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第1章
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しおりを挟む僕の通っている雪が丘学園は普通科と看護師の卵たちが通う看護科がある。普通科は全五クラス,看護科は一クラスといった一学年全六クラスの編成である。一クラス三十名。学年単位で言うと百八十名。
入学式から一週間。すでに通常通りの授業が始まっており,現在は四限目を終え,目下昼休み中。
四月特有の春の香りの中,体育館の脇で僕は友達と2人で弁当を食べているところだ。
この学園には学食という洒落た場所が存在しているが,僕は暖かくなるとこの場所で御昼をとっている。
部活のときは賑わうこの場所だが昼休み中は落ち着いた雰囲気があり,そよ風が体を揺らし心地いい。晴れの日は絶好の休憩場所である。
そしてもう一つ,ここから見える桜の木々を僕はとても気に入っている。まさに絶景だ。
僕らは去年の夏頃からここを昼休みに訪れている。こんないい場所が僕ら以外に知られていないなんて不思議である。
以前は学食を食べていたけれど,やはり僕みたいに一人暮らし生徒となると毎日学食といった暮らしはお財布に優しくない。しかも平日は混雑を避けるため食堂には弁当や購買で買ったパンの持ち込みは禁止という他の生徒にも優しくないルールがある。
だからゆっくり昼休みを満喫できるこの場所を探しあてたという次第。
そんな今日この頃,入学式も終わり,平穏に二年生としての学校生活を送っている。
そして一週間前の入学式のあの時以来…
まだ一週間ではあるが―あの子には会うことはなかった。
正直なところ,ほっとしている
「で,陽葵。そろそろ入学式の時のあの子との関係を教えてもらおうか」
午後のひと時に尋ねてきたのは友達の相沢だ。一週間で何回同じ質問をしてくるんだ。しつこいのは嫌いだ。
相沢の背丈は僕と同じぐらいで一七〇センチ程だが僕と違い勉強もできスポーツも万能。部活ではサッカー部のエースストライカーときている。そして何より俗にいうイケメンとやらで我が雪が丘学園一の美男子だ。
性格も男女関係なく優しくて男女問わず先生からの信頼も厚い。校内だけでなく他の高校の女子生徒からも人気が高い。最近では英語教師の南先生(二十三歳で結構美人 独身)が目をつけているとかつけていないとか。
相沢と並んでいると劣等感に苛まれていたが,一年間一緒のクラス,さらに二年でもクラスは一緒なのだ。慣れてもくる。なぜか入学当初から何かと話しかけてくるし,一緒に行動することも一年生の後期から増えてきた。今では学校のほとんどの時間を彼と過ごしている。正直友達がいないこんな僕と一緒にいてくれることはありがたい。しかし,なぜ相沢が僕とつるむのかは未だに不思議である。
そんな相沢は僕に対して,手を振ってきたあの子とはどういう関係なんだと毎日聞いてくる。
どういう関係かはこちらが知りたいんだが。
なので毎回僕は
「わからない」
と答える。薄情なのは自分でも自覚しているが,わからないものはわからないのだ。
しかしイケメンは尚も続ける。
「はいはい。どーせあの後会ったりしてるんだろ?」
しつこいのは嫌いだ。
「そんな冷や汗を掻くような機会はないよ。正直安心しているところ」
僕の答えに相沢は怪訝な顔をする。
「あっそ。陽葵は相変わらずだな」
「何が相変わらずだ。相沢の方こそ,そういうところは相変わらずだな」
とまあ,こんな感じで昼休みを過ごしている。
実際ヒヤヒヤしながら過ごしているが,僕に手を振ってきたあの子と出くわさないのはこの学園の構造と関係があるように思える。
この学園は校舎が二棟あり,一つは体育館にも繋がっていて一年生の教室がある棟。その棟には美術室や書道室などの文化部の教室もある。こちらは三階建ての構造だ。
そして僕らが普段授業を受けているのがもう一つの棟だ。二・三年の教室がそれぞれ二階と三階に,生物室やコンピュータールームなどの特別教室は四階にといった四階建ての構造だ。食堂はこちらの棟の一階に設置されている。なので食堂はなかなか広い。しかし人が多い。
二階と三階にある渡り廊下がそれぞれ棟の入り口に繋がっているのだが,二年生がもう一つの棟に行くといえば選択授業の時ぐらいである。ちなみに僕はその授業では書道を選択している。
あの子は一年。僕は二年。会う機会なんて週に一回あるぐらいだが,幸いまだ出くわしていない。
しかし,いつ再会してもおかしくない。
「何をそこまで会うのことに嫌悪感を抱いてんだよ?」
まだ追及してくる相沢。
「嫌悪感とかじゃないけど…とにかく僕は平穏に学校生活を送りたいんだって」
「お前わざわざ田舎から出てきたんだろ? 何をいまさら平穏にだよ」
相沢がジト目で僕を見てくる。
「…」
そこをつかれはぐうの音もでないが。こっちにも言い分というか言い訳もある。
元々僕の故郷は過疎化が進んでおり小学生の時なんか一学年に十人しかいなかった。周りは山に囲まれており遠足はほとんど山登りであった記憶がある。
また中学校に上がって四地区の小学校が合わさっても二クラスに分類されるのがやっとで,一学年二十人弱しかいなかった。
しかもコンビニなんてものは車で二十分は走らなければなかったし遊びにいくとしても山でのキャンプか川で魚釣りぐらいのものだったのでこんな辺境の地なんか嫌だと思い,県の境を越え遥々この学校に入学したわけだが。
―しかしというかやはり僕は静かな場所がやっぱり落ち着く。学校生活の余生も平穏に過ごしたい。と一年ここで暮らした中で思ってしまったわけだ。学生なんか勉学が職業だ。本末転倒になってはいけない。
でも一人暮らしを始めて良かった点だっていくつかはある。それは一人の時間がたっぷりあることだ。今でこそやって二人で昼休みを過ごしているが元々一人の時間が全く苦ではない,むしろ楽だ。
だからこそ心当たりのない会ったこともないような子にいきなり知り合い面されたくない。
もう一つのメリットは母親と距離をとれることだ。
毎月両親が生活費を幾らか出してくれていることにはとても感謝しているが,高校生になるまでというか今もだが母親と僕は折り合いが悪い。
母親は姑いわば僕の祖母と仲が悪く,ろくに会話しているところなんて見たこともない。核家族ではなく二世帯形態の我が家ではそれは致命傷だ。しかも母は平然と僕や妹のいる前で祖母の悪口を言ってのける。
おばあちゃんっ子だった僕にはそんな母の態度が気に食わなかったし,家族を虐げる母のことを憎んでいる時期もあった。それをわかってか母もまた僕と距離をとっている。
祖母と離れてしまった罪悪感や寂しさはあるが,父やそれに頼もしい妹たちもいると考え,それらの感情を紛らわせている。
そんなこんなで昼休み残り三十分程。
「ちと早いけど,そろそろ戻るか。午後からの古文の予習やってないし」
相沢のその声に。
「そうだな僕も少しわからない所あるし」
二年生の教室がある校舎の方に踵を返し向かっていると,そこに男子生徒が現れた。
その生徒はキョロキョロし僕らの事を遠巻きに見ている。見たことのない顔だ。一年生だろうか。
その生徒を他所に僕は校舎の方に歩いているが,相沢はというと,何か企んでいるような悪い顔をしている。
この男は少しばかり好奇心旺盛なところが玉に瑕だと僕は思うが,そういうやんちゃのところもまた女子から人気が高いポイントらしいが…
「陽葵。ちょっと面白そうなことが起きる予感」
そんなこと言い無邪気な笑顔でこちらを見る。
ほんと瑕。イケメンに瑕だ。こういうところを実際に見たら,皆様は少しこいつのことを見る目も改めるだろう。
「校舎のトイレだと目立つから誰もいないようなトイレでも探してるんじゃないか?」
真面目に相手してもこうなった相沢は言うことを聞いてくれないことをここ一年間で学んでいる。勉学以外にも学ぶことぐらい僕とて存在する。そして高校生にもなってそんなことを恥ずかしがる小学生みたい生徒なんていないだろう。
そんなことを考えていると。
「腕を上げたなお前」とか言いながら相沢はニヒルに笑っている。
言外に何を企んでいるかが透けて見える笑顔に僕はさらに嘆息し
「ほんとにいい性格してるよ」
皮肉を返してやる。
別にキョロキョロしている男子生徒はトイレを探しているわけではなさそうだった。左手にはめている時計をチラチラと気にしている様子だ。
僕たちは一旦校舎に戻るために男子生徒の横を通り過ぎる。その後また体育館をぐるりと迂回し男子生徒に気づかれぬように体育館の前にある部室棟の陰に身を潜めた。
「まったく授業どうすんだよ」
性格の良い相沢に聞いてみる。
「なんとかなるだろう。俺もお前も古文得意だし」
「お前の天才型の脳と一緒にしないでくれ」
反射的に答える僕に相沢が言う。
「…いや相対的にみても絶対的に比べても国語はお前の方が成績いいだろうが」
そう。僕は何の影響か古文をはじめ国語分野が得意で学年でもトップスリーには入っている。
そんな自分の長所を思い出したところに体育館の横,あの男子生徒の前に一人の女子生徒がやってくる。
遠いのであまりはっきりと見えない。でもあの独特できらびやかで日本人離れした彼女特有のオーラは離れたこの位置からでもよくわかった。というか前から知っていた。見覚えがあったしすぐ近くでそれを感じたことがある。
「陽葵。あの子って」
相沢が珍しく驚いた顔をしている。
「そうだな」
しかし僕はあっけなく答える。
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