だって僕はNPCだから

枕崎 純之助

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第四章 城下町紛争狂騒曲

第5話 罪と罰

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「神のしもべたるこの身をここに復活し、尼僧にそうジェネット、ただいま参上仕さんじょうつかまつりました」

 目の前に現れた神々しいその姿に僕は歓喜のあまり叫び声を上げていた。

「ジェネット!」

 そう。
 信じられないが、そこにいたのは確かに光の尼僧にそう・ジェネットだった。
 彼女はミランダに倒されて以降、姿を消していたはずだ。

「そちらの兵士様は私の大切なご友人。その方への乱暴狼藉らんぼうろうぜきを働いたあなた方には相応の報いを受けてもらいましょう」

 毅然きぜんとした口調でそう言うとジェネットは僕を見下ろして優しく微笑んだ。

「ジェネット! どうしてここに?」

 僕の問いにジェネットは優雅な仕草で懲悪杖アストレアを脇に構えると笑顔のまま答えた。

「駆けつけるのが遅れて申し訳ありません。色々と準備に手間取ってしまいました」

 戦場にありながらその穏やかな物腰と口調は彼女の神聖さを揺るぎないものにしていた。
 それにしても不思議で仕方ない。
 僕は恐る恐る尋ねた。

「ジェネット。僕のことを覚えているの?」

 彼女はシェラングーンの戦いでミランダに敗れてゲームオーバーになったはずだった。
 ライバルNPCである彼女ならミランダ同様に初期化されて記憶も消去され、僕のことは覚えていないはずだ。
 だけどジェネットは迷いのない表情で言った。

「あなたは私の良き友人です。決して忘れはしません」

 そう言うとジェネットは上空から降下してきて僕のすぐそばに降り立った。
 間近で見る彼女は間違いなく僕のよく知るジェネットだった。
 僕は思わず涙が出そうになるのをグッとこらえながら、震える声で尋ねた。

「ジェネット。君は確かにあの時ゲームオーバーになったはず……」

 そう言う僕を彼女は手で制した。

「この場を切り抜けたらお話ししましょう。私の本当の役目と、あなたに出会った理由を」

 涼やかな笑顔でそう言うとジェネットは、ミランダを羽交はがめにしたまま呆気あっけに取られた表情をしているリードの背後に素早く回り込む。
 反応が遅れたリードはすぐさまミランダを放り出すとジェネットに応戦しようとしたけど、彼女のほうが一瞬早かった。
 ジェネットの懲悪杖アストレアの一撃がリードの腹部をえぐる。

「うぐっ!」

 懲悪杖アストレアの先端でみぞおちを突かれ、リードはくぐもった声を漏らしてその場にうずくまった。

「てっ……てめえ」

 苦痛と悔しさでその顔をゆがめながら、それでもリードはジェネットの体につかみかかろうとする。
 だけどジェネットはまるでゴルフのスイングのように懲悪杖アストレアを豪快に振り、杖の先でリードのあごを突き上げた。
 激しい一撃にリードの体は打ち上げられ、十数メートル先の地面に落下して動かなくなった。

 す、すごい……相変わらずすきのない強さだ。
 体の自由を取り戻して地面に両膝りょうひざをついているミランダを見下ろすと、ジェネットは整然と告げる。

「魔女ミランダ。私はこちらの兵士様を助けるためにせ参じました。あなたを助けるわけではありませんので誤解のないように」
 
 その言葉にミランダは眉根まゆねを寄せた。

「フンッ! 忌々いまいましい神の下僕なんかに助けられるのはこっちだって願い下げだわ。降りかかる火の粉は私自身が振り払う」

 み付くようにそう言うと、ミランダは毅然きぜんと立ち上がった。
 その様子にジェネットは笑みを浮かべると、大勢のプレイヤー達を振り返った。
 そしてジェネットはまったく臆することなく、プレイヤーたちへと突撃する。

 プレイヤー達も徒党を組んでジェネットを阻止しようとするけど、ジェネットは懲悪杖アストレアを巧みに操って剣ややりの一撃を受け流し、神聖魔法を駆使してプレイヤー達を倒していく。
 僕はそんなジェネットの勇猛果敢ゆうもうかかんな戦いぶりを横目に、ミランダに再度、声をかけた。

「ミランダ。少しでも魔力を回復して、ここを脱出するんだ」

 そう言う僕は彼女に呪いの剣を差し出した。
 だけど彼女はにべもなくそれを付き返す。

「脱出なんかしないわよ。私にナメたマネをしたコイツらに、きっちりと私の恐ろしさを分からせてあげるんだから」
「そ、そんな。ミラン……もがが」

 ミランダはいきなり僕の口に黒鎖杖バーゲストの先を押し当てた。

「あんた一体何なのよ? 王城の兵士のくせに魔女である私に気安く話しかけてんじゃないわよ。一体何が目的なの? 私に近づくことであんたに何の利得があるのよ」
 
 ミランダは怖い顔で僕をにらみつけてそう言う。
 僕はただ静かに、心の声をそのまま言葉にして伝えた。

「利得なんかじゃないよ。君は信じないだろうけど、僕たちは友達だったんだ」

 当然、ミランダは真顔で首を横に振る。
 そして僕の言葉を否定した。

「ウソばっかり。私があんたと友達になる道理なんてない。私に友達なんていない。必要ない!」

 彼女は強い口調でそう言う。
 だけど僕は落胆なんてしない。
 彼女の言う通りだから。
 僕たちは本当は友達になんてなるはずのなかった二人なんだ。

「そうだね。でも僕らはそんな道理を飛び越えて友達になったんだ」

 そう言うと僕は彼女に写真と手紙を差し出した。
 ミランダは警戒した表情ながら、そっと手を出してそれを受け取った。

「僕は君と初めて友達になったんだと思っていた。だけど、そうじゃなかったんだ」

 僕がそう言うと、そんな僕らから少し離れたところで大きなどよめきが上がる。
 ジェネットが懲悪杖アストレアを空に向けて高らかに叫んでいた。

「神のさばきをその身に受けよ。断罪の矢パニッシュメント

 彼女の掛け声とともに無数の光の矢が舞い降りる。
 矢の命中精度は恐ろしく高く、プレイヤーの体に次々と突き刺さっていく。
 その攻撃は特徴的で、多くのプレイヤーに同時にダメージを与えるだけでなく、一部のプレイヤーを集中的に狙っていた。

 狙われたプレイヤーは息つく間もなく頭や胸や腹を貫かれ、回復魔法を使う余裕もなく絶命した。
 命を落とさなかった他のプレイヤーらも大きなダメージを負い、その回復に努めるのに必死で、ジェネットへの攻撃もままならない。
 光の矢を放ち終えたジェネットは懲悪杖アストレアを掲げてそんなプレイヤーらの輪に飛び込んでいく。
 さっきジェネットに強烈な一撃をお見舞いされたリードはようやく立ち上がり、怒りで紅潮した顔をゆがめて吠えた。

「シスター! 魔女を助ける腹づもりか! どういう了見か知らないが、そっちにつく以上、容赦ようしゃはしない」

 この言葉にもジェネットは強気で言い返す。

容赦ようしゃしていただかなくとも結構。むしろ死ぬ気にならないとあなたの身が危険ですよ。こちらも手加減するつもりはございませんので」

 冷静さの中にも闘争心を感じさせるジェネットに、リードは怒り心頭で声を荒げた。

「ほざけっ!」

 リードは剣を抜くとジェネットに切りかかり、彼女はそれを真正面から懲悪杖アストレアで受ける。
 接近戦でジェネットを押し込もうとうするリードだけど、ジェネットは巧みにこれを受け流すと再び距離を取って神聖魔法を唱えた。
 上空から再び光の矢が雨のように降り注ぐ。

 ジェネットの奮闘を横目に見ながら僕はミランダに視線を戻した。
 ミランダは僕から受け取った写真を見ながら呆然ぼうぜんと目を見開いている。
 僕と彼女の二人が写っているその写真を見るミランダの表情は動揺と驚愕きょうがくに染まっていた。

「な、何よこれ。この写真は……」

 そう言う彼女に僕はありのままの真実を伝えた。

「君が尼僧にそうのジェネットに敗れる前に、僕と一緒に撮影した写真だ」

 僕の言葉にミランダはカッとなって声を荒げた。

「ウソをつきなさい! 私がこんな写真を撮るわけない!」
「ウソなんかじゃない! 僕たちは……僕たちは友達だったんだ!」
「黙れっ!」

 雷のようなミランダの怒声が響き渡り、僕は思わず身をすくませた。
 だけど僕は引き下がらなかった。
 ほんのひとかけらの勇気を振りしぼり、思いを吐き出した。

「だ……黙らないぞ。僕の話をミランダが聞いてくれるまで」

 必死に食い下がる僕に、ミランダは動揺を隠せないまま今度は手紙を開封した。
 そしてその目が先ほど以上の驚嘆に揺れる。

「こんなの……こんなの信じられない」

 その手紙が自分の筆跡であること、そして自分の所有物であることが分かったみたいだね。
 ミランダは自分のこめかみを抑えて顔をしかめた。
 まるで頭痛に耐えているかのように。

 彼女は今、揺れていた。
 そのことは表情を見ればすぐに分かる。
 今、ミランダの顔に浮かんでいるのは、先ほどまでのような魔女の冷徹な表情ではなく、一人の少女の不安げなそれだったからだ。

 今度こそ呪いの剣を受け取ってもらうぞ。
 僕は決意を持って足を踏み出そうとした。
 だけど、突如として両足に力が入らなくなり、僕はその場に倒れ込んでしまった。

「イタッ!」

 な、何だ? 
 まさか僕はこのに及んでもビビってるのか?
 そう思い、ヘタレな自分の足を見やった。
 だけど僕の両足は足首から下が消えて無くなっていた。

 ほえっ? 
 あ、足が無くなってるんですけど。
 何コレ? 
 何かのバグ?

 僕は自分の身に起きた出来事を理解出来ずに目をしばたかせた。
 僕の近くで立ち尽くしていたミランダも驚いて僕の足を見ている。

「あ、あんた。足はどうしたのよ?」
「あ、足は行方不明です」

 いや、マヌケな会話だけど僕だってよく分からないんだよ。
 その時、憎たらしい男の高笑いが聞こえてきて僕もミランダも声のする方に顔を向けた。
 そこに立っていたのはリードだった。
 彼はダニエラの亡骸なきがらたてにしてジェネットの矢から逃れていた。

 何て奴だ。
 イケメンの正体見たりだな。
 でも、そんなことよりも僕は彼の言葉に目を見張った。

「NPCとしての自分の役割を大きく逸脱いつだつした報いだ。モグラ野郎」

 そう言うとリードは得意げな顔で僕をにらみ据える。

「王城の兵士のくせに、魔女に肩入れしやがって。おまえの不正行為を本部に申請してやったんだよ。ようやく審査が完了したようだな」

 彼の言葉の意味を僕は理解した。
 NPCが不正行為を行ったと運営本部が認めた場合、そのNPCにはペナルティーが与えられる。
 その最も重い処分は……。

「おまえはもうすぐ消える。魔女の飼い犬に成り下がったおまえには相応のばつだ」

 そう。
 キャラクターデータの消去、すなわちNPCとしての死だった。
 もうすでにデータの分解消去が始まっているみたいで、僕の足は太もも付近まで消えてしまっていた。
 足の感覚が消え、立ち上がることも出来ない。

 ミランダはそんな僕を呆然ぼうぜんと見下ろしたままつぶやいた。
 
「ば、馬鹿な奴。こんな場所にしゃしゃり出て来るからよ。自業自得だわ」

 そう言う彼女の顔を見て僕はハッとした。
 うつろで力のないその声とは裏腹にミランダの顔は苦しげだったんだ。
 傍若無人ぼうじゃくぶじんみ嫌われる魔女だけど、きっとミランダだって苦しんできたんだ。
 それなのに僕は彼女を助けてあげられなかった。

 いくら自分の無力を悔いても僕の体はもうすでに腹部まで消えていて、力なく地面に横たわることしか出来ない。
 腰に下げていた呪いの剣『タリオ』もり所を失って、僕同様に地面に打ち捨てられている。
 僕は残された力を使って彼女に語りかけようとした。
 この呪いの剣を手にとって本当の君を取り戻すんだ。
 そう言いかけて僕は口を閉じた。

 ……それが彼女の望まないことだとしたら?
 僕は頭をなぐられたような衝撃を感じて唇をんだ。
 このに及んでそんなことに気が付くなんて。
 僕は独りよがりだった。

 呪いの剣さえ手渡せばミランダは元に戻り、それが彼女のためになるとばかり思い込んでいたんだ。
 きっと……きっと彼女は……。
 とうとう僕の体は首まで消えてしまい残ったのは頭だけだ。
 もう意識もどこかおぼろげになってしまっている。

 僕はミランダを見上げた。
 そしてせめてものつぐないとして心からの言葉を彼女に伝えた。

「ごめんね。ミランダ。ずっと僕、何も知らなくて。余計なお世話だろうけど……がんばれ。誰にも負けるな。僕はずっと君を応援して……る」

 意識が遠くなっていき、揺らぐ視界の中でミランダの顔がかすむ。
 彼女は何かを僕にうったえかけていたけれど、その声はもう聞こえない。
 僕が人生の最後に目にしたのは、ミランダの目からこぼれ落ちる大粒おおつぶの涙だった。
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