片も残ってはおらぬ筈だ。我が君はあの者らが戦の種と成ることを憂慮ゆうりょしておられる。貴殿も分かっておるだろう?あの者らを生かしておけば、いつか足下をすくわれると」

  シオン太子の言う通りだ。
  ここで情を見せても必ず裏切られる。まして四か国協議会の総意に逆らえば、新興国は人族じんぞくの中で窮地に立たされるだろう。

「………………わかりました。太守倪下げいかに返書をしたためますので暫しお待ちを」
「そうか、では少々待たせてもらうとしよう」
「失礼致します」

  私は一時退席し、書斎で太守倪下げいかの公文書を前に返書を書く。
  久しぶりに公文書用の上等な紙にペンをはしらせているからか、上手く文字が書き進められない。
  いや、これは動揺しているのか、この返書と同じくして他国にも同様の返書を送る。そうすれば陛下と殿下は我が国の解体後四か国協議会に身柄を引き渡され審判に掛けられる。
  二人に対する審判はおそらく形だけのものになるだろう。そして、審判の後二人は………

  グシャッ

「あ………」

  しまった。
  そんな事を考えながらペンをはしらせていたら、私は気がつくと紙をくしゃりと握りしめてしまっていた。
  いけない、貴重な手鋤き紙を。
  私は気持ちを落ちつけてもう一度書き直し、署名をして落款らっかんを押した。

「お待たせ致しました」

  書き上げた書面をシオン太子の元へ持っていく。

「こちらを、太守倪下げいかへお渡し下さい」
「………………ふむ。確かに承った」

  シオン太子が書面を受けとると、キサラギ大使がそれを丁寧に木箱に納め、紐を掛けた。

「では、新しい国の誕生を楽しみにしているぞ。宰相殿………いや、コール殿」
「……わざわざのお運び、ありがとうございました」

  シオン太子とキサラギ大使を見送り、私はため息と共に足の力が抜け、応接間のソファに崩れ落ちた。
  情けない、緊張の糸が切れたのだろうか。

「旦那様!?」

  コンラートが慌てて駆け寄ってくる。

「大丈夫だコンラート……。お茶を煎れなおしてくれないか………」
「かしこまりました……」

  私はソファに体を預けたまま天井を見上げ、タイを緩めた。
  予想外だったが………、これでこの国は終わる………。いや、まだ終わりの始まりか………。
しおりを挟む
感想 101

あなたにおすすめの小説

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

私はざまぁされた悪役令嬢。……ってなんだか違う!

杵島 灯
恋愛
王子様から「お前と婚約破棄する!」と言われちゃいました。 彼の隣には幼馴染がちゃっかりおさまっています。 さあ、私どうしよう?  とにかく処刑を避けるためにとっさの行動に出たら、なんか変なことになっちゃった……。 小説家になろう、カクヨムにも投稿中。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...