甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第23話 絶大な威力

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 ちゅうを飛ぶ黒い金属球を巨大な漆黒しっこくの鳥が追い続けていた。
 羽ばたきを見せるその両翼からはユラユラと魔気まきを立ち上らせている。
 怪鳥かいちょうフランチェスカは翼をはためかせて浮遊空間を滑空かっくうしながら、先ほどまで身の内でグツグツとえ立っていた激しい怒りが急速に冷えて静まっていくのを感じていた。

(たかが人間2人)

 フランチェスカにとって人間は矮小わいしょうな存在だった。
 その人間をたった二人殺すのにこうも手間取っている。
 久々に自分本来の肉体にもどり、あふれ出る力の制御せいぎょに慣れずにいる、というのも一因いちいんだったが、それ以上に冷静さを欠いていた己自身にフランチェスカは辟易へきえきした。
 あふれ出る力に陶酔とうすいし、その力を存分に振るって恋華れんか甘太郎あまたろうを八つきにしようとする気持ちが強すぎたのだ。

 人間一人を殺すのに大砲は必要ない。
 小さな刃のひとしだけで十分だった。
 そうかえりみると、フランチェスカは前方に発見した黒い金属球に声を立てずに近寄った。
 そして回り込むように飛翔ひしょうすると、燃えさかつめで金属球を鷲掴わしづかみにした。
 高熱にさらされた金属球からは、黒いけむり濛々もうもうと立ち上る。

 そしてフランチェスカはもう一方のつめで金属球を反対側からもつかんだ。
 フランチェスカの燃えさかつめで両側から包み込むようにつかまれている金属球からは、いきおいを増して黒いけむり噴出ふんしゅつする。
 その様子を見つめるフランチェスカの目からは先ほどまでのような興奮こうふんの色は消えせていた。
 そこにはただ冷酷れいこくな光が宿るだけだ。

(このままし殺してやる。何らかの手段で金属球から脱出しても、その瞬間に焼死だ)

 フランチェスカは冷静かつ確実に恋華れんか甘太郎あまたろうを殺しにかかっていた。
 もはや己の嗜虐しぎゃく心を満たすような振る舞いをするつもりはない。
 ただ相手の命をうばうことのみに集中するフランチェスカによってつかまれた金属球は、中にいる人間が到底とうてい無事では済まないほどに熱せられていた。

し焼きか。存外にもろいものだな。人とはそういうもの……』

 そう言いかけたフランチェスカの両目が大きく見開かれた。
 フランチェスカの燃えさかつめで固定されていた金属球から、突如とつじょとして猛烈な火花が舞い散ったのだ。
 フランチェスカはそのつめから足にかけて、今までに感じたことのないほどの痛みを感じ、声を上げていた。

『ぐあああああああっ!』

 金属球から発せられた火花はフランチェスカのつめつたって足首辺りまで伝染でんせんし、あわてたフランチェスカは咄嗟とっさに金属球を放り出した。
 ただの火花ではない。
 それは自分を滅するたぐいの、フランチェスカにとって忌避きひすべき危険な火花だった。
 それをさとったフランチェスカはたまらず怨嗟えんさの声を上げる。

『ぐううううっ! どういうことだ!』

 金属球がスッと消え去り、その中からは恋華れんか甘太郎あまたろうが姿を現した。
 二人はし焼かれることもなくピンピンしている。
 不可解なものでも見るかのようにフランチェスカは苛立いらだった声をらした。

『あれだけの高熱を浴びながら貴様らは生きびたというのか』

 甘太郎あまたろう恋華れんかと手をつないだまま、不敵なみを浮かべた。

「俺も力の使い方を少しは分かってきたってことだ。熱が中に伝わらないように工夫くふうすることが出来るくらいにな。そんなことより、自分の心配をしたらどうだ。ご自慢じまんつめが無残なことになってるぜ」

 挑発ちょうはつ的な甘太郎あまたろうの言葉にフランチェスカはハッとしておのれつめを見やる。
 そして絶句ぜっくした。
 フランチェスカの燃えさかる炎のつめはすっかり鎮火ちんかされ、消し炭のような黒いつめあわれな姿をさらしている。
 信じられないものを見るかのようにフランチェスカはしばし茫然自失ぼうぜんじしつとなった。

梓川あずさがわ恋華れんか。貴様いったい何を……』

 そう言いかけたフランチェスカは恋華れんかの右手でかがやく緑色の光を目にした。
 そしてそれが恋華れんかが新たに得た力であることをさとると、フランチェスカは初めて心の底からの脅威きょういを感じた。
 恋華れんかのその力には絶大な威力いりょくがあると認めざるを得なかった。
 足先にびた火花を全身に見舞みまわれればどのようなことになるのか、そのことを想像すると怒りとは異なる別の気持ちがき上がってくる。
 それが恐怖だということに気が付くと、フランチェスカはそれを振り払うように翼を大きく広げて恋華れんからの前に立ちはだかった。

『死への恐怖か。貴重きちょうな感情を経験させてもらったが、死ぬのは貴様らで生き残るのは私だ。それは微塵みじんるがぬ』

 フランチェスカの言葉は威圧いあつ的なだけではなく鬼気ききせまるものを感じさせたが、甘太郎あまたろうわきささえられた恋華れんかおくすることなく言い放った。

「ブレイン・クラッキングは必ず終わらせる。私が、私達があなたを修正してあげる!」

 怪鳥かいちょうフランチェスカの上げるけたたましい鳴き声がひびき渡り、はじかれたように戦いの火ぶたが切って落とされた。
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