だって僕はNPCだから

枕崎 純之助

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第四章 城下町紛争狂騒曲

第3話 多勢に無勢! 絶体絶命の魔女!

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「虫けらども! 我が至高の闇に飲み込まれて滅び去れ!」

 ミランダの朗々たる声が辺りに響き渡ると、戦闘が繰り広げられている広場は異様な緊迫感で満たされていく。
 戦いが進み、ついにミランダの最も得意とする死の魔法・死神の接吻デモンズキッス炸裂さくれつした。
 ミランダが伝家の宝刀を連発し始めるとプレイヤー達の間からどよめきが上がり、そんな彼らを黒いきり状のドクロが飲み込んでいく。
 運に恵まれない人から死神の手に捕らえられ、次々と命を落としていった。

 戦局はミランダのペースとなった。
 でも、それは裏を返せばミランダのダメージがライフゲージの半分に達したということだ。
 1対1の戦いならいざ知らず、これだけ多数の相手を前にしている現状ではミランダの危機であるという事実はくつがえりようがない。

 今だって死神の接吻デモンズキッスをくぐり抜けた数名のプレイヤーがミランダに攻撃を仕掛けていて、そのうちの一人の刃がミランダの腕を傷つけた。
 ミランダは怒りのまま黒鎖杖バーゲストを振るい、そのプレイヤーを叩き伏せる。
 だけどダメージは確実にミランダの体をむしばんでいた。

 そんなミランダを見ていられなくて、僕は黒い鎖から逃れようと必死にもがいた。
 無駄だと知りながら、そうせずにはいられなかった。
 僕はもう見たくないんだ。
 ミランダが倒されるところなんて二度と見たくない。

 接近してくる敵を黒鎖杖バーゲストで排除しつつ死神の接吻デモンズキッスを放つための間合いを確保するべく敵との距離を取ろうとするミランダだけど、彼女を囲むプレイヤーたちの包囲網は確実にせばまっていて、今や彼女が動ける範囲は限られてしまっている。
 ミランダのライフゲージがかなり削られてきていることがプレイヤー達を勇気付けたみたいで、彼らは玉砕覚悟でミランダに向かっていく。
 向かっていくうちの3人に1人が死神の接吻デモンズキッスで命を落とし、もう1人がミランダの振るう黒鎖杖バーゲストで打ち倒されるも、残る1人がミランダに斬りつけてダメージを与えるといったペースで戦いが進んでいく。

 やばい……やばいぞ。
 自分を斬りつけたプレイヤーを憤怒の表情で打ち倒すミランダだけど、その体はすでに傷だらけだった。
 僕は腕や足がちぎれるんじゃないかと思うほど力の限り、鎖の拘束から抜け出そうとした。
 その甲斐かいあってか鎖は少しずつ緩み始めていた。

 いや、違う。
 ミランダが弱ってきているんだ。
 彼女の魔力の低下がこの鎖の拘束力を弱めている。
 その事実がより一層、僕のあせりを強くした。

 くそっ! 
 動け動け動け!
 プレイヤーの数もかなり減って残り50~60人ほどになっている。
 ミランダはよっぽど頑張ったんだ。

 だけどさっきまで猛威をふるっていた死神の接吻デモンズキッスは徐々にそのペースを落とし、ミランダは肩で息をしながらとうとう苦しげに片膝かたひざを地面についてしまった。
 もう魔力量が限界に近いんだろう。
 あれだけ魔法を連発していればそうなるはずだ。

 クソッ! 
 ミランダがたった一人であんなに危険な状態でいるのに、誰かの助けが必要な時なのに、どうして僕は何も出来ないんだ!
 そう思った矢先のことだった。

「あ、あれっ?」

 ほんのわずかに僕の身が軽くなった。
 僕の腰に下げていた呪いの剣がふいに重さを失ったように思えたんだ。
 思わず自分の腰に目をやり、僕は驚きに息を飲んだ。
 刀身の周りに施された白と黒の一対のへびの装飾が、まるで生きているかのようにうごめき出したんだ。

 二匹のへびはそれぞれ僕の足を伝って、両足首と両手首を拘束している黒い鎖に達する。
 ガチャンという金属音が聞こえたかと思うと、ふいに手足が軽くなった。
 僕を拘束していた黒い鎖が、白と黒のへびによってみ切られていた。

 急に体の自由を得た僕は思わずバランスを崩しそうになり、咄嗟とっさに鉄杭にしがみつく。
 うごめいていたはずの白と黒のへびたちは、刀身の周りに戻ると再び元の動かぬ装飾になった。

「な、何で? どうして?」

 不可解な現象に驚きつつも、その疑問は自分が置かれている状況によって吹き飛んだ。
 僕は下を見て背筋が凍るのを感じた。
 目もくらむような高さとはこのことだ。
 いくら僕がライフゲージのないキャラだからって、こんな高いところから落ちたらどれだけ痛いか、そして落下がいかに怖いか、それを想像するだけで震え上がってしまう。

「ミ、ミランダを助けなきゃ。彼女のそばに行かなくちゃ」

 僕は震えるくちびるみ締め、声にならない声をしぼり出した。
 だけど、足がすくんでたった一歩が踏み出せない。
 僕は頭の中で何度も何度も繰り返し願った。
 この情けないヘタレの背中を誰かがひと思いに押してくれればいいのに、と。

 きっとジェネットがいてくれたら優しく微笑んでそっと僕の背中を押してくれただろう。
 僕の脳裏にジェネットの姿や声が、そしてその言動の数々が鮮明によみがえる。
 そして、もしミランダだったらとっくに僕を蹴り落としているだろう。
 煮え切らない僕の態度に苛立いらだちながら。
 ミランダの鋭い目つきやサディスティックなその振る舞いの数々が思い起こされる。

 だけどすぐにそれらは別の思い出に変わった。
 楽しかったミランダとの日々。
 ジェネットに敗れて倒れる寸前のミランダの笑顔。
 そして僕のために一緒に行動してくれたジェネットの優しさ。
 そのために倒されてしまったジェネットの清らかな亡骸なきがら
 
 そして……そしてミランダが僕に残してくれたあの手紙に書かれた彼女の思い。
 自然と胸の奥に熱いものがこみ上げ、足の震えが止まる。

 そうだ。
 今ここで僕の背中を押すのはミランダでもジェネットでもない。
 足を踏み出すのは他ならぬ僕自身でしかないんだ!

 僕は歯を食いしばって下を向いた。
 高所にいるという事実を思い知らされるから本当は下なんか見たくもない。
 だけど、そこにはミランダの姿がある。
 僕はミランダを見ていなくちゃならないんだ。
 今この時こそ、ミランダがピンチの今この瞬間こそ、絶対に彼女から目を離すわけにはいかないんだ。

 だって……だって僕はNPCだから。
 誰よりも一番近くでミランダを見ていたNPCだから!

 僕はミランダの姿を視界に捉えたまま、尖塔せんとうの屋根を思い切り蹴って宙に身をおどらせた。
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