誘惑なんてしてないから

ミナクオ

文字の大きさ
14 / 18

約束をさせる高篠と、約束を守る才原

しおりを挟む
「そんな顔すんなよ、才原さいはら。誤解を招きそうなことは、口に出さないよう心がけている。普段はかわいいとか気軽に言わねぇし、使う相手は見極めているつもりだ」

「自覚があるならいいけど、気をつけろよ。高條たかじょうにも相手にもいいことないから」


顔は熱いままだったけど、なじるような視線を高條に送れば、ニカッと笑いながらそう返された。


「わかってるって。才原がかわいいのは本当だし、おまえにだから使うんだ。」

「…かわいくないから、使わなくていいよ」


とてつもなく端正な笑顔で、何度もかわいいと言われ、俺にだから使うと付け足されたら、これまで感じたことがない種類の情が湧いてきて、ますます顔が熱くなった。

男相手にこんな気持ちになっていいのか?と思ったけど、この歳でかわいいなんて異性にだって言われたことがないので、性別の違いは比べようがなかった。なんとなく、高篠に言われたからだと思わなくもなかったが、そこは気づかないふりをした。


「顔から首まで、ゆでダコみてぇに真っ赤だ」

「ムグッ!…急になんだよ」

「どんな表情してんのかと思って。それにしても、才原のほっぺたは女子並みに柔らけぇな」


高條に、親指と人差し指で挟むようにして両頬を摘まれ、うつむいていた顔を上げた。指圧されて頬が凹み、唇がムニュッとくちばしのごとく突き出したマヌケ面を晒す羽目になった。すぐに手を離されたから不快感はなく、高條のコメントに自分の頬をふにふにと触ってみた。


「へー?ほー?…ウーン、大したことないな」

「ブッ!大したことねぇって、なんだそりゃ」

「女子のほっぺたってもっと柔らかいもんだと勝手に想像していたけど、こんなもんかと思ってさ。彼女がいたことないし、そんな機会もなかったから」

「そういうことか。…また触っていい?」

「別にいいけど、高篠なら女子の触りたい放題じゃん…」

「そんなことねぇし」


上半身だけ向き合うと、頬が高篠の両手に包まれる。肌触りを楽しむように、やさしく撫でられたり、摘まれたりするのを目を伏せて受け入れていたけど、だんだんと恥ずかしくなってきた。またゆでダコみたいな色になっていると思う。


「…もういいだろ?」

「まだもう少し。この感触はやみつきになる」

「女子のを触れよ。不自由してないクセに…」

「いや、才原のがいい」


向ける相手を間違えているんじゃないか?と、疑うレベルのとろけた笑顔で言われて、一瞬、呼吸することを忘れた。由良川にバレたら笑われるだろうけど、これはもうタラシこまれたと認めるしかなかった。俺は、自分で思うよりずっとずっとチョロかった。

どんなリアクションをすればいいのかわからないし、ちょっと迷ったけど、高篠の両手はそのままに、話題を変えることにした。


「明日のバイト、由良川と同じシフトなんだ。チカちゃんとうまくいってたら、バイト後に奢らされるかも」

「えっ、逆じゃねぇ?結果はどうであれ、そこは由良川が奢るべきだろ」

「俺はもう見返りを得たんだ。あいつが奢るべき相手は高條だよ」

「それって割に合った見返りだったのか?俺と一緒に奢られても、才原はまだ足りねぇ位だろ。由良川に誘われたら俺に連絡するって約束な?」


高篠を直視できなくて、また目を伏せて話していると、顔をそっと持ち上げられた。数センチの距離にさっきと同じ高條の笑顔があった。見惚れてポヤーッとしているうちに、「返事は?」と促され、反射的に「うん」と答えてしまった。

それから、最寄の駅まで歩いてそこで高篠と別れた。アパートに帰ってからも、しばらくぼんやりしてしまう程に内容の濃い半日だった。





翌日、バイト先に到着すると、由良川が翔ぶようにして駆け寄ってきた。


「才原、バイトが終わったら話を聞いてくれ!」

「いいけど、そこに高篠を呼んでも構わないか?」

「構わんよ!じゃあ、後でな!」

「おう」


由良川の表情からは、うまくいったともいってないとも判断がつかなかった。暗い雰囲気ではなかったから、うまくいったのか?そうであるなら、喜びを爆発させて落ち着かない素振りを見せるかと思っていたので、いつもと変わらない様子に肩透かしを食らった感じがした。

由良川に誘われたことと、バイトが終わるおおよその時間、バイト先から近いファミレスの場所を高條宛に送ると、すぐに既読がついて「了解」と、短いメッセージが入った。バイト先はどちらかと言えば、俺が通う大学より高條達が通う大学の方が近いから、そのファミレスは心得たもんだろう。




「高篠はいつ来るって?」

「了解って入ってたから、じきに来ると思う」


バイトが終わり、いつもと同じファミレスに移動した。四人掛けの席に由良川と対面で座り、ぱらぱらとメニューを眺めていると、高篠が颯爽と現れて俺の隣に腰を下ろした。


「わりぃ。待たせた」

「俺達もついさっき来たところ。高篠は何食べる?」

「そうだな…。バイトは忙しかった?」

「まあ、そこそこ。…なんだよ」

「やみつきになるって言っただろ」


笑顔の高篠に、片方の頬を指で突っつかれて、じわじわと顔が熱くなった。嫌じゃないのが余計に恥ずかしい。むしろ、もっと触って欲しくてそっちへ顔を向けると、高篠が両手で俺の両方の頬を弄ってきた。


「もしもーし!俺の存在は完全に無視か?ガン無視か?いきなりイチャつき始めやがって!知らぬ間に、どんだけ仲良くなってんだって感じだわ~!おまえらは、俺の話を聞きに来たんだろ!?」


由良川の怒声を聞いて我に返った。そうだった。顔を熱くしながら、うっとりとしている場合じゃなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...