nameless

兔世夜美(トヨヤミ)

文字の大きさ
4 / 13

第四話 変化

しおりを挟む
 シュ、と音を鳴らして自分の爪を磨くナディールの顔を、シンディーは少し困った顔で見上げた。
 リビングのソファの上。シンディーの隣に座ったナディールはなにが楽しいのか、シンディーの爪をやすりで整えている。
 時刻は夜。風呂上がりにナディールがシンディーの爪を磨くと言い出して今の状態だ。
「好きだな。
 そういうの」
「んー…?」
「今まで餌にした女にもそうしてやったのか?」
 もしかして気に入ったやつにはそれなりに尽くすタイプなんだろうか、と考えたシンディーだったがナディールの返答は、
「いや、おまえがはじめてだな」
 という否定だった。
「ねだられたバッグや宝石を買ってやったことくらいならあるが、女にここまで尽くす気はねえな。
 そもそも素材が良くないと磨く気にならねえよ。
 おまえはその点、どこもかしこも綺麗だからな。
 磨き甲斐がある」
 そう言って綺麗に磨き上げられたシンディーの爪を指でなぞった。
 意味がわからない、とは思う。
 傲慢で自分勝手で、そのくせ妙に甲斐甲斐しい。
 自分を無理矢理所有しておいて、意外に尽くすようなこともするから反応に困った。
「…これじゃどっちが主だかわかんねえよ」
「おまえがオレのもんだからだよ。
 自分のもんに手を掛けるのは、オレは意外と好きらしい」
「意外と?他人事みたいな言い方だな?」
「おまえに会ってはじめて知ったからな」
 またそれだ。
 なにかにつけて「はじめてだ」とそればかり。
 男ははじめてだ。“贄”を作ったのははじめてだ。こんなことをしたのははじめてだ。
 あんまりにも「はじめて」だとばかり言われすぎて、信用していいのか悩む。
「人間だって、自分の大事な車や靴をきちんと手入れして磨くのは好きだろう?」
「オレは車と同列か?」
「いや、オレのかわいい人形だ」
「なお悪い」
 そのくせことあるごとに自分を「かわいい人形」と呼ぶ。
 結局のところこいつにとっての自分は、大事な大事なおもちゃくらいの認識なんだろうか。
 まあ確かに子供だってお気に入りのおもちゃはそれは大事にするだろうが。
「料理もその一環か?
 毎度毎度あんな手の込んだ料理をよく作るな」
「おまえはオレのごちそうだからな。
 栄養の高い良いもんを食ってもらわねえと。
 愛情込めて育てたほうが野菜も美味くなるらしいぜ?」
「愛情?
 欲望の間違いじゃねえの?」
「まあ確かにそうだが。
 それに料理は苦手じゃねえしな。
 長く一人で生きてきたからいやでも家事はうまくなったし、女誑し込むにも使えるしよ」
「ふうん」
 シンディーは興味なさそうに相づちを打ってから、ふと気になっていたことを思い出した。
「そういや、おまえどのくらい生きてるんだ?
 見た目はオレと同年代くらいに見えるが」
「そうだな…。
 詳しく数えちゃいねえが、百年以上は生きてるだろうなあ。
 ま、吸血鬼の中じゃ若いほうだ」
「スケールが違いすぎてわかんねえな…」
 人間の一生より長く生きてて若いほうなのか、とシンディーはなんとも言えない顔になる。
 ナディールはそれを見て楽しそうに笑った。
「なんだよ?」
「いや、おまえのその大して興味なさそうな反応がよ、面白くてな」
「…はあ?」
「嘘とか冗談じゃないってわかった上でそういう反応じゃねえか。
 おまえ、ほんといいよな」
「……おまえの感性がオレはよくわからねえ」
 こんなでかい男を犯したがるしな、とシンディーがこぼすと、ナディールは掴んだままだったシンディーの左手を慈しむようにそっと撫でた。
「オレの審美眼は確かだぜ。
 おまえはこの上なく綺麗だからな」
 実際男にだってモテてるだろうが、とナディールに言われれば否定は出来ない。
 さすがに自覚はある。
「否定しないってことは自覚あるんだな」
「…オレは誘ったりしてねえ」
「ああ、だから勝手に魅了されちまう男が山ほどいるって話だろ。
 だから言ったじゃねえか。
 おまえにはそういう力があるんだってな」
「うれしくねえよ。
 女ならまだしも男なんて冗談じゃねえ」
「ま、オレがはじめての男だったんだろうしな」
 ナディールは満足げに微笑むとシンディーの爪先にキスを落とし、手を離した。
 と思ったら立ち上がってシンディーの目の前に傅き、シンディーの右足を手に取る。
「おい、足もやる気か?」
「どうせだしな」
「……だから、立場逆じゃねえのか…」
 おまえは吸血鬼なのか下僕なのかはっきりしろよ、とシンディーは本気で困ってしまった。
 さすがにこんな熊のような大男に傅かれて奉仕されるのは居心地が悪い。
 ベッドでは獣みたいに喰らいついてくるくせに。
 そんなことを考えている間にナディールはシンディーの靴を脱がせ、爪先を整え始めた。
「いやだからなんのプレイだよ…」
「プレイっぽいか?」
「…オレはあんまりマニアックなのは好かないんだ」
「ああ、確かにSMとかそういう趣向もないみたいだしな。
 いかにもSな女王様っぽい見た目と性格しといて」
「誰が女王様だ」
 ナディールがふざけたことを言うのでついむき出しの右足でその顔面を踏みつけていた。
 口がふさがれてしまったので黙ったままじっと自分を見たナディールに、シンディーは遅まきに「あ、やばい」と思った。
 一応彼が“主”なのだからさすがにこれはまずいか?
 いくら風呂に入ったばかりだと言っても、足だし。
「っひ、ゃ!?」
 ポーカーフェイスのまま内心ちょっと焦っていたらおもむろに足の裏をべろりと舐められ、らしくない声が口から漏れた。
 すぐ我に返って「なんだ今の声は」と手で己の口をふさいだが時既に遅し。
 ナディールはなんだかいやらしい笑みを浮かべてシンディーの右足首を掴むと、肉厚な舌を指に絡めるように這わせた。
「っ、ちょ、てめ、なにや…っぁ!?」
「ん?
 こうされたかったんじゃねえの?」
「冗談言うな。
 誰が…っひ!」
 唾液を絡めるようにシンディーの白い指を舐め、いたぶるように愛撫するナディールに、シンディーはまた口を手で押さえ、堪えるようにソファのカバーをぎゅっと掴む。
 ナディールはそれを見て嗜虐に口の端を歪めると、細く綺麗な指に軽く牙を食い込ませた。
「っん…ぁ…!」
 びくん、と大仰に身体を跳ねさせたシンディーに、ナディールは一度口を離して笑う。
「感じるか?」
「…っだ、れが」
「ふうん?」
「っ待、あっ!」
 口元を手で押さえたまま気丈ににらみつけたシンディーに、ナディールは笑みを深めると牙の跡がわずかに残った指に舌を這わせ、じゅっと音を立てて吸い上げた。
 びくん、と身体を大きく震わせながら、シンディーは必死で堪えている。
「どうした?
 今回は軽くしか噛んでねえぞ?」
「…っ」
「ま、回を追うごとに効き目は高くなっていくからな。
 オレに何度も血を吸われてるおまえは、もうこの程度でもかなりの効果が出ちまうか。
 吸血鬼の牙は中毒性があるらしいし…。
“贄”だからなのかもしれねえが」
 ナディールは口の端を歪めて笑うと、潤みを帯びた碧い瞳を見上げ、ぞくりと背筋を震わせた。
「…おまえ、それはわざとじゃねえんだろうなあ…」
「…は…?」
「そんな赤い顔で涙で濡れた目でにらまれたって逆効果なんだよ。
 逆にもっといじめて泣かせて乱してやりたいって、そういう気分にさせるんだ。
 普段無茶苦茶強くて折れないからこそ、性的な意味でいじめて泣かせたくなるっつーの?」
 ナディールの瞳はすっかり欲に染まってぎらついていた。
「わかった。おまえに惚れた男って大なり小なりそういう気持ちがあるんだ」となにか納得したようにつぶやいているが、シンディーはすごく嫌な予感がした。
 そんな顔をして自分を見たナディールが、なにもせずに引き下がった試しがない。
「シル…ッひ…ぁ!」
「足だけでイケるか試すか」
「…っい、やだ…ァ…ん…っ」
 シンディーの嫌な予感は的中し、ナディールは牙の跡が残った場所に音を立てて吸い付いたと思ったら、他の指に丹念に舌を這わせて愛撫したり、指の間をくすぐったり、違う場所に軽く歯を立ててみたりと好き勝手している。
 口を手で押さえていても声が漏れてしまう。牙のせいか、それだけ自分の身体がナディールの手によって作り替えられてしまったからなのか、些細な愛撫ですらおかしいほど感じてしまう。
 じわじわと身体を支配する熱に、吐息がこぼれる。涙があふれて頬を伝った。
 無理矢理性感を高められて、もう解放されたくて苦しいのに足にしか触れてもらえないからもどかしい。
 かと言って自分の手で自分を慰めるのもプライドが許せない。
 けれどあまりに強い快楽にまともな思考も判断力も呑まれかけていた。
 もう少しじらされていたら、おそらく実行していただろう。
 ナディールはそれを読んでいたかのように、シンディーの足首に牙を立てて噛みついた。
「っぁ、あ…!」
 瞬間、身体に走った強い電流のような刺激に、堪えきれずに達してしまう。
 ひくん、と小刻みに痙攣する身体を止めようもなく、シンディーはソファに身を沈めたまま荒い呼吸を繰り返した。
「…いやらしいな」
 赤く上気した頬は涙に濡れ、碧い瞳は混濁して虚ろだ。
 その姿を眺め、ナディールは恍惚とした顔でつぶやく。
 声もうっとりとした響きで、自分の痴態に彼がひどく欲情しているのは紛れもない事実だった。
 立ち上がってソファに片膝を乗せたナディールは、弛緩したまま力の入らないシンディーの足を掴んで開かせる。
 ズボン越しに足の付け根を指でなぞるとシンディーの膝が跳ねた。ぐちゃり、と中で放たれたものが粘着質な音を立てる。
「どうだ?
 今の気分は?」
「…っ……最悪だ。
 このヘンタイ」
 唇をつり上げて問うたナディールに、シンディーはソファに身を沈めたまま、涙に濡れた瞳でにらみつけると、さっきの余韻でやや舌っ足らずな声で罵った。
「はっ。
 褒め言葉だな。
 じゃあ、今度は好きなだけ犯して啼かせてやるよ」
 ナディールはぞくぞくと背筋を震わせながら、欲望を隠しもせずに笑い、シンディーの唇にキスを返した。



「…おまえといると、年中ベッドに寝てる気がする」
「ああ、かもな。
 オレはベッドでおまえと過ごすのは好きだしよ」
 あのあと言葉通りに散々犯され、バスルームに運ばれ、そこでも好き放題されて、寝台に横たえられたときにはもう起き上がる気力もなくなっていた。
 新しく替えられたシーツに頬を寄せ、自分の髪を撫でる大きな手の感触につい眠くなってしまう。
「寝てもいいぜ?」
「……襲うなよ」
「さすがに今夜はもうしねえよ」
 ナディールはやっぱり笑っている。驚くほどおだやかな顔で。
「…明日、コートに行くから」
「オレも一緒でいいのか?」
「チームに入れると言っただろう」
「…本気だったんだな、それ」
 ナディールはわずかに驚いたように目を瞠ったが、すぐに口元をゆるませた。
「当たり前だ」
「オレを殺したいんじゃねえのか?
 そんなやつチームに入れていいのか?」
「そうだな。べつに殺意がなくなったわけじゃねえが、それより役に立ってもらいたいんだ。
 力のあるCが必要でね。おまえは体格的にも最適だ」
 シンディーはそう言ってから「そんなに殺されたいのか?」と何気ない口調で問いかけた。
 ナディールが何度も聞くからだろう。
「いや、そういうわけじゃねえが、おまえに言われるのは嫌じゃなくてな」
「なぜ」
「だっておまえは、オレがおまえを無理矢理所有して犯したのが憎いから殺したいんだろ?」
「当たり前だ。
 ほかの理由があると思うのか」
「だから、良いんだ」
「…?」
 ナディールの顔に浮かんでいる笑みはひどく楽しげで、シンディーと同年代の青年そのものに見えた。
「オレが吸血鬼だからじゃない。
 だから良いんだよ」
「……よくわからねえが、自分自身になにかされなきゃわざわざ殺そうと思わねえよ。
 めんどくせえ」
「ははっ。
 これだからおまえは最高なんだ」
 至極当然と言った口調で告げたシンディーに、ナディールは声を上げて笑う。
 砕けたその笑みに、シンディーは少し戸惑った。
 傲慢な吸血鬼。なのに妙に人間くさくて、やさしいところもある。自分を“贄”だと言いながら、特別なように扱ったりもする。
「まあ、チームにいる間はオレがリーダーだ。
 試合中だけはきっちり従えよ」
「もちろんわかってるさ。
 その代わり、勝ったらご褒美くれよ。
 リーダー」
 期待したような顔で、どこか冗談めかして言ったナディールに、まあいいかという気分になって。
「…おまえ次第だ」
 なんて返したら、ナディールがひどく驚いた顔で自分を見て。
 不意に彼の顔に浮かんだ、子供のようなゆるんだ笑みに、なぜか心臓が一度大きな音を鳴らした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もしも願いが叶うなら、あの頃にかえりたい

マカリ
BL
幼馴染だった親友が、突然『サヨナラ』も言わずに、引っ越してしまった高校三年の夏。 しばらく、落ち込んでいたが、大学受験の忙しさが気を紛らわせ、いつの間にか『過去』の事になっていた。 社会人になり、そんなことがあったのも忘れていた、ある日の事。 新しい取引先の担当者が、偶然にもその幼馴染で…… あの夏の日々が蘇る。

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

琥珀の檻

万里
BL
砂漠の王国の離宮「琥珀の間」で、王・ジャファルは、異母弟であるアザルを強引に抱き、自らの所有物であることを誇示していた。踊り子の息子として蔑まれ、日陰の存在として生きてきたアザルにとって、兄は憎悪と恐怖の対象でしかなかった。 しかし、その密事を見つめる影があった。ジャファルの息子であり、次期王位継承者のサリムである。サリムは叔父であるアザルに対し、憧憬を超えた歪な独占欲を抱いていた。 父から子へ。親子二人の狂おしい執着の視線に晒されたアザルは、砂漠の夜よりも深い愛憎の檻に囚われていく。

処理中です...