上 下
11 / 14

言葉にして、抱きしめて。

しおりを挟む
≪side 鈴掛清彦スズカケサヤヒコ


その日は、妃亜子ヒアコにお使いを頼まれ、デパートの地下街にある洋菓子コーナーに来ていた。ある店のロールケーキが妃亜子のお気に入りで、よく買いに行かされる。今回も美蒼ミソウ智世理チヨリと食べるのだろう。


佐熊サクマの家に招かれた時も、ここのロールケーキを買って行った。その次の日、佐熊から「母さんがとても喜んでいたわ。ありがとうな!」と、再度お礼を言われた。妃亜子のお使いもたまには役に立つもんだな。



「鈴掛じゃん!おまえも買い物?」


聞き覚えのある声が聞こえて顔をあげると、伊坂イサカが立っていた。


「おう。ロールケーキを買いに来た」


「甘いもん好きなの?ここのケーキ、みんな美味しいよな!オレはイチゴのショートがお目当て」


「オレは食べない。妃亜子に頼まれただけ」


「あぁ、ヒコちゃんの代打ね。おまえも苦労してるな」


伊坂、気の毒そうな目でオレを見ないでくれ。慣れているから割と平気なんだ。


「ちょっと2人で茶でも飲まねぇ?ここのケーキ、すべて生だろ?買ったらすぐ帰った方がいいからさ、時間があるならロールケーキを買う前に付き合ってくれよ」


妃亜子に言われた時間までは余裕があるので、伊坂の誘いを受けることにした。



「オレが誘ったし、おごるわ。先に座っててよ。何がいい?」


「じゃあ、ブレンドで」


「OK!」


デパートの近くにあるチェーンのコーヒー店に入った。伊坂の言葉に甘えることにし、奥の2人用のテーブル席に腰を掛けて待つ。


「お待たせ!オレも同じやつにした」


「すまんな。じゃ、遠慮なくいただく」


「召し上がれ」


伊坂と2人きりというのは初めてだから、変な感じがする。


「いつもはさ、谷本タニモトや佐熊がいるから、変な感じだな」


「オレも今同じことを考えていた」


「やっぱな!オレさ、鈴掛にお礼と、あと、聞きたいことがあって」


「お礼?聞きたいこと?」


「そうそう。まずはお礼の方。鈴掛と佐熊の協力で、はっきりできた想いがあってさ。そのお陰で、先に進むことができた。ありがとう!」


「…よくわからないが」


伊坂に深々と頭を下げられるが、ここまで丁寧にお礼をされるようなことをした覚えがない。伊坂にしたことと言えば、王様ゲームでの肩揉みくらいだ。


「おまえの両瞼にチュウさせてくれたじゃん!」


伊坂、頼むから声のボリュームを下げてくれ。まわりの視線が刺さる。…気がする。


「鈴掛には悪いけど、その時にコレじゃない!って確認できてさ。オレの中で想いがはっきりしたんだよ」


「役に立てたんなら、よかった」


「大いに役立った!ありがとう!!」


また頭を下げられる。


「次に聞きたいことの方だけど、佐熊とは、あれからも散歩でよく会ってるのか?」


「まあな」


「で、佐熊に好きって言われたか?」


「ブッッッ…!」


思わずコーヒーを噴き出してしまった。ペーパーナプキンで慌てて口元とテーブルを拭う。


「ハハハ!すげぇ動揺してる。わりぃ、わりぃ!」


悪いなんて微塵も思っていない表情で、伊坂が謝ってくる。


「…言われてないが」


「佐熊はオレ達みたいにニブクないから、先に進んでいると思えば、そうでもなかったんだな」


「…何の話だ?」


「オレはてっきり、佐熊はおまえのことが好きなんだと思ってたんだ。違うのか?」


………オレに佐熊の気持ちを聞かれてもわからん。


「今度、直接聞いてみるか。鈴掛も、佐熊について何かあればオレでよかったら話聞くけど?本人には言えないけど、誰かに聞いて欲しいってことあるだろ?」


「……」


「あれ?オレ、かなり見当違いなこと言ってる?何も話すことはないってか?」


「…ある」


「おー!遠慮しないで言ってみ!」


「…互いに、そばに居ると安心するし」


「安心するし?」


「…もっと触れたいと思うのだが」


「思うのだが?」


「…好きとは言われてないし」


「言われてないし?」


「……言ってない」


これでは、オレが佐熊のことを好きだと言っているようなものだ。伊坂に促されるままに話してしまったが、これはかなり恥ずかしい。


「鈴掛ー!おまえ、かわいいキャラだったんだな!ギャップ萌え?これがギャップ萌えというやつか?!」


伊坂がなぜか戦慄わなないている。手の動きがコワイ…。


「なんだ!オレが思うに両想いってことか!ちゃんと好きだって言葉にしてさ、それからギュッと抱きしめちゃえよ!オレはそうした」


伊坂が、フフンッと笑いながら得意げ言う。


「それでうまくいったのか?」


「いった!いった!また4人で飲もうな!関係性が変わってから4人で集まるのも面白そうじゃねぇ?」


「また4人で?関係性が変わってから?」


「あー!オレの相手、谷本なんだわ」


「…!!」


「ハハハ!今日の鈴掛、表情がコロコロ変わって飽きねぇーわ!」


「普通、驚くだろ…」


「ハハ!だよな!あ、そろそろケーキ買いに戻るか?あまり遅いとあいつに文句言われる。イチゴのショート、小さい頃からイッちゃんの大好物でさ」


楽しそうに話す伊坂とデパートまで戻り、それぞれ目当てのケーキを買う。


「おまえ達も、早くはっきりさせちゃえよ!大丈夫、きっとうまくいくから!またな!」


手を振りながら伊坂が去っていく。いろんな感情がごちゃ混ぜだ。妃亜子にロールケーキを渡したら、いつもより早いがムムさんの散歩に出かけるか。軽くジョギングしてすっきりしたい。




ジョギングしながらムムさんとK公園まで来た。佐熊達が来るにはまだ時間が早い。

いつも佐熊と腰掛けているベンチがある広場へ移動し、ムムさんを構いながら一人考える。


「ムムさん、ルシアンといつも何話してんの?ルシアンはムムさんのこと好きだって?おまえら、すげぇ仲良いよな。前、上に乗られてたみたいだし。ルシアンに腰振られて嫌じゃなかった?…会えばじゃれ合えるから、いいよな」


ムムさん相手に何言ってんだか。ハァッと溜め息をつく。


「鈴掛!すぐに息を吸え!」


佐熊の声がして、いつのまにか、ルシアンがムムさんの近くまで来ていた。

とりあえず、言われた通りにスゥッと息を吸い込む。


「幸せが逃げるだろ?すぐに吸い込んだからセーフだな」


佐熊がふわりと笑う。


「どうした?何かあったのか?」


いつものように優しく問いかける佐熊に、今日、伊坂と会ったことを話すことにした。

ムムさんとルシアンがじゃれ合うのを眺めながら、2人でベンチに腰掛ける。


「今日たまたま、伊坂に会った」


「そうなんだ」


「お礼を言われた。…谷本とうまくいったらしいな」


「お!やっとか!それはよかった。あの2人、自分らの想いになかなか気が付かなくてさ、俺の方がもどかしかったんだわ。明日会ったら、からかってやろう」


「伊坂が、おまえも…言葉にして、抱きしめろって」


「!!」


オレの言葉を聞いた佐熊は、ハッとしたような表情をした後に、オレの両腕に手を置いてうなだれた。目の前に佐熊のつむじが見える。


「ごめん!鈴掛、ホント、ごめん!!俺、そばに居ることに安心しきっちゃって。心地よいもんだから、もっと、もっとって、触れ合うことばかり先にしちゃって。肝心なことを言葉にしていなかった。伊坂や谷本のことをとやかく言えないわ。自分の事になった途端、視野が狭くなるのな。ダメダメだわ」


今日は頭を下げられてばかりだ。そこまで言うと、佐熊が顔をあげた。

間近で目が合う。


「俺から言葉にしたいんだけど、聞いてくれる?」


オレはやんわりと頷く。


「俺は鈴掛が好きだ。ヒコちゃんとして会った時から気になっていた。もちろん、男だとわかった上で。好きだから、そばに居ると安心するし、好きだから、鈴掛に触れたい」


佐熊のまっすぐな言葉と視線に、胸が熱くなる。


「…オレも佐熊が好きだ。…アンタのこと、初めからきっと好きだった。あんなに人のこと気にしたことなかったし」


目の前に、佐熊の満面の笑みが広がっている。今まで見てきた中で、一番の笑顔だ。


「すげぇうれしい!!俺から抱きしめていい?あ、待って!ここはせーの!で同時に抱きしめようか?鈴掛を俺のモノにしたいけど、俺を鈴掛のモノにもして欲しいから一緒がいいな。あ、せーの!じゃ、ムードないか?」


佐熊の気遣いがうれしくて、くすぐったくて、思わず微笑んでしまう。オレを見つめたままだった佐熊から、額にキスを落とされる。


「ごめん!つい、あまりに愛おしくて」


「…いいけど」


甘ったるい雰囲気に恥ずかしくなる。


「では、仕切り直して―――」


顔を見合わせ、笑い合う。


「せーの!!」


ギュッ、ギュッと、互いに抱きしめ合う。佐熊と抱き合うのは初めてではないが、“好き”という言葉を交換してからは、同じ行為でも幸福感が格段にあがる。全身に感じる佐熊の温かさが嬉しい。


伊坂にお礼をし返さないとな、と思いながら、佐熊の温もりを堪能する。


じゃれ合う2匹のそばで、“抱きしめて”、“抱きしめられて”、オレ達はしばらくそのままで過ごした。


伝えたいことは、ちゃんと言葉にして、それから、抱きしめて……。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

腐女子令嬢は再婚する

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:201

【完結】少女探偵・小林声は渡り廊下を走らない

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

オープンチャットで見つけた俺のご主人様

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:482pt お気に入り:414

旦那の愛が重すぎる

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:338

【ショートショート】シリアス系

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:13

セックスするまで“出ない”部屋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:7

推しを味方に付けたら最強だって知ってましたか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:8,194

くっころカノジョを助けた騎士団長は幸福を手にした

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:14

処理中です...