偽物アルファは何を想う

緋影 ナヅキ

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どちらにもなれない半端者

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 3ヶ月に1回のペースでやってくる、あの面倒な期間が訪れた。

 一応、毎日抑制剤を服用しているとはいえ、どう足掻いてもこの期間は避けられない。


 その兆候が訪れる度、どうしても俺は所詮しょせんまがい物でしかないのだと思い知らされ、その上コレが死ぬまで続くのを思って途方もなく絶望する。




 毎度毎度、飽きる事無く。




「チッ…最悪だ」

 嫌悪する思考とは裏腹に、意味も無く火照ほてっていく己の身体。
 しかしソレ・・の証でもある蜜が分泌されることも、淫靡いんびな空気を発することもない。
  


 幸運なことに今日から三連休。

 やり過ごすにはあと最低2日程足りねぇが、それは家の事情だとか言って休みを取れば問題無いだろう。

 あの人も、そのことについて文句は言わないはずだ。

 そもそも俺がこんな事になってんのは、全てあの時あの人が俺の意思を問わず言い出したからだし。

 

 まだ体が動く間に色々と準備しとくかと思い立ち、階段を下りてキッチンへと向かう。

 これまでの経験上、本格的に始まれば部屋を出るどころか、ベッドから起き上がることすら難しくなる。
 寝転んだまま摂れる物が良いかと冷蔵庫や棚を漁り、数日分の食料や飲料水をデカい編みカゴにぶっ込んだ。
 

 
 カゴを持って部屋へ戻る頃には大分火照りが酷くなっていて、壁に手をつかないと歩くことすらままならない。平常ならば5分の距離を2倍の10分以上かけてゆっくり進む。

 
「あー…キッツい」 

 確実に己を蝕んでゆく熱を誤魔化しながら、ようやく扉の内側安息地に入った。その途端に張っていた気が少し緩むのを感じつつ、壁に沿って部屋の奥へと向かう。


 向かった先にあるベッドサイドの低い棚の上に重いカゴを置き、無駄にフラつく身体に鞭打ってベッドに乗り上げた。
 
 それから何とか力と理性を振り絞り、担任へ送るメールを書いてそれを明日に予約送信設定をする。



 それで安堵したせいだろう。


 途端に身体の力が入らなくなり、起こしていた上半身が重力に従い黒いシーツの海に沈む。その拍子に、手に握っていたスマホがベッド下へと投げ出された。



「は、ぁ……あっつい…」
 
 しかしもう、そのような些事を気にするだけの余裕など残っていない。思考の大半は既にどうすることも出来ない熱に犯されていて、冷静な一部は「あぁまたか」と毎度の如く諦念していた。



「はぁ…はぁ……んっ…!…ぁ……」


 自分以外は誰も住んでいない広い別邸の一室に、中途半端なニセモノの吐息混じりな喘ぎ声モドキが響く。


「ふぅ、ぅっ……ぁ、ん…!」

 
 持て余した熱を逃がすように息を吐き、己の身体を両腕で抱いてシーツの上で丸くなる。

 
「はぁ…ンんん……ッ!…はぁ、ぁっ…!」

 
 抑制剤を次服用できるのは、今から1時間経った後。

 その頃にはまだこの火照りがマシになっていればいいと、到底叶いそうに無いことを願いながら、更に身体を丸めて瞼を閉じた。



 





 途方もなく続く疼きと熱で朦朧とした意識。

 混濁した思考の中、吐息混じりの微妙に高いき声が耳を刺す。

 しかし、それに伴ってあるはずの淫靡な水音も、己を心配するような他人の声も、当たり前のように聞こえない。


 不完全であれと望まれたその日から、何度も何度も繰り返された普通で無い自身の環境この現状に慣れてしまっていた。




 この別邸に誰も居ないのは、俺がニセモノだという事が世の中そとに漏れてしまってはいけないから。


 徹底して秘匿するため、体調が優れなくとも病院に行ってはならず、たった1人で耐えなければならない。


 今までは某医療メーカーのモノをネット購入していたのだが、長年欠かさず服用していたため身体が慣れてしまったのだろう。最近は市販のモノだと効きが悪くなってしまっていた。
 そのため、毎日服用しなければならない抑制剤だけは、あの日あの人が買収した大学病院から定期的に直通で別邸へと送られてくる。
 
 
 
 つらつらと無駄な事ばかり考えてしまう辺り、俺は相当イカれてんだろう。この期間は考え事に向かねぇなと、浮かれた脳で今更な事実を認識する。


 再び意識が熱に混ざってしまう直前、口から漏れ出る声をかき消すように、ベッド下からけたたましいアラーム音が鳴り響いた。

 
 そういやスマホ落としてたとか、火照った身体をどうにかして欲しいとか、そんなクソ程どーでもいい事を考える隙など無く。



 “抑制剤が飲める”

 
 ただそのことだけが、闇の中を差す一筋の光のように脳内で溢れた。

 

 へたる身体に鞭打ち、何とか上体を起こす。

 それから何度も体勢を崩しそうになりながら、棚から抑制剤を2錠と、カゴにぶっ込んだままのペットボトルを取り出した。


 震える手で抑制剤を口に含み、力を込めなくともいい器具でペットボトルの蓋を開ける。口元へ運ぶ際に手が震えたせいでシーツに濃いシミを幾つも作りながら、何とか抑制剤を水で胃へと流し込んだ。


 
「っん…は、ぁ……ふぅ…ぁン…ッ!」 

 
 気力で起こしていた身体から一気に力が抜け、再び少し濡れたシーツの海に沈む。

 蓋をまだ閉めていなかったせいで、スマホのように投げ出されたペットボトルの中身は絨毯に吸い込まれていった。
 






  
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