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まなざしと、ぬくもりと。
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≪side 谷本壱貴≫
佐熊の雰囲気がまた変わった。いつからだろう。野郎4人で飲んでちょっと経った位からか?カッコよさが増したというか、何というか。どこまでモテ度をアップさせれば気が済むんだ。
「なぁなぁ、伊坂、野郎4人で飲んでちょっと経った位から、佐熊の雰囲気が変わったと思わねぇ?」
「そうだなぁ…」
「前に聞いた時は、彼女もできてないし、うっふんなこともないって言ってたけど、あの感じからすると、絶対そっち系のイベントがあったに違いねぇ!」
俺の部屋へ私物を取りに来た伊坂に話しかける。コイツの物を返しても返しても、この部屋から無くならないのはなぜだ?ホント、謎だわ。まぁ、勝手に使わせてもらっているから、文句はないけど。
「その時は、いいことならあったって言っててさ。それが何だったと思う?犬の散歩の時間が楽しくてしょうがない、だってよ?犬の散歩って。そんなのうっふんなことでもなんでもねぇーじゃん」
「…ふうん。そっか、オレ、なんとなくわかったかも」
「え?なんだよ!教えろよ!」
「オレも大概ニブイけど、谷本はそれ以上だよな。ヒントやろうか?」
「なんか偉そうで、イラッと、き・た・け・ど、ヒント欲しい!」
「オレの予想だから、それが真実とは限らないけどさ。佐熊が犬の散歩でよく会うのは、誰よ?」
「よく会う?そんなの誰かなんて知らない…あ!鈴掛?」
「そう、鈴掛。あいつら、犬の散歩でよく会うから親しくなったんだろ?」
「そうらしいけど、それがどう繋がるんだ?まだわかんねぇーよ」
「じゃあ、もう少しヒントな。佐熊はその場のノリで、野郎にチュウできちゃうようなやつか?しかも、断われる空気の時にだ」
「断われる空気の時?佐熊が野郎にチューしたのって、俺が知っているのは、2回だな。ソウちゃん達と王様ゲームした時と、野郎4人で飲んだ時」
「王様ゲームの時は、絶対的命令の下だろ。断われる空気ではなかった。でもさ、野郎4人で飲んだ時は、おまえに無茶振りされてチュウしたろ?それって、断わろうと思えば断われるじゃん」
「確かに。でも、それが??」
「…もう、いいわ。おまえはわからなくていい」
「なんだよ!」
伊坂に呆れ顔をされ、またイラッとする。
「佐熊達のことよりさ、オレ達のこと話さない?」
「へ?」
伊坂がおもむろに近づき、両手で俺の頬を挟みながら、顔を覗き込んでくる。伊坂のまなざしが優しすぎて恥ずかしくなる。
「な、なんだよ!」
声では反発するが、伊坂の大きな両手で頬を包まれ、長い指で肌をなぞられるとポワーンとなってしまい、あいつの目を見つめたまま、その温ぬくもりに頬をすり寄せてしまう。
プクプクしてないし、柔らかくもないけど、最近はこれが一番のお気に入りだ。
王様ゲームの時に感じた、ポワワンと浮遊した気分をすっきりさせたくて、鈴掛のもので試してみたが、それは全く別物だった。長い指は指でも、伊坂の物が最もしっくりくる。
今、「大好物は何?」って聞かれたら、「伊坂の手(指)!」って即答するな、俺。
「―――おい、壱貴!開けるぞ。なんだ、嗣護来てたのか」
兄貴が部屋のドアを開けて入ってきた。開けるぞって言いながら、すでに部屋の中に入っているのだから、断わりを入れる意味がない。
「お前ら、何してんの?」
「あ!一惟さん、こんばんは!小さい頃みたいに、イッちゃんとベタベタしてたとこ」
「おー、久しぶりに“イッちゃん”呼びが出たな。仲が良いのはイイことだ。もっとやれ!」
「かしこまり!」
俺を置いて2人で話している。兄貴と伊坂は昔から仲が良い。よくヤキモチを妬いた覚えがある。あれ?どっちに対してヤキモチを妬いたんだろ?
―――『にいちゃん、ツッちゃんはおれのだから、とらないで!!!』―――
頭の中で、ふと、小さい頃の俺の声が響いた。…そっちだったか!
「お前ら小さい頃、大きくなったら結婚するって宣言してたもんな。俺が、男同士は結婚できないぞ?って意地悪を言ったら、壱貴がわんわん泣き出したよな」
「そうそう!オレ、それ覚えてるわ。家に帰ってから親に、“イッちゃんと結婚するにはどうしたらいいの?”って、しつこく聞いたし。うちの親変わってるから、“男同士だと、養子縁組というのをしてだな―――”って、シビアな顔しながら図入りで説明してくれたわ。あの頃は何言ってるのか、さっぱり理解できなかったけど」
「ははっ!嗣護の親、最高だな!」
「だろ!?」
また、俺を置いて2人で話している。慣れているからいいけどさ。
「そうだ、壱貴にこれを返しに来たんだわ」
ここへ来た目的を思い出した兄貴が、一度ドアの向こうへ姿を消し、スタンドミラーを抱えて再び入ってきた。
学校で演劇部の顧問をしている兄貴は、部活動で必要だったらしく、自分の部屋と、俺の部屋に置いてある2枚のスタンドミラーを学校へ持って行っていた。
「もういいの?」
「あぁ、部室にもあるからな。ただちょっと、枚数が必要になっただけで。もう用事が済んだから返すわ。ありがとうな!それじゃあ、嗣護、ゆっくりしていけよ」
「おう!またね、一惟さん」
伊坂と挨拶を交わし、兄貴が部屋から出て行った。俺はスタンドミラーを元あった場所に置くために立ち上がった。
「イッちゃん、こっちおいで」
「まだその呼び方すんのかよ…。はいはい、ツッちゃんなあに?」
伊坂に手招きされ、そちらへ近づく。俺に向けて右手を差し出すもんだから、反射的にそれを両手で受け取る。
「宝物みたいに扱ってくれるのな。両手を添えてオレの手を取るしぐさが、すげぇかわいい」
「な!宝物?!しかも、かわいいって!お前、何言ってんの?!」
「でも、一番かわいいのは、その目元だな。オレの手を掴んで、うっとりしてる」
「う、うっとりなんかしてねぇーだろ!!」
「目は口ほどに物を言うってな。それで自分の顔、見てみな」
兄貴から返されたばかりのスタンドミラーを指差し、伊坂がそう言うから、俺はアイツの右手を掴んだまま、鏡に映る自分の顔を確認する。
「キモッ!!超だらしねぇ顔してるし!」
「いいか、そのまま見てろよ」
伊坂は、俺の目線が鏡からハズレないように、俺の顔を左手で固定し、俺の両手の中にある、自分の右手をスッと引き抜いた。
「あっ…!」
鏡の中の俺は、突然、大事な物を取り上げられた子どものようにびっくりしていて、そして、切ないような、悔くやしいような、ひどく残念な顔をしている。
「ほら」
伊坂の右手が俺の両手の中に戻ってくる。鏡の中の俺が、フニャリと目元を和らげる。
「な?おまえの宝物だろ?オレもさ、はっきりしたばかりなの。ある想いについて」
「ある想い?」
「おまえは、オレよりニブイから、ちゃんと口で教えてやらなきゃな」
伊坂はカバンから、携帯用のウェットティッシュを取り出し、自分の右手を念入りに拭く。ん?俺達の中で、ウェットティッシュが流行ってる?!
「イイこと教えてやるから、おまえは、鏡の中のオレの目を見てて」
スタンドミラーの前に座らされ、伊坂は俺の真後ろに陣取る。
伊坂が身体を少し横にずらし、俺の肩口から顔を出した。伊坂の顎が俺の肩に触れている。
鏡の中の伊坂と目が合う。
伊坂がウェットティッシュでキレイにした右手で、俺の唇をゆっくりとなぞり始めた。右手は唇をなぞるために、左手は俺の左頬を撫でたり、髪の毛をすいたりするために動く。
伊坂のまなざしと、温もりをヒシヒシと感じる。またあのポワワンと浮遊した気分になる。
左手の動きはそのままに、唇をなぞっていた右手が口の中に入ってくる。人差し指と中指を多く使い、ユルユルと口の中をかき回される。時々、指先で舌をつままれ、違う刺激も与えられる。
俺の目線が、鏡の中の伊坂の目と手を行ったり来たりする。本当は手を凝視したいけど、コイツに言われたから、同じくらい目の方も見る。
唾液が零れそうになるから、舌でやんわりと指の動きをいなして、伊坂の指をチュッと吸いつつ、唾液を飲み込む。
伊坂が時折、右手を俺の口から引き抜いては、手に付いた俺の唾液を舐め上げる。物欲しそうにその右手の帰りを待つ俺を、鏡越しに見つめながら、伊坂がクスッと笑う。
「オレの手、最高だろ?それとも、ヨリちゃんのプクプクして柔らかい手の方がいい?」
「…お前の手がいい」
「ヒコちゃんの長い指よりも?」
「…お前の指がいい!」
「おまえのがいい、じゃなくて、おまえがいい、って言ってみな」
「お前がいい!!」
ポワワンと浮遊していた気分が、ストンッと俺の中で落ち着いた。その凪いだ心情は、すごく安らぎを感じさせるもので、色で例えるならば淡い淡いピンク色で、俺をとても幸せな気分にしてくれる。
「そう。よく言えました」
真後ろに居る伊坂から、包み込まれるように強く抱きしめられる。
「オレは、“おまえの目元”が好きなんじゃなくて、“おまえ”が好きなの。おまえも“オレの手”が好きなんじゃなくて、“オレ”が好きなの。その想いの違いがわかった?」
「俺は、伊坂の手じゃなくて、…伊坂自身が好きなの?」
「そうだよ。おまえは手フェチと言いながらも、オレの手だけを見ていたの。オレの手に似てればいいわけじゃなくて、オレの手だからいいの。今こうして、オレに抱きしめられているけど、どう?」
「…すげぇ、幸せ!」
「だろ?オレは今、全身でおまえを抱きしめてる。手だけでなく、全身でな。さっきだって、おまえの大好きなオレの手で弄り回したけど、手だけで満足できた?オレの目を見て、オレを感じて、幸せな気分になったんじゃないの?」
「あ…!!」
そうか、俺は伊坂が好きだったんだ。コイツの手がお気に入りだとか、大好物だとか、そんな表現で自分の想いから目を遠ざけていたけど、伊坂が好きだったんだ!
「伊坂、お前、すげぇーな!俺よりも俺のことわかってるじゃん!」
「そうだよ。イッちゃんはオレのだからな!」
「つ、ツッちゃんだって、俺のだよ!」
俺はパッと振り返り、伊坂に思いっきり抱きついた。
―――伊坂のまなざしと、ぬくもりと。それを全身に感じたくて。
佐熊の雰囲気がまた変わった。いつからだろう。野郎4人で飲んでちょっと経った位からか?カッコよさが増したというか、何というか。どこまでモテ度をアップさせれば気が済むんだ。
「なぁなぁ、伊坂、野郎4人で飲んでちょっと経った位から、佐熊の雰囲気が変わったと思わねぇ?」
「そうだなぁ…」
「前に聞いた時は、彼女もできてないし、うっふんなこともないって言ってたけど、あの感じからすると、絶対そっち系のイベントがあったに違いねぇ!」
俺の部屋へ私物を取りに来た伊坂に話しかける。コイツの物を返しても返しても、この部屋から無くならないのはなぜだ?ホント、謎だわ。まぁ、勝手に使わせてもらっているから、文句はないけど。
「その時は、いいことならあったって言っててさ。それが何だったと思う?犬の散歩の時間が楽しくてしょうがない、だってよ?犬の散歩って。そんなのうっふんなことでもなんでもねぇーじゃん」
「…ふうん。そっか、オレ、なんとなくわかったかも」
「え?なんだよ!教えろよ!」
「オレも大概ニブイけど、谷本はそれ以上だよな。ヒントやろうか?」
「なんか偉そうで、イラッと、き・た・け・ど、ヒント欲しい!」
「オレの予想だから、それが真実とは限らないけどさ。佐熊が犬の散歩でよく会うのは、誰よ?」
「よく会う?そんなの誰かなんて知らない…あ!鈴掛?」
「そう、鈴掛。あいつら、犬の散歩でよく会うから親しくなったんだろ?」
「そうらしいけど、それがどう繋がるんだ?まだわかんねぇーよ」
「じゃあ、もう少しヒントな。佐熊はその場のノリで、野郎にチュウできちゃうようなやつか?しかも、断われる空気の時にだ」
「断われる空気の時?佐熊が野郎にチューしたのって、俺が知っているのは、2回だな。ソウちゃん達と王様ゲームした時と、野郎4人で飲んだ時」
「王様ゲームの時は、絶対的命令の下だろ。断われる空気ではなかった。でもさ、野郎4人で飲んだ時は、おまえに無茶振りされてチュウしたろ?それって、断わろうと思えば断われるじゃん」
「確かに。でも、それが??」
「…もう、いいわ。おまえはわからなくていい」
「なんだよ!」
伊坂に呆れ顔をされ、またイラッとする。
「佐熊達のことよりさ、オレ達のこと話さない?」
「へ?」
伊坂がおもむろに近づき、両手で俺の頬を挟みながら、顔を覗き込んでくる。伊坂のまなざしが優しすぎて恥ずかしくなる。
「な、なんだよ!」
声では反発するが、伊坂の大きな両手で頬を包まれ、長い指で肌をなぞられるとポワーンとなってしまい、あいつの目を見つめたまま、その温ぬくもりに頬をすり寄せてしまう。
プクプクしてないし、柔らかくもないけど、最近はこれが一番のお気に入りだ。
王様ゲームの時に感じた、ポワワンと浮遊した気分をすっきりさせたくて、鈴掛のもので試してみたが、それは全く別物だった。長い指は指でも、伊坂の物が最もしっくりくる。
今、「大好物は何?」って聞かれたら、「伊坂の手(指)!」って即答するな、俺。
「―――おい、壱貴!開けるぞ。なんだ、嗣護来てたのか」
兄貴が部屋のドアを開けて入ってきた。開けるぞって言いながら、すでに部屋の中に入っているのだから、断わりを入れる意味がない。
「お前ら、何してんの?」
「あ!一惟さん、こんばんは!小さい頃みたいに、イッちゃんとベタベタしてたとこ」
「おー、久しぶりに“イッちゃん”呼びが出たな。仲が良いのはイイことだ。もっとやれ!」
「かしこまり!」
俺を置いて2人で話している。兄貴と伊坂は昔から仲が良い。よくヤキモチを妬いた覚えがある。あれ?どっちに対してヤキモチを妬いたんだろ?
―――『にいちゃん、ツッちゃんはおれのだから、とらないで!!!』―――
頭の中で、ふと、小さい頃の俺の声が響いた。…そっちだったか!
「お前ら小さい頃、大きくなったら結婚するって宣言してたもんな。俺が、男同士は結婚できないぞ?って意地悪を言ったら、壱貴がわんわん泣き出したよな」
「そうそう!オレ、それ覚えてるわ。家に帰ってから親に、“イッちゃんと結婚するにはどうしたらいいの?”って、しつこく聞いたし。うちの親変わってるから、“男同士だと、養子縁組というのをしてだな―――”って、シビアな顔しながら図入りで説明してくれたわ。あの頃は何言ってるのか、さっぱり理解できなかったけど」
「ははっ!嗣護の親、最高だな!」
「だろ!?」
また、俺を置いて2人で話している。慣れているからいいけどさ。
「そうだ、壱貴にこれを返しに来たんだわ」
ここへ来た目的を思い出した兄貴が、一度ドアの向こうへ姿を消し、スタンドミラーを抱えて再び入ってきた。
学校で演劇部の顧問をしている兄貴は、部活動で必要だったらしく、自分の部屋と、俺の部屋に置いてある2枚のスタンドミラーを学校へ持って行っていた。
「もういいの?」
「あぁ、部室にもあるからな。ただちょっと、枚数が必要になっただけで。もう用事が済んだから返すわ。ありがとうな!それじゃあ、嗣護、ゆっくりしていけよ」
「おう!またね、一惟さん」
伊坂と挨拶を交わし、兄貴が部屋から出て行った。俺はスタンドミラーを元あった場所に置くために立ち上がった。
「イッちゃん、こっちおいで」
「まだその呼び方すんのかよ…。はいはい、ツッちゃんなあに?」
伊坂に手招きされ、そちらへ近づく。俺に向けて右手を差し出すもんだから、反射的にそれを両手で受け取る。
「宝物みたいに扱ってくれるのな。両手を添えてオレの手を取るしぐさが、すげぇかわいい」
「な!宝物?!しかも、かわいいって!お前、何言ってんの?!」
「でも、一番かわいいのは、その目元だな。オレの手を掴んで、うっとりしてる」
「う、うっとりなんかしてねぇーだろ!!」
「目は口ほどに物を言うってな。それで自分の顔、見てみな」
兄貴から返されたばかりのスタンドミラーを指差し、伊坂がそう言うから、俺はアイツの右手を掴んだまま、鏡に映る自分の顔を確認する。
「キモッ!!超だらしねぇ顔してるし!」
「いいか、そのまま見てろよ」
伊坂は、俺の目線が鏡からハズレないように、俺の顔を左手で固定し、俺の両手の中にある、自分の右手をスッと引き抜いた。
「あっ…!」
鏡の中の俺は、突然、大事な物を取り上げられた子どものようにびっくりしていて、そして、切ないような、悔くやしいような、ひどく残念な顔をしている。
「ほら」
伊坂の右手が俺の両手の中に戻ってくる。鏡の中の俺が、フニャリと目元を和らげる。
「な?おまえの宝物だろ?オレもさ、はっきりしたばかりなの。ある想いについて」
「ある想い?」
「おまえは、オレよりニブイから、ちゃんと口で教えてやらなきゃな」
伊坂はカバンから、携帯用のウェットティッシュを取り出し、自分の右手を念入りに拭く。ん?俺達の中で、ウェットティッシュが流行ってる?!
「イイこと教えてやるから、おまえは、鏡の中のオレの目を見てて」
スタンドミラーの前に座らされ、伊坂は俺の真後ろに陣取る。
伊坂が身体を少し横にずらし、俺の肩口から顔を出した。伊坂の顎が俺の肩に触れている。
鏡の中の伊坂と目が合う。
伊坂がウェットティッシュでキレイにした右手で、俺の唇をゆっくりとなぞり始めた。右手は唇をなぞるために、左手は俺の左頬を撫でたり、髪の毛をすいたりするために動く。
伊坂のまなざしと、温もりをヒシヒシと感じる。またあのポワワンと浮遊した気分になる。
左手の動きはそのままに、唇をなぞっていた右手が口の中に入ってくる。人差し指と中指を多く使い、ユルユルと口の中をかき回される。時々、指先で舌をつままれ、違う刺激も与えられる。
俺の目線が、鏡の中の伊坂の目と手を行ったり来たりする。本当は手を凝視したいけど、コイツに言われたから、同じくらい目の方も見る。
唾液が零れそうになるから、舌でやんわりと指の動きをいなして、伊坂の指をチュッと吸いつつ、唾液を飲み込む。
伊坂が時折、右手を俺の口から引き抜いては、手に付いた俺の唾液を舐め上げる。物欲しそうにその右手の帰りを待つ俺を、鏡越しに見つめながら、伊坂がクスッと笑う。
「オレの手、最高だろ?それとも、ヨリちゃんのプクプクして柔らかい手の方がいい?」
「…お前の手がいい」
「ヒコちゃんの長い指よりも?」
「…お前の指がいい!」
「おまえのがいい、じゃなくて、おまえがいい、って言ってみな」
「お前がいい!!」
ポワワンと浮遊していた気分が、ストンッと俺の中で落ち着いた。その凪いだ心情は、すごく安らぎを感じさせるもので、色で例えるならば淡い淡いピンク色で、俺をとても幸せな気分にしてくれる。
「そう。よく言えました」
真後ろに居る伊坂から、包み込まれるように強く抱きしめられる。
「オレは、“おまえの目元”が好きなんじゃなくて、“おまえ”が好きなの。おまえも“オレの手”が好きなんじゃなくて、“オレ”が好きなの。その想いの違いがわかった?」
「俺は、伊坂の手じゃなくて、…伊坂自身が好きなの?」
「そうだよ。おまえは手フェチと言いながらも、オレの手だけを見ていたの。オレの手に似てればいいわけじゃなくて、オレの手だからいいの。今こうして、オレに抱きしめられているけど、どう?」
「…すげぇ、幸せ!」
「だろ?オレは今、全身でおまえを抱きしめてる。手だけでなく、全身でな。さっきだって、おまえの大好きなオレの手で弄り回したけど、手だけで満足できた?オレの目を見て、オレを感じて、幸せな気分になったんじゃないの?」
「あ…!!」
そうか、俺は伊坂が好きだったんだ。コイツの手がお気に入りだとか、大好物だとか、そんな表現で自分の想いから目を遠ざけていたけど、伊坂が好きだったんだ!
「伊坂、お前、すげぇーな!俺よりも俺のことわかってるじゃん!」
「そうだよ。イッちゃんはオレのだからな!」
「つ、ツッちゃんだって、俺のだよ!」
俺はパッと振り返り、伊坂に思いっきり抱きついた。
―――伊坂のまなざしと、ぬくもりと。それを全身に感じたくて。
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