俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。

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後編

始まりは終わりから(父親視点)

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  ヴィルとティナちゃんが王都を発って九日あまり。
  王都の通りを歩く人影は途絶えた。ここに残ることを選択した民は居なかったということだろう。
  当然か。
  僅かに残っているのは四大公爵われわれと、それに仕える僅かな者達だ。それも、事が終われば王都を離れる。

「コンラート。急ぎ使いを出してくれ」
「はい旦那様」

  さあ、いよいよ仕上げだ。
  まずは彼らに召集をかけ、日のあるうちに最終確認をしておかなくては。
  コンラートに青色の封蝋をした三通の書簡を持たせた。

「エルザ。円卓の用意と正装を出してくれないか」
「畏まりました。旦那様」

  エルザには彼らを迎える用意を頼み、私は手早く正装に着替えた。

  シュッ……

  深い深い青色のタイを締めると、自然と背筋が伸びる気がした。
  さて、誰が一番最初に来るかな?

「旦那様。円卓の準備が整いました」
「そう、ありがとうエルザ。もうすぐお客が来るから、出迎えを頼むよ」
「承知致しました」

  エルザが下がると、本当にすぐに一人目の馬車が到着したようだ。
早いな。
  まあだいたい一番最初は彼だろうと思っていたら、予想外の人物で、しかもその人は円卓を用意した部屋には行かずに私の処へ直接やって来た。

「それは一体………どういうつもりですか?ツァイス」

  黒い正装を翻し、飛び込まんばかりに執務室にやって来たのは、ツァイス。
  私の顔を見るや膝をついて頭を下げてきた。
  彼女は何をしてるんだ?

「ツァイス」
「すまぬ………!この度のことはわらわのしつけが至らなかったが故………!」
「何の話ですか」

  正直、ツァイスが私に頭を下げるのはこれが初めてだ。
  眺めているぶんには面白いが、いかんせんこの忙しいのに訳のわからない事を言われても困る。
  やれやれ………。

「ツァイス、すみませんが、もう少し落ち着いて話をしていただけませんか」

  さすがに床に膝をつかせたままにはしておけないので、ツァイスの手を引いて立たせ、そのままソファーへ誘導する。
  侍女のアンナに茶を出すよう頼み、私もツァイスに向かいあってソファーに腰掛けた。

「すまぬ……。取り乱した」
「いえ。しかしツァイス、貴女ともあろう方がどうされたのです?」
「貴殿の入れ知恵ではないのか?」
「何の話でしょう」

  ツァイスは何故か視線をさ迷わせ、躊躇ためらっているようだった。
  なかなかに珍しい表情が見れたが、そんなことより早く話して欲しい。

わらわの孫、アウグストのことなのじゃが……」
「アウグスト殿が、どうかされましたか」

  アウグスト殿は確か、ヴィクトールが殿下に斬られたとき、その場に居たにも関わらず、殿下をおいさめすることをしなかったばかりか、殿下の行動をむしろ煽ったと聞いたので、とっくに抗議文は送らせて貰った筈だが。
  まさかとは思うが、それに付け加えまだ何か?

「………数日前、ヴィクトールが我が領に立ち寄った際に、アウグストがヴィクトールに暴言を吐いたそうなのじゃ」

  そんなことが………?
  はあ、呆れてものも言えないな。大人しく謹慎していれば良かったものを……。
  ヴィルに謝罪するならまだしも、喧嘩を売ったのか。

「ツァイス………?」
「すまぬ!!わらわも先程事の次第を知ったのじゃ………!」
「四大公爵家に名を連ねる者が、筆頭公爵家の嫡男が傷つけられるのを静観しただけでも許しがたいですが………。更に何をしているのです……?」
「それは………!それは重々承知しておる………!しかし、それにしても懲罰要求とは……」
「懲罰要求?」

  ツァイスが言うにはヴィクトールは、アウグスト殿の言動に腹を立て、筆頭公爵家のみが持つ権限、懲罰要求を領主代行のアンネリース嬢に突きつけたそうだ。
  当然だろう。
  よくもまあ、温厚なヴィルをそこまで怒らせたものだな。

「………それで?貴女はどうするのですか?」

  私があくまで静かに問うと、ツァイスは伺うような視線を向けてきた。

「お主はどうなのじゃ」
「どう、とは?」
「この懲罰要求をどう考える」
「………」

  と、言われてもな。

「何を私に期待しておられるのか分かりませんが、ヴィクトールはもう成人したいち貴族です。権限を行使したヴィクトールにまずは謝罪されては?」
「っ!」

  私は思っている通りを口にした。
  するとツァイスは急に焦りだした。

「い、いや勿論ヴィクトールにはわらわ自ら謝罪に出向くつもりではあるのだが……。貴殿からとりなしてはくれまいか」
「とりなす?」
「ヴィクトールに、領地での謹慎で懲罰を承諾するようとりなして欲しいのじゃ。頼む……!」

  そう言って頭を下げてくるツァイス。
  …………参ったな。
  なぜ私がそんな頼みを聞かねばならないのか。

「お断り致します」
「なっ!」
「此度の懲罰要求についてはヴィクトールの裁量に任せます。私の出る幕はありません」
「しかし…」

  なおも食い下がろうとするツアィスに、私は正直苛立ちをおぼえた。
  よりによってこの大事な時にこんな下らない話で煩わされているのだから当然だろう。
  ツアィスのことだ。大方、ヴィクトールと仲の良いアンネリース嬢を使って懐柔しようとしたんだろうが……。
  あの子を甘く見すぎだ。
  仮にも筆頭公爵を継がせるべく育ててきたんだ、自分を虚仮こけにされて大人しく懐柔されるようでは困る。

「ツアィス、ヴィクトールを世間知らずの子供と甘く見ないことです。あの子は新興国の国主になる器です、私以上に苛烈かれつな面を持っています」
「…………」

  ツアィスは今度こそ黙り込んだ。
と、そこへ

「……失礼致します。皆様お揃いになりました」

  そう言ってコンラートが執務室にやって来た。

「ツアィス、この話は聞かなかった事にします」

  私が席を立つと、ヒルシュはゆっくりと立ち上がり、衣の裾を払った。

「参りましょう」
「………うむ。参ろう」

  ツァイスを伴い執務室を出、円卓を据えた鏡の間に足を踏み入れた。

「待たせたね」

  鏡の間では、既にベルとバルツァーが着席して待っていた。
  私より少し先に入ったツァイスも、先程までの取り乱し様などなかったようにいつもの顔で着席する。
  そして最後に私が着席すれば、四大公爵の正式な話し合いの場が整ったことになる。
  ヴァイゼ(賢者)、マーギアー(魔女)、フェヒター(剣士)、ケンプファー(拳士)。
  我が国の建国のいしずえを築いた二千年前の先祖達に習い、それぞれの名を継いだ四人が一堂に会すとき、正装を身につけ円卓と呼ばれる丸テーブルを囲む。
  そう、かつて彼らが旅の合間に食卓を囲んだ様に。

「急な呼び出しにも関わらず、お集まりいただいたこと、まずは感謝致します」

  見回した三人は私の用件など既に分かっているのだろう。いよいよか、という緊張感が伝わってきた。

「集まっていただいたのは、他でもありません。皆に長く苦労いただいた新興国に関しての最終確認です」

  コンラートとエルザが茶を運んでくると、ようやく皆も口を開いた。

「……いよいよか、長かったな。よくお前が耐えたと思う」

  最初にため息混じりにそう言ったのは、赤い『剣士フェヒター』の正装を着込んだベル。

「うむ。いよいよか」

  そして端から見てもそわそわとしている、緑の『拳士ケンプファー』の正装を着たバルツァー。
さんざん言ってありますが、戦をする訳ではないですからね?
  まったく………。

「いよいよじゃのう…………。いよいよ…………我が国二千年の歴史に幕を降ろすときが来たか」

  最後に、黒の『魔女マーギアー』の正装に身を包んだツァイスが感慨深そうにそうこぼした。

「では、あれを」

  コンラートがそれぞれにインク瓶とペンを配る。
 続いてエルザが紙の書類を配る。

「そちらに目を通して頂く前に、ひとつご報告が」

  皆が書類から顔を上げて私を見た。

「昨日、エスル帝国の皇太子殿下がご到着されました」
「皇太子……!?エスルもか!」

  ホウラン国からはシオン太子が、アラビシア王国からはイスラルド王太子が、そしてエスル帝国からはアーヴィン皇太子がそれぞれの国から遣わされた『見届け人』だ。
  国の解体を見届け、新たなる国の始まりを見届ける。
  ただそれだけのことなら、元々派遣されてきていた大使で事足りるのだが……。

「これはやはり、各国ともに四か国同盟の主導権を握りに来ているとみて間違いないのう」

  おそらく、そういうことだろう。
だが、そうやすやすと盟主の座を明け渡すと思ったら大間違いだ。

「……さて、話が逸れましたが、そちらの書類に目を通して頂きたく存じます。もとより我々四大公爵は一蓮托生、今さら書面を交わしたとて何も変わりはしませんが、まあ、これもひとつの儀式と思いましょう」

  四人で目を落とした書類には、新興国における統治体制等が文字にしたためられている。

「これも必要な事だな」
「うむ」
「ここに書けばいいのだな」

  四人それぞれが署名した書類が四部できあがり、それぞれが一部ずつ保管する手筈になっている。
  四家が役目を全うし、民に背いた行動をしていないか互いに監視し、牽制し合う為だ。
  新興国での首長は公主でありコール家が担うが、三公として補佐に付くヒルシュ家、ツァイス家、バルツァー家にも公主継承権がある。
  更に、三公の同意があれば公主家はコール家から他家に移る。
  国主の専横を防ぐための当然の仕組みだが、およそ百年前から、我が国はこの機能が破綻していた。
  だから、殿下のような自分を特別などと思い込みつけあがった王族が幅を利かせるようになったのだろう。
  勿論、その責任の一端は四大公爵家われわれにもある。
  だから今、この手で幕を引こうとしているのだ。

「……陛下、我々四大公爵家はその爵位を返上し、独立致したく存じます」     

  その夜、私達は正装のまま王城に居た。
  目の前には、覇気のない顔で玉座に腰掛ける陛下が。
  そして私達の後ろには、兵に連れられた殿下と、三か国の使者と大使達が。
  役者は揃った。
  この国の最後の一幕の始まりだ。

「………ぞろぞろと、大袈裟なことだな」

  陛下が、私をちらりと見やるとそう呟いた。そして苦々しい表情になると少しだけ声に力が入った。

「独立して……国を興すつもりか?コール、貴様はいささか増長しすぎではないか……」
「増長?そうかもしれませんね。しかし陛下、もはやこの国の寿命は尽きました」
「なにっ…」

  カツン…………

「外を、ご覧下さい」

  そう促すと、陛下はゆっくりと立ち上がりバルコニーに出た。
  そうして眼前に広がった光景に彼は絶句した。
  静まりかえり、街灯すら灯っていない暗闇に沈んだ街並み。人の気配など微塵もない、死んだ町の姿がそこにあった。
  その光景の意味することが分からないほど、彼も愚かではあるまい。

「ば……かな!民が消えた……だと!」

  王都に住まう民はそのほとんどが昨夜までに移動を終えている。
  今夜、わざと全面的に灯りを落としたのは演出にすぎないが、見渡す限りの家々に、人はいない。

「初代国王は『国とは人である。人が集まり国を成すのだ』と仰ったそうですね。人の居なくなった街を見下ろした気分はいかがですか。陛下」
「ッ!貴様………!民を煽動せんどうしたな……!」
煽動せんどう?そんなことが出来るほど私に人望があれば、今頃此処に攻め入っていたてしょうね。彼らは自らの意思でこの国を捨てたのですよ。私がしたのはその手助けに過ぎません」

  そう、国を終わらせる選択をしたのは民だ。
  だが、半ばそう仕向けさせたのは他ならぬ私だ。
  ヴィクトールに対する民からの厚い信奉を利用し、民の心がこの国から離れるように仕向けた。勿論、王都に生まれ育ち、この地を離れがたいと思った者もいただろう。
  しかしヴィクトールが国主となり新興国を建てると流せばこの通りだ。
  王領には誰も残らなかった。

「恨むのなら、貴殿方あなたがたのなさってきた行いを恨むのですね。お二人の身柄は四か国協議会に引き渡されます。新興国の建国を牢の中からご覧になるとよろしい」
「っ!コール!貴様!私達を処刑して主権を握ろうというのか!?皆の者騙されるな!こやつは魔法マギアを使う化け物だぞ!魔人族の手先に違いない!」

  さっと、皆の視線が陛下から私に向くが、誰もそんな言葉など真に受ける者は居ないだろう。
  魔人族だって?全く、よくそんな事を考えつく余裕があるものだ。

「………!そ、そうだ!父上の仰るとおりそいつは化け物だ!魔人族めが人族になりすまし国を乗っ取ろうとしているのだ!」

  と、思っていたらおもわぬところからそんな声がした。殿下だ。
大分憔悴しょうすいしていた様子だったが、まだそんな大声を出す気力があったのか。

「なあ、そん話、ほんまか?」

  私が二人を無視して話を進めようとすると、そんなアラビシア訛りで横槍が入った。

「……何を仰いますかイスラルド王太子殿下。出鱈目ですよ」

  南海を統べる海洋王国、アラビシアのイスラルド王太子殿下だ。

「出鱈目なものか!俺は見たんだ!そいつの目が赤く光るのを!」
「だそうや」

  やれやれ、殿下にくつわでも噛ませておくべきだったか。

「俺らとしては、公正にせなあかんねん。分かるやろ?あんたが赤い目でないと俺たちを納得させてえな」
「同意だな」
「赤い目の人族は災厄。不安要素は取り除くべきであろう。俺も同意だ」

  殿下の発した「赤い目」という単語に、それまで静観していた見届け人達が私に詰めよって来た。

「そう仰られても……。どうしろと……。ご覧のとおり、私の目は赤ではなく茶です」

  私がそう言って無意識に眼鏡を押し上げると、イスラルド王太子殿下は更に距離を詰めてきて、私の目をじろじろと見つめて来た。

「なあ。眼鏡、外してくれへん?よお見えんわ」
「はっ?」

  そう言われて一瞬私は戸惑ったが、ひとつ、息を吐いてゆっくりと眼鏡を外して見せた。

「……これで、宜しいですか」

  じいっと、嘗め回すように見られ、イスラルド王太子殿下はようやく納得したのか身を引いた。
  私は肩をすくめてため息を吐き、眼鏡をかけ直した。

「なんや、赤うないやん。おもんない」

  と、ごく小さな声でイスラルド王太子殿下が吐き捨てたのを私は聞き逃さなかった。
  おもんない?ああ、面白くないという意味だったか、私が赤い目の化け物だった方が面白かったと言いたいのか、なかなか胆の据わった方だな。
  赤い目など、ただ災厄でしかないだろうに。

わずらわせたな。やはり虚言だったようだ」
「そうだな、赤い目だなどと不吉な妄言を………」

  私とて馬鹿ではない。
  こうなった場合の対策として、無詠唱で幻影イルヅィオを唱える準備はいつでもできている。
  ただ、無詠唱の欠陥としてほんのわずかな間しかもたないことがあるが、まあ、なんとか誤魔化せて良かった。

「馬鹿な!俺は確かに見たんだ!」
「黙れや」
「っ!」

  なおも声をあげた殿下を睨み付けるイスラルド王太子殿下。
  その目は侮蔑の色にいろどられていて、殿下はその迫力に押し黙った。

「オマエの話は出鱈目やって既に証拠が出とんのにまだ言うんか。はっ、ホンマに噂どおりのアホやな。こうなっとらんかったらお前が王太子になっとったかと思うと反吐へどが出るわ」
「っ………」
「ぐうの音も出えへんやろ?お前が王になっとったら、どのみちこの国は終わっとったな」

  更にイスラルド王太子殿下が畳み掛けるようなアラビシア訛りでそう言うと、がっくりと項垂れた殿下は、顔も上がらなくなってしまった。

「良く言ったイスラルド殿。私も同意だ。この愚か者の顔を二度と見なくて良くなるかと思うとせいせいする」
「アーヴィン殿。貴殿がその様に言うとは、余程だな」
「この男と一度外交の場を共にすれば分かるさ」

  なおも追い討ちを掛けるようにアーヴィン皇太子殿下と、シオン太子がそう言った。
  それを見ていた陛下は激昂するかと思いきや、目を見開いて驚きを表情ににじませていた。

「アラビシアにエスル……ホウランまで……。まさか……」

  そして、それまで沈黙していた陛下はそう呻く様に呟いた。
  私はそれに応えて、陛下に三枚の書面を突きつけた。

「!?それは………」

  これは、三か国の首長がそれぞれ署名捺印をした国の解体に関する同意書だ。

「そうですよ陛下。既に我が国………ヴォルムスの解体は決まった事なのです」
「ば……かな。盟主国である我が国を……解体だと……そんな事が……」

  陛下はよろめき、壁に寄りかかる様に背中を預ける格好になった。

「!まさか………、五年前のダルムシュタットの払い下げは……」
「おや、陛下ならば既にお気づきかと思いましたが。お陰様で、移住してきた民達に住居を行き渡らせることができそうですよ」
「全て……あの時から始まっていたというのか……!」
「……いいえ?もっと前からですよ」
「なにっ……」

  一歩、私が足を踏み出すと、陛下はもう下がるところなど無いのに、踵を引いて身体をこわばらせた。

「さあ。もう、終わりに致しましょう」

  私が合図をすると、すかさず兵が陛下を抑え、縄を掛けた。

「コール………貴様は…………、これで満足か……」

  兵に両脇を固められ半ば引き摺られる様に連れられていくそのとき、私とすれ違ざまそう吐き捨てて行った。

「ごきげんよう。アールレスマイアー殿」

  その様々な感情の入り混じった言葉に私はただ、そう返すに留めた。
  長い時間をかけて積み上げた結果はあっけないものだった。
  しかし、これが私の望んだ終焉の形だった。
  静かに幕を下ろし、新たなる国の幕を開ける。
  胸を撫で下ろしている暇はない。


  翌朝、四羽のフォンが各地へ飛び立った。
  そして、それを追いかけるようにして我々もそれぞれ発った。
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