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第151話 アーシュラの不安
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「暗殺は……失敗に終わりました」
アーシュラの報告を受けたクローディアは、その報告内容よりも彼女の怯えた様子に眉を潜めた。
ボルドと過ごした3日間を惜しみつつダニアの街にクローディアとして帰還した彼女は、十血長オーレリアの小言を一通り聞くと、私邸に戻った。
そんな彼女を待っていたのは、つい先ほど任務から戻ったアーシュラだった。
アーシュラから一通りの説明を受け終わるとクローディアは表情を変えずに頷く。
「そう。トバイアスと一緒にいたというその従者の女が相当な使い手だったってことね。で、あなたはその女に心当たりがあると。そういうことでしょ?」
アーシュラが直接そう言ったわけではないが、彼女の様子が明らかにおかしいため、クローディアはすぐにそのことに勘付いたのだ。
主の問いにアーシュラはわずかに目を見開き、いつものように目を合わせることなく頷いた。
「……はい。あれは……黒き魔女です」
「黒き魔女……あなたにとって両親の仇ね」
黒き魔女アメーリア。
彼女はアーシュラの父を殺した。
母親のことは直接殺したわけではないが、彼女から逃げるために大陸に渡ったことで母は大陸風邪という伝染病にかかってその闘病中に不慮の事故で命を落とすことになったのだ。
アメーリアは母の仇も同然だった。
だが、それだけではない。
クローディアはアーシュラから聞いていた。
黒き魔女アメーリアは、アーシュラの母であるアビゲイルの妹だと。
即ちアーシュラにとってアメーリアは叔母なのだ。
「アメーリアはあなたに気付いた?」
「……ハッキリとは分かりません。ただ監視されていることには気付いていたようですので、あるいはそうかもしれません。しかしワタシを狙って来る様子はありませんでした」
「彼女は姪であるあなたのことを今も殺そうとするかしら?」
クローディアの問いにアーシュラは即座に首肯した。
「積極的に見つけ出して殺そうとするかは分かりませんが、もし偶然にでもワタシが目の前に現れれば彼女は確実にワタシを殺すでしょう。何の躊躇もなく」
血のつながりのある姪だから生かす。
黒き魔女アメーリアにそんな慈悲の心がひとかけらもないことは明白だ。
むしろ憎き姉の娘である自分を、彼女は喜んで殺すだろう。
アーシュラはそう確信している。
「本家の宿営地にトバイアスが到着した時から、ずっと嫌な感じがしていました。いま思えばワタシはずっと恐怖に怯えていたのです」
「そう。分かったわ。とりあえずトバイアスの傍に黒き魔女がいるということが判明しただけでも収穫よ。アーシュラ。あなたは今後この任務からは外れなさい」
クローディアならばそう言うだろうとアーシュラは思っていた。
そして黒き魔女に関わらなくて済むということに心からの安堵を覚えた。
だがアーシュラはそんなことを一瞬でも考えてしまった己を自戒する。
予感がするのだ。
黒き魔女をクローディアに近付けてはいけないと。
「クローディア。かつての約束は忘れて下さい。あの黒き魔女に近付いてはいけません」
クローディアはいつか黒き魔女を討ち、アーシュラの両親の無念を晴らすと彼女に約束をした。
だが先日見たアメーリアの忌まわしき強さは、クローディアに大きな災いをもたらす。
アーシュラにはそんな気がしてならないのだ。
しかしクローディアは首を横に振った。
「嫌よ。アーシュラ。あなたを怯えさせる災厄の種は刈り取る。このワタシがね」
「クローディア……」
クローディアの絶対的な強さをアーシュラはよく知っている。
それでもクローディアがアメーリアに勝つイメージを思い描くことが出来ない。
それが自分の脳に刻みつけられた黒き魔女への恐怖心からくるものなのか定かではないためアーシュラはそれ以上、強く主を止めることが出来なかった。
そしてその場に不意に現れた2人の人物により、その話は立ち消えになってしまう。
扉がノックされ、応じるクローディアの元に現れたのは従姉妹のブライズだった。
隣には妹のベリンダも同行している。
「クローディア。戻ったばかりで悪いんだが出動命令だ。コンラッド王子から救援要請だとさ」
その話にクローディアは眉を潜める。
「救援要請ですって?」
「ああ。王子が表敬訪問中の王国国境の砦が襲われているんだと。かなり手こずらされているようだ」
「公国軍ね。彼ら本気で戦争を始めるつもりなのかしら」
そう言って嘆息するとクローディアは立ち上がる。
帰還したばかりの上、病み上がりなので正直なところ億劫だったが、断れる話ではない。
クローディアは立ち上がると部屋の隅に控えている小姓たちに命じる。
「オーレリアに今動ける兵を集めるように伝えなさい。時間勝負よ。今すぐ動ける兵だけでいいわ」
そう言うとクローディアは従姉妹2人に告げる。
「兵力が不足する分はワタシたちで補うわよ。2人も一緒に来て」
「もちろんだ」
「かしこまりました」
それからクローディアはアーシュラを見やる。
黒き魔女との遭遇から彼女は平常心を失っている。
こういう時に何か事を成そうとしても失敗するのが目に見えているのだ。
だからクローディアは厳然と彼女に告げる。
「アーシュラ。あなたは今日は自宅で休みなさい。これは命令よ」
有無を言わせぬ調子でそう言って部屋を出て行く主を見送り、アーシュラは不安な気持ちを押し殺す様に拳を握り締めるのだった。
アーシュラの報告を受けたクローディアは、その報告内容よりも彼女の怯えた様子に眉を潜めた。
ボルドと過ごした3日間を惜しみつつダニアの街にクローディアとして帰還した彼女は、十血長オーレリアの小言を一通り聞くと、私邸に戻った。
そんな彼女を待っていたのは、つい先ほど任務から戻ったアーシュラだった。
アーシュラから一通りの説明を受け終わるとクローディアは表情を変えずに頷く。
「そう。トバイアスと一緒にいたというその従者の女が相当な使い手だったってことね。で、あなたはその女に心当たりがあると。そういうことでしょ?」
アーシュラが直接そう言ったわけではないが、彼女の様子が明らかにおかしいため、クローディアはすぐにそのことに勘付いたのだ。
主の問いにアーシュラはわずかに目を見開き、いつものように目を合わせることなく頷いた。
「……はい。あれは……黒き魔女です」
「黒き魔女……あなたにとって両親の仇ね」
黒き魔女アメーリア。
彼女はアーシュラの父を殺した。
母親のことは直接殺したわけではないが、彼女から逃げるために大陸に渡ったことで母は大陸風邪という伝染病にかかってその闘病中に不慮の事故で命を落とすことになったのだ。
アメーリアは母の仇も同然だった。
だが、それだけではない。
クローディアはアーシュラから聞いていた。
黒き魔女アメーリアは、アーシュラの母であるアビゲイルの妹だと。
即ちアーシュラにとってアメーリアは叔母なのだ。
「アメーリアはあなたに気付いた?」
「……ハッキリとは分かりません。ただ監視されていることには気付いていたようですので、あるいはそうかもしれません。しかしワタシを狙って来る様子はありませんでした」
「彼女は姪であるあなたのことを今も殺そうとするかしら?」
クローディアの問いにアーシュラは即座に首肯した。
「積極的に見つけ出して殺そうとするかは分かりませんが、もし偶然にでもワタシが目の前に現れれば彼女は確実にワタシを殺すでしょう。何の躊躇もなく」
血のつながりのある姪だから生かす。
黒き魔女アメーリアにそんな慈悲の心がひとかけらもないことは明白だ。
むしろ憎き姉の娘である自分を、彼女は喜んで殺すだろう。
アーシュラはそう確信している。
「本家の宿営地にトバイアスが到着した時から、ずっと嫌な感じがしていました。いま思えばワタシはずっと恐怖に怯えていたのです」
「そう。分かったわ。とりあえずトバイアスの傍に黒き魔女がいるということが判明しただけでも収穫よ。アーシュラ。あなたは今後この任務からは外れなさい」
クローディアならばそう言うだろうとアーシュラは思っていた。
そして黒き魔女に関わらなくて済むということに心からの安堵を覚えた。
だがアーシュラはそんなことを一瞬でも考えてしまった己を自戒する。
予感がするのだ。
黒き魔女をクローディアに近付けてはいけないと。
「クローディア。かつての約束は忘れて下さい。あの黒き魔女に近付いてはいけません」
クローディアはいつか黒き魔女を討ち、アーシュラの両親の無念を晴らすと彼女に約束をした。
だが先日見たアメーリアの忌まわしき強さは、クローディアに大きな災いをもたらす。
アーシュラにはそんな気がしてならないのだ。
しかしクローディアは首を横に振った。
「嫌よ。アーシュラ。あなたを怯えさせる災厄の種は刈り取る。このワタシがね」
「クローディア……」
クローディアの絶対的な強さをアーシュラはよく知っている。
それでもクローディアがアメーリアに勝つイメージを思い描くことが出来ない。
それが自分の脳に刻みつけられた黒き魔女への恐怖心からくるものなのか定かではないためアーシュラはそれ以上、強く主を止めることが出来なかった。
そしてその場に不意に現れた2人の人物により、その話は立ち消えになってしまう。
扉がノックされ、応じるクローディアの元に現れたのは従姉妹のブライズだった。
隣には妹のベリンダも同行している。
「クローディア。戻ったばかりで悪いんだが出動命令だ。コンラッド王子から救援要請だとさ」
その話にクローディアは眉を潜める。
「救援要請ですって?」
「ああ。王子が表敬訪問中の王国国境の砦が襲われているんだと。かなり手こずらされているようだ」
「公国軍ね。彼ら本気で戦争を始めるつもりなのかしら」
そう言って嘆息するとクローディアは立ち上がる。
帰還したばかりの上、病み上がりなので正直なところ億劫だったが、断れる話ではない。
クローディアは立ち上がると部屋の隅に控えている小姓たちに命じる。
「オーレリアに今動ける兵を集めるように伝えなさい。時間勝負よ。今すぐ動ける兵だけでいいわ」
そう言うとクローディアは従姉妹2人に告げる。
「兵力が不足する分はワタシたちで補うわよ。2人も一緒に来て」
「もちろんだ」
「かしこまりました」
それからクローディアはアーシュラを見やる。
黒き魔女との遭遇から彼女は平常心を失っている。
こういう時に何か事を成そうとしても失敗するのが目に見えているのだ。
だからクローディアは厳然と彼女に告げる。
「アーシュラ。あなたは今日は自宅で休みなさい。これは命令よ」
有無を言わせぬ調子でそう言って部屋を出て行く主を見送り、アーシュラは不安な気持ちを押し殺す様に拳を握り締めるのだった。
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