だって僕はNPCだから

枕崎 純之助

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第四章 城下町紛争狂騒曲

第4話 死に物狂いダイブ!

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「うおおおあああああああああああっ!」

 体が宙に投げ出される。
 踏みしめる大地のない不安感はすぐに急速落下による絶望的な恐怖心に取って代わり、それは一瞬で僕の意識を刈り取ってしまった。
 だけどそのすぐ後、僕の体をいまだかつて感じたことのないほどの衝撃が襲った。

「うがっ!」

 僕の体は地面に叩きつけられたらしく、気がおかしくなるんじゃないかというほどの衝撃に襲われて目を覚ます。
 僕は地面の上に転がっていた。

「か、かはっ!」

 全身が麻痺まひしてしまったかのような鈍い痛みに包まれていた。
 か、体にまったく力が入らない。
 そして僕はすぐにまた意識が遠のきかけた。
 プレイヤーだったらこうやって死んでいくんだろうな。
 だけどNPCの僕は違った。
 ほどなくして耐え難い激痛が体中に襲いかかってきた。

 うぐっ! 
 何だこれ!

「いぎぇぇぇぇぇ!」

 腕や足がきしむような悲鳴を上げている。
 胴体が今なおなぐられ続けているようだ。
 痛みというシグナルが狂った洪水こうずい奔流ほんりゅうのように体中を駆け巡る。
 まるで体の中から無数の小人に針で刺され続けているみたいで、僕は耐え切れずに地面の上をのた打ち回った。

「ふぅああああああ!」

 痛い! 
 痛すぎる!

 狂ってしまいそうなほどの痛みをまぎらわせようと僕は何度も何度も地面に頭を打ちつけた。
 次第に僕の体の中で痛みを感じる機能が麻痺まひ、あるいは混乱し始めたのか、痛みそのものは徐々に薄れていった。
 十数度に渡る大地への頭突きを敢行かんこうし終え、僕は無理やりに顔を上げた。
 周囲ではその場にいるプレイヤー、サポートNPC、そしてミランダまでもが呆然ぼうぜんとした表情で僕の奇態を見つめていた。

 そりゃそうだ。
 いきなり変な奴が空から降ってきて地面に激突し、のた打ち回った挙句あげくに地面に何度も己の頭を打ちつけてるんだから、見ている彼らはさぞかし薄ら寒かったことだろう。
 誰だって唖然あぜんとしちゃうよ。

「な、何やってんのよアンタ」

 僕の奇怪な様子を見たミランダは地面に片膝かたひざをついたままの姿勢で、理解できないといった顔をしてそうつぶやいた。
 僕に向けるその視線には戸惑いと怒りが入り混じっている。

「ミ、ミランダ」

 僕がそう声をかけようとしたその時、背後から誰かが僕の背中を強く蹴りつけた。

「うげっ!」

 僕は思わず前につんのめって倒れ込んでしまった。
 そんな僕の背中に荒っぽい声がかけられた。

「このモグラ野郎。どこに消えたのかと思ったら、こんなところにいやがったか。とうとう魔女ミランダに寝返ったのか? 王城の兵士にあるまじき背信行為だな」

 そう言って僕を見下ろしたのはリードだった。
 彼は僧侶のドレイクを除く仲間を伴ってこの戦いに参戦していたようだ。
 そうか。
 あれからすぐ城下町に駆けつけたのか。

 今まで状況を呆然ぼうぜんと見ていたほかのプレイヤーやサポートNPCたちが彼の声で我に返り、僕とミランダをにらみつける。
 そして、やれ裏切り者だ、魔女の手先だと口々に僕をののしった。
 僕はいまだに痛みの残る体を引きずるようにして、ミランダのそばに寄る。
 彼女はそんな僕の動きをじっと見つめていたけど、やがて口元をゆがめて自嘲気味に笑った。

「フン。見張りの兵士に哀れまれるようじゃ、私も潮時かもね」
「いいや。ここでそんなことを言うようじゃ、それこそ潮時だよ」
「何ですって?」

 僕の言葉を聞いた彼女は、その顔に浮かべていたいびつな笑みを消してまゆを潜めた。
 僕は彼女の視線をまっすぐ受け止めた。
 怖いけど、もう目はそらさないぞ。

「今の君がどう思おうと、僕の知っているミランダはこんなときでも弱音を吐いたりしない。ゲームオーバーのその瞬間まで傲岸不遜ごうがんふそんに笑っている。それが僕の知っている闇の魔女・ミランダだ」

 僕がそう言うとミランダは少しだけ悔しそうに、だけど珍しく神妙な面持ちでそれ以上は何も言い返そうとはしなかった。
 そんな彼女に僕は呪いの剣『タリオ』を差し出した。
 この剣からは常に魔力があふれ出ている。

「あんた。このに及んで、どうしてそこまで……」

 ミランダはまゆを潜めて僕を見る。
 理解に苦しんでいる顔だ。

「これは君の一部なんだ。これを手にすれば本来の君を取り戻せるかもしれない。そうしたらきっと少しは魔力量が戻るはずだ。ここから離脱して……」

 その言葉の途中で僕の背後から大きな声が上がった。

「魔女はもう虫の息だ! 外からの援軍に手柄てがらを横取りされる前にやっちまえ!」

 それは僕らを取り囲む包囲網の最前列にいたリードの声だった。
 リードのその言葉が引き金となり、広場は再び殺気立った。
 いきり立つプレイヤーやサポートNPCたちが僕らに襲い掛かってくる。

 僕はとっさに呪いの剣を強引にでもミランダに手渡そうとした。
 だけどその前にプレイヤー達に背後から肩や腕をつかまれてその場に引き倒され、もみくちゃにされてしまった。
 ミランダにもプレイヤーたちが殺到する。

 彼女は気力を振り絞って黒鎖杖バーゲストを振るい、近づいてくる敵を一人二人となぐり倒した。
 だけどそんな彼女の背後からプレイヤーの一人が近づき、ミランダを羽交はがめにした。

「ミランダー!」

 僕は数人の相手に押さえつけられながら、声の限りに叫んだけど、それも喧騒の中にむなしくかき消されてしまう。
 ミランダは羽交はがめにされ、懸命にこれを振りほどこうとしているけど、体力を消耗している今の彼女ではそれは叶わなかった。

 そして僕はハッとした。
 ミランダを背後から押さえつけているのは、あろうことかリードだった。

「今だ! ダニエラ!」

 リードは自分がサポートをしている女子プレイヤーのダニエラにトドメを刺すよう促した。
 おそらく花を持たせるつもりなんだろう。
 当のダニエラは有頂天になって魔力を集中し始めている。

「一番いいところを私のために用意してくれるなんて感激ぃ! さすが私のリード。魔女の首、も~らいっ!」

 そう言うダニエラをミランダはにらみつけた。

「尻の軽いビッチにくれてやるほど私の首は安くないわよ」

 そう言うとミランダは大きく口を開け、そこからダニエラに向けて黒炎弾ヘルバレットを吐き出した。

「きゃあっ!」

 そんな攻撃は予想してなかったんだろう。
 ダニエラは悲鳴を上げて必死に体をよじる。
 直撃こそ避けたものの黒炎弾ヘルバレットはダニエラの頭のすぐ横を通り抜け、彼女の右即頭部の髪をチリチリに焼いてしまった。
 自慢の髪を焼かれたダニエラは数秒の間、我を失って立ち尽くしていたけど、すぐに怒りで顔を真っ赤に染めてミランダに詰め寄った。

「ビッチはテメーだろ! ふざッけんなッ!」

 先ほどまでの口調とは打って変わって声を荒げるダニエラは、力任せにミランダのほほにビンタを食らわせた。
 バチンという音が鳴り響き、ミランダの左ほほが赤く染まる。
 だけどミランダは意地悪な笑みをその顔に浮かべたまま言った。

「似合ってるじゃない。何なら反対側も焼いてあげようか?」

 この言葉に激昂したダニエラはミランダの反対側のほほも張り、そのまま魔力を込めた指先をミランダの眼前に突きつけた。

「こっ、殺してやる! ブサイクな顔のまま凍りつけ!」

 そう言うダニエラの指先に魔法による冷気が集約されていく。

「ミランダ! 逃げろー!」

 僕は必死にそう叫んだけど、体力を大幅に削られている今のミランダにリードを振りほどいて脱出する力はない。
 ついにダニエラの指から氷結魔法が放たれ、ミランダの周囲が白く染まった。
 ミランダの名を叫び続ける僕の前で、彼女に最後が訪れようとしていた。
 周囲が白く染まっていく。

 だけど僕はそのまばゆさに目を細めながら、驚きのあまり口を大きく開けた。
 なぜならそのまばゆい光は冷気によるものではなく、空から飛来したものだったからだ。
 上空から舞い降りたのは輝く光の矢であり、それは一直線にダニエラの胸を貫いた。

「なっ……」

 ダニエラは信じられないといった顔で口から血を吐いて倒れ、そのまま絶命した。
 さらに光の矢は僕の周りにも降り注ぎ、僕を押さえつけているプレイヤーたちを漏らさず討ち果たした。 
 体の自由を得た僕は思わず上空を見上げていた。
 僕の体の中に新たな感覚が芽吹いている。
 呪いの剣『タリオ』の影響によってミランダの存在を感じ取れるようになっていた僕は、もう一つ新たな存在を感じ取っていた。
 僕の体の中に息づくフログラムが、僕が良く知る存在がすぐ近くに突如として現れたことを知らせていたんだ。

 そこには清らかな光のうずに包まれた聖女の姿があった。
 彼女は朗々たる声で名乗りを上げる。

「神のしもべたるこの身をここに復活し、尼僧にそうジェネット、ただいま参上仕さんじょうつかまつりました」
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