偽物アルファは何を想う

緋影 ナヅキ

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今はまだ、気が付かぬ振りを

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 書類をめくる音や、書類それに書き込む芯がこすれる音のみが部屋の中で反響する夕去り時。

 腕を頭上へ伸ばしてふと壁の時計を見ると、短い方の針は6を指そうとしていた。道理で窓の外が橙色に染まってるはずだと思いながら、未だ書類と向き合っている2人に声をかけた。


「…おい、時間だ」

「あ、ほんとだ~。んんん~~っ、オレ頑張った~!!」

「あと少しでこれが終わるの…まだ待って頂戴」

 二者二様の反応を返され、それを横目に帰宅の準備を始める。

 
 書類を片している最中に飲んでいた、空になった3つのマグカップを水道に持って行き洗っていると、どうやらもう終わったらしい。賑やかな2人の声が聞こえてきた。


 洗い終わった物を布巾で拭って棚に仕舞い、衝立ての向こうに戻る。既に2人は鞄を手に持っており、いつでも帰れる様子だった。
 


「コップありがとう」

「ボスありがと~!」

「…ん。ほら、行くぞ」

 意味もなく茶髪野郎の頭を撫で回し、2人より先に扉をくぐり抜けて赤み差す廊下へ出る。

 大会が近いのか、未だ外で練習をしている生徒達の掛け声が、微かに吹く風に乗って開いた窓から聞こえてきた。
 
 
「貴方が鍵を持っているのだから、施錠忘れないでよ」 

「ボス待ってぇ~」

「…………」

 忘れてねぇから無駄に廊下に留まっているのに、態々わざわざ言ってくる冷徹女を一瞥したのち、しっかり扉を施錠する。


 その間何故か俺のすぐ斜め後ろに、まるで引っ付き虫のようにくっついて着いてくる茶髪の気配がした。

 いい加減それがウザったくなった為、ソチラの方を惰性で振り返る。するとそこには、何が楽しいのか無駄に口角を上げてにやにやしている馬鹿の姿があった。

 一体何がやりてぇんだコイツ。


「…何だ」

「え~、ボスについてってるの~」

「…はぁ……そうじゃねぇよ…」

「え~?じゃあ一体なんなの~?教えてよぉ~」


 ニヤケ顔はそのままで俺の肩に掴みかかり、何を思ったのか馬鹿は背中に飛び付いてくる。

 さいわいコイツの重量は身長のわりに軽く、俺も極める為に軟やわな鍛え方をしていなかった為、自らの意思で突然かかってきた衝撃によって今回は体勢を崩すことはなかった。


 この流れ何か既視感あんな……まぁいいか



「…テメェ一応オメガだろうが。少しは慎みっつうモノを持て」
 
 わざとらしくため息をつき、引っ付いてきたヤツを剥がしながら呆れたような顔をしてみせる。


「委員長の言う通り。もし私にしてみなさい、セクハラで訴えるか、フェロモン丸出しの貴方を襲うかの二択よ」

 不服そうにする阿呆に「だから振る舞いには気を付けなさい」と、冷徹女は1人の女アルファとして忠告してやっていた。


 冷徹女冷徹女言ってるが、コイツは案外冷徹ではないみてぇだ。
 だがまぁ、名前分かんねぇし、実際にそれで呼ぶわけでもねぇし、このままでいいだろ。


 
 内心そう考えつつ、手慰みに人差し指にかけた鍵を回しながら仲良く戯れ軽く口論している2人を眺める。



「──つまりボスにはしていいってこと~?」  

「えぇ、あの人なら問題無い。寧ろ委員長にしかそれをしては駄目」

「副ちゃん…!!オレ、精一杯頑張るよ~!!」

「応援している」 


 そう会話を締めた2人は、どちらも満足そうな表情をしていた。


 どうやらアイツら的には話が上手く纏まったらしいが、俺は全く納得できねぇ。何故…っつか、一体いつからそう・・なった?

 俺はてっきりに対してそうだと、近くから見ていて思ってたんだが……そうか、ちげぇのか。

 
 中身の消えた空虚なうつわにいつからか居座っていた汚泥が洗浄され、元の虚無に戻っていく感覚がした。


 …まぁ、色々と気付いてねぇ振りした方が身のためか。

 

 そう素早く結論付け、目の前に横たわる現実それから出来るだけ目を逸らした。今はまだ、大丈夫。





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