誘惑なんてしてないから

ミナクオ

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笑いすぎの高條と、罪悪感が薄れた才原

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涙を止めようと努力したけど、優に5分はかかってしまった。その間、高篠たかじょうは何も言わずに待っていてくれた。


「ごめん。もう大丈夫だから」

「気にすんなよ。…才原さいはらのイメージがどんどん変わっていく」

「吸い付き魔な上に、女々しいなんて、キモくて超最悪だよな」

「吸い付き魔!ブッ、笑える。…わりぃ。悪い方じゃない、その逆。最初のメールを見て、付けられた痕もあれだったし、けっこう気の強い女子かと思ったんだ。まったく記憶がなくても、怒らせたのは俺だし、まず謝ってから責任を取らなきゃなと」


由良川ゆらかわが言っていたように、そんな状況でも、責任を取ろうとしていたのか。いいやつすぎて、また涙が出そうだ。


「そしたら、次のメールで、マークミスで怒ってないし、罪悪感で会えないって謝ってくるだろ。気の強さはどこにもなくて、同一人物か?って疑ったほどだ」

「本当は、ハートを入れるつもりだったんだよ」

「ブッ、なぜ怒筋どすじになった?才原って、ちょいちょい笑わせてくれるよな」

「高篠は、めちゃくちゃカッコいいくせに、笑い方が変だ」

「真顔で言うな、照れるし。笑い方はしょうがねぇだろ」

「一つぐらいは、欠点があった方がいいよ。世の中の平凡や、それ以下が救われない。あ、そこに俺も入ってるから」


思ったことを言っただけなのに、高篠にまた笑われた。マークについては、俺が打ち間違えたんだけど、最初のメールの内容は由良川が考えたから、次のメールを見て同一人物か?と疑うのも当然だ。


「断られても、会ってきちんと謝りたかった。イメージが変わった相手に、興味が湧いたのも少しある。痕が消えるまで、1週間はかかりそうだったし、一旦引くにはちょうどいいと思って」

「だから、あんな言い方をしたのか。いつメールが入ってくるかわからなかったから、気になって悶々と過ごしてたよ」

「俺も、内ももの痕が最後まで消えなくて、悶々としていた。3度目のメールをもらって、どんな相手でも必ず会おうと決めたから、ちょうどいいと思った期間が、すげぇ長く感じた」


やっぱり、あの場所がラストだったか。そこを眺めて悶々とする高篠を想像してしまった。…ウン、忘れよう。顔面に感じたずっしりとした質量が蘇ってきそうだ。


「なんで、必ず会おうって決めたんだ?」

「あのメールは、“もう忘れてくれ。”って、言ってるようなもんだろ?そんな風に言われたら、逆に忘れたくないと思った。俺が忘れなければ、相手も忘れないでいる気がしたし」

「…なるほど。勉強になるな」


恋の駆け引きテクを聞いている気分になり、使う当てもないのにウンウンと頷けば、高篠にまたまた笑われた。こいつの端正な顔は、笑うと親しみやすさがアップするから、何度でも笑えばいいと思った。


「やっと痕が全部消えたんで、会おうと思っているのを遠回しに伝えるつもりでメールをしたら、男だと告げられて一瞬、かなり戸惑った。でも、決意は変わらなかったんだ」

「だからすぐに、会うことはできないか?って、返信してくれたのか」

「そう。ぐだぐだと話したが、苦しそうな顔で謝ってばっかの才原に、悪い感情を抱くわけねぇし、気の強い女子じゃなくて、寧ろよかったと思っているくらいだ」

「ありがとう。高篠と会う前は、罪悪感しかなかったけど、それが薄れて気持ちがすごく楽になった」

「泣いて、すっきりしたのもあるし?」

「それは言うなよ…」


顔がまた熱くなるのを感じて、うつむきながら告げると、高篠が声をあげて笑った。俺もうつむいたまま、こっそりと笑ってしまった。

気が軽くなったら、腹のムシが派手に鳴いたので、高篠に勧められたケーキを頼むことにした。その音をしっかり聞かれて笑い声で、「ブッ、ケーキはモンブランがおすすめ」と、言われたことは、恥ずかしくて仕方がないので思い出したくもない。


「普通よりサイズがでかいし、超うまそう」

「ようやくちゃんと笑ったな。…やらされたんだろ?才原の意思じゃない」

「…ごめん。それは言えない」

「わりぃ。またそんな顔にさせるつもりはなかったんだ。笑った顔のがいいし」

「高篠のおかげで笑えるようになった。それは言えるよ。ありがとう」

「才原って、裏切らずに、最後まで味方でいてくれそう」

「どうだろ?悪いやつの味方は無理だけど、高篠だったら、最後まで味方でいてやれそうだな」


悪いやつ=由良川だとしたら、悪いやつの味方もできなくはないか…。いやいやいや、あいつの味方になった覚えはない。健闘を祈りあった後、バイトで会っても報告がない。こっちからはあえて聞かないでいるが、チカちゃんとはどうなったんだろう。


「俺への評価が高すぎねぇ?」

「妥当だよ。いいやつすぎても嫌味だから、もっと悪いやつになった方がいいけど」

「ブッ、なんだそりゃ。腹痛ぇ…腹筋が壊れそう」

「そんなヤワじゃないだろ。あのバキバキの腹筋が、笑いすぎでポヨンポヨンになったらいいのに」

「バキバキ?…そっか、腹にも吸い付いてたか。そんな大層なもんじゃねぇし。ポヨンポヨンって。ブッ、笑える」

「あっ…!」

「お褒めいただき、ありがとう」


墓穴を掘ったことに気づいて顔が熱くなる俺を見て、高篠がニカッと笑いながら礼を言ってきた。墓穴でも何でもいいから、穴があったら入りたい…。

うつむきつつ、モンブランを食べることで、気まずさから逃避しようとしたら、高條が「食え、食え」と言いながら、ガトーショコラを半分わけてくれた。俺が女子なら、目の前に座るこの男に間違いなく惚れていただろう。


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