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もっと触れたい。

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≪side 佐熊咲弥サクマサクヤ


自宅の庭で、ルシアンのボール遊びに付き合いながら、スマホに登録してある連絡先を開いては、閉じたりしている。「鈴掛清彦スズカケサヤヒコ」 ―――ついこのあいだ、登録されたばかりのソレを。


伊坂イサカに鈴掛とのセッティングを頼まれた時、連絡先を聞いていなかったことに気づいて、それを機に鈴掛と連絡先を交換することができた。


「ルシアン、お前も、もっと会いたいだろ?」


「あら、ムムマル君のこと?」


「…!!」


ポツリと呟つぶやいてしまったその言葉に、背後から返答があったので吃驚した。


「母さん!音もなく、背後から近づくのヤメテ!」


「あらあら、ごめんなさいね!私が夕方からでかける日に、うちに招いたらどう?鈴掛君は、私が居ない方が気兼ねしなくて良いでしょ。夕飯は2人分用意して出るから、ゆっくりしていってもらえばいいわよ。ルシアンのマブダチは大事にしたいし、鈴掛君は好青年だし、いいじゃない?」


母さん、マブダチなんて言葉をどこで覚えたんだ?それはいいとして、そんな母さんの申し出は、ルシアンにとっても、俺にとってもかなりオイシイ話だった。さっそく、鈴掛に連絡をすることにした。






「この辺って、初めて来た」


「公園のこっち側とあっち側とじゃ、生活圏が異なるからな」


鈴掛から良い返事をもらえた俺は、母さんがでかける日の夕方、K公園で待ち合わせをした鈴掛とムムさんを、ルシアンと一緒に家まで案内する。


「ルシアン、すげぇ嬉しそう!シッポ、グリングリンさせながら歩いてるし。けっこう遠いのに、うちまで来てもらって悪いな。母さんは、鈴掛とムムさんに挨拶したら、すぐにでかけるみたいだし、せっかくだから、ゆっくりしていってくれ」


「あぁ、こっちこそ悪いな」


隣で歩く、鈴掛の存在に嬉しくなる。俺にもシッポがあったら、ルシアンみたいになっているんだろうな。




「鈴掛君、ムムマル君、いらっしゃい!今日は来てくれてありがとう。夕飯を用意したから、ゆっくりしていってね」


玄関前で待っていた母さんが、ムムさんの頭を撫でながら、ふわりと笑い、鈴掛に声をかける。


「こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます。お邪魔します」


鈴掛も母さんに挨拶をしながら、笑みを浮かべている。


こんなふうに笑ったところ、初めて見たかも。これは、何というか――、グッとくるな。



母さんと鈴掛が話しているので、俺は2人から少し離れて立っていた。すると、ムムさんとのじゃれ合いに夢中だったはずのルシアンが、こっちを見ていることに気がついた。――まずい!


「鈴掛!俺のそばに来い!」


「…?」


俺はそう叫ぶと、距離を詰めるべく、手を伸ばし、鈴掛の肩を引き寄せた。それを確認したルシアンは、ムムさんに視線を戻し、再びじゃれ合い始める。――あぶねぇ!また乱入されるところだった。


「あらあら、少し話していただけじゃない。大丈夫よ、取ったりしないから。お邪魔のようだし、そろそろでかけるわね。それじゃあ、鈴掛君、ムムマル君、またね。どうぞ、ごゆっくり」


母さんはそう言い、意味ありげな笑みをこちらへ向けた後、でかけていった。俺は鈴掛の肩を抱いたまま、そのうしろ姿を見送ることしかできなかった。


「なんか、誤解されたみたいで悪かったな」


「…あぁ」


時々、ルシアンの視線を感じるため、俺達はそのまま寄り添いながら、庭でじゃれ合う2匹を眺めることにした。


「引かないで、聞いてくれる?俺、鈴掛とのこの距離、安心する。ホッとするっていうか」


「……オレも」


思いがけない鈴掛からの言葉に、ドキンッと鼓動が跳ねる。顔が熱くなる。――どうしよう、すげぇ嬉しいんだけど。


「…顔、真っ赤になってんぞ」


いつもより柔らかく見える鈴掛の表情に勇気をもらい、俺はもう一歩踏み込んでみようと思った。


「俺がこれからやることに、嫌な感じがしたら教えて。その時点でやめるから」


「…困る」


――え…?やる前から、拒否られた…?!俺の中で膨らんだ勇気が、急速にしぼんでいくのを感じた。


「…きっと、嫌じゃないと思うから、…困る」


「!!!」


思わず天を仰ぎ、スゥーッ!ハァーッ!と、深呼吸をする。夜空に星が煌めいていて、いつか見た鈴掛ヒコちゃんのネイルを思い出す。―――落ち着け、俺!がっつくな、俺!


俺はゆっくりと鈴掛の両手を取ると、鈴掛を見つめながら、指先、手の甲へと、左右交互に唇を這わせていく。

鈴掛はそんな俺をジッと見つめ返してくる。


「嫌じゃない?」


俺の問いかけに、鈴掛がやんわりと頷く。


それから、鈴掛の両瞼に、人差し指で撫でるようにして優しく触れ、右瞼から左瞼へと順番に口付けを落とす。目を閉じると強調される、鈴掛の長い睫毛が愛おしい。


「嫌だったんだ。鈴掛の手や両瞼を、谷本タニモトや伊坂にベタベタ触られるのが。あの時、ウェットティッシュでゴシゴシ拭いてくれてたけど、こうしないと、気が済まなかった。最後までやらせてくれて、ありがとう」


「…これだけでいいのか?」


「え?」


「…オレはアンタに、もっと触れたい」


「!!!と、り、あ、え、ず、とりあえず、速やかに2匹を繋いでから、急いで家の中へ入ろう!!はい、迅速に!!あ!えさ!餌も早急に用意してだな!!はい、駆け足!!」


はやる気持ちをググッと抑えながら、ルシアンとムムさんを犬小屋へ繋いだ。そして、“お手!”、“おかわり!”、“待て!”を適当にした後、2匹の前に、それぞれの餌が入った皿を置き、“よしっ!”と言い放ってから、鈴掛の手を引いてそそくさと家の中へ入った。

素直に手を引かれる鈴掛がかわいくて、玄関を入ってすぐに暴走しそうになったが、時間はたっぷりとあるんだと何度も自分に言い聞かせる。焦るな、俺!紳士であれ、俺!

再度、深呼吸を繰り返し、徐々に平静を取り戻した俺は、まずは、母さんが用意してくれた夕飯を勧めることにした。


「どう?口に合う?」


「あぁ、うまい」


「よかった。母さん、喜ぶよ」


「手土産、直に渡しそびれたけど、おふくろさんによろしく」


「ありがとうな。甘いもの好きだから、きっと喜ぶわ」


鈴掛は、ムムさんの餌などを入れた袋とは別にして、うちへの手土産も持って来てくれていた。玄関前での俺の行動のせいで、母さんへ渡すタイミングを逃したようだ。



ほっこりとした時間が過ぎていき、夕飯を食べ終えた俺達は、食後のお茶をしようと、ソファへ移動する。鈴掛と並んで腰を下ろし、しばし、無言でコーヒーを飲む。沈黙も心地よいなんて、もう、どうかしてる。


「鈴掛、さっきの続きをしてもいい?俺から触れていい?それとも、鈴掛から触れてくれる?」


佐熊サクマから触れてくれ。…オレは、それをアンタに返すから」


「わかった」



俺が鈴掛の頬をソッと撫でると、鈴掛も俺の頬をソッと撫で返す。

俺が鈴掛の唇をスッとなぞれば、鈴掛も俺の唇をスッとなぞり返す。

顔中のすべてのパーツを撫で、なぞると、そのように、撫で返され、なぞり返される。

鏡を見ているかのような、その所作に不思議な気持ちになり、そして、心が満たされていく。


「嫌じゃない?」


問いかけに、鈴掛がやんわりと頷く。


「…もっと。…もっと触れてくれ」


鈴掛がそう言うから、ついさっき念入りに撫で、なぞったそこへキスを降らせていく。

それを1つずつ丁寧に、鈴掛が返してくれる。


「もっと触れていい?」


「あぁ」


その返事に背中を押され、鈴掛の上唇を自分の唇で柔らかくはむ。2回、3回と繰り返した後、下唇も同じようにして2度、3度と味わう。

鈴掛もそれをじっくりと慎重に返してくれるから、途中から、俺からとか、そういう順序もわからなくなった。


―――互いの口腔内に舌を這わせ入れたのは、俺からなのか、鈴掛からなのか…。


擦れ合う互いの粘膜が熱い。舌を吸い上げ、湧き出る唾液を啜り合う。一瞬でも唇を離したくなくて、唇を押し付け合い、舌と舌とを絡み付ける。

鈴掛が俺の首元に両腕を巻きつけてくるから、俺は鈴掛の背中に両腕を回し、ギュッと抱きしめる。むこうの方が俺より少し体格がいいから、鈴掛が俺に覆いかぶさるような形になった。

その体勢のまま、息苦しさを気にする余裕もなく、行為に没頭する。俺の喉も、鈴掛の喉も、俺の胸も、鈴掛の胸も、慌ただしく上下に動き続ける。


ハアハア…、ジュル…、ゴクッ…、ハアハア…、ピチャッ…、ゴクッ……。


絶えず漏れ響く、激しい息遣いとしたたり落ちそうなその音とで、ますます高揚する。


―――どうしよう、どうしよう…。止まらない、止められない…。



ガタッ!ガタガタッ!!カシャッ!カシャンッ!!


「…!!?」


突然、庭の方から物音が聞こえた。

2人同時に我に返り、庭に面した窓のカーテンをシャッと開けて外の様子をうかがうと、犬小屋の前のスペースで、ルシアンがワサワサと腰を振っているのが見えた。

この角度からはよく確認できないが、ムムさんが見えないことや、2匹の鎖がぶつかり合う音が聞こえることから、多分、ルシアンがムムさんに覆いかぶさって、交尾の真似事をしているのだろう。


「…あっちも盛んだな」


「……」


「本能のまま行動できるのって、いいよな」


さっきまでの自分達の行動を棚に上げ、2匹のそれを羨む。


「…確かに」


真面目な声で、鈴掛が返答するから、俺はおかしくなり、フッと笑ってしまった。

そんな俺を見て、鈴掛も笑う。


―――もっと触れたい。


本能のままに、俺はどこまで、鈴掛に触れてもいい?

次の機会があれば、その問いかけに、鈴掛は、どこまで答えてくれるだろうか…?


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