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本編●主人公、獲物を物色する

ぼくが思ったより面倒じゃなかった

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ガーデンハウスの入り口辺りが少し騒がしくなって来た。
言い争う……というよりは、一方だけが声を荒げていて、それを二、三人が必死に宥めているという様子なのが、耳を澄ませなくても分かるぐらいだ。

メイドを振り切って、室内へ入って来た人物の姿を見て。
ぼくは、その人と王妃様との微妙な力関係が、少し分かったような気になった。
周囲にいるメイドの反応や、思わずといったように立ち上がった王妃様の反応を見れば、恐らくは彼が、側妃様という事で間違いないだろう。
彼はガッガッと踵を鳴らして、一直線にこちらへとやって来る。

王妃様が小さく溜息を吐くような気配がした。
ぼくの母や兄、ぼくにはそのまま座っているように、と王妃様から言われたので、遠慮なく腰掛けたまま出迎えさせて貰うつもりだ。


内着のワンピースの上に、装飾をふんだんに施されたブリオと呼ばれるチュニックを纏ったその人物。
外側に向けてしどけなく垂れ落ちる眉、唇の端も大人っぽく左右にやや下がり気味な、その顔面タイプは……当然に『エロエロしい』だ。しかも、それなりの中ランクの。

流石は王城。
相手が闖入者ではあるものの、思わぬ上玉を見られたもんだ。


ぼくは内心でほくそ笑んだのと同時に、納得してもいた。

王妃様と側妃様との間に、これだけ顔面偏差値の格差があるんなら。
仮にも王妃様が主催するお茶会に、呼ばれもしないのに姿を見せる側妃様の態度も、使用人達がそれを諌められないのも道理で。
王妃と側妃という絶対的な立場の差があっても、偏差値の差があれば、側妃様が王妃様に対してとても強気で来られるというものだ。


今日はどういった用件で来たのかな?

不謹慎な話だが、ぼくは少しだけ楽しみにしながら、側妃様が声を出すのを待っていた。



すぐそばまでやって来た側妃様は、せっかくの垂れ眉なのに、何かご立腹な様子で目が吊り上がっている。
明らかに表面上だけだと分かる儀礼的な仕草をした後、座ったままのぼく達家族の方にだけ、ちらりと一瞥をくれた。
アルフォンソさん達の方へは、それこそ視界に入れないようにか、やや顔を背け気味になっている。


「わたしの前なのに、立ち上がりもしない……だなんて。……随分と舐められたもんだねえ?」

はいっ、予想通りの『エロエロしい』声、そして喋り方、いただきました!
少し高くて掠れた感はあるが、ねっとり気味のいい声です!

せせら笑うような声音の側妃様は、王妃様と母をちらちら見て、今度は明らかに含み嗤う。
自分と王妃との間以上に、偏差値に格差のある二人が一緒にいる事を嗤っているのだと、隠す気は無いらしい。


「っ……。」

立場的なもの以上に、上から発言をされて。
まぁまぁな母も、高ランクのエイベル兄さんも、困惑しているのが分かる。分かるぐらいに『麗しい』だよ。
元々このタイプの顔面は、内心の動揺があまり表面に響かないのか、今も外から見た表情はさほど変わったようには見えないんだが。
そこはぼくが家族ならではの、気付きだと思って貰いたい。


「この方々は、私の客人ですよ。茶会の最中ですから、そのままの着席をお願いしたのです。」

側妃様に対応する王妃様は、言葉は丁寧だ。
ランクの違う相手に、丁寧にせざるを得ないのだろう。

「それよりも、貴方の方こそ……何故ここに?」
「はぁ~あ、なんて白々しい。」

招かれざる客である側妃様は、王妃様に向かって大袈裟に溜息を吐いてみせた。

……出来れば止めてくれないかなぁ、その仕草。
そんな場面じゃないはずなのに、ぼくのぼくが元気になってしまうから。

「王子達の友人だなんて……嘘でしょ。どうせこれが初顔合わせのクセに。」

お、っと。どうやらばれているね。
単なる思い込みかも知れないが、事実である事には違いない。

側妃様は、蔑むような目を一瞬だけ王子二人に向けてから、ぼくと兄に視線を流す。
その瞳には、他の……普通の人々のような、偏差値が高いぼく達の顔面への憧れや興奮、欲望などの好意的な感情は見て取れない。
ぼくを見てやや驚いたような瞬間はあったが、ぼくが今まで浴びた事の無い種類のものだった。

まぁぼくは気にならないから良いけど、王子二人へのそういう視線は、もう少し遠慮出来ないものかな。


「社交界を外れた場で、偏差値の高い人と出会おうだなんてぇ……立場がある人間としての、誇りを、忘れたわけじゃないでしょ? それとも……。権威にモノを言わせて、デビュー前の子を……先に、王子のどっちかに宛がう、つもりでいるのかな?」
「そういう意図がある茶会ではありません。」
「アナタの内心なんか……関係無いんだよ。どういう風に見えるか、そっちの問題なんだからぁ。」

言葉だけを聞けば、そう思われても仕方ないと言えるかな。
ぼくも兄も王子達と初対面だ、という確信がある者がこの状況を見たら。
顔面偏差値の高い男をデビュー前に予約しておく為に、親子揃って子爵家の人間を呼び付けた。ように考えるのも無理は無いからね。


「どうしてもと言うならせめて……わたしや、わたしの息子も茶会に誘うのが、最低限の体裁というものじゃなぁい? ねぇ、そうでしょ、アレック?」

言いながら、自分の斜め後ろを振り返る側妃様。
そちら側に目をやる、ぼくら。

そこには誰もいない。
離れた場所に使用人がいるだけだ。


「……あ。……アレック?」


側妃様の不安気な声に、返事をする者はその場にはいなかった。
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