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後編
俺は平穏に旅をしたいんだけど(主人公視点)
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王都を発って四日目、俺たちの乗った馬車はツアィス領へ入った。あと半日も走れば、ツアィス領都ヘルネに到着する筈だ。
しかしさすがツアィス領。領地境を通過した途端、街道の舗装が一段良くなったんだけど。
国の整備が行き届かないから、ツアィス公爵家が領費の中で整備してるという噂もあるけど、それにしてもすげぇいい道。うちも見習おう。
「おーい、見えたぞ、あれがツアィス領都ヘルネだ」
例によって窓から景色を眺めていた俺とティナは、アヒムさんの指差した方に目を向けた。
「んん?」
「あれ?」
と、俺とアヒムさんは揃って、声をあげた。
視線を向けた方向から、馬に跨がった人影が近づいてくるのが見えたからだ。
「フランク!道を空けろ!!」
「は、はいっ!」
それを早馬だと判断した俺は咄嗟にそう指示を出して馬車を街道の端に寄せて停めさせた。
ツァイス領から王都への急使かもしれない。何かあったんだろうか。
と、考えながら馬が行きすぎるのを待った。
しかし、
「え………?」
早馬のごとく駆けてきたのは猫の肩章を着けた軽装の騎士達だった。
騎士達は俺たちの馬車の前まで来ると速度を緩めて止まった。
そして馬を下りた騎士達は、俺たちが顔を出していた窓の前で膝をついた。
「ヴィクトール様と、ティアナ様でございますね。お迎えに上がりました。ツァイス領主代行、アンネリース様がお待ちでございます。どうぞ我々に付いてお進み下さい」
猫の肩章を身につけてるって事は、この人達はツァイス公爵家の私兵か。
警戒して馬車から降りて来てくれたアヒムさんの目線に応えて頷き、ややあって馬車は騎士に先導されてゆっくりと進みだした。
「ヴィル、ホントにコイツらに付いていって大丈夫なのか」
例によって馭者台の小窓から、話しかけて来たアヒムさん。
「大丈夫だよアヒムさん。彼らの肩章は間違いなくヒルシュ家のものだ。それと、さっきツァイス領主代行、アンネリース様がって言ってただろ?アンネリース嬢が今や事実上の領主代行だと知っているのは四大公爵に連なる者だけだ。俺たちにしか分からない符丁を言ってきた以上、心配は要らないよ」
「そうか、ならいいんだが………。まあ、仮に罠だとしても俺たちが守ってやるからな」
「ありがとうアヒムさん。頼りにしてるよ」
「お、おう。任せろ」
しばらく行くと、遠目に見ていたヘルネの街がだいぶ近づいてきた。
ヘルネの街は大きく、強固な壁と幅の広い水路に囲まれているのは人魔対戦の名残だと聞いた事がある。
その古いヘルネの街並みの中心にそびえるのが、ツァイス公爵の居城だ。
あれよあれよという間に俺たちは街門の審査を通過し、城の中に入った。
カツン
吹き抜けのホールに靴音が響く。
「こちらでお待ち下さい」
応接間に通された俺とティナが静かにソファに腰掛けていると、ややあって俺たちが入ったのとは別の扉が叩かれた。
すかさず俺とティナは立ち上がる。
「お待たせ致しました。私、当家の長女でございます、アンネリースと申します」
深い緑のドレスの裾を持ち、深々と礼をとった少女が、アンネリースちゃん……もといアンネリース嬢だ。
アンネリース・アーデル・マーギアー・ツァイス。
現ツアィス公爵の孫娘だ。
「アンネリース嬢。まずはわざわざ迎えを出していただいたこと、御礼申し上げます。改めて、私はコール筆頭公爵が嫡男、ヴィクトールと申します」
「はじめまして、アンネリース様、私はヒルシュ家の末子、ティアナですわ」
まだ、十三歳だというのに、しっかりとした綺麗な挨拶に俺たちも応える形で挨拶を返す。すると、
「ヴィル兄様っ!!」
「!」
アンネリース嬢は突然勢いよく顔を上げると俺に一歩近づいてその場に膝をついた。
「本当に………!本当にこの度は申し訳ございませんでした!そんな怪我をされて………!それもこれも兄が殿下を止めなかったばかりか煽るような言動をとったが故と聞いております………!本当に………!何とお詫びを申し上げ、どうあがなえばよろしいのか………!」
俺は一瞬驚いたが、直ぐになんで彼女がこんな真似をしているのか悟った。
アンネリース嬢も、未成人ながら領主代行をしているだけはあるなぁ。丁重な出迎えに、実質的な領主代行が平身低頭しての謝罪。普通なら、これで赦すのかな。
悪いけど、アンネリース嬢。俺、そこまで馬鹿じゃないから。
「………アンネリース嬢」
「っ、ど、どうか愚かな兄をお許し下さいっ」
「アンネリース嬢」
ぴたっと、アンネリース嬢は言葉を詰まらせた。
はっとして顔を上げたアンネリース嬢にはとりあえず笑みを浮かべた俺の顔を見せておく。
案の定、アンネリース嬢はほっとしたみたいな顔になって口もとを綻ばせた。
「アンネリース嬢、どうぞ立って下さい。貴女がそんな事をする必要はないのですから」
そうだよ、あの野郎、妹に土下座させて自分はなにやってんだ。
「ヴィル兄様、あ、兄のことは…」
「アンネリース嬢。すまないが、貴女からの謝罪は受けられない」
「え……」
つか、ツァイス公爵は何してんの?舐めんのも大概にしろよ。
あくまでもアンネリース嬢は未成人だ。家督を継いだ訳でもない人間がどうして公爵家を代表して謝罪する必要がある。
「アウグスト殿本人やツァイス公爵自らの謝罪ならまだしも、貴女からの謝罪では私は受けられないと申し上げているのです。それとも………、貴女が謝罪すれば、私がアウグスト殿を赦すと、ツァイス公爵に言われましたか」
「…………っ!」
手を引いて立たせたアンネリース嬢は、さっと顔を強張らせた。
図星か、いくら俺がアンネリース嬢と昔から親交があって妹みたいに可愛がってるからって、流されたりしないからね。
本当に、ツァイス公爵は俺を舐めてるよね。
謝罪する気があるんなら、アンタが孫の首根っこをひっ捕まえて頭を下げさせろっての。
「…………も、申し訳…ございません……」
「貴女を責めるつもりはありません、全てはツァイス公爵の差配なのでしょうから」
手を引いて、アンネリース嬢をソファに座らせると、俺とティナも向かい合って座った。
「…………ヴィル兄様の仰る通りですわ。おばあ様…………ツァイス公爵は、ヴィル兄様をなにも知らない箱入り息子だと、私が頭を下げれば、簡単に懐柔されるはずだと………」
「…………へぇ」
そりゃ随分と安く見られたもんだ。
箱入り息子で悪かったなチクショウ。
「も、もちろん私はヴィル兄様のことをそんな風に思った事はありません。むしろ、何も知らないのは私の方ですわ……。おばあ様は領地の事に専念しなさいと仰るけれども、王都は一体どうなっているのでしょう……。最近おかしいのです、王都から移住者が領内にどんどん増えていて……」
「…………」
ああ、解るなあそのもどかしさ。ツァイス公爵も、父さんと同じで肝心なことは一切話してくれないのか。
それは果たして俺の為を思ってくれているのか、はてまた俺を信用してくれていないのか。
とにかく俺は、情報を遠ざけられてしまうのが嫌だった。
だから父さんに頼らず自分で調べるようになったんだ。
アンネリース嬢は昔の俺に似ている。
「アンネリース嬢、貴女は最近、人の流れがおかしいと、感じておられるのですね」
「はい。ヴィル兄様は何かご存知ではございませんか……」
そうは言っても俺の持っている情報は半分推測だ、けどまあ、これから起ころうとしていることを考えると、話しておいた方がいいだろう。
「アンネリース嬢。私が話すことはあくまでもほとんどが推測です」
「はい」
「………結論から言いましょう。おそらく、もうすぐこの国は解体されます」
「えっ………」
「王都から人が流れて来ているのも、その影響でしょう」
おそらく、父さん達は何年も前から国の解体を考えていた筈だ。ツァイス公爵領のみならず各地に移住してきている民の受け入れ体制は既に整っているだろう。道中、目立った混乱が見られなかったことからもそう考えられる。
と、言ったら
「ええ、そうです。おばあ様は民の流入を予想されていたようでした。仮住まいの住居の提供や新規住宅の建材の確保も今のところつつがなく進んでおります」
やっぱりな。
たぶんこのところ移住者が目立つ様になったのは、殿下の蛮行が民の間に知れ渡ったからだろう。
あの場に居た他の貴族達は続々と領地に引き上げてるらしいし、街を歩く人影が明らかに減っていた。
俺を見送りに来てくれた人達も、今ごろ王都を発ったかもしれない。
「王家の所領は現在は王都だけです。民の流出したがらんどうの街では税収など当然見込めないでしょう。力を失くした王家を廃して、公爵達は新しい国を興そうと考えているのかも知れません」
「新しい国………」
「本当にそんなことが……」
はっきり言って、そんな無血革命みたいなことが可能なのかは分からない。でも、今の流れは国の終わりを指して進んでいる気がしてならない。
「ヴィル兄様の仰ることが事実なら、今の状況にも説明がつきます」
「私も、父………コール筆頭公爵からは何も聞かされていない。ただ、婚約式と婚姻式は領地ですることになったと、知らされただけだ」
「っ…………!婚約…………?」
「?」
急にそわそわしだしたアンネリース嬢。
ああ、そうか。
「すまない。急なことでアンネリース嬢まで話が行っていなかったんだな」
俺はティナの手をそっと握った。
「私と、ティアナはこの度婚約することになった。併せて、急ではあるが、来月に婚姻式と婚約式をすることになっている」
「…………っ、そ、そうですか…………。お、おめでとうございます…………」
アンネリース嬢は急なことで驚いたのか、なんとなく目線を合わせてこない。
兄様と慕ってくれるアンネリース嬢を俺も妹みたいに思ってるから、婚姻式には個人的に参列して欲しいなぁ。
どうかそれまでに、父さん達のゴタゴタがおさまってますように。
「…………その、ヴィル兄様、ティアナ様、長旅でお疲れのところ大変失礼致しました………、こ、今宵は当家にお部屋を用意してございます。どうぞゆるりとおくつろぎ下さい」
「ああ、ありがとう。アンネリース嬢」
俺たちはお言葉に甘えて、ツァイス公爵の居城の一角を借りて休む事にした。
「…………っ」
「…………!」
「?」
と、そのとき、部屋の外が騒がしくなった。
バタン!
と、思ったら、急に扉が開いてずかずかと入って来たのは………
「何事ですか、兄上。ヴィクトール様の前ですよ」
アウグストだ。領地に帰って来てたのか………。
うわぁ。めんどくさっ。
帰りたい。
「これはアウグスト殿。いつぞやは…」
「貴様!あの時はよくも虚仮にしてくれたな!」
やっぱりなぁ、こいつも殿下も話が噛み合わないんだよな。
つかさ、身分が上の者の言葉を遮るなお前は、子供よりひどいぞ。
ガッ!
また間に入ろうとしてくれたティナを制して、俺はされるがまま胸ぐらを掴まれてやった。
「兄上!?なんということを!手を離して下さい!」
「うるさい!子供がししゃり出てくるな!」
あっ、このやろ、アンネリース嬢を突飛ばしやがった!
「アウグスト殿、いささかぶしつけすぎるのでは?」
「だまれ!よくもぬけぬけと我がツァイス領に来れたな!そこのあばずれを連れて早く出ていけ!」
はぁぁぁ?
そこは謝るところじゃないの?
いいよね、もう。
こいつがこんな馬鹿だとは思わなかったよ。
昔はもうちょっとマトモに話も出来たんだけどなぁ。
「残念です。アウグスト殿……」
「なんだと!?」
筆頭公爵家と公爵家の間にある明確な身分差の由縁に、公爵以下の貴族への懲罰権限がある。
国王に次ぐ身分の貴族として、国内の貴族を律し纏める義務があるためだ。
俺は成人し、次期筆頭公爵として権限と義務を履行する身分を得た。
まさか、お前も成人したんだから知らないとは言わせないよ?アウグスト。
「アウグスト殿。貴方の言動は目に余る。よって、私、ヴィクトール・アードリゲ・ヴァイゼ・コールの名において、懲罰を要求する」
「っ!!!ヴィル兄様っ!そ、それは!それだけはどうかご勘弁を!」
「な、なにが懲罰だ!おばあ様がそんな事をお許しになる筈がない!」
はははは。
もう呆れてものも言えない。もっかいお前学院からやり直せ。
お前のおばあ様より俺の方が今は身分が上だよ。
俺の懲罰要求をはねのけられるもんならやってみろってんだ。
「アンネリース嬢」
俺はアウグストの手を離し、青ざめるアンネリース嬢をみやった。
ごめんね。
貴女のおばあ様が、アウグストをここまでつけあがらせたのが悪いんだから、諦めて?
「今、この城に於いて私の懲罰要求を履行する義務は貴女にある。アウグスト殿を、拘束して下さい」
「っ!」
「お、おいアンネ!コイツの言う事など聞く必要はない!耳を貸すな!何が懲罰要求だ!」
まだ言うかこのど阿呆。
ちなみに、殿下にくっついてた他の野郎共のところには父さんがバッチリ抗議文を送付済み。今頃領地で謹慎かな。
ツァイス公爵にも当然抗議文送った筈だけど、大人しく謹慎してれば良かったのに………わざわざ喧嘩売りに来るんだから。
「わ、わかりました。兄上を牢へ!」
ぎゅっと、スカートを握りしめたアンネリース嬢は覚悟を決めたのか、そう命令した。すると直ぐに城付きの私兵が駆けつけ、両脇をがっちり固められ連行されていくアウグスト。
うん。いい気味。少し頭冷やせ。
「くそっ!なにが筆頭公爵家だ!!殿下が国王になられたあかつきには、貴様の家など潰してやる!」
そりゃ楽しみだ。
そんな日はきっと来ないけどね。
俺は引き摺られていくアウグストを見送り、ざまあみろと心の中で吐き捨てた。
「本当に………、大変失礼を致しました……。懲罰については、当主に相談する時間をいただきたく存じます……」
「分かりました。アンネリース嬢。いや、ツァイス領主代行。ツァイス公爵からのご返答をお待ちしております」
アンネリース嬢にはあんな奴でも兄貴だから、ちょっと気の毒だけど、ツァイス公爵が甘い懲罰を提言してきたら却下するから。
最低でも、北方騎士団で見習い働きとかじゃないとね。
「では、アンネリース嬢。私達はこれで失礼致します」
「は、はい。どうぞごゆるりと………」
ホントは、アウグストに懲罰要求までするつもりはなかったんだけど。
俺の事を言うだけならまだしも、あの野郎、ティナをあばずれ呼ばわりしたからね。
はあ、疲れた。
もう今日は早く寝て、明日は早く出立しよう。
しかしさすがツアィス領。領地境を通過した途端、街道の舗装が一段良くなったんだけど。
国の整備が行き届かないから、ツアィス公爵家が領費の中で整備してるという噂もあるけど、それにしてもすげぇいい道。うちも見習おう。
「おーい、見えたぞ、あれがツアィス領都ヘルネだ」
例によって窓から景色を眺めていた俺とティナは、アヒムさんの指差した方に目を向けた。
「んん?」
「あれ?」
と、俺とアヒムさんは揃って、声をあげた。
視線を向けた方向から、馬に跨がった人影が近づいてくるのが見えたからだ。
「フランク!道を空けろ!!」
「は、はいっ!」
それを早馬だと判断した俺は咄嗟にそう指示を出して馬車を街道の端に寄せて停めさせた。
ツァイス領から王都への急使かもしれない。何かあったんだろうか。
と、考えながら馬が行きすぎるのを待った。
しかし、
「え………?」
早馬のごとく駆けてきたのは猫の肩章を着けた軽装の騎士達だった。
騎士達は俺たちの馬車の前まで来ると速度を緩めて止まった。
そして馬を下りた騎士達は、俺たちが顔を出していた窓の前で膝をついた。
「ヴィクトール様と、ティアナ様でございますね。お迎えに上がりました。ツァイス領主代行、アンネリース様がお待ちでございます。どうぞ我々に付いてお進み下さい」
猫の肩章を身につけてるって事は、この人達はツァイス公爵家の私兵か。
警戒して馬車から降りて来てくれたアヒムさんの目線に応えて頷き、ややあって馬車は騎士に先導されてゆっくりと進みだした。
「ヴィル、ホントにコイツらに付いていって大丈夫なのか」
例によって馭者台の小窓から、話しかけて来たアヒムさん。
「大丈夫だよアヒムさん。彼らの肩章は間違いなくヒルシュ家のものだ。それと、さっきツァイス領主代行、アンネリース様がって言ってただろ?アンネリース嬢が今や事実上の領主代行だと知っているのは四大公爵に連なる者だけだ。俺たちにしか分からない符丁を言ってきた以上、心配は要らないよ」
「そうか、ならいいんだが………。まあ、仮に罠だとしても俺たちが守ってやるからな」
「ありがとうアヒムさん。頼りにしてるよ」
「お、おう。任せろ」
しばらく行くと、遠目に見ていたヘルネの街がだいぶ近づいてきた。
ヘルネの街は大きく、強固な壁と幅の広い水路に囲まれているのは人魔対戦の名残だと聞いた事がある。
その古いヘルネの街並みの中心にそびえるのが、ツァイス公爵の居城だ。
あれよあれよという間に俺たちは街門の審査を通過し、城の中に入った。
カツン
吹き抜けのホールに靴音が響く。
「こちらでお待ち下さい」
応接間に通された俺とティナが静かにソファに腰掛けていると、ややあって俺たちが入ったのとは別の扉が叩かれた。
すかさず俺とティナは立ち上がる。
「お待たせ致しました。私、当家の長女でございます、アンネリースと申します」
深い緑のドレスの裾を持ち、深々と礼をとった少女が、アンネリースちゃん……もといアンネリース嬢だ。
アンネリース・アーデル・マーギアー・ツァイス。
現ツアィス公爵の孫娘だ。
「アンネリース嬢。まずはわざわざ迎えを出していただいたこと、御礼申し上げます。改めて、私はコール筆頭公爵が嫡男、ヴィクトールと申します」
「はじめまして、アンネリース様、私はヒルシュ家の末子、ティアナですわ」
まだ、十三歳だというのに、しっかりとした綺麗な挨拶に俺たちも応える形で挨拶を返す。すると、
「ヴィル兄様っ!!」
「!」
アンネリース嬢は突然勢いよく顔を上げると俺に一歩近づいてその場に膝をついた。
「本当に………!本当にこの度は申し訳ございませんでした!そんな怪我をされて………!それもこれも兄が殿下を止めなかったばかりか煽るような言動をとったが故と聞いております………!本当に………!何とお詫びを申し上げ、どうあがなえばよろしいのか………!」
俺は一瞬驚いたが、直ぐになんで彼女がこんな真似をしているのか悟った。
アンネリース嬢も、未成人ながら領主代行をしているだけはあるなぁ。丁重な出迎えに、実質的な領主代行が平身低頭しての謝罪。普通なら、これで赦すのかな。
悪いけど、アンネリース嬢。俺、そこまで馬鹿じゃないから。
「………アンネリース嬢」
「っ、ど、どうか愚かな兄をお許し下さいっ」
「アンネリース嬢」
ぴたっと、アンネリース嬢は言葉を詰まらせた。
はっとして顔を上げたアンネリース嬢にはとりあえず笑みを浮かべた俺の顔を見せておく。
案の定、アンネリース嬢はほっとしたみたいな顔になって口もとを綻ばせた。
「アンネリース嬢、どうぞ立って下さい。貴女がそんな事をする必要はないのですから」
そうだよ、あの野郎、妹に土下座させて自分はなにやってんだ。
「ヴィル兄様、あ、兄のことは…」
「アンネリース嬢。すまないが、貴女からの謝罪は受けられない」
「え……」
つか、ツァイス公爵は何してんの?舐めんのも大概にしろよ。
あくまでもアンネリース嬢は未成人だ。家督を継いだ訳でもない人間がどうして公爵家を代表して謝罪する必要がある。
「アウグスト殿本人やツァイス公爵自らの謝罪ならまだしも、貴女からの謝罪では私は受けられないと申し上げているのです。それとも………、貴女が謝罪すれば、私がアウグスト殿を赦すと、ツァイス公爵に言われましたか」
「…………っ!」
手を引いて立たせたアンネリース嬢は、さっと顔を強張らせた。
図星か、いくら俺がアンネリース嬢と昔から親交があって妹みたいに可愛がってるからって、流されたりしないからね。
本当に、ツァイス公爵は俺を舐めてるよね。
謝罪する気があるんなら、アンタが孫の首根っこをひっ捕まえて頭を下げさせろっての。
「…………も、申し訳…ございません……」
「貴女を責めるつもりはありません、全てはツァイス公爵の差配なのでしょうから」
手を引いて、アンネリース嬢をソファに座らせると、俺とティナも向かい合って座った。
「…………ヴィル兄様の仰る通りですわ。おばあ様…………ツァイス公爵は、ヴィル兄様をなにも知らない箱入り息子だと、私が頭を下げれば、簡単に懐柔されるはずだと………」
「…………へぇ」
そりゃ随分と安く見られたもんだ。
箱入り息子で悪かったなチクショウ。
「も、もちろん私はヴィル兄様のことをそんな風に思った事はありません。むしろ、何も知らないのは私の方ですわ……。おばあ様は領地の事に専念しなさいと仰るけれども、王都は一体どうなっているのでしょう……。最近おかしいのです、王都から移住者が領内にどんどん増えていて……」
「…………」
ああ、解るなあそのもどかしさ。ツァイス公爵も、父さんと同じで肝心なことは一切話してくれないのか。
それは果たして俺の為を思ってくれているのか、はてまた俺を信用してくれていないのか。
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「はい」
「………結論から言いましょう。おそらく、もうすぐこの国は解体されます」
「えっ………」
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と、言ったら
「ええ、そうです。おばあ様は民の流入を予想されていたようでした。仮住まいの住居の提供や新規住宅の建材の確保も今のところつつがなく進んでおります」
やっぱりな。
たぶんこのところ移住者が目立つ様になったのは、殿下の蛮行が民の間に知れ渡ったからだろう。
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「新しい国………」
「本当にそんなことが……」
はっきり言って、そんな無血革命みたいなことが可能なのかは分からない。でも、今の流れは国の終わりを指して進んでいる気がしてならない。
「ヴィル兄様の仰ることが事実なら、今の状況にも説明がつきます」
「私も、父………コール筆頭公爵からは何も聞かされていない。ただ、婚約式と婚姻式は領地ですることになったと、知らされただけだ」
「っ…………!婚約…………?」
「?」
急にそわそわしだしたアンネリース嬢。
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「すまない。急なことでアンネリース嬢まで話が行っていなかったんだな」
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「私と、ティアナはこの度婚約することになった。併せて、急ではあるが、来月に婚姻式と婚約式をすることになっている」
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「…………!」
「?」
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やっぱりなぁ、こいつも殿下も話が噛み合わないんだよな。
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ガッ!
また間に入ろうとしてくれたティナを制して、俺はされるがまま胸ぐらを掴まれてやった。
「兄上!?なんということを!手を離して下さい!」
「うるさい!子供がししゃり出てくるな!」
あっ、このやろ、アンネリース嬢を突飛ばしやがった!
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そこは謝るところじゃないの?
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「残念です。アウグスト殿……」
「なんだと!?」
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「アンネリース嬢」
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「今、この城に於いて私の懲罰要求を履行する義務は貴女にある。アウグスト殿を、拘束して下さい」
「っ!」
「お、おいアンネ!コイツの言う事など聞く必要はない!耳を貸すな!何が懲罰要求だ!」
まだ言うかこのど阿呆。
ちなみに、殿下にくっついてた他の野郎共のところには父さんがバッチリ抗議文を送付済み。今頃領地で謹慎かな。
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ぎゅっと、スカートを握りしめたアンネリース嬢は覚悟を決めたのか、そう命令した。すると直ぐに城付きの私兵が駆けつけ、両脇をがっちり固められ連行されていくアウグスト。
うん。いい気味。少し頭冷やせ。
「くそっ!なにが筆頭公爵家だ!!殿下が国王になられたあかつきには、貴様の家など潰してやる!」
そりゃ楽しみだ。
そんな日はきっと来ないけどね。
俺は引き摺られていくアウグストを見送り、ざまあみろと心の中で吐き捨てた。
「本当に………、大変失礼を致しました……。懲罰については、当主に相談する時間をいただきたく存じます……」
「分かりました。アンネリース嬢。いや、ツァイス領主代行。ツァイス公爵からのご返答をお待ちしております」
アンネリース嬢にはあんな奴でも兄貴だから、ちょっと気の毒だけど、ツァイス公爵が甘い懲罰を提言してきたら却下するから。
最低でも、北方騎士団で見習い働きとかじゃないとね。
「では、アンネリース嬢。私達はこれで失礼致します」
「は、はい。どうぞごゆるりと………」
ホントは、アウグストに懲罰要求までするつもりはなかったんだけど。
俺の事を言うだけならまだしも、あの野郎、ティナをあばずれ呼ばわりしたからね。
はあ、疲れた。
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