幼馴染とマッチポンプ

西 天

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第4章

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 本日は柚葉と約束した日曜日―柚葉がいうところのデートの日。
 金曜に大量投下された英語と古文の課題を昨日の深夜までかかり何とか無事終わらせた。本来の日曜は一人暮らしということで家事に追われている。追われているといっても洗濯は実家にいた頃も手伝っていたし掃除に関してもたかが1K のアパートそんなに手間がかかるわけでもない。水回り,リビングの掃除機ぐらいのものだ。
 日曜といっても貴重な休日という感じはない。むしろ明日から学校という憂鬱な感情に昼頃から苛まれる。
 ―そんな日曜に外に出かけるのはいい気分転換になるのかもしれない。
 なにせ友達が少ないので友達と遊びに行くなんて去年のクリスマス以来だ。その時は相沢が僕を惨めに思い誘ってくれたのだが男が男を誘うなんてそれこそ惨め極まりないことだ。あいつはそっち系ではないかと時折思ってしまうので一緒にいて怖い時がある。

 僕は待ち合わせの時間に遅れないように身支度を整える。服装も相手が昔から遊んでいる柚葉だ,あまり構えるとからかわれそうなのでグレーの五分袖シャツ,下はブルーのデニムパンツにスニーカーというかなり無難な服装にした。
 身支度を整えいつもの通学路を歩く。今日は天気が良く,桜も見ごろは過ぎたもののまだ何とか咲き誇っているといえる道中を二十分ほど歩き駅を目指す。快調に足取りを進め地下鉄に乗るため階段を降りる。
 この駅から二駅で柚葉の住んでいるアパートへは到着する。ものの十分もかからない。
 電車を降り改札を抜け今度は階段を上って五分程歩くと待ち合わせ場所のアパートの前に着いた。よく知った幼馴染に会いに行くこと自体あまり緊張しなかったのだが,アパートに着いた途端それが原因で僕の心臓は早く鼓動を打ち始めた。
「何コレ? どうやって開ければイインデスカ?」
 そうオートロックだ。僕のアパートにはそんな大層なカギは存在しない。僕が知っているのは一般的に使用されている家の鍵のみだ。柚葉は一体どうやって毎日部屋に入っているのだろうか。もしかして顔認証だとか警備会社に帰宅する度に電話しているのではないのだろうか。そんな煩わしいことをよくまあ毎日しているな。僕は自身が住んでいるアパートがオートロックではないことに安堵した。
 開け方がわからない。とりあえず到着したことも兼ねて柚葉に電話をかける。
「おはよう。今アパートの前に着いたんだけどどうやって開けるんだ?」
 正直に今の状況を何のためらいもなく伝える。
「え? どうゆーこと? 開けるも何も昨日言っておいた部屋番号入力してくれればこっちから開けれるんだけど」
 どうゆーこととはこちらの台詞だ。部屋番号? 扉の横に付いているキーパッドみたいなもののことか。
「あーこのキーパッドみたいなやつか」
 そう言いながら柚葉の部屋番号を入力し開錠のボタンを押す。
 ピンポーン―電話越しにも聞こえるしドア横のインターホーンからも同じくしてチャイムが聞こえた。そういう仕組みか。ようやく理解した。
 チャイムがなると通話は切られインターホーンから「はぁーい」と先程まで通話していた柚葉の声が聞こえる。柚葉からは「今から降りる」とだけ告げられインターホーンが切られた音がした。彼女の部屋は三〇七号室。エレベーターを使って共同玄関へ向かっているのだろう。
 やがてコツコツとタイルの上を小走りしている音が聞こえてきて共同玄関の扉を開けた。
「おはよう陽葵…もしかして知らなかった」
 何のことだろう僕は大概の事は知らないけれど。嘘である,本当はわかっている。このご時世オートロックの開錠方法など誰もが知っている。それを一人暮らし,都会暮らしさらに言うと
 ―大都会大阪での暮らしを一年彼女よりも多く経験しているのにそんな根本的で基本的なことを僕はまだ知らなかったのだ。今日も柚葉の玩具になってしまうことが確定した。
 僕は明後日の方向を向き白を切る。
「わぁ…逆にすごいかも陽葵それはさすがにやばいよ。さすがの私も笑えない」
 初っ端幻滅された。いやまあ別に相手が相手だからいいけど。でも僕もやばいと思っている。見たことはあったけど,使用したことなど一切なかった。それに僕には縁がないものだとも思っていた。

 そんな一件も終わり。実際はショッピングモールへの道中このことでずっとからかわれた。
 早いところ着いてくれ。という期待も空振り,電車の遅延などもあり到着時刻とは十分遅れ,ようやくショッピングモールに到着した。
 このショッピングモールは映画館もあり土日になると多くの人で賑わいを見せる。ここへは地下鉄からJRに乗り継ぎ快速で二駅だ。場所で言うと大阪の堺の南部ほとんど和歌山に近い場所にあり一般的に知られる難波や梅田といった市街地とはまた喧騒が違う。ここへは以前一人で映画を見に何回かスクーターで来たことがある。

 しかしいきなり帰りたい気分なんだけど。誰のせいでもない僕自身の知識不足だけど。知識以前の問題のような気はするが。僕は到着するなり一息嘆息する。
「はあ。やっと着いた」
「いきなりため息とか最低なんですけど」
「お前弄り過ぎだぞ。世の中他にもいるから絶対。開け方知らない人」
「いやその話もう飽きた」
 散々コケにしていたのに飽きたとは忌々しいやつめ。まあ飽きたならいい,僕も早くその話からは離れて欲しかった。
 改めて柚葉の事を見る―久しぶりに二人で出かける。お互い実家にいた頃はこうやってよく出かけていた。しかしそれは中学の時のお話で出かけるにしても近所スーパーやコンビニに僕の自転車の後ろに柚葉を乗せて買い物に行ったことを思い出す。しかしこうしてれっきとした場所に二人で遊びに来ることはなかった。
 現在は二人とも高校生であり,場所も以前と違い人が溢れ活気に満ちている。柚葉の服装も以前とは違いだいぶんと大人に見えた。やはり高校生ともなると服装も中学生の頃とは雰囲気が違う。
 柚葉はブラックのフィットポロシャツにグリーンのハイウエストプリーツスカート,靴は黒のバレエシューズで黒のショルダーバックを下げ右の手首にはシルバーのバングルを身に着けている。全体的に黒の配色が多いもののグリーンのスカートそしてシューズから見える白い靴下がアクセントになっていてあまり黒色を感じさせない。そして見てくれだけはいい彼女に似合っている。不承不承ではあるがそれをマリアージュと呼ぶ他ない。柚葉には絶対に言わないが…
 そして柚葉の姿を改めて見て僕は少しだけ,ほんの少しだけ胸が高鳴った気がした。だらしない脳みそである。僕が幼稚園だった頃からの付き合いだというのに何に胸を高鳴らせているんだ。これはきっと柚葉に対してではなく久しぶりの人混みにあてられたからだ。うん。そうに違いない。
 しかしそれは一瞬で杞憂なものだと分かった。
「やっぱダメでしょ。大阪まで来てオートロック知らないとか」
「…やっぱ帰って寝るわ」
「冗談よ。ほんとにもう飽きたしもう言わない。それよりせっかく来たんだし,ちゃんとデートに付き合ってくれてるんだから。楽しもうよ。楽しみだな陽葵の考えたデートプランっ!」
 ここまで引っ張るとかしつこいが,確かにここまで来たんだ俗事で済ませるのはこの上勿体ない気がする。
 でもプランの事なんか忘れていた。どこに行くかだけ考えて後の事は…
 とにかく悟られないようにしなければまたヤジが飛んでくる。それはもう某人気球団の如く。
 しかし幸い何度か来たことがあるのでどこに何があるかぐらい知っている。

 携帯の時計を見ると時刻は―十時十五分。今から映画を観たら昼食にはちょうどいい時間になるはずだ。
「とりあえず映画でも観て時間を潰すか」
 と僕は提案してみる。しかし彼女の表情がどんどん曇っていく。
「…とりあえず? 時間潰す?」
 あれれ? 僕何かおかしいこと言いました? 初回にエラーはしたものの,その後はノーエラーだったはず。柚葉はまるで頭から角が二本生えてくるのではないかというくらいご立腹した様子だった。これはまずい。ここは甲子園なのか。
「あの井口さん…何をそこまでお怒りに?」
「いいやっ!怒ってないですが。陽葵がデートプラン考えてないことや時間潰しぐらいにしか私とのデートを思ってないことに怒ってないですが」
 いやいや怒ってないというにはいささか無理があるのでは。
 しかし柚葉にそう言われ自身の発言が失言だったことに遅ればせながら気づいた。
 デート,それ以前に柚葉以外の女子と出かけたことがない僕,相手は柚葉だ。適当にブラつくかぐらいにしか考えていなかった。ここで怒らせて帰らせるなんて後味が悪すぎる。素直に僕が悪いと理解できた。
「申し訳ございません。相手が柚葉でもちゃんとプランを考えてこなかった僕が悪かった。それにデートというものが初めてで…正直何をしたらいいかよく分からない。ごめん。でも今日はちゃんとデートするから帰るのだけは勘弁してください」
 もはやダメ男もダメ男だった。
 しかし彼女はなぜか安心した表情をしている。
「初めてなら仕方ないよねっ…。うん。じゃあ時間勿体ないし早く案内してよ,ここ来たことあるんでしょう…でもデートなら普通こうするもんでしょ」
 すると彼女はふいに僕の右手を握ってきた。
 情状酌量かと思ったら何の仕打ちだよ。
 それは幼稚園だったか小学生だったかの頃それ以来のこと。
 その頃とは彼女の手も僕の手も大きくなっている。またその頃とはお互い幼馴染とはいえお互いの感情も変化しているはず。
 あの頃以来女子の手を握るなんてなかった。一人の女子として見てこなかった柚葉の手。
 彼女の手は柔らかく彼女の本当の性格を投影しているかのようだった―暖かくて優しい手の感触。
 やはりここは甲子園なのか土のグラウンドだからイレギュラーが多い。まったくこの先が思いやられる。
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