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第三話 初めての
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寝台の上に寝そべったまま動かないシンディーのうつくしい髪を、黒々とした大きな手が梳く。
一糸まとわぬ姿で眠るシンディーの白い肌には無数の所有印と牙の跡が刻まれている。
首筋から腕に走る黒い刻印を指でなぞり、ナディールは満足げに微笑んだ。
シンディーと出会ってもう一週間は経つ。
彼を抱いた回数も片手の指では数え切れないほどにはなってきた。
正直男を抱くのは長い人生の中でもはじめてのことだった。なのに、すっかりやみつきになっている。
容姿や性格はこの上なく自分好みで、血の味も身体も極上。ほんとうに、あの日偶然彼に会えたのは運が良かった。
牙が与える催淫効果のせいで、セックスの最中はシンディーも抵抗の意思をあまり見せない。
気が狂うような快楽でいつも意識は半分飛んでいて、身も世もなく乱れて泣きながらナディールの身体にすがりつく。
治癒力の高い吸血鬼の肉体は背や腕に刻まれた爪痕や、肩に残された噛み跡などすぐに消してしまう。それをはじめて少し惜しく思った。
行為が終わって理性が戻ったシンディーにその跡を見せてやったらどんな表情をするだろうと想像しただけでぞくぞくする。
まあいつもシンディーの意識が戻った頃には消えてしまうから無理なのだが。
「………やめろ」
不意にか細い声が響いて、ナディールは視線を傍らの身体に向けた。
シンディーの隣に座ってベッドヘッドにもたれ、シンディーの髪を撫でていたナディールを見上げ、シンディーは不快げに顔をしかめている。
理性があるときはいつも彼はそんな顔をしている。吸血鬼だと知られる前に目にした微笑みは、契約を結んでからは一度も見ていない。
「おまえ、年中そんな顔してっと眉間の皺が取れなくなるぞ」
「誰のせいだ」
「まあオレのせいなんだろうが。
抱かれている最中はかわいい顔してんのに…。
あ、かわいいっつーか、最高にそそる顔っつーのかあれは」
「……悪趣味」
欲をにじませて告げるとシンディーは顔を背けてつぶやくように毒づいた。
「褒めてんだぜ?
男に欲情したのもおまえがはじめてだし、おまえの泣き顔は女よりずっとエロいし綺麗だ」
「…黙らねえとその口縫い付けるぞ」
「出来るもんならな」
そう言いながらもナディールは至極楽しそうに笑っている。
「…獲物にならなにされても許すのか?」
「そうでもねえなあ。
気に入らないことがあったらすぐ捨てちまうし。
ただ、おまえの場合は別かもな」
ナディールはまだ薄闇に包まれた窓の外を眺め、片膝を立てて口の端をつり上げた。
「オレを人間だと思ってるうちならともかく、吸血鬼だってバレても怯えないやつなんておまえ以外にはいなくてよ。
むしろオレが吸血鬼だってわかってて、逆らえねえのがわかりきってんのにあきらめねえおまえのプライドの高さと気の強さがよぉ、すっげえ興奮するんだわ」
ナディールの顔に浮かんでいるのは嗜虐に歪んだ笑みだ。
シンディーはその横顔を見上げ、眉を寄せたまま黙っている。
「猫ってのはよぉ、じゃれて爪を立てるのが愛らしいって知人が言ってたんだが、おまえ見てるとその意味がよくわかるんだよなあ」
「…オレが猫だと言う気か?」
「かもな。
ああ、でもおまえはむしろ、手負いのライオンか」
愉悦のにじんだ声音に、シンディーはゆっくりと上体を起こすと「じゃあじゃれついても許してくれるのか?」と甘さを含んだ声でささやいた。
「なんだ?
その気になったのか?」
「さあ?
牙の効果がまだ残ってんじゃねえの?」
面白そうに視線を向けたナディールの首に片腕を絡めると、シンディーは裸体を惜しげも無くさらしてナディールの足にまたがる。
ねっとりと舌を絡めるキスをして、そのままナディールの身体をシーツの上に押し倒した。
「…残念だが少しわざとらしいな。
色仕掛けで騙すならもっとうまくやらないとダメだぜ」
「…っ」
「ま、オレじゃなかったらどんな男だろうところっと騙されるかもな。
おまえはそれだけ色っぽいし、男を誘うのもうまい。
マジでオレがはじめての相手か?」
シーツの中でシンディーの右腕を掴んだまま、ナディールは薄く笑って問う。
息を呑んで固まったシンディーの腕を引っ張ると、その手にはナイフが握られていた。
「…………男を誘ったつもりなんざ、一度もねえな」
「じゃあ、元々男を誘うなにかがおまえにはあるんだろうな。
魔性っつーのか?
おまえに惚れてる男はいっぱいいるみてえだし。
まあ、おまえに色仕掛けしてまで殺したいと思われた男はオレだけだろうが」
低くうなるような声にもナディールは愉快そうに笑って、シンディーの腕を掴んでいた手を離す。
それにシンディーが目を瞠った。
「いいぜ?
べつに刺してもよ。
さっきのキスの礼だ。やりたきゃやれよ。
ただし無意味だぜ。
おまえのベッドが汚れるだけだ」
ナディールはシーツの上に横たわったまま、いたぶるような笑みでシンディーを見上げて言う。
「試しに心臓でも刺してみるか?
場所は人間と変わらねえぜ」
「……………」
「ああ、その悔しそうな顔もそそるわ。
おまえ、マジで綺麗だな。
…やっぱ、無意識で男を誘ってんだろ?」
嘲笑うような言葉にシンディーがナイフを握った手を振り上げる。ナディールは笑みを口元に刻んだまま逃げない。
ナイフが切り裂いたのはナディールが頭を埋めていた枕で、白い羽毛が舞い散った。
シンディーが振り下ろしたナイフは枕に刺さっている。シンディーはナイフの柄を握ったまま、憎悪に顔をゆがめてナディールを見下ろしていた。
ほんとうならばナディールを刺してやりたかっただろう。けれど無意味だとわかっていたから出来なかった。
頭では無駄だとわかっていて、それでもナディールに対する怒りも憎悪も殺せない。
その端正な顔に浮かんだ激情に、ナディールは背筋をぞくりと震わせた。
誰もが自分の正体を知れば怯えて命乞いをした。シンディーだけがいつも曇りのない真っ直ぐな憎悪と殺意を向けてくる。逸らされないそのまなざしは怯えなど映さない。
「…おまえ、ほんと最高だな」
ナディールは愉悦に顔を歪ませると上体を起こし、シンディーの腰を抱き寄せて身体を密着させる。
思わず逃げようとした白い身体を抱きしめることで拘束し、形の良い尻をわしづかむとまだやわらかな奥へと指を差し入れた。
「っあ…!」
「まだまだ体力余ってるみたいだし、もう少し楽しませてもらうぜ。
オレのかわいい人形さんよ?」
びくんと跳ねたシンディーの身体を押さえ込むと、そそり立った欲望を先ほど散々味わった奥へと埋めていく。
「ひ、ぁ!
ぁあ、っ――!」
牙の与えた作用がまだ残っていたのか、はたまた散々抱かれたせいで身体が敏感になっていたのか、シンディーは甲高い声を上げてナディールの身体にすがりつく。
涙のにじんだ碧い瞳を見下ろし、その唇に喰らいついた。
『オレに泣きながらすがりついて、もっとってせがんで来たじゃねえか』
実のところ、その言葉は嘘だ。
泣きながらすがりついてきたのは事実だが、彼は一度たりともナディールを求めるような言葉は口にしなかった。
激しい快楽に溺れそうになりながら、必死で己をつなぎ止めている。あきれるほどのプライドの高さが、彼を水際で踏みとどまらせている。
その彼の哀れなほどの抵抗がかわいくて仕方ない。めちゃくちゃにして理性もなにもかも崩して、子供のように自分にすがらせたいと思うのと同時に、もっとそのかわいいあがきを見ていたいとも思う。
こんな感情を人に抱いたのも、はじめてだった。
翌日の昼過ぎ。
リビングのソファに腰掛け、本を読んでいるシンディーの横顔を何とはなしに眺め、ナディールはキッチンに立ったまま「なに読んでるんだ?」と尋ねた。
ナディールが居候するようになってからは、食事の支度はナディールの役目だ。それはべつにかまわない。血をもらうお礼のようなものだと思ってるし自分でやるとも言ったし。
「おまえに関係はない」
シンディーの返答は想像通りのものだった。
シンディーにとってナディールは憎悪の対象だ。やさしい態度など見せるはずもない。
本にはカバーがかけられていて、なんの本なのかわからなかった。
「吸血鬼にまつわる物語か?」
直感で尋ねてみてもシンディーの表情は変わらず、視線すら動かない。
ただ、わずかに本を持っている指がはねた。
「そんなフィクションをいくら読んだって無駄だぜ。
どれも間違いばかりだからな」
「そうだな。
噛まれた人間が吸血鬼になるという話も嘘のようだし」
「そうだな。嘘だ。
マジだったらそんな気軽に襲ってねえよ。面倒だし」
シンディーは紙面に落としていた視線を持ち上げ、ゆっくり近寄ってきたナディールに向ける。
「まあ、人間を同族にする方法が皆無なわけじゃねえが、好き好んでやるやつも少ないと思うぜ?」
「ふうん…」
視線を外してつぶやく声もあまり関心もなさそうだ。ナディールが自分にそれをやると思ってないからだろう。
ナディール自身、いくらお気に入りの“贄”だからといってそこまでする気はなかった。
「…まあ、おまえの血が飲めなくなるのは嫌だから、場合によってはわからねえけどな?」
シンディーのおとがいを掴んでそう告げたのは、冗談だった。
シンディーの反応を見たくて言っただけだった。
「…思ってもいないことを言うな。
ぶん殴るぞ」
「…冗談だってわかるのか?」
「だいたいはな。
おまえはわかりやすいんだ」
あっさり見抜かれて少し驚いたが、シンディーは元々人の感情の機微に聡いらしい。
相手の言葉が本心か否かくらいは簡単に見抜けるようだ。
「出会ったとき、オレがおまえを見ていた意味はすぐ気づかなかったがな」
「せいぜいオレの身体目当て程度にしか思ってなかったんだ。
まさか吸血鬼だなんて誰が想像するか」
「確かにな」
シンディーはかなり腕っ節が強い。自分の身体目当てでも倒せる自信があったから勧誘しに来たのだろう。
「もうオレにチームに入れと言う気はないんだな」
「リックにでも聞いたのか?」
「ああ、この前な」
「…正直悩んではいる」
その返答には驚いた。てっきり自分が吸血鬼だと知ってそんな気は失せたのだと思っていたから。
「オレが吸血鬼だってわかってんのにか?」
「おまえが言っていただろう?
人間に紛れて生きてる吸血鬼は大勢いる。
その中には著名人もいると」
「…ああ」
「そういうやつは正体がばれないために力をセーブしていると聞いた。
ならおまえもそうするんだろう。
それなら大きな問題があるわけじゃない」
こともなげに言ったシンディーに、信じられないものを見るような視線を向ける。
「…吸血鬼だぜ?」
「だから」
「力云々じゃなく、人間じゃないものをチームに入れて平気なのか?」
「チームメイトを害さないと保証されるならべつにかまわない。
おまえが手出しするのがオレに限られるなら、むしろ利用しないとオレが損だ。
オレは勝手におまえの“贄”にされて利用されてるんだから、オレにもメリットがないとやってられねえよ」
なに言ってんだバカじゃねえのか、とでも言いたげなあきれ顔で見上げられ、ナディールはしばらく絶句したままなにも言えなかった。
散々自分に好き勝手されて、辱められて、激しい憎悪を自分に抱いているはずなのに、彼の精神はどこまでも強靱でしなやかで、決して折れない。
利用されるなら同じだけ利用してやると臆しもせずに言う。
意志の強いまなざしは、いつだって鈍らない。曇らない。
抱かれている最中ですら、その射貫くような瞳だけは消えなかった。
理解した瞬間、胸にわき上がった不可解な感情はなんだったのか。
「…へえ、ずいぶん肝が据わってんだな」
「そうでなきゃとっくに逃げ出してるさ」
「そうかもしれねえが、…その意志の強さがいつまで保つのかちょっと試してみたくなったわ」
ナディールの唇が嗜虐に歪んだ瞬間、シンディーは自分の身体から自由が奪われたのを理解して息を呑んだ。
シンディーの手にあった本が床に落ちる。
ナディールの支配下に置かれた身体は、指一本動かせない。
「…な、…んの、まねだ…」
かろうじてナディールの顔をにらみ、震える声を絞り出す。
「今言っただろ?
試したくなったんだって。
思えば、今までは牙の催淫作用で我を失ってたからな。
自分がオレにどんな風に抱かれてるのか、よくわかってなかっただろ?
どれほど乱れて泣いてすがっても、牙の効果のせいだって自分をごまかせたもんな。
じゃあ、いっぺん冷静な頭のままでオレに抱かれたらどうなんのかなあ?」
「……って、めえ」
「今までは牙の効果のせいで理性なんてなくなってたからわかんなかったもんな?
女みたいに腰を高く掲げて、めちゃくちゃに犯されてよがる自分を直視せずに済んでたんだ。
…その分たっぷり思い知らせてやるよ。
自分の身体がどれだけいやらしく変わっちまったのか、男を悦ばせるような淫らな身体になっちまったのかってのをよ?
じらしまくるのも楽しそうだな。
…いったいいつまで我慢出来るのか、試して……………ああ。
もっといい方法があったか」
にやにやといやらしい笑みを浮かべてシンディーのささやかなあがきを楽しんでいたナディールは、不意に口の端を歪めて言った。
その瞳はまるで、獰猛な獣が抵抗出来なくなったウサギをいたぶるような残酷な色をしている。
「シンディー。
――オレに奉仕してみせろ」
「…っ」
「主の命令だ。
逆らえないだろう?」
ナディールの言葉の意味を理解して、シンディーの顔が激情に染まる。
ナディールはもったいぶった動きでシンディーの前に立つと顎で促した。
のろのろと立ち上がったシンディーが、震える手を伸ばすのを見てナディールはまた口を開くとこう告げる。
「ああ、その前に服脱いでもらおうか。
どのみちぜんぶ脱ぐんだからべつにかまわねえだろ」
びく、とシンディーの肩がはねたが、ナディールの支配下にある身体は従順に動くしかない。
それでも動作が遅いのは、指先が震えているのは恐怖からではなく、ナディールの命令に必死で抗おうとしているからだ。
静かな室内に衣擦れの音が響く。
シャツとパンツ、下着もすべて脱ぎ去ると、均整の取れた肉体があらわになった。
無駄を一切そぎ落とされた鍛え上げられた身体は、見惚れるほどうつくしい。その至る所に刻まれた跡を満足げに眺め、ナディールは視線でシンディーを促す。
シンディーの顔がわずかに歪んだが、彼はそのまま目の前に四つん這いになった。
かすかに震える指先がナディールのベルトを外し、前をくつろげる。
「…っん」
既に反応し始めていたものを口に含むと、やや苦しげに眉を寄せながら愛撫し始めた。
男に奉仕するなどはじめてだろう。手つきも口淫もややつたない。
だがシンディーが屈辱を感じながら命令によって無理矢理従わされていると思うとひどく興奮した。
「ん、っぅ」
ひどくうつくしい男が一糸まとわぬ姿で四つん這いになり、必死で愛撫を続ける姿はそれだけでとてもいやらしく、身体を昂ぶらせるには充分すぎる光景だ。
早くその腰を掴んで無我夢中で犯してしまいたい衝動に襲われ、ナディールは口元を歪ませる。
じらすつもりが、自分のほうが堪えきれなくなっている。
男にこんな気持ちになったのは――いや、人間にこんな狂おしいほどの欲望を抱いたのははじめてだった。
シンディーがもっと弱い人間ならば、きっと使い捨ての餌にするだけだったはずだ。
自分を魅了したのは、その身体でも血の味でもなく、その強すぎる精神だった。
「んんっ、む、ん…っ」
「あー、…やべえ。
もう無理だわ…」
欲に染まりきった顔でつぶやくと、ナディールはそのうつくしい髪に指を差し入れ、自ら腰を動かす。
「んっ、ぅ、ん――っ…!」
喉を突かれたのか、シンディーが苦しげな声を漏らした。
その目尻に涙が浮かぶ。
口内で吐き出された熱い液体を、どうにか飲み干したものの咳き込んでしまった。
身体を支配されていなければ吐き出していただろう。
「…っぁ、は……」
四つん這いの姿勢のまま荒く呼吸をするシンディーの腕を掴んで立たせる。
こちらを見たシンディーの瞳は潤んで肌も上気していて、ひどくいやらしかった。
「オレのを舐めて感じてたのかよ?
淫乱だな」
「…っ」
既に反応し始めていたものを見て揶揄すると、白い頬がさっと赤く染まった。
「だから言っただろ?
おまえの身体は変わっちまったんだって。
男を誘うような、淫らな身体によ」
「…」
嘲笑ったナディールをきつくにらみつけ、シンディーは悔しげに唇を噛む。
ナディールはぞくりと背筋を震わせると、ソファに腰掛けてシンディーを招いた。
わずかに固まった身体はそれでも逆らえず、ナディールの首に腕を回し、その足にまたがる。
「舐めろよ。
昨日散々抱いたとはいえ、多少は慣らさないと痛いのはおまえだぜ?」
「…っ…ん」
目の前に差し出された指を、シンディーは眉を寄せながら従順に口に含んだ。
瞬間、指に走った痛みにナディールは息を呑む。
思わず引っ込めた手の指先には、きつく歯形が残されていた。血がにじむほどに。
傷はすぐに癒えてしまったが、この状況下でも素直に従うことをしないシンディーに驚いたし、ひどく興奮もした。
シンディーは驚きに染まったナディールの顔を見上げ、わずかに口の端を引き上げる。
どこまでも強気な笑みは、出会った日、コートで見せたものと似ている。
ナディールの目を奪った、王者のような艶やかな笑みだ。
ナディールの唇が喜悦に歪んだ。背筋を走る震えは興奮と歓喜だ。
この男に会えたことを、どうしようもなく幸運だと思った。
「…そうだ。その顔だ」
ナディールの口からこぼれた言葉に、シンディーの瞳にわずかに驚きが混ざった。
「っんん…!」
強引にシンディーの口に指を突っ込むと、苦しげな声を漏らしたシンディーにかまわず口内を愛撫する。
傷が癒えても指に付着した血はそのままだ。口内に広がった血の味に、シンディーは不快げに眉をしかめた。
それでも身体は自由にならない。ナディールの指に舌を這わせ、くぐもった声をこぼす。
しばらくして指を引き抜くと、ナディールはその指をシンディーの足の間に伸ばした。
「っひ、ぁ!」
まだやわらかい箇所に躊躇なく指を二本突っ込むと、シンディーの身体が大きく震える。
ナディールは興奮に顔をゆがめ、空いた手でシンディーの後ろ頭を抱くと深く唇を奪った。
寝台に横たわったシンディーの横顔を眺め、ナディールはちいさく息を吐く。
窓の外は夕闇に沈んでいた。
牙の効果がなくとも、何度も抱かれたせいですっかりナディールに慣れた身体はなにをされても快楽を得ただろう。シンディーも泣きながら乱れて嬌声を漏らしていた。
ただ、冷静な思考が残っていたためにナディールにすがることはしなかったし、求める言葉などなおさらに吐くはずもない。
どこまでも強情で、そんなところが愛らしいとすら感じた。
「…満足か?」
不意にかすれた声が響いて、ナディールはわずかに目を瞠る。
自分に背を向けて眠っていたシンディーのまぶたが開いて、ナディールを見上げた。
「無理矢理従わせて、満足か」
「……いや、興奮はしたが、満足ってのとはちがうな」
ナディールはやや迷ってそう答える。シンディーはそれをどう思ったのか、なにも言わなかった。
「無理矢理従わせるのが楽しいというか、おまえが必死で抗うのを見るのが楽しいんだ。
おまえはなにをされても折れねえんだろうなと思ったからよ」
今回はシンディーは冷静な思考を失っていなかった。
だから思い知らせるようにいろんなことをした。恥ずかしい体位で無理矢理犯しもしたし、屈辱的な言葉を言わせもした。
けれどその気高いまなざしだけは消えることはなかった。
「だから、傷つけられても許すぜ。
おまえなら。
噛みたきゃ噛めばいいし、傷つければいいさ。
オレはかまわねえ。
ただ、おまえの身体に傷は付けるな」
ナディールはそう言ってシンディーの手を掴んで自分の目の前に持ち上げる。
白い手のひらには爪の跡があり、血がにじんでいた。
ナディールに奉仕している間も、抱かれている間も、きっと自分の皮膚に爪を立てて必死で抗おうとしていたのだろう。
その健気なまでの抵抗を、なぜかひどく愛おしく感じた。
「おまえは爪の先から髪一本に至るまでオレのものなんだ。
傷付けることは許さねえぜ」
「…オレはオレのものだ。
…誰かのものになることなんて、ぜったいにねえよ」
散々抱かれて起き上がる力すらないくせに、シンディーは強気に自分をにらむ。
「そりゃ無理だ。
会っちまった以上、オレはおまえを手放さねえよ。
運命だと思ってあきらめな」
ナディールの宣告のような言葉にすら、そのまなざしは曇らない。
その瞳が絶望に染まることはない。
絶望した彼の顔を見たいとは思えなかった。むしろずっとその強い瞳で見ていて欲しいと思った。
「おまえにとっちゃ、会わなければよかったかもな。
会ってしまった以上、逃げられねえんだからよ」
「くっだらねえ」
不意に吐き捨てるような口調で言ったシンディーに、ナディールは息を呑んだ。
「運命?
バカにするのもいい加減にしろ。
そんなもん存在しねえよ。
あのときオレが自分の意思でコートに向かっていたからたまたま会っただけだ。
ただの偶然じゃねえか。
運命なんてくだらねえ言葉、オレは信じる気もないし嫌いだね。
…オレは自分の行動や言葉を後悔する気なんてこれっぽっちもねえ」
あの日、自分がコートに向かっていたからナディールにぶつかった。ナディールを勧誘するために追いかけたからあの場にいた。
それらはすべて己の意思によるもので、誰のせいでもないと彼は言う。
その上で後悔する気はない、と告げた。
「この先なにがあろうが後悔なんざしねえ。
終わりよければすべてよしって言うんだぜ?
オレが最終的にてめえを屈服させられればいいんだよ。
吸血鬼だろうが知った事か。
そのうちにみじめに這いつくばらせてやるから覚悟してやがれ」
先ほども見せた、不敵で艶やかな笑みがシンディーの口元を彩っていた。
ナディールを射貫くまなざしも、出会ったときとなにも変わらない。
――自分を人間だと思っていたときと、彼はなにも変わらないのだ。
ああ、そうか。
ふと気づいて、ナディールはこみ上げる笑いを殺せなかった。
自分を利用すると言い放ったシンディーに感じたあの不可解な感情は、きっと喜びであり、感動だった。
自分に決して怯えないシンディーに、期待したからだった。
けれど疑う気持ちのほうが強かったから、試そうとした。ほんとうに自分に屈しないのか、怯えないのかと。
その結果がこれだ。
シンディーはなにがあっても自分に屈しない。その精神が折れることは決してない。
それを思い知ったから、今、自分はきっととてもうれしいのだ。
「…オレはおまえに会えて最高にうれしいぜ。
シンディー」
ひどく満たされた顔でささやいた自分を見て、シンディーはわずかに驚いたように目を見開いた。
一糸まとわぬ姿で眠るシンディーの白い肌には無数の所有印と牙の跡が刻まれている。
首筋から腕に走る黒い刻印を指でなぞり、ナディールは満足げに微笑んだ。
シンディーと出会ってもう一週間は経つ。
彼を抱いた回数も片手の指では数え切れないほどにはなってきた。
正直男を抱くのは長い人生の中でもはじめてのことだった。なのに、すっかりやみつきになっている。
容姿や性格はこの上なく自分好みで、血の味も身体も極上。ほんとうに、あの日偶然彼に会えたのは運が良かった。
牙が与える催淫効果のせいで、セックスの最中はシンディーも抵抗の意思をあまり見せない。
気が狂うような快楽でいつも意識は半分飛んでいて、身も世もなく乱れて泣きながらナディールの身体にすがりつく。
治癒力の高い吸血鬼の肉体は背や腕に刻まれた爪痕や、肩に残された噛み跡などすぐに消してしまう。それをはじめて少し惜しく思った。
行為が終わって理性が戻ったシンディーにその跡を見せてやったらどんな表情をするだろうと想像しただけでぞくぞくする。
まあいつもシンディーの意識が戻った頃には消えてしまうから無理なのだが。
「………やめろ」
不意にか細い声が響いて、ナディールは視線を傍らの身体に向けた。
シンディーの隣に座ってベッドヘッドにもたれ、シンディーの髪を撫でていたナディールを見上げ、シンディーは不快げに顔をしかめている。
理性があるときはいつも彼はそんな顔をしている。吸血鬼だと知られる前に目にした微笑みは、契約を結んでからは一度も見ていない。
「おまえ、年中そんな顔してっと眉間の皺が取れなくなるぞ」
「誰のせいだ」
「まあオレのせいなんだろうが。
抱かれている最中はかわいい顔してんのに…。
あ、かわいいっつーか、最高にそそる顔っつーのかあれは」
「……悪趣味」
欲をにじませて告げるとシンディーは顔を背けてつぶやくように毒づいた。
「褒めてんだぜ?
男に欲情したのもおまえがはじめてだし、おまえの泣き顔は女よりずっとエロいし綺麗だ」
「…黙らねえとその口縫い付けるぞ」
「出来るもんならな」
そう言いながらもナディールは至極楽しそうに笑っている。
「…獲物にならなにされても許すのか?」
「そうでもねえなあ。
気に入らないことがあったらすぐ捨てちまうし。
ただ、おまえの場合は別かもな」
ナディールはまだ薄闇に包まれた窓の外を眺め、片膝を立てて口の端をつり上げた。
「オレを人間だと思ってるうちならともかく、吸血鬼だってバレても怯えないやつなんておまえ以外にはいなくてよ。
むしろオレが吸血鬼だってわかってて、逆らえねえのがわかりきってんのにあきらめねえおまえのプライドの高さと気の強さがよぉ、すっげえ興奮するんだわ」
ナディールの顔に浮かんでいるのは嗜虐に歪んだ笑みだ。
シンディーはその横顔を見上げ、眉を寄せたまま黙っている。
「猫ってのはよぉ、じゃれて爪を立てるのが愛らしいって知人が言ってたんだが、おまえ見てるとその意味がよくわかるんだよなあ」
「…オレが猫だと言う気か?」
「かもな。
ああ、でもおまえはむしろ、手負いのライオンか」
愉悦のにじんだ声音に、シンディーはゆっくりと上体を起こすと「じゃあじゃれついても許してくれるのか?」と甘さを含んだ声でささやいた。
「なんだ?
その気になったのか?」
「さあ?
牙の効果がまだ残ってんじゃねえの?」
面白そうに視線を向けたナディールの首に片腕を絡めると、シンディーは裸体を惜しげも無くさらしてナディールの足にまたがる。
ねっとりと舌を絡めるキスをして、そのままナディールの身体をシーツの上に押し倒した。
「…残念だが少しわざとらしいな。
色仕掛けで騙すならもっとうまくやらないとダメだぜ」
「…っ」
「ま、オレじゃなかったらどんな男だろうところっと騙されるかもな。
おまえはそれだけ色っぽいし、男を誘うのもうまい。
マジでオレがはじめての相手か?」
シーツの中でシンディーの右腕を掴んだまま、ナディールは薄く笑って問う。
息を呑んで固まったシンディーの腕を引っ張ると、その手にはナイフが握られていた。
「…………男を誘ったつもりなんざ、一度もねえな」
「じゃあ、元々男を誘うなにかがおまえにはあるんだろうな。
魔性っつーのか?
おまえに惚れてる男はいっぱいいるみてえだし。
まあ、おまえに色仕掛けしてまで殺したいと思われた男はオレだけだろうが」
低くうなるような声にもナディールは愉快そうに笑って、シンディーの腕を掴んでいた手を離す。
それにシンディーが目を瞠った。
「いいぜ?
べつに刺してもよ。
さっきのキスの礼だ。やりたきゃやれよ。
ただし無意味だぜ。
おまえのベッドが汚れるだけだ」
ナディールはシーツの上に横たわったまま、いたぶるような笑みでシンディーを見上げて言う。
「試しに心臓でも刺してみるか?
場所は人間と変わらねえぜ」
「……………」
「ああ、その悔しそうな顔もそそるわ。
おまえ、マジで綺麗だな。
…やっぱ、無意識で男を誘ってんだろ?」
嘲笑うような言葉にシンディーがナイフを握った手を振り上げる。ナディールは笑みを口元に刻んだまま逃げない。
ナイフが切り裂いたのはナディールが頭を埋めていた枕で、白い羽毛が舞い散った。
シンディーが振り下ろしたナイフは枕に刺さっている。シンディーはナイフの柄を握ったまま、憎悪に顔をゆがめてナディールを見下ろしていた。
ほんとうならばナディールを刺してやりたかっただろう。けれど無意味だとわかっていたから出来なかった。
頭では無駄だとわかっていて、それでもナディールに対する怒りも憎悪も殺せない。
その端正な顔に浮かんだ激情に、ナディールは背筋をぞくりと震わせた。
誰もが自分の正体を知れば怯えて命乞いをした。シンディーだけがいつも曇りのない真っ直ぐな憎悪と殺意を向けてくる。逸らされないそのまなざしは怯えなど映さない。
「…おまえ、ほんと最高だな」
ナディールは愉悦に顔を歪ませると上体を起こし、シンディーの腰を抱き寄せて身体を密着させる。
思わず逃げようとした白い身体を抱きしめることで拘束し、形の良い尻をわしづかむとまだやわらかな奥へと指を差し入れた。
「っあ…!」
「まだまだ体力余ってるみたいだし、もう少し楽しませてもらうぜ。
オレのかわいい人形さんよ?」
びくんと跳ねたシンディーの身体を押さえ込むと、そそり立った欲望を先ほど散々味わった奥へと埋めていく。
「ひ、ぁ!
ぁあ、っ――!」
牙の与えた作用がまだ残っていたのか、はたまた散々抱かれたせいで身体が敏感になっていたのか、シンディーは甲高い声を上げてナディールの身体にすがりつく。
涙のにじんだ碧い瞳を見下ろし、その唇に喰らいついた。
『オレに泣きながらすがりついて、もっとってせがんで来たじゃねえか』
実のところ、その言葉は嘘だ。
泣きながらすがりついてきたのは事実だが、彼は一度たりともナディールを求めるような言葉は口にしなかった。
激しい快楽に溺れそうになりながら、必死で己をつなぎ止めている。あきれるほどのプライドの高さが、彼を水際で踏みとどまらせている。
その彼の哀れなほどの抵抗がかわいくて仕方ない。めちゃくちゃにして理性もなにもかも崩して、子供のように自分にすがらせたいと思うのと同時に、もっとそのかわいいあがきを見ていたいとも思う。
こんな感情を人に抱いたのも、はじめてだった。
翌日の昼過ぎ。
リビングのソファに腰掛け、本を読んでいるシンディーの横顔を何とはなしに眺め、ナディールはキッチンに立ったまま「なに読んでるんだ?」と尋ねた。
ナディールが居候するようになってからは、食事の支度はナディールの役目だ。それはべつにかまわない。血をもらうお礼のようなものだと思ってるし自分でやるとも言ったし。
「おまえに関係はない」
シンディーの返答は想像通りのものだった。
シンディーにとってナディールは憎悪の対象だ。やさしい態度など見せるはずもない。
本にはカバーがかけられていて、なんの本なのかわからなかった。
「吸血鬼にまつわる物語か?」
直感で尋ねてみてもシンディーの表情は変わらず、視線すら動かない。
ただ、わずかに本を持っている指がはねた。
「そんなフィクションをいくら読んだって無駄だぜ。
どれも間違いばかりだからな」
「そうだな。
噛まれた人間が吸血鬼になるという話も嘘のようだし」
「そうだな。嘘だ。
マジだったらそんな気軽に襲ってねえよ。面倒だし」
シンディーは紙面に落としていた視線を持ち上げ、ゆっくり近寄ってきたナディールに向ける。
「まあ、人間を同族にする方法が皆無なわけじゃねえが、好き好んでやるやつも少ないと思うぜ?」
「ふうん…」
視線を外してつぶやく声もあまり関心もなさそうだ。ナディールが自分にそれをやると思ってないからだろう。
ナディール自身、いくらお気に入りの“贄”だからといってそこまでする気はなかった。
「…まあ、おまえの血が飲めなくなるのは嫌だから、場合によってはわからねえけどな?」
シンディーのおとがいを掴んでそう告げたのは、冗談だった。
シンディーの反応を見たくて言っただけだった。
「…思ってもいないことを言うな。
ぶん殴るぞ」
「…冗談だってわかるのか?」
「だいたいはな。
おまえはわかりやすいんだ」
あっさり見抜かれて少し驚いたが、シンディーは元々人の感情の機微に聡いらしい。
相手の言葉が本心か否かくらいは簡単に見抜けるようだ。
「出会ったとき、オレがおまえを見ていた意味はすぐ気づかなかったがな」
「せいぜいオレの身体目当て程度にしか思ってなかったんだ。
まさか吸血鬼だなんて誰が想像するか」
「確かにな」
シンディーはかなり腕っ節が強い。自分の身体目当てでも倒せる自信があったから勧誘しに来たのだろう。
「もうオレにチームに入れと言う気はないんだな」
「リックにでも聞いたのか?」
「ああ、この前な」
「…正直悩んではいる」
その返答には驚いた。てっきり自分が吸血鬼だと知ってそんな気は失せたのだと思っていたから。
「オレが吸血鬼だってわかってんのにか?」
「おまえが言っていただろう?
人間に紛れて生きてる吸血鬼は大勢いる。
その中には著名人もいると」
「…ああ」
「そういうやつは正体がばれないために力をセーブしていると聞いた。
ならおまえもそうするんだろう。
それなら大きな問題があるわけじゃない」
こともなげに言ったシンディーに、信じられないものを見るような視線を向ける。
「…吸血鬼だぜ?」
「だから」
「力云々じゃなく、人間じゃないものをチームに入れて平気なのか?」
「チームメイトを害さないと保証されるならべつにかまわない。
おまえが手出しするのがオレに限られるなら、むしろ利用しないとオレが損だ。
オレは勝手におまえの“贄”にされて利用されてるんだから、オレにもメリットがないとやってられねえよ」
なに言ってんだバカじゃねえのか、とでも言いたげなあきれ顔で見上げられ、ナディールはしばらく絶句したままなにも言えなかった。
散々自分に好き勝手されて、辱められて、激しい憎悪を自分に抱いているはずなのに、彼の精神はどこまでも強靱でしなやかで、決して折れない。
利用されるなら同じだけ利用してやると臆しもせずに言う。
意志の強いまなざしは、いつだって鈍らない。曇らない。
抱かれている最中ですら、その射貫くような瞳だけは消えなかった。
理解した瞬間、胸にわき上がった不可解な感情はなんだったのか。
「…へえ、ずいぶん肝が据わってんだな」
「そうでなきゃとっくに逃げ出してるさ」
「そうかもしれねえが、…その意志の強さがいつまで保つのかちょっと試してみたくなったわ」
ナディールの唇が嗜虐に歪んだ瞬間、シンディーは自分の身体から自由が奪われたのを理解して息を呑んだ。
シンディーの手にあった本が床に落ちる。
ナディールの支配下に置かれた身体は、指一本動かせない。
「…な、…んの、まねだ…」
かろうじてナディールの顔をにらみ、震える声を絞り出す。
「今言っただろ?
試したくなったんだって。
思えば、今までは牙の催淫作用で我を失ってたからな。
自分がオレにどんな風に抱かれてるのか、よくわかってなかっただろ?
どれほど乱れて泣いてすがっても、牙の効果のせいだって自分をごまかせたもんな。
じゃあ、いっぺん冷静な頭のままでオレに抱かれたらどうなんのかなあ?」
「……って、めえ」
「今までは牙の効果のせいで理性なんてなくなってたからわかんなかったもんな?
女みたいに腰を高く掲げて、めちゃくちゃに犯されてよがる自分を直視せずに済んでたんだ。
…その分たっぷり思い知らせてやるよ。
自分の身体がどれだけいやらしく変わっちまったのか、男を悦ばせるような淫らな身体になっちまったのかってのをよ?
じらしまくるのも楽しそうだな。
…いったいいつまで我慢出来るのか、試して……………ああ。
もっといい方法があったか」
にやにやといやらしい笑みを浮かべてシンディーのささやかなあがきを楽しんでいたナディールは、不意に口の端を歪めて言った。
その瞳はまるで、獰猛な獣が抵抗出来なくなったウサギをいたぶるような残酷な色をしている。
「シンディー。
――オレに奉仕してみせろ」
「…っ」
「主の命令だ。
逆らえないだろう?」
ナディールの言葉の意味を理解して、シンディーの顔が激情に染まる。
ナディールはもったいぶった動きでシンディーの前に立つと顎で促した。
のろのろと立ち上がったシンディーが、震える手を伸ばすのを見てナディールはまた口を開くとこう告げる。
「ああ、その前に服脱いでもらおうか。
どのみちぜんぶ脱ぐんだからべつにかまわねえだろ」
びく、とシンディーの肩がはねたが、ナディールの支配下にある身体は従順に動くしかない。
それでも動作が遅いのは、指先が震えているのは恐怖からではなく、ナディールの命令に必死で抗おうとしているからだ。
静かな室内に衣擦れの音が響く。
シャツとパンツ、下着もすべて脱ぎ去ると、均整の取れた肉体があらわになった。
無駄を一切そぎ落とされた鍛え上げられた身体は、見惚れるほどうつくしい。その至る所に刻まれた跡を満足げに眺め、ナディールは視線でシンディーを促す。
シンディーの顔がわずかに歪んだが、彼はそのまま目の前に四つん這いになった。
かすかに震える指先がナディールのベルトを外し、前をくつろげる。
「…っん」
既に反応し始めていたものを口に含むと、やや苦しげに眉を寄せながら愛撫し始めた。
男に奉仕するなどはじめてだろう。手つきも口淫もややつたない。
だがシンディーが屈辱を感じながら命令によって無理矢理従わされていると思うとひどく興奮した。
「ん、っぅ」
ひどくうつくしい男が一糸まとわぬ姿で四つん這いになり、必死で愛撫を続ける姿はそれだけでとてもいやらしく、身体を昂ぶらせるには充分すぎる光景だ。
早くその腰を掴んで無我夢中で犯してしまいたい衝動に襲われ、ナディールは口元を歪ませる。
じらすつもりが、自分のほうが堪えきれなくなっている。
男にこんな気持ちになったのは――いや、人間にこんな狂おしいほどの欲望を抱いたのははじめてだった。
シンディーがもっと弱い人間ならば、きっと使い捨ての餌にするだけだったはずだ。
自分を魅了したのは、その身体でも血の味でもなく、その強すぎる精神だった。
「んんっ、む、ん…っ」
「あー、…やべえ。
もう無理だわ…」
欲に染まりきった顔でつぶやくと、ナディールはそのうつくしい髪に指を差し入れ、自ら腰を動かす。
「んっ、ぅ、ん――っ…!」
喉を突かれたのか、シンディーが苦しげな声を漏らした。
その目尻に涙が浮かぶ。
口内で吐き出された熱い液体を、どうにか飲み干したものの咳き込んでしまった。
身体を支配されていなければ吐き出していただろう。
「…っぁ、は……」
四つん這いの姿勢のまま荒く呼吸をするシンディーの腕を掴んで立たせる。
こちらを見たシンディーの瞳は潤んで肌も上気していて、ひどくいやらしかった。
「オレのを舐めて感じてたのかよ?
淫乱だな」
「…っ」
既に反応し始めていたものを見て揶揄すると、白い頬がさっと赤く染まった。
「だから言っただろ?
おまえの身体は変わっちまったんだって。
男を誘うような、淫らな身体によ」
「…」
嘲笑ったナディールをきつくにらみつけ、シンディーは悔しげに唇を噛む。
ナディールはぞくりと背筋を震わせると、ソファに腰掛けてシンディーを招いた。
わずかに固まった身体はそれでも逆らえず、ナディールの首に腕を回し、その足にまたがる。
「舐めろよ。
昨日散々抱いたとはいえ、多少は慣らさないと痛いのはおまえだぜ?」
「…っ…ん」
目の前に差し出された指を、シンディーは眉を寄せながら従順に口に含んだ。
瞬間、指に走った痛みにナディールは息を呑む。
思わず引っ込めた手の指先には、きつく歯形が残されていた。血がにじむほどに。
傷はすぐに癒えてしまったが、この状況下でも素直に従うことをしないシンディーに驚いたし、ひどく興奮もした。
シンディーは驚きに染まったナディールの顔を見上げ、わずかに口の端を引き上げる。
どこまでも強気な笑みは、出会った日、コートで見せたものと似ている。
ナディールの目を奪った、王者のような艶やかな笑みだ。
ナディールの唇が喜悦に歪んだ。背筋を走る震えは興奮と歓喜だ。
この男に会えたことを、どうしようもなく幸運だと思った。
「…そうだ。その顔だ」
ナディールの口からこぼれた言葉に、シンディーの瞳にわずかに驚きが混ざった。
「っんん…!」
強引にシンディーの口に指を突っ込むと、苦しげな声を漏らしたシンディーにかまわず口内を愛撫する。
傷が癒えても指に付着した血はそのままだ。口内に広がった血の味に、シンディーは不快げに眉をしかめた。
それでも身体は自由にならない。ナディールの指に舌を這わせ、くぐもった声をこぼす。
しばらくして指を引き抜くと、ナディールはその指をシンディーの足の間に伸ばした。
「っひ、ぁ!」
まだやわらかい箇所に躊躇なく指を二本突っ込むと、シンディーの身体が大きく震える。
ナディールは興奮に顔をゆがめ、空いた手でシンディーの後ろ頭を抱くと深く唇を奪った。
寝台に横たわったシンディーの横顔を眺め、ナディールはちいさく息を吐く。
窓の外は夕闇に沈んでいた。
牙の効果がなくとも、何度も抱かれたせいですっかりナディールに慣れた身体はなにをされても快楽を得ただろう。シンディーも泣きながら乱れて嬌声を漏らしていた。
ただ、冷静な思考が残っていたためにナディールにすがることはしなかったし、求める言葉などなおさらに吐くはずもない。
どこまでも強情で、そんなところが愛らしいとすら感じた。
「…満足か?」
不意にかすれた声が響いて、ナディールはわずかに目を瞠る。
自分に背を向けて眠っていたシンディーのまぶたが開いて、ナディールを見上げた。
「無理矢理従わせて、満足か」
「……いや、興奮はしたが、満足ってのとはちがうな」
ナディールはやや迷ってそう答える。シンディーはそれをどう思ったのか、なにも言わなかった。
「無理矢理従わせるのが楽しいというか、おまえが必死で抗うのを見るのが楽しいんだ。
おまえはなにをされても折れねえんだろうなと思ったからよ」
今回はシンディーは冷静な思考を失っていなかった。
だから思い知らせるようにいろんなことをした。恥ずかしい体位で無理矢理犯しもしたし、屈辱的な言葉を言わせもした。
けれどその気高いまなざしだけは消えることはなかった。
「だから、傷つけられても許すぜ。
おまえなら。
噛みたきゃ噛めばいいし、傷つければいいさ。
オレはかまわねえ。
ただ、おまえの身体に傷は付けるな」
ナディールはそう言ってシンディーの手を掴んで自分の目の前に持ち上げる。
白い手のひらには爪の跡があり、血がにじんでいた。
ナディールに奉仕している間も、抱かれている間も、きっと自分の皮膚に爪を立てて必死で抗おうとしていたのだろう。
その健気なまでの抵抗を、なぜかひどく愛おしく感じた。
「おまえは爪の先から髪一本に至るまでオレのものなんだ。
傷付けることは許さねえぜ」
「…オレはオレのものだ。
…誰かのものになることなんて、ぜったいにねえよ」
散々抱かれて起き上がる力すらないくせに、シンディーは強気に自分をにらむ。
「そりゃ無理だ。
会っちまった以上、オレはおまえを手放さねえよ。
運命だと思ってあきらめな」
ナディールの宣告のような言葉にすら、そのまなざしは曇らない。
その瞳が絶望に染まることはない。
絶望した彼の顔を見たいとは思えなかった。むしろずっとその強い瞳で見ていて欲しいと思った。
「おまえにとっちゃ、会わなければよかったかもな。
会ってしまった以上、逃げられねえんだからよ」
「くっだらねえ」
不意に吐き捨てるような口調で言ったシンディーに、ナディールは息を呑んだ。
「運命?
バカにするのもいい加減にしろ。
そんなもん存在しねえよ。
あのときオレが自分の意思でコートに向かっていたからたまたま会っただけだ。
ただの偶然じゃねえか。
運命なんてくだらねえ言葉、オレは信じる気もないし嫌いだね。
…オレは自分の行動や言葉を後悔する気なんてこれっぽっちもねえ」
あの日、自分がコートに向かっていたからナディールにぶつかった。ナディールを勧誘するために追いかけたからあの場にいた。
それらはすべて己の意思によるもので、誰のせいでもないと彼は言う。
その上で後悔する気はない、と告げた。
「この先なにがあろうが後悔なんざしねえ。
終わりよければすべてよしって言うんだぜ?
オレが最終的にてめえを屈服させられればいいんだよ。
吸血鬼だろうが知った事か。
そのうちにみじめに這いつくばらせてやるから覚悟してやがれ」
先ほども見せた、不敵で艶やかな笑みがシンディーの口元を彩っていた。
ナディールを射貫くまなざしも、出会ったときとなにも変わらない。
――自分を人間だと思っていたときと、彼はなにも変わらないのだ。
ああ、そうか。
ふと気づいて、ナディールはこみ上げる笑いを殺せなかった。
自分を利用すると言い放ったシンディーに感じたあの不可解な感情は、きっと喜びであり、感動だった。
自分に決して怯えないシンディーに、期待したからだった。
けれど疑う気持ちのほうが強かったから、試そうとした。ほんとうに自分に屈しないのか、怯えないのかと。
その結果がこれだ。
シンディーはなにがあっても自分に屈しない。その精神が折れることは決してない。
それを思い知ったから、今、自分はきっととてもうれしいのだ。
「…オレはおまえに会えて最高にうれしいぜ。
シンディー」
ひどく満たされた顔でささやいた自分を見て、シンディーはわずかに驚いたように目を見開いた。
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