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学園の感謝祭にて
学園の感謝祭にて・17 ◇第二皇子ジェフリー視点
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早足で廊下を進む僕の頭に、怒りというか、苛立ちと共に、先程のレイモンド様の姿が浮かび上がって来ます。
レイモンド様の姿を見たのはほんの僅かな時間だったのに、よくもそこまで細かく見られたものだと、自分でも逆に感心しますが。見てしまったのだから仕方ないでしょう。
……ハッキリと言っておきますよ。
あれは……あれでは『マーダー・ムヤン』を再現した、とは言えませんから。
歴史上の偉人であるマーダー・ムヤンは、数々の小説に登場しています。
僕は、彼女の現役時代を舞台にした、群像劇の小説が好きです。
娼館にいる場面も、彼女の人間性や人間同士の心理戦を読むという意味で面白いのですが。一番の見せ所は、やはり軍人として活動している場面だと思います。
さて……そこで翻って、レイモンド様の姿を思い出してみましょう。
レイモンド様が着ていたのは、マーダー・ムヤンが娼館で寛ぐ際の衣装でした。
……それじゃないでしょうっ? 何故に、その姿を選んだのですかっ!
マーダー・ムヤンの仮装をするならば、彼女の、戦闘服を再現するべきです!
確かにマーダー・ムヤンの戦闘服を再現するのは難しいと思います。
特に靴は……。十五センチヒールのブーツなのですが、彼女はそれに様々な仕掛けを施していますから。
踵部分から刃物が出るのは当然として、他にもワイヤーが出たり、ピックが出たり、睡眠薬が噴霧したりもありましたね。
とにかく色々な暗器が仕込まれてガッチリした、それなのに女性らしいフォルムも保ったブーツなのです。
それにスカートも……。
彼女の肌の白さを浮き立たせるような、艶やかな漆黒のロングスカート……ですが。もちろん、これにも仕掛けはふんだんに施されているのです。
まず両サイドのスリットの他にも、前にも二本、後ろにも二本、大きく切り込みが入っています。歩くたびに太腿の付け根まで晒されるような柔らかい素材で、それは相手の視線を下半身へと導いて油断させる為です。
中に履いている下着を肌色にするぐらいの、徹底ぶりですよ。そんなものを見たら、確かにドキッとしますよね。
そんな風に色々と見えてしまうスカートなのに、彼女はその中に幾つもの暗器を仕込んでいるのです。
内側に何も無いように見えるスカートの、六本あるスリットに手を突っ込んで、そこから取り出す数々の暗器で戦うのがマーダー・ムヤンの、一番の魅力なんですよ。
それを……あんな、無難な仮装で済ませるなんて。
提案者は何も分かっていないっ。
もしくは『学園で再現出来る範囲』を模索した結果でしょうか。
……だったら違う人物に仮装するべきです。決して、魅力を減じるべきではない。
あれでは単に、レイモンド様が娼婦風に着飾っただけですよ。
「ジェフ……!」
僕はいつの間にか、学園校舎内のかなり奥まった場所まで足を運んでいたようです。
追い掛けて来たクリスが後ろから、僕にしがみ付いて来ました。
僕の服を掴む指が震えています。
復活したと思ったのに、クリスはまだ笑いの波に翻弄されているのでしょう。
咄嗟の判断で、クリスを連れたまま、僕は校舎の外へと出ました。
クリスが廊下で笑い出したら、辺りに響いてしまいますからね。
建物の陰でクリスの背中を撫でます。
どれだけ効果があるかは分かりませんでしたが、少しは落ち着いて来たようです。
「それにしても…ふふっ、……面白かったねぇ。」
「クリスはあれが面白かったのですか?」
「あぁ、とても面白かったよ? 何かしらの仮装をするとは聞いてたけどさ、まさか女装とは……ねぇ? いや、でも考えてみれば……クスッ。……とっても、お似合いだったね?」
「笑うなんて、趣味が悪いですよ、クリス……。」
まだ含み笑いを隠しきれないクリスは相当、面白かったようです。
口元が吊り上がっているだけでなく、思い出しているように瞳を細めています。
あの程度の仮装で喜ぶなんて子供ですか。
……と思いましたが思い直しました。
クリスは恐らく、レイモンド様が女装、という事自体が面白いのですよね。
「お気に召さなかったようだね? あの衣装は、ジェフには刺激が強すぎたかな?」
「お気に召すも何も。あれは、マーダー・ムヤンの仮装ですからね。……あれで。」
「まーだ……え、なに?」
瞬きをしたクリスはキョトンとした顔です。
この際、顔の事は後でまとめて叱るので良いでしょう。
それよりも、マーダー・ムヤンを知らないなんて……その事に呆れますよ。
「マーダー・ムヤン、です。歴史の教科書にも載っていますよ? 美しい女性で、殺し屋とも呼ばれた鬼軍人の事です。」
「踊り子だと思った。」
「……そうでしたか。」
僕は思わず、肩を竦めてしまいました。
皇子らしからぬ所作だったでしょうか。
「それは置いといて……ねぇ、ジェフ? もう少し回ってからさ、後で、レイのクラスを見に行こうよ。」
「え……まだ、見て回るんですか?」
涼しい顔に薄っすらと微笑を浮かばせながら、クリスが誘って来ました。
いつもこの程度で留められるのであれば、僕もうるさくは注意しないのですがね。
それにしても、クリスはヒマと元気が有り余っているのでしょうか?
「だってまだちゃんと、目的を果たしてないもんね。」
「そう……。すみません、僕は帰ります。今日はもう、疲れてしまいました。」
嘘ではありませんよ?
今日の僕は、期待したり、舞い上がったり、緊張したり。……その上、怒ったり。
色々と感情の変化が激しくて、本当に疲れてしまったんです。
それにきっと、もうレオ様は何処かへ行ってしまったでしょう。
僕がレオ様に会う事は出来たのですから。
だから今日は、その思い出を得られた事に満足して、もう帰りましょう。
レイモンド様の姿を見たのはほんの僅かな時間だったのに、よくもそこまで細かく見られたものだと、自分でも逆に感心しますが。見てしまったのだから仕方ないでしょう。
……ハッキリと言っておきますよ。
あれは……あれでは『マーダー・ムヤン』を再現した、とは言えませんから。
歴史上の偉人であるマーダー・ムヤンは、数々の小説に登場しています。
僕は、彼女の現役時代を舞台にした、群像劇の小説が好きです。
娼館にいる場面も、彼女の人間性や人間同士の心理戦を読むという意味で面白いのですが。一番の見せ所は、やはり軍人として活動している場面だと思います。
さて……そこで翻って、レイモンド様の姿を思い出してみましょう。
レイモンド様が着ていたのは、マーダー・ムヤンが娼館で寛ぐ際の衣装でした。
……それじゃないでしょうっ? 何故に、その姿を選んだのですかっ!
マーダー・ムヤンの仮装をするならば、彼女の、戦闘服を再現するべきです!
確かにマーダー・ムヤンの戦闘服を再現するのは難しいと思います。
特に靴は……。十五センチヒールのブーツなのですが、彼女はそれに様々な仕掛けを施していますから。
踵部分から刃物が出るのは当然として、他にもワイヤーが出たり、ピックが出たり、睡眠薬が噴霧したりもありましたね。
とにかく色々な暗器が仕込まれてガッチリした、それなのに女性らしいフォルムも保ったブーツなのです。
それにスカートも……。
彼女の肌の白さを浮き立たせるような、艶やかな漆黒のロングスカート……ですが。もちろん、これにも仕掛けはふんだんに施されているのです。
まず両サイドのスリットの他にも、前にも二本、後ろにも二本、大きく切り込みが入っています。歩くたびに太腿の付け根まで晒されるような柔らかい素材で、それは相手の視線を下半身へと導いて油断させる為です。
中に履いている下着を肌色にするぐらいの、徹底ぶりですよ。そんなものを見たら、確かにドキッとしますよね。
そんな風に色々と見えてしまうスカートなのに、彼女はその中に幾つもの暗器を仕込んでいるのです。
内側に何も無いように見えるスカートの、六本あるスリットに手を突っ込んで、そこから取り出す数々の暗器で戦うのがマーダー・ムヤンの、一番の魅力なんですよ。
それを……あんな、無難な仮装で済ませるなんて。
提案者は何も分かっていないっ。
もしくは『学園で再現出来る範囲』を模索した結果でしょうか。
……だったら違う人物に仮装するべきです。決して、魅力を減じるべきではない。
あれでは単に、レイモンド様が娼婦風に着飾っただけですよ。
「ジェフ……!」
僕はいつの間にか、学園校舎内のかなり奥まった場所まで足を運んでいたようです。
追い掛けて来たクリスが後ろから、僕にしがみ付いて来ました。
僕の服を掴む指が震えています。
復活したと思ったのに、クリスはまだ笑いの波に翻弄されているのでしょう。
咄嗟の判断で、クリスを連れたまま、僕は校舎の外へと出ました。
クリスが廊下で笑い出したら、辺りに響いてしまいますからね。
建物の陰でクリスの背中を撫でます。
どれだけ効果があるかは分かりませんでしたが、少しは落ち着いて来たようです。
「それにしても…ふふっ、……面白かったねぇ。」
「クリスはあれが面白かったのですか?」
「あぁ、とても面白かったよ? 何かしらの仮装をするとは聞いてたけどさ、まさか女装とは……ねぇ? いや、でも考えてみれば……クスッ。……とっても、お似合いだったね?」
「笑うなんて、趣味が悪いですよ、クリス……。」
まだ含み笑いを隠しきれないクリスは相当、面白かったようです。
口元が吊り上がっているだけでなく、思い出しているように瞳を細めています。
あの程度の仮装で喜ぶなんて子供ですか。
……と思いましたが思い直しました。
クリスは恐らく、レイモンド様が女装、という事自体が面白いのですよね。
「お気に召さなかったようだね? あの衣装は、ジェフには刺激が強すぎたかな?」
「お気に召すも何も。あれは、マーダー・ムヤンの仮装ですからね。……あれで。」
「まーだ……え、なに?」
瞬きをしたクリスはキョトンとした顔です。
この際、顔の事は後でまとめて叱るので良いでしょう。
それよりも、マーダー・ムヤンを知らないなんて……その事に呆れますよ。
「マーダー・ムヤン、です。歴史の教科書にも載っていますよ? 美しい女性で、殺し屋とも呼ばれた鬼軍人の事です。」
「踊り子だと思った。」
「……そうでしたか。」
僕は思わず、肩を竦めてしまいました。
皇子らしからぬ所作だったでしょうか。
「それは置いといて……ねぇ、ジェフ? もう少し回ってからさ、後で、レイのクラスを見に行こうよ。」
「え……まだ、見て回るんですか?」
涼しい顔に薄っすらと微笑を浮かばせながら、クリスが誘って来ました。
いつもこの程度で留められるのであれば、僕もうるさくは注意しないのですがね。
それにしても、クリスはヒマと元気が有り余っているのでしょうか?
「だってまだちゃんと、目的を果たしてないもんね。」
「そう……。すみません、僕は帰ります。今日はもう、疲れてしまいました。」
嘘ではありませんよ?
今日の僕は、期待したり、舞い上がったり、緊張したり。……その上、怒ったり。
色々と感情の変化が激しくて、本当に疲れてしまったんです。
それにきっと、もうレオ様は何処かへ行ってしまったでしょう。
僕がレオ様に会う事は出来たのですから。
だから今日は、その思い出を得られた事に満足して、もう帰りましょう。
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