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第163話 クローディアの怒り
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「何ですって? それは……どういうことかしら? もう一度言ってみなさい。オーレリア」
病床にありながらクローディアは怒りを剥き出しにしてオーレリアに食ってかかった。
クルヌイ砦での治療を経て、ある程度の回復をしたクローディアは、ダニアの街への帰路へつく幌馬車の中にいた。
幌の中の荷台には布団が敷かれクローディアが寝かされている。
同乗しているのはベリンダとブライズの姉妹、そしてオーレリアだ。
ベリンダの治療のおかげでクローディアは順調に回復していた。
砦の総指揮官やオーレリアは体調が万全に戻るまでは砦に留まるべきだと言ったが、クローディアはすぐにダニアの街へ戻ることを決めた。
とにかく忙しい身なので、のんびりと寝ている暇はない。
ダニアの街に戻ったほうが設備も薬もそろっているので、そちらの方が確実にクローディアの体調を戻せるだろうとベリンダが助け舟を出したことも大きかった。
そしてその帰路の馬車の中、王国兵らの耳がある砦では話すことのできなかったことをオーレリアはクローディアに切り出しだのだ。
「ではもう一度申し上げましょう。クローディアが秘密裏にお匿いになられていたブリジットの情夫ボルドを、岩山からダニアの街に移送いたしました。今は十血会がその身柄を預かっております」
その話にクローディアは気色ばんでオーレリアに食ってかかった。
「勝手なことを……」
「ご勝手なことをなされているのはご自分では? クローディア。なぜ彼の存在を我ら十血会にまで隠したのですか? これはクローディアと十血会との信頼関係に関わることですよ」
クローディアは唇を噛み、同じ馬車に同乗しているブライズに視線を送る。
ブライズは自分ではないと首を横に振った。
そんな2人のやりとりを見咎めたオーレリアは肩をすくめた。
「ブライズ様やベリンダ様は何も仰っておりません。しかしこのオーレリアに隠し通せるとお思いならば、随分と甘く見られたものですね。クローディア」
そう言うとオーレリアはじっとクローディアを見つめる。
10年前ならばこの視線を受けたクローディアは身をすくめていただろう。
幼き頃はよくオーレリアに叱られていた。
オーレリアは自分の動向を探り続けていたのだと知り、クローディアは短くため息をつく。
「折を見て話をするつもりだったのよ。ワタシ自身、彼の処遇を決めかねていたし……」
「十血会を軽んじないでいただきたい」
オーレリアはピシャリとそう言い、場車内の空気が緊張感に包まれる。
「情夫ボルドの存在は本家のブリジットとの会談に向けて、これ以上なく有力な手札になります。彼を保護し、ブリジットに無傷で引き渡せれば大きな恩を売れる。交渉はこちらの有利に進むはずです。そうした有益な情報は十血会と共有し、良策を練り上げるために皆で議論を重ねるべきではないですか?」
オーレリアの話は至極真っ当な正論だった。
彼女は常に一族の利益を考えている。
「それに我が一族から追放された者たちをあのような岩山に住まわせて、何やら街作りのようなことをされていたご様子ですね。別荘地でも作るおつもりだったのですか?」
以前からクローディアの出奔癖は十血会で問題視されていた。
オーレリアは初めこそ若き女王の戯れで、いずれ一族を率いる長としての自覚が出てくるだろうと黙認していたが、ここのところの頻繁な出入りにいよいよ黙っていられなくなった。
「クローディア。そろそろこのオーレリアにも本当の御考えを教えて下さい。今あなたは一体何を考え、何をしようとしているのか」
オーレリアはきっぱりとそう言うと、じっとクローディアの目を見つめる。
言い逃れや下手な嘘は見逃さない。
そうした彼女の意思を感じ取りクローディアは観念した。
確かにオーレリアは一族の利益を考え、常に一手先を考える聡き女だ。
だがクローディアはもっと先を見据えていた。
だからこそ本家と分家の会談とは別に、ブリジットとの個人的な面会を極秘に画策したのだ。
「オーレリア。あなたの言う通りね。もう黙っていられる局面ではないってことなんでしょう」
そう言うとクローディアは自分の考えを初めてオーレリアに告げた。
王国からの独立計画。
建造中の新都。
そして本家との同盟。
一切の口を挟むことなく、オーレリアは彼女の話を最後まで黙って聞いた。
「……というわけだ」
「何をしていたかと思えば、そのようなことを……」
さすがにオーレリアもすぐには言葉が出なかったようで、今聞いた話をしばし頭の中で反芻する。
重苦しい沈黙が馬車の中に続いた。
やがてオーレリアが静かに口を開く。
「王国も黙ってはいないでしょう。先代のお立場もまずいことになりますが、その辺りはどうお考えで?」
オーレリアの言う通り、独立となれば王国は決してそれを許さないだろう。
そして人質のような形で王の妾となった先代クローディアは王国の責めを一身に負うことになる。
母にそのような思いをさせることが出来るのか。
オーレリアはクローディアにそう問うているのだ。
だがクローディアは静かな声で言った。
「母上は……もう長くない。責を負うとしても数年のことよ」
その言葉に再び沈黙が訪れる。
クローディアが口にしたことは冷たい現実だった。
決して彼女が薄情なわけではない。
先代はすでに40歳。
クローディアの血筋としては人生の最終盤に差し掛かろうとしている。
分家の歴史書によれば、歴代のクローディアで最も長生きしたのは初代だが、それでも48歳でこの世を去っている。
数代前には40歳を迎える前に亡くなったクローディアもいた。
ましてや先代は高齢出産をした身だ。
出産後は一気に体が弱ってしまった。
悲しいことだが、先代クローディアがおそらくあと数年の命であることは、ここにいる誰もが分かっていた。
「オーレリア。おそらくあなたはワタシの考えに賛成しないでしょう。でも、ダニアのクローディアとして10年先ではなく100年先を見据えて考えたことよ。だからあなたもワタシの考えについて真剣に考えてみて。それから意見を聞かせてちょうだい。それから……ボールドウィンのことは丁重に扱うこと。絶対に傷つけないよう厳命します」
そう言うとクローディアは疲れた表情で再び身を横たえる。
オーレリアはそんな彼女を静かに見つめながら、彼女の言う100年先の一族の姿を想像してみた。
王国との繋がりを断った100年後。
果たしてその時にダニア分家はどのような姿になっているのか、今のオーレリアにはまだ想像がつかなかった。
病床にありながらクローディアは怒りを剥き出しにしてオーレリアに食ってかかった。
クルヌイ砦での治療を経て、ある程度の回復をしたクローディアは、ダニアの街への帰路へつく幌馬車の中にいた。
幌の中の荷台には布団が敷かれクローディアが寝かされている。
同乗しているのはベリンダとブライズの姉妹、そしてオーレリアだ。
ベリンダの治療のおかげでクローディアは順調に回復していた。
砦の総指揮官やオーレリアは体調が万全に戻るまでは砦に留まるべきだと言ったが、クローディアはすぐにダニアの街へ戻ることを決めた。
とにかく忙しい身なので、のんびりと寝ている暇はない。
ダニアの街に戻ったほうが設備も薬もそろっているので、そちらの方が確実にクローディアの体調を戻せるだろうとベリンダが助け舟を出したことも大きかった。
そしてその帰路の馬車の中、王国兵らの耳がある砦では話すことのできなかったことをオーレリアはクローディアに切り出しだのだ。
「ではもう一度申し上げましょう。クローディアが秘密裏にお匿いになられていたブリジットの情夫ボルドを、岩山からダニアの街に移送いたしました。今は十血会がその身柄を預かっております」
その話にクローディアは気色ばんでオーレリアに食ってかかった。
「勝手なことを……」
「ご勝手なことをなされているのはご自分では? クローディア。なぜ彼の存在を我ら十血会にまで隠したのですか? これはクローディアと十血会との信頼関係に関わることですよ」
クローディアは唇を噛み、同じ馬車に同乗しているブライズに視線を送る。
ブライズは自分ではないと首を横に振った。
そんな2人のやりとりを見咎めたオーレリアは肩をすくめた。
「ブライズ様やベリンダ様は何も仰っておりません。しかしこのオーレリアに隠し通せるとお思いならば、随分と甘く見られたものですね。クローディア」
そう言うとオーレリアはじっとクローディアを見つめる。
10年前ならばこの視線を受けたクローディアは身をすくめていただろう。
幼き頃はよくオーレリアに叱られていた。
オーレリアは自分の動向を探り続けていたのだと知り、クローディアは短くため息をつく。
「折を見て話をするつもりだったのよ。ワタシ自身、彼の処遇を決めかねていたし……」
「十血会を軽んじないでいただきたい」
オーレリアはピシャリとそう言い、場車内の空気が緊張感に包まれる。
「情夫ボルドの存在は本家のブリジットとの会談に向けて、これ以上なく有力な手札になります。彼を保護し、ブリジットに無傷で引き渡せれば大きな恩を売れる。交渉はこちらの有利に進むはずです。そうした有益な情報は十血会と共有し、良策を練り上げるために皆で議論を重ねるべきではないですか?」
オーレリアの話は至極真っ当な正論だった。
彼女は常に一族の利益を考えている。
「それに我が一族から追放された者たちをあのような岩山に住まわせて、何やら街作りのようなことをされていたご様子ですね。別荘地でも作るおつもりだったのですか?」
以前からクローディアの出奔癖は十血会で問題視されていた。
オーレリアは初めこそ若き女王の戯れで、いずれ一族を率いる長としての自覚が出てくるだろうと黙認していたが、ここのところの頻繁な出入りにいよいよ黙っていられなくなった。
「クローディア。そろそろこのオーレリアにも本当の御考えを教えて下さい。今あなたは一体何を考え、何をしようとしているのか」
オーレリアはきっぱりとそう言うと、じっとクローディアの目を見つめる。
言い逃れや下手な嘘は見逃さない。
そうした彼女の意思を感じ取りクローディアは観念した。
確かにオーレリアは一族の利益を考え、常に一手先を考える聡き女だ。
だがクローディアはもっと先を見据えていた。
だからこそ本家と分家の会談とは別に、ブリジットとの個人的な面会を極秘に画策したのだ。
「オーレリア。あなたの言う通りね。もう黙っていられる局面ではないってことなんでしょう」
そう言うとクローディアは自分の考えを初めてオーレリアに告げた。
王国からの独立計画。
建造中の新都。
そして本家との同盟。
一切の口を挟むことなく、オーレリアは彼女の話を最後まで黙って聞いた。
「……というわけだ」
「何をしていたかと思えば、そのようなことを……」
さすがにオーレリアもすぐには言葉が出なかったようで、今聞いた話をしばし頭の中で反芻する。
重苦しい沈黙が馬車の中に続いた。
やがてオーレリアが静かに口を開く。
「王国も黙ってはいないでしょう。先代のお立場もまずいことになりますが、その辺りはどうお考えで?」
オーレリアの言う通り、独立となれば王国は決してそれを許さないだろう。
そして人質のような形で王の妾となった先代クローディアは王国の責めを一身に負うことになる。
母にそのような思いをさせることが出来るのか。
オーレリアはクローディアにそう問うているのだ。
だがクローディアは静かな声で言った。
「母上は……もう長くない。責を負うとしても数年のことよ」
その言葉に再び沈黙が訪れる。
クローディアが口にしたことは冷たい現実だった。
決して彼女が薄情なわけではない。
先代はすでに40歳。
クローディアの血筋としては人生の最終盤に差し掛かろうとしている。
分家の歴史書によれば、歴代のクローディアで最も長生きしたのは初代だが、それでも48歳でこの世を去っている。
数代前には40歳を迎える前に亡くなったクローディアもいた。
ましてや先代は高齢出産をした身だ。
出産後は一気に体が弱ってしまった。
悲しいことだが、先代クローディアがおそらくあと数年の命であることは、ここにいる誰もが分かっていた。
「オーレリア。おそらくあなたはワタシの考えに賛成しないでしょう。でも、ダニアのクローディアとして10年先ではなく100年先を見据えて考えたことよ。だからあなたもワタシの考えについて真剣に考えてみて。それから意見を聞かせてちょうだい。それから……ボールドウィンのことは丁重に扱うこと。絶対に傷つけないよう厳命します」
そう言うとクローディアは疲れた表情で再び身を横たえる。
オーレリアはそんな彼女を静かに見つめながら、彼女の言う100年先の一族の姿を想像してみた。
王国との繋がりを断った100年後。
果たしてその時にダニア分家はどのような姿になっているのか、今のオーレリアにはまだ想像がつかなかった。
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