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第一話 僕と主任
予感的中
「お疲れ様でした」
「お疲れ様、今日はありがとうね」
結局、ヘルプが終わったのは定時を二時間も過ぎた頃だった。首を左右に倒して鳴らしながら事務所の白い扉を開ける。
「お疲れ様です」
中に入ってすぐ横にあるタイムカードを押す。入口の正面にある机について仕事をしている主任を、なるべく見ないようにしながら。
今日当直だったのか……。
男性社員は交代で会社に泊まる当直がある。今日は主任の当番らしく、こんな遅い時間までここにいるということだった。
キリキリと胃の痛む思いでタイムカードを元の位置に戻し、自分の机のそばに置いてある鞄を手にする。
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
一言挨拶を残して、そのまま帰ろうと踵を返す。
「篠原くん」
もう少しでドアノブに手を触れようとした時、主任に呼び止められて僕は渋々足を止めた。
同時に先程とは比べ物にならないくらい胃が締め付けられる感覚がした。
「はい」
振り返りながら返事をした僕を、主任はパソコンから顔を上げてじろりと睨んだ。
「今何時だと思っている」
低い声で問いただされた僕は何も言えず、まさに蛇に睨まれた蛙だった。
僕が何も言えずに黙り込んでいると、主任は更に続けた。
「今まで何してたんだ」
「……整備のヘルプに」
恐る恐る口にする僕を、変わらず睨んだまま主任は続けた。
「誰に許可を得た」
「……っ」
その一言で僕はとうとう本当に何も言えなくなった。
主任は軽く溜息を吐いた。
「これで何回目だ。残業になるときは上に許可をもらえと言ってるだろう」
「……」
すっかり忘れていた。確かに前から何度も言われていたことではあった。朝言われた残業時間もとうに過ぎていた。
何も言えない。
そんな僕の態度に、主任は腕組みをして椅子に寄りかかった。
「何度言ったら分かってくれるのかねぇ……」
再度溜息を漏らす主任に、僕は口を開くこともできない。
「そんなに俺には言いにくいか」
「……いいえ」
「ならどうして言わない」
主任の問いに、僕は再び口を閉ざしてしまった。何か言わなきゃいけないと思うのに、唇が鉛で出来てるんじゃないかって思うほど重い。
しばらく沈黙が続いた。とても気まずい。
どれくらい経っただろうか。床を睨みつけていたら主任が何度目か分からない溜息を漏らした。
「ちょっと場所変えようか」
主任の言葉に僕はびくりと体を震わせた。そんな僕の様子に構うことなく、主任はフロントの女の子に「ちょっと外すから」と声をかけていた。
「行こうか」
短いその言葉はとても重く僕の胸の中に残った。
まだ帰れそうにない。夜は長く続きそうな予感がした。
「お疲れ様、今日はありがとうね」
結局、ヘルプが終わったのは定時を二時間も過ぎた頃だった。首を左右に倒して鳴らしながら事務所の白い扉を開ける。
「お疲れ様です」
中に入ってすぐ横にあるタイムカードを押す。入口の正面にある机について仕事をしている主任を、なるべく見ないようにしながら。
今日当直だったのか……。
男性社員は交代で会社に泊まる当直がある。今日は主任の当番らしく、こんな遅い時間までここにいるということだった。
キリキリと胃の痛む思いでタイムカードを元の位置に戻し、自分の机のそばに置いてある鞄を手にする。
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
一言挨拶を残して、そのまま帰ろうと踵を返す。
「篠原くん」
もう少しでドアノブに手を触れようとした時、主任に呼び止められて僕は渋々足を止めた。
同時に先程とは比べ物にならないくらい胃が締め付けられる感覚がした。
「はい」
振り返りながら返事をした僕を、主任はパソコンから顔を上げてじろりと睨んだ。
「今何時だと思っている」
低い声で問いただされた僕は何も言えず、まさに蛇に睨まれた蛙だった。
僕が何も言えずに黙り込んでいると、主任は更に続けた。
「今まで何してたんだ」
「……整備のヘルプに」
恐る恐る口にする僕を、変わらず睨んだまま主任は続けた。
「誰に許可を得た」
「……っ」
その一言で僕はとうとう本当に何も言えなくなった。
主任は軽く溜息を吐いた。
「これで何回目だ。残業になるときは上に許可をもらえと言ってるだろう」
「……」
すっかり忘れていた。確かに前から何度も言われていたことではあった。朝言われた残業時間もとうに過ぎていた。
何も言えない。
そんな僕の態度に、主任は腕組みをして椅子に寄りかかった。
「何度言ったら分かってくれるのかねぇ……」
再度溜息を漏らす主任に、僕は口を開くこともできない。
「そんなに俺には言いにくいか」
「……いいえ」
「ならどうして言わない」
主任の問いに、僕は再び口を閉ざしてしまった。何か言わなきゃいけないと思うのに、唇が鉛で出来てるんじゃないかって思うほど重い。
しばらく沈黙が続いた。とても気まずい。
どれくらい経っただろうか。床を睨みつけていたら主任が何度目か分からない溜息を漏らした。
「ちょっと場所変えようか」
主任の言葉に僕はびくりと体を震わせた。そんな僕の様子に構うことなく、主任はフロントの女の子に「ちょっと外すから」と声をかけていた。
「行こうか」
短いその言葉はとても重く僕の胸の中に残った。
まだ帰れそうにない。夜は長く続きそうな予感がした。
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