【完結済み】テンペストの魔女

兔世夜美(トヨヤミ)

文字の大きさ
2 / 24

第二話 魔物退治

しおりを挟む
「クソ」
 忌々しげに吐き捨てた。ファウストの足下には煙草の吸い殻が落ちている。
 ここは冒険者ギルドの前の道だ。
 クリスと旅をすることなって速攻、クリスが「ちょっと寄りたいところがあるので」と言ってギルドに入って行ってしまった。
 厄日だ。いや、厄そのものに憑かれた。
 これじゃあ名前そのものの悪魔に取り憑かれた男じゃないか。
 あんな悪魔みたいな女と旅なんて冗談じゃない、が、あの毒の力のからくりがわからない以上、迂闊に逃亡を試みたら本気で殺されかねない。
 しかし、

『私はクリス・ヴァイオラと申します』

(クリス・ヴァイオラ。その名が本当の名前なら、あいつはヴァイオラ公爵家の人間か?)

 ヴァイオラ公爵家に娘がいたなんて話は聞いたことがないが。
「お待たせしました。フォス」
 そう考えた矢先にギルドからクリスが出て来た。
「逃げなかったんですねー。偉い偉い」
「撫でんな。うぜぇクソ女」
「ひどいですねえ」
 軽く背伸びして頭を撫でられ、ファウストは顔をしかめると手で払った。
 少なくとも手で触れても死なない。あの毒はどんな仕組みなんだ。
「クソ女とはひどい言い草です。こんな美少女を捕まえて」
「本気でそう思ってもいねえ口調で言うんじゃねえ。薄ら寒い」
 頭上でそう吐き捨てたら、クリスが目を瞬いた。
「冗談だってわかるんですね」
「あ? 声でわかんだろ」
「普通の人はわかりませんよ」
 まあ、確かに冗談みたいな口調ではなかったな、とは思うが。
「なんとなくわかんだよ」
「…へえ、フォスは人を見る目があるんですね」
 クリスから視線を逸らして言えば、クリスは面白そうに笑ってそう返した。
「まあ行きましょうか」
「は?」
「依頼ですよ。ギルドの」
「なに勝手に受けてんだてめえ」
「今のフォスは私の従者でしょう?」
「旅の連れじゃねえのかよ!」
 そう怒鳴るも虚しく、人の話なんて聞いていないクリスはそのまま歩いて行く。
 逃げたら殺される以上は、ついていくしかない。
 ファウストはもう一度舌打ちし、やっぱり厄日だ、と思った。



 クリスが足を運んだのは深い森の中だ。
「で、こんなとこになんの用事だよ」
「村娘が森に木の実を取りに行ったきり戻ってこないんだそうです。
 その捜索依頼ですね」
「ふうん」
 そう答えて歩き出したクリスの後を追う。
「まあただ探すのも暇なので、情報交換と行きましょうか」
「は?」
「フォスって何歳ですか?」
「いやなにをいきなり…」
「今理由は説明しましたが」
 あっけらかんと言うクリスに、ため息を吐いて仕方ない、と判断した。
「25歳…」
「私は18歳です」
「それは知ってる」
「おや、私の暗殺依頼に載っていましたか。
 でもあなたは私の名を知らなかったですよね?」
「『クリス』という名前だってのは聞いてた」
「ああ、ファミリーネームを知らなかったんですね」
 納得したように呟いたクリスに、そういやこいつの名前を聞いた時に驚いちまってたな、と舌打ちしたくなる。
「お前はヴァイオラ公爵の隠し子か?」
「さあ、それはご自分で調べてください」
「情報交換じゃねえのかよ」
「相手が聞かれたくないことを聞くのはマナー違反です」
 クリスはさらっと言ってこちらを振り返った。
「私だって、あなたのファミリーネームすら聞いていないでしょう?」
「…チッ」
 もっともなことを言われて悔しくなった。
 こいつの言う通り、こいつは自分のことをなにも聞いてこない。
「あ、でもフォスはモテそうですよね」
「勝手に考えろ」
「勝手に考えます。
 そんなフォスからしたら、私くらいの女は山ほど見て来ましたか」
「…別に」
 言いかけて、やめる。
 そしてまじまじと自分より遙かに低い位置にある顔を見下ろした。
 ひどく整った顔立ちだ。傾国の美というのがしっくりくるような。
 腰あたりまでの長い艶のある黒髪、ルビーの宝石のような瞳、雪のような白磁の肌、控えめな大きさの胸に華奢で丸みを帯びた体躯。
 誰もが振り返るような美少女だ。
 ファウストがあまりクリスの見た目に反応しないのは、単純に出会いが悪かった。あんな恐ろしい怪物を前にしたような恐怖を味わって、見惚れるってのはない。
「あ」
 不意にクリスが声を上げたので、見ていたのがバレたかと危ぶんだがクリスは「あっちから声が聞こえましたよ」と言って走って行く。
 それに安堵しながら、確かに若い女の声が聞こえるな、と耳を澄ませた。
 クリスを追いかけていくと、大きな大木の前にその姿があった。
「フォス、これ」
 クリスはそう言って足下、大木の根元を指さす。
 そこに、大木の枝や根に身体を絡め取られて動けない若い娘の姿があった。
 その胸元がかすかに動いていて、呼吸していることが窺える。
「どう思います?」
「死んでるな」
 迷わずファウストは即答した。クリスももうわかっている顔をしている。
「この女は人間を釣るための疑似餌だ。
 本物のこの女はもうこの魔物の餌になった後だろ」
 そう口にした瞬間、女の目がカッと開いて大木の枝や根が襲いかかってきた。
 それを軽やかに躱して、クリスが離れた位置に着地する。
「奇遇ですね。私もすぐそう思いました」
「そもそもこんな瘴気の濃い森でただの村娘が何日も生きられるはずねえんだよ」
「もっともです」
 言うなり、ファウストは銃を構えて大木の魔物の枝や根を撃つ。
 枝や根によって銃弾は弾かれ、効果がない。
「おい、お前の力でどうにかなんねえのか!」
「なりますけど」
「なら…!」
「私、フォスのちょっといいとこ見てみたいんですよねえ」
 踊るような動きで大木の枝や根を避けながらクリスはにっこりと微笑む。
 それにファウストはもう一度舌打ちした。

 意訳:お前一人でなんとかして。

 ということだ。
「本当に、厄介面倒くさい女だよ」
 そう呟くとファウストは魔物の攻撃を躱しながら一定の距離を保った場所で着地する。
 そのまま銃を構え、引き金を引いた。
 銃弾が当たったのは、根元の女の額。
 銃弾が撃ち込まれた額は鮮血を噴き出し、この世のものとは思えない断末魔を上げて萎れていく。そのまま腐った木のような姿になった女の身体を一瞥し、ファウストは小銃をホルダーに戻す。
「この魔物は喰らった人間の身体に寄生するんだろ。
 普通の人間は人の姿をしたものを攻撃出来ないからな」
「でもフォスは迷わず狙いましたね」
「依頼で女を殺したことがないわけじゃねえ」
「おや、そこもお互い様で」
「結局、人でなしには勝てないようになってんだよ。世の中」
 そう吐き捨てる。そして背後のクリスを振り返った。
「だろ。クソ女」
「まあ、同じ人でなし仲間ですね。仲良くやりましょう」
 どこか上機嫌に笑ったクリスに、嫌なこった、と舌を出した。



「って、ギルドに行って金を受け取ったのはいいが、なんでだよ」
「なにがです?
 報酬はちゃんと半分こしたでしょう?」
「そこじゃねえよ」
 こめかみをひくつかせたファウストの前には、ベッドが二つ並んだ宿屋の一室。
 もう窓の外は暗い。
「なんで二人部屋なんだよ!」
「だって一人ずつ部屋を取るのは不経済ですし、あなた絶対、私にその気にならないでしょう?」
「金積まれたってならねえが…!」
「それに百戦錬磨のフォスなら、私みたいな貧相な身体を見ても間違いは起こさないでしょうからね」
 にこにこといつもの食えない笑顔で言って、クリスは荷物をベッドの上に置くと、
「じゃあ、私はお風呂に行ってきますね。また夕食のときに」
 と告げて部屋の扉に近づき、扉を開けて出て行ってしまう。
 ファウストはその場にしゃがみ込み、頭を抱えて深い嘆息を吐く。
「クソ、なんでこうなった」
 目下、それが悩みの種だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

聖女は聞いてしまった

夕景あき
ファンタジー
「道具に心は不要だ」 父である国王に、そう言われて育った聖女。 彼女の周囲には、彼女を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなっていた。 聖女自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という治癒道具になりきり何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々を過ごしていた。 そんな日々が10年過ぎた後、勇者と賢者と魔法使いと共に聖女は魔王討伐の旅に出ることになる。 旅の中で心をとり戻し、勇者に恋をする聖女。 しかし、勇者の本音を聞いてしまった聖女は絶望するのだった·····。 ネガティブ思考系聖女の恋愛ストーリー! ※ハッピーエンドなので、安心してお読みください!

処理中です...