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ストールを巻いて。

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俺の名はムムマル。
柴犬となんかの、いわゆる雑種ってやつ。
オシャレに言うと、ミックスっての?

今日も天気がよく、最高に気持ちがいい。俺は大きく伸びをする。


「ガシャンッ」


首輪に繋がっているはずの、鎖が外れた。散歩から帰ってきて、リードから鎖に付け替えた時に、引っ掛けが甘いと時々こうなる。今朝の散歩は、妃亜子ヒアコだったな。かなりいい加減だから、妃亜子と散歩に行った後は、よく外れる。ラッキー!気ままにさまようとするか。



林を抜けようとした時に、白いホワホワが、モゾモゾしているのを発見した。近づいてみると、その綿あめみたいなやつは、まだ幼い犬っころで、首に巻いたバンダナが飛び出た木の枝に引っ掛かっていた。


『オレまけない!うんしょ、うんしょ!』


木の枝に負けたくないようだが、完全に負けている。しかも、俺に気がついていない。犬っころに見せかけた、綿あめなのか?


『大丈夫か?』


思わず話しかけると、やっと俺の存在に気づいた。あまりに情けない目でこちらを見るものだから、助けてやることにした。

そいつのバンダナを咥え、グイッっと引っ張る。結び目は固く、ほどけなかったが、その代わりにスポンッと、頭の方から抜ける。引っ掛かっていた木の枝が、ビヨーンッと、はねた。


『オレうごける!すごい!ありがとう!!せんぱい!』


俺に後輩ができた瞬間だった。そいつも時々、家を抜け出しては、気ままにさまよっているらしい。



2匹そろって林から抜け出せば、向こうから歩いてきた清彦サヤヒコとばったり出会う。大きめの青いナイロンバッグを持っている。確か、クリーニング屋専用のバッグだったな。歩いてきた方向からも、その店の帰りだとわかる。清彦はよく、妃亜子からお使いを頼まれる。


「はぁ。ムムさん、また抜け出したのか。そっちの綿あめみたいなの、ダチ?何、咥えてんだ?」


後輩は、さっき俺が助けてやった時に、首から抜けてしまったバンダナを咥えていた。家族にもらったものだから、持って帰るんだそうだ。後輩はバンダナを咥えたまま、清彦に撫でられている。


「バンダナ?外れたのか。結び目かてぇし。頭からは嵌められねぇし。どうやって外したんだ?」


俺が引っ張って、外してやったんだ。


「あぁ、いいもんあるわ。妃亜子のもんだけど、いっか」


清彦はバッグから紫色のストールを取り出すと、そこへ輪っかになっているバンダナを通し、後輩の首に巻きつける。ストールやらバンダナやらで、後輩の首元がワサワサしている。後輩はまだ小さいから、巻かれた物に存在が飲まれて、新種の生き物みたいになった。


『大丈夫か?』


『だいじょうぶ!あたらしいの、つけてもらった!!せんぱい、オレかえる!またね!!』


後輩は嬉しそうに駆けて行った。清彦に見つかったし、しょうがない俺も帰るか。






今日も天気がよかったなと、ボーッとしていると声が聞こえた。


『せんぱい!せんぱい!』


俺を先輩と呼ぶのは、あの犬っころしかいない。綿あめみたいな後輩がこっちに向かって駆けて来る。


『せんぱいのにおい、さがしてきた!オレすごいでしょ?』


俺達、犬だしな。鼻は相当利くもんだ。最初に出会った時、俺が話しかけるまで気づかなかった後輩の嗅覚を疑っていたが、大丈夫だったらしい。


『あれから元気にしていたか?』


『げんき!げんき!!オレ、くびわ、つけてもらった!』


後輩の首には新しそうな皮の首輪がついていた。


『オレ、おっきくなってきたから、ばんだな、そつぎょうだって!かっこいいでしょ?』


そういえば、少し大きくなったか?俺より小さいのは変わらないけどな。犬の成長は早いから、後輩もすぐ成犬になるだろう。


『すとーる、さくやがほしがったから、あげた!!んでね、さくやからの、てがみもってきた!』


見ると、後輩の前足に、グルグルと白い布が巻きつけられている。これが、さくやというやつからの手紙なのか?


『かみだと、すぐおっこちた!ぬのだけど、てがみだって、さくやがいってた!!』


後輩はちょこまかとせわしなく動き回るから、布になったんだな。伝書鳩ならぬ、伝書犬だな。ストールを後輩に巻いたのは清彦だ。これは清彦宛てということか。


俺が後輩と、ワフワフワフワフ戯れていると、清彦が夕方の散歩のため、家から出てきた。


「この前の綿あめじゃん。あれ、足、ケガしてるのか?」


清彦が、後輩の前足に巻いてある、白い布に気がついた。後輩の前足にソッと触れながら、「痛いか?」と聞いている。それ、手紙だってよ。後輩は構ってもらえることが嬉しくて、清彦にじゃれついている。あんまり激しくじゃれつくものだから、白い布が前足から外れそうになる。


「あー、おい、痛くねぇーの?外れそうになってんぞ」


白い布を巻き直すことにしたようで、後輩の前足から一旦外される。


「ん?なんか書いてある?」


―――ストールを預かっています。毎日20時前後は、K公園に散歩に来ています。S.S―――



「なるほど」、「どうすっかな」、「返せって言われてんだよな」、「妃亜子うるせぇし」、清彦がなにやらブツブツ言っている。俺以外の家族には、口数が少ないくせに、ひとり言が多いんだよな。


「綿あめ、おまえ、そろそろ帰ったら?おまえが帰らねぇと、飼い主さん、散歩に出かけられねぇじゃん」


清彦に頭を撫でられながら、そう言われると、散々構ってもらって満足したのか、後輩はシュパッと上体を起こす。


『せんぱい、オレかえる!またね!!』


後輩は嬉しそうに駆けて行った。


「ムムさん、夕方の散歩、夜に時間変更すんぞ。今夜はK公園まで行こうな」


清彦が家の中に戻って行く。K公園は家から少し遠く、いつもの散歩コースではない。が、散歩は長いにこしたことはないので、俺としては万々歳だ。






夜道を清彦にリードを引かれつつ、歩く。引かれるというか、俺の方が清彦を引っ張ってんだけどな。

K公園内に入り、芝生がある広場まで移動する。



『せんぱい!せんぱい!』


数時間前に聞いたばかりの声がして、綿あめみたいな後輩が、リードを引きずりながら駆けて来る。後輩の後ろから、飼い主と思われるやつが、慌てた様子で追いかけてくる。


「ルシアン!!こら!すみません!!!」


「いや、平気っす」


飼い主同士が短い言葉を交わしている。


『せんぱい!オレ、さくやと、さんぽにきた!!』


こいつが、さくやか。清彦からは感じられない、柔らかい雰囲気が伝わってくるやつだ。それはそうと、後輩には綿あめじゃなくて、ルシアンという名があるらしい。ムムマルの方がいい名だけどな。


俺と後輩が、ワフワフ戯れ始めると、さくやがフッと笑った。


「なんか仲良しですね。子犬にじゃれつかれても、嫌がらずに相手をしてくれるなんて、優しいワンコですね」

「あー、こいつらダチっぽいっす」

「へ?ダチですか?」

「何度か絡んでいるの見たから」

「えっ??」

「夕方、こいつ、うちに来たし」


清彦が、夕方、後輩の前足から外した白い布をジーンズの尻ポケから取り出す。戯れる俺達のそばにしゃがみこむ、2人の距離はけっこう近い。


「アンタ、S.Sさん?」



「……もしかして、ヒコちゃん??あっ、これ、ストール」


さくやが、手提げ袋から紫色のストールを取り出し、清彦の首に巻きつける。


「…やっぱり、ヒコちゃんだ。覚えてるかな?前、一緒に飲んだ佐熊サクマ

「アンタ…」


ふわりと笑うさくやをジッと見つめる、ストールを巻いたままの清彦。どうやら2人は知り合いのようだ。


俺達のイレギュラーな散歩の時間はまだまだ続く。


≪side ムムマル≫


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