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バレてしまわぬように
しおりを挟む「…何をしているの?」
腕の中にいる茶髪を見下ろしていると、出入口の方から聞き覚えのある冷ややかな声がした。
視線のみをそちらへ向けると予測通り、青みがかった長い黒髪をたなびかせた冷徹女が立っていた。その両手には、追加分であろう大量の書類が抱えられている。
「…微かに甘いフェロモンの匂いがする。貴方達、校内で何盛っているの?そんな暇があるのならさっさと書類を片しなさい」
侮蔑の視線を俺達に向けた後、鈍い音をたてて抱えていた書類を机上に置いた。俺には感じられない茶髪のフェロモンに当てられたのか、アルファである冷徹女の頬は僅かに上気している。
「え、副ちゃん!?ヤバいオレこのままだと怒られちゃう!ちょ、ボスお願いだからは~な~し~て……っ!」
冷徹女が居ることにようやく気が付いたらしい茶髪は、何故か一瞬停止していた抵抗を再開する。
もう面倒だったのでアッサリ解放してやると、ヤツは勢い余って後ろへ飛び出してしまった。ヤツの背後には壁があり、俺が何もしなければ強かに背中を打ってしまうだろう。
「…チッ」
「…わっ、ぷ…」
書類を持っていない方の手を伸ばし、奴の細腕を掴む。そのままこちら側へと引き寄せ、茶髪は俺の腕の中へと逆戻りした。顔が胸元に埋まり、ヤツはくぐもった声を出す。
「…っぶねぇな……おい、大丈夫か」
「う、うん。ありがと~ボ、ス…」
顔を上げながら礼を言っていた茶髪は、俺と目があった途端口を噤み、茶色い瞳を見開いた。それを見下ろし「(今日はよくこの表情を見るな)」と、ふとそんなことを思う。
「…なるほど、それが原因か。委員長、もう止めてやりなさい。貴方は高位アルファだから問題無いのだろうけど、私みたいな普通のアルファにとってソイツのフェロモンは甘い毒のようなものなの」
窓を開けながら、呆れた様子で冷徹女が告げる。
「どちらも抑制剤を飲んでいてコレなんだから…。他の人がいる前でそんなことソイツにしないでおいて」
冷静さを装いつつも、茶髪のフェロモンに当てられて微軽度のラット状態になっている冷徹女。それを認識して、確かにコイツのは相当なものらしいと理解する。
それと同時に、何故俺が高位アルファだと他人から認識されているのかを知った。その認識に違わぬよう、更に多分野での能力技術の上昇を図らねぇとな。
…決してバレてはいけない。
これは、誰も知らない秘め事なのだから。
つか、コイツいつまでここにいるつもりだ?
「…離れろ」
「…っ!!!…ずっと抱き着いててごめんねぇ、ボス」
あっていた目が逸らされ、今度はそっと温かいものが離れてゆく。茶髪がいたことで温もっていた箇所が空気に晒され、何故か異常に冷たくなった気がした。
「そんな言い方しなくていいでしょうに…。まぁいいか。それで?委員長はどうして書類をずっと持っているの?持っているぐらいなら、さっさと片してしまいなさい」
「…あぁ、コレか」
奇跡的にシワなく保たれていた書類を眺め、心做しか意気消沈して見える茶髪野郎の頭にそれを乗せた。うまい具合にバランスが取れたのか、手を離してもそのままの状態が保たれている。
これでよし。
「あぁ、ソイツの分だったのね。なら、貴方はコレを片してよ?量は多いけど大丈夫、私もするし」
納得した様子で軽く頷いた後、机上に置かれた書類の束を指して指示をしてきた。
「…期限は?」
「一応2週間後までらしいけど、出来るだけ4日以内に全て済ませて欲しいと先生方からのご所望よ。…アイツら、自分でできないことを簡単に私達に押し付けてくるんだから最悪過ぎる」
今にも舌打ちしそうな形相で吐き捨てながら、「ほら、貴方もさっさと取り掛かりなさい」と椅子に座る。
怒らせても良い事など皆無な為素直に従い、束から大体上半分程を取り上げて机と向き合った。冷徹女のがかなり少なくなってしまったが…まぁ問題無いだろ。
「荵�蕗邀ウ、貴方もそこで黄昏れてないで仕事しなさい。こっちはいいから、まずは頭上の書類からこなすように」
その声に反応して、突っ立っていた茶髪がのそのそと動き出す。“頭上”と言われたからだろう、そこにはあるはずの書類を確認するために顔を天井に向けた。
おかげで絶妙なバランスで乗っていた書類が床に零れ落ち、一部始終を目撃した冷徹女は顔に手を当ててため息をついた。
「あ~…」
「はぁ…」
「…………」
そして、一応書類乗せ犯人である俺は知らないふりをした。
冷徹女がこちらをじっと見ている気配を感じるが、俺は知らないったら知らない。大丈夫、このまま無視して眼前の書類に取り掛かってしまえばコチラのもんだ。
「…これ、ボスがやった~?」
「えぇ、委員長が犯人。だからそれは彼にも拾ってもらいましょう。集めたら予定通り貴方がその書類をしなさい」
ここぞとばかりに俺にやらせようとする冷徹女が面白くなく、無視を中止し口を開く。
「…テメェも同罪だ」
「どうして?」
「…俺がやんのを見て黙認したからな」
「ま、それもそうか。私も拾うよ。…それに、3人でした方が早く終わるしね」
「副ちゃんさぁ、もしかして言質取りたくてボス煽った…?」
「さぁ、どうかしらね」
ふふ、と軽やかに咲いながら冷徹女は俺達を急かす。
視線があった茶髪は僅かに引きつった苦笑を落とし、してやられたと俺は小さく舌打ちをついた。
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