その大魔法使いは美しい髪を切り落とす

しもたんでんがな

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記憶を持たぬ大魔法使い

8、コンビニ飯が恋しくてたまらない話はしない

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筏擬きが完成した時には、既に天井は赤みの橙に変わっていた。いよいよ急がなければ。はやる気持ちが心音を速め、釣られて足音も速くなる。しかし思考とは裏腹にこの小屋にそんな走れるスペースは無い。案の定、物の見事に転けた。明日の膝小僧を見るのが楽しみだ。

・食糧
・ペンと箸用の枝
・薪や補修用の木
・生地
・綿か藁(最悪で枯葉)

全部は無理でも今日はこれらを中心に探すことにしよう。

もたつきつつも元着ていた服に着替え、もしも人と出会ってしまった時の為に苦し紛れの撹乱用シーツも持って行くことにした。ついでに、さっきまで身体に巻いていたそれに包丁を包み、頭の上で髪と一緒に括りつける。さながら、どこぞの部族みたいだ。これで湖に落ちても溺れない限り着替えの役割りも果たしてくれるだろう。何も起きなくても、食べ物や木が取れたら風呂敷替わりにもなる。

「どうか何事もなく穏便に今日が終わりますようにー」

あと、絶対必要なのはアゴヨワだっ。

俺はごくりと喉元を揺らし、赤みの橙を見上げた。

「兄さーん、アゴヨワ兄さーん!」

空ぶった声が何処までも響く。しかし、いくら呼んでもアゴヨワが降りてくる気配はまるで無い。聞こえていないのだろうか。そんな馬鹿な。こんな隙間風が漏れる、鼻息で一瞬に吹き飛びそうな小屋で。ただ舐められているだけだ。

「アゴヨワ兄さーん」

トントンッ

テーブルの上に登り、適当にあった本の角で天井を小突くも、返答さえない。これは確定的な無視だ。

「全く、手間のかかる子なんだから~」

今、絶対お前がなと思っていると思う。

俺は精神的に重い腰を上げ、居るであろう屋根へと登る決意をする。最初から登る場所は自ずと絞られた。外に出ると、唯一見える壁を見上げる。眩しさと恐怖が目をくらませた。

足の掛け場などほぼ無い、今にも崩れそうな外壁を太陽がさんさんと照らす。俺は小屋に唯一あった椅子を小屋の外に出し、気持ちばかりの傘増しを試みた。手に力を入れただけで木板がホロホロと崩れそうな壁をよじ登り、乱れる呼吸を小さく整える。

「あっアゴヨワ兄さん」

壁はよく見ると末広がりになっており、登る程にどんどん傾斜がきつくなっていく。さながらロッククライミングでもしているかのような気分だ。

ぜぇーはぁーと息を切らしながら、やっとの思いで屋根に辿り着く。恐怖。高所恐怖症ではないのが幸いだったが、それでも心臓を握られたようなヒュッとした感覚がある。見えない天井を爪先でまさぐると、恐らく乱雑に組まれた瓦。目を凝らすと、薄ら瓦の輪郭が見えた。

しかし、手や足で触れる感触は木材のそれだ。やっとの思いで立ち上がり足元をよくよく見ると、所々に虫に喰われた痕がある。

「ひっ」

一瞬、シロアリかと思いギョッとした。ぺとりと足裏に吸い付く感覚。恐らく何重にも染料が塗られた木板。これで本当に雨や雪をしのげるのだろうか?絶対、余った材木を掻き集めて作ったに違いない。

恐々進むと、瓦擬きは大きさや形がどれも不揃いで、ファンタジー味が強い事が分かる。一歩踏み込む度、足を持っていかれ隙間からひょっこり小人でも出てきそうな油断ならなさを感じた。おまけに、足元を凝視し続けないと、途端にぼんやり見えていた輪郭が消え、大波のような恐怖が襲う。目下の畑にピントを合わせてしまったものなら、きっと俺は足がすくんで一歩も歩けなくなってしまうだろう。ため息混じりに、俺は目的のブツを目指した。

それは、屋根の中心を陣取るように大きな毛玉となって、ぐうすかと寝息を立てていた。陽の光を絶えず浴びているからか毛先が一本一本輝き、無駄に神々しい。

あぁ、お前が俺の布団になってくれたらどんなに幸せか。目の前の誘惑を必死に耐える。このままアゴヨワの中に潜り込んでしまったらお昼寝コース確定だ。

「お~はよ~ございま~す」

一歩進む度に足が引っかかり、疲労と恐怖も相まって、途端に転びそうになる。これをコンマ0秒でここに登っていったアゴヨワは本当にとんでもないと思った。いや、あれは最早、登っていたと言うよりも助走の一歩目と言った方が幾分しっくりくるだろうが。

「もっもしよろしかったら、おれっ俺と湖水浴しに行きませんかっ?ま、まだ見ぬ陸地をっ求っめ、て········はぁっはぁ」

完全に無視だ。

「アゴヨワお兄さ~ん?いかがでしょうか?」

『············』

「暇つぶしにちょっと、ちょっとだけお出かけしませんか?畑以外でもネルトは探さなきゃいけないでしょうし?種を見つけられればもっと早く量産が出来ちゃうと思いますよ?どうでしょう、兄さん?」

ピクッ

少し耳が動いた。

「兄さん、裏の青緑まで寝てたら動かなくなった時に逆に眠れなくなっちゃうんじゃないですか~?ちょっと運動した方がきっと気持ちよ~く眠れますよ~」

視線が合う。

『············』

釣れたっ!!

「ちょっ、ちょちょちょっちょっとーーーーーっ」

全く思考が追いつかなかった。

アゴヨワは勢い良く、服に噛みつき、その助走で俺を空高くぶん投げやがった。浮遊する身体。さんざめく七色の服。せっかくまとめたのに、バサバサと纏めていた色素の薄い髪が散らばり、透けた先の空が見える。『まぁ、良い天気っ』なんて思う余裕は当然なく、俺はなすがままにほんの少し太陽に近づいた。ビル3階くらいの高さまで一気に浮上すると、そのまま湖へ急降下する。

「んな殺生なああああああああっ」

ザブーーーーンッ

湖に浮かべておいた通称、『辛うじて筏』に思い切り背中を打ち付ける。痛みを感じる間もなく、すかさず大きな影が俺をすっぽりと覆い、拒絶するより早く腹の上に飛び乗ってきた。完全にプロレスの大技をくらった気分。全く容赦が無さすぎる。

「ぐはあぁっ」

ジンジンと鈍い痛みが全身を駆け巡り熱を持つ。

『·········ガルッ···』

すまんとでも言っているのだろうか?

「優しくないっ!!完全に優しくないよっ!!」

『············』

「その0か100かみたいなの本当にやめてよっ」

俺が作った座布団ほどしかない筏擬きの大きさではアゴヨワの胴が入るはずもなく、三方から身体の節々がはみ出ている。勿論言うまでもなく、俺が座れるスペースなんてノミの大きさほどしかない。

「············はぁ」

『············』

マイホームを建てたお父さんの気持ちがよく分かる。まるで思春期の娘を持ったようだ。肩身が狭くて肩が凝る。

「······もしかして、俺が漕ぐの待ってんの?」

『············』

「そのはみ出してる前脚で、犬かきしてくれても良いんだよ?」

『············』

おい。

「くぅーッ!!もうやるよっやりますよっ!!本当に優しくないんだからっ!!」

余らせておいた床板をオール替わりに、せこせこと水面をかく。俺はアヒルボートしか漕いだ事がない。その唯一の記憶も、幼少の頃ペダルに足を掛けただけでギャン泣きをして終わらせた失笑物の思い出だが。

貧弱な腕で左に寄って、右に寄ってと、とりあえず持ち得る全力で床板を漕ぎまくる。

『··············クアアァ~·····』

目の前の獣が気だるそうな欠伸をこぼす。

「こ、の野郎」

全く進んでいる気がしなかった。

「くぅーッ俺にデート経験が豊富にあればーッ」

これっぽっちも思っていない言葉が、水面を這った。

アゴヨワが尻尾で漕いでくれていた事を俺が知る事はない。




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