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第十七話 うしなう前夜・前編
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街の路肩で、露店で買った揚げたパンを食べながら歩く。
「美味しいですね」
「ああ、そうだな」
「そういえばこの街に来る前、襲ってきた集団、どちらの追っ手だと思います?」
「さあな。興味ねえ」
「あなたはそうでしょうねえ」
興味がないところは、実にファウストらしい。
「だが、」
しかし不意に伸びてきた大きな手がクリスの頬に触れる。
「お前狙いの奴らじゃなければいい」
そのまなざしも表情も真剣で、真摯だった。
心臓がドッと脈打ち始めて、ぱっと手から避ける。
「そうですか。あなたにしては珍しいことを言いますね」
「おい、クリス?」
戸惑ったようなファウストの声が背後で聞こえる。
「いえ、そろそろ宿に行きませんか。埋まっちゃいますよ」
「…そうだな」
ファウストは頷いたが、明らかになにか言いたげだった。
宿屋についてすぐ風呂に行き、上がってくると同じように風呂に入ったばかりのファウストが薄着で寝台の上に座っていた。
上半身に服を着ていないので、その背中が見える。
「傷口、残ってるんですね」
「あ?」
「バルデア教の」
「ああ…、まあ最近の傷だからな」
クリスの言葉に、ファウストは何気なく答える。
「すみません」
「なんでお前が謝る」
「私がヘマしたせいでしょう」
「お互い様だ」
「そうですか」
「ああ」
淡々と、しかしこちらを気遣って答えるファウストになんだか可笑しくなってつい「ふふっ」と笑ってしまう。
「お互い様ですか」
そのまま自分の寝台に腰掛け、くすくす笑ったクリスの横顔をファウストがじっと見つめた。
「覚えてるか」
「え?」
立ち上がってこちらの寝台に移ってきたファウストがそのまま、そっとクリスにキスをする。そのまま固まってしまったクリスを見て、細い肩を押すとシーツの上に漆黒の髪が散らばった。
「そのときに、お前が初めて俺を誘った。
そのときは深く考えなかったが、どうして俺だった?」
「どう、って」
クリスは硬直するしかない。
どうして誘った? あのときは、深い意味なんかなかったはずで。
「俺以外の奴でも、そうやって身体を許したのか」
「ど、どうしたんです、フォス。
なんだか怒ってるみたい…」
「ああ、怒ってる」
冗談めかして言ったのに、即答されて呼吸を失う。
「怒ってるんだよ」
ファウストはそう言うのに見上げた先にある顔は悲しんでいるようにも見える。
「…どうして」
「わからねえか」
わからない。
(わかりたくない)
そう思った瞬間、ファウストの身体を突き飛ばしていた。
自分の力ではびくともしないはずの巨躯が背後に傾いたのは、きっと自分への信頼の証で。
知りたくなかった。
そのまま部屋を飛び出し、宿屋の外に出る。
しばらく走って、道ばたで足を止めた。
「変、ですね。変です」
息が上がっている。普段ならこの程度走ったくらい、呼吸が苦しくならないのに。
「私も、フォスも」
「へえ、お前も動揺することがあるのか。
知りたかったな」
不意に響いたのは、この場にいるはずのない人物の声。
男性にしてはやや高めの声に、信じられないように視線を向けた。
「あ、」
少し離れた場所、亜麻色の長い髪の青年が佇んでいる。
「…どうして、ここに」
「わからないかい?」
「私を、殺したいからですか」
「そうだよ。聡明なクリス」
彼はにこりと微笑んで、武器一つ持たずにこちらに歩いてくる。
「お前は賢くて、優秀で、僕ではとても敵わない。
だから、憎らしくて憎らしくて──
愛しかったんだよ」
「え」
思わぬ言葉に息を呑んだ矢先だ。
「クリス!」
聞こえた、自分を呼んだ声は、耳に馴染んだ、特別なもの。
背後から伸びた腕が自分を抱き寄せるのと、目の前に立つ青年が懐から銃を取り出したのは同時だった。
銃声が響く。
撃たれた? いや、違う。だって痛くない。
なら、どうして手を、真っ赤な血が汚している?
「フォス!!!」
それは、自分を庇った彼が、撃たれたからだ。
その場にくずおれたファウストの身体を抱いて、その場に座り込んだクリスの悲鳴に似た声に青年は意外そうにくすくすと笑う。
「お前が、そんな声も出せるのか。
知りたくなかったよ。
お前は一度も、そんな声で僕を呼ばなかった。
あのときですら」
「フォス? フォス!
どうして…!」
青年の声すら耳に入らないように、ただ腕の中の男を呼ぶ。
不意に伸びてきた大きな手が、そっとクリスの頬に触れた。
血まみれの手が、黒髪を、白い肌を濡らしていく。
「しょうが、ねえだろ。
結局、こういうのが男の花道って、やつだ」
浅い呼吸を吐いて、ファウストがクリスを見つめてまなじりを緩ませる。
「…無事でよかった。クリス…」
その言葉が、信じられなかった。信じたくなかった。
「…フォス」
「美味しいですね」
「ああ、そうだな」
「そういえばこの街に来る前、襲ってきた集団、どちらの追っ手だと思います?」
「さあな。興味ねえ」
「あなたはそうでしょうねえ」
興味がないところは、実にファウストらしい。
「だが、」
しかし不意に伸びてきた大きな手がクリスの頬に触れる。
「お前狙いの奴らじゃなければいい」
そのまなざしも表情も真剣で、真摯だった。
心臓がドッと脈打ち始めて、ぱっと手から避ける。
「そうですか。あなたにしては珍しいことを言いますね」
「おい、クリス?」
戸惑ったようなファウストの声が背後で聞こえる。
「いえ、そろそろ宿に行きませんか。埋まっちゃいますよ」
「…そうだな」
ファウストは頷いたが、明らかになにか言いたげだった。
宿屋についてすぐ風呂に行き、上がってくると同じように風呂に入ったばかりのファウストが薄着で寝台の上に座っていた。
上半身に服を着ていないので、その背中が見える。
「傷口、残ってるんですね」
「あ?」
「バルデア教の」
「ああ…、まあ最近の傷だからな」
クリスの言葉に、ファウストは何気なく答える。
「すみません」
「なんでお前が謝る」
「私がヘマしたせいでしょう」
「お互い様だ」
「そうですか」
「ああ」
淡々と、しかしこちらを気遣って答えるファウストになんだか可笑しくなってつい「ふふっ」と笑ってしまう。
「お互い様ですか」
そのまま自分の寝台に腰掛け、くすくす笑ったクリスの横顔をファウストがじっと見つめた。
「覚えてるか」
「え?」
立ち上がってこちらの寝台に移ってきたファウストがそのまま、そっとクリスにキスをする。そのまま固まってしまったクリスを見て、細い肩を押すとシーツの上に漆黒の髪が散らばった。
「そのときに、お前が初めて俺を誘った。
そのときは深く考えなかったが、どうして俺だった?」
「どう、って」
クリスは硬直するしかない。
どうして誘った? あのときは、深い意味なんかなかったはずで。
「俺以外の奴でも、そうやって身体を許したのか」
「ど、どうしたんです、フォス。
なんだか怒ってるみたい…」
「ああ、怒ってる」
冗談めかして言ったのに、即答されて呼吸を失う。
「怒ってるんだよ」
ファウストはそう言うのに見上げた先にある顔は悲しんでいるようにも見える。
「…どうして」
「わからねえか」
わからない。
(わかりたくない)
そう思った瞬間、ファウストの身体を突き飛ばしていた。
自分の力ではびくともしないはずの巨躯が背後に傾いたのは、きっと自分への信頼の証で。
知りたくなかった。
そのまま部屋を飛び出し、宿屋の外に出る。
しばらく走って、道ばたで足を止めた。
「変、ですね。変です」
息が上がっている。普段ならこの程度走ったくらい、呼吸が苦しくならないのに。
「私も、フォスも」
「へえ、お前も動揺することがあるのか。
知りたかったな」
不意に響いたのは、この場にいるはずのない人物の声。
男性にしてはやや高めの声に、信じられないように視線を向けた。
「あ、」
少し離れた場所、亜麻色の長い髪の青年が佇んでいる。
「…どうして、ここに」
「わからないかい?」
「私を、殺したいからですか」
「そうだよ。聡明なクリス」
彼はにこりと微笑んで、武器一つ持たずにこちらに歩いてくる。
「お前は賢くて、優秀で、僕ではとても敵わない。
だから、憎らしくて憎らしくて──
愛しかったんだよ」
「え」
思わぬ言葉に息を呑んだ矢先だ。
「クリス!」
聞こえた、自分を呼んだ声は、耳に馴染んだ、特別なもの。
背後から伸びた腕が自分を抱き寄せるのと、目の前に立つ青年が懐から銃を取り出したのは同時だった。
銃声が響く。
撃たれた? いや、違う。だって痛くない。
なら、どうして手を、真っ赤な血が汚している?
「フォス!!!」
それは、自分を庇った彼が、撃たれたからだ。
その場にくずおれたファウストの身体を抱いて、その場に座り込んだクリスの悲鳴に似た声に青年は意外そうにくすくすと笑う。
「お前が、そんな声も出せるのか。
知りたくなかったよ。
お前は一度も、そんな声で僕を呼ばなかった。
あのときですら」
「フォス? フォス!
どうして…!」
青年の声すら耳に入らないように、ただ腕の中の男を呼ぶ。
不意に伸びてきた大きな手が、そっとクリスの頬に触れた。
血まみれの手が、黒髪を、白い肌を濡らしていく。
「しょうが、ねえだろ。
結局、こういうのが男の花道って、やつだ」
浅い呼吸を吐いて、ファウストがクリスを見つめてまなじりを緩ませる。
「…無事でよかった。クリス…」
その言葉が、信じられなかった。信じたくなかった。
「…フォス」
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