誘惑なんてしてないから

ミナクオ

文字の大きさ
9 / 18

笑いすぎの高條と、罪悪感が薄れた才原

しおりを挟む
涙を止めようと努力したけど、優に5分はかかってしまった。その間、高篠たかじょうは何も言わずに待っていてくれた。


「ごめん。もう大丈夫だから」

「気にすんなよ。…才原さいはらのイメージがどんどん変わっていく」

「吸い付き魔な上に、女々しいなんて、キモくて超最悪だよな」

「吸い付き魔!ブッ、笑える。…わりぃ。悪い方じゃない、その逆。最初のメールを見て、付けられた痕もあれだったし、けっこう気の強い女子かと思ったんだ。まったく記憶がなくても、怒らせたのは俺だし、まず謝ってから責任を取らなきゃなと」


由良川ゆらかわが言っていたように、そんな状況でも、責任を取ろうとしていたのか。いいやつすぎて、また涙が出そうだ。


「そしたら、次のメールで、マークミスで怒ってないし、罪悪感で会えないって謝ってくるだろ。気の強さはどこにもなくて、同一人物か?って疑ったほどだ」

「本当は、ハートを入れるつもりだったんだよ」

「ブッ、なぜ怒筋どすじになった?才原って、ちょいちょい笑わせてくれるよな」

「高篠は、めちゃくちゃカッコいいくせに、笑い方が変だ」

「真顔で言うな、照れるし。笑い方はしょうがねぇだろ」

「一つぐらいは、欠点があった方がいいよ。世の中の平凡や、それ以下が救われない。あ、そこに俺も入ってるから」


思ったことを言っただけなのに、高篠にまた笑われた。マークについては、俺が打ち間違えたんだけど、最初のメールの内容は由良川が考えたから、次のメールを見て同一人物か?と疑うのも当然だ。


「断られても、会ってきちんと謝りたかった。イメージが変わった相手に、興味が湧いたのも少しある。痕が消えるまで、1週間はかかりそうだったし、一旦引くにはちょうどいいと思って」

「だから、あんな言い方をしたのか。いつメールが入ってくるかわからなかったから、気になって悶々と過ごしてたよ」

「俺も、内ももの痕が最後まで消えなくて、悶々としていた。3度目のメールをもらって、どんな相手でも必ず会おうと決めたから、ちょうどいいと思った期間が、すげぇ長く感じた」


やっぱり、あの場所がラストだったか。そこを眺めて悶々とする高篠を想像してしまった。…ウン、忘れよう。顔面に感じたずっしりとした質量が蘇ってきそうだ。


「なんで、必ず会おうって決めたんだ?」

「あのメールは、“もう忘れてくれ。”って、言ってるようなもんだろ?そんな風に言われたら、逆に忘れたくないと思った。俺が忘れなければ、相手も忘れないでいる気がしたし」

「…なるほど。勉強になるな」


恋の駆け引きテクを聞いている気分になり、使う当てもないのにウンウンと頷けば、高篠にまたまた笑われた。こいつの端正な顔は、笑うと親しみやすさがアップするから、何度でも笑えばいいと思った。


「やっと痕が全部消えたんで、会おうと思っているのを遠回しに伝えるつもりでメールをしたら、男だと告げられて一瞬、かなり戸惑った。でも、決意は変わらなかったんだ」

「だからすぐに、会うことはできないか?って、返信してくれたのか」

「そう。ぐだぐだと話したが、苦しそうな顔で謝ってばっかの才原に、悪い感情を抱くわけねぇし、気の強い女子じゃなくて、寧ろよかったと思っているくらいだ」

「ありがとう。高篠と会う前は、罪悪感しかなかったけど、それが薄れて気持ちがすごく楽になった」

「泣いて、すっきりしたのもあるし?」

「それは言うなよ…」


顔がまた熱くなるのを感じて、うつむきながら告げると、高篠が声をあげて笑った。俺もうつむいたまま、こっそりと笑ってしまった。

気が軽くなったら、腹のムシが派手に鳴いたので、高篠に勧められたケーキを頼むことにした。その音をしっかり聞かれて笑い声で、「ブッ、ケーキはモンブランがおすすめ」と、言われたことは、恥ずかしくて仕方がないので思い出したくもない。


「普通よりサイズがでかいし、超うまそう」

「ようやくちゃんと笑ったな。…やらされたんだろ?才原の意思じゃない」

「…ごめん。それは言えない」

「わりぃ。またそんな顔にさせるつもりはなかったんだ。笑った顔のがいいし」

「高篠のおかげで笑えるようになった。それは言えるよ。ありがとう」

「才原って、裏切らずに、最後まで味方でいてくれそう」

「どうだろ?悪いやつの味方は無理だけど、高篠だったら、最後まで味方でいてやれそうだな」


悪いやつ=由良川だとしたら、悪いやつの味方もできなくはないか…。いやいやいや、あいつの味方になった覚えはない。健闘を祈りあった後、バイトで会っても報告がない。こっちからはあえて聞かないでいるが、チカちゃんとはどうなったんだろう。


「俺への評価が高すぎねぇ?」

「妥当だよ。いいやつすぎても嫌味だから、もっと悪いやつになった方がいいけど」

「ブッ、なんだそりゃ。腹痛ぇ…腹筋が壊れそう」

「そんなヤワじゃないだろ。あのバキバキの腹筋が、笑いすぎでポヨンポヨンになったらいいのに」

「バキバキ?…そっか、腹にも吸い付いてたか。そんな大層なもんじゃねぇし。ポヨンポヨンって。ブッ、笑える」

「あっ…!」

「お褒めいただき、ありがとう」


墓穴を掘ったことに気づいて顔が熱くなる俺を見て、高篠がニカッと笑いながら礼を言ってきた。墓穴でも何でもいいから、穴があったら入りたい…。

うつむきつつ、モンブランを食べることで、気まずさから逃避しようとしたら、高條が「食え、食え」と言いながら、ガトーショコラを半分わけてくれた。俺が女子なら、目の前に座るこの男に間違いなく惚れていただろう。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...